三百四十七話 門番長<光邪ノ使徒>イモリザ

 

 ◇◆◇◆



 ほんのりと橙色をした樹海の山と峰。

 それは西日を我先に掴もうとする巨人の腕たちのようにも見えた。


 右に広がる黄金色の樹木群は喇叭ラッパを吹くように揺れている。左では、白い高貴な花々と蝋燭の形をした白と黒の岩塊が黄金色の喇叭樹木の陰により蠢いて見えた。


 それをある方向から見れば、王冠を片手に持った指揮者を麓とするオーケストラの楽器を奏でる山々の演奏によって、夕陽と月光が彩る神々と天使たちが魑魅魍魎たちと仲良く山の頂で踊っているようにも見えることだろう。


 西日が色褪せ月明かりに照らされた山間は、銀狼の背のごとく輝く。

 そんな銀色煌めく山間から急流が作られ狼が吼え滾るような強風が吹いていた。


 急流から大滝へと流れ落ちゆく水は、その山から吹き荒れる風により水蒸気の風となって闇の樹海へと勢いよく降り注ぐ。


 更に、樹海の一部分から光の粒子が吹き出る多次元の独自魔力が加わった結果、希少な〝霊月幻夢草〟が育つような豊沃な高原地帯となって、それぞれ形の違う珍しい樹木群と特殊で特別なモンスターを育む環境となっていた。


 それが、モンスターが跳梁跋扈する危険な樹海。


 その樹海の秘境と呼べる小山が連なる隘路の先に村がある。

 ヘカトレイルへの道順を知らなければ森と山が重なり合って自然環境も厳しく迷うことは確実な場所だ。

 その村の名はサイデイル。シュウヤの友であるキッシュが、身よりのない子供たちと一緒に開拓をしている村だ。


 キッシュも努力はしている。

 が、サイデイル村はまだまだ発展途上。

 そんな山々と森が囲うサイデイル村の中には遺跡の象徴でもあった小山があった。しかし、その遺跡の象徴は無残にもとある古代竜に破壊されている。その無残な小山の天辺はヴァライダス蠱宮と似たような穴が至るところにある。

 その穴の下はペルヘカラインの一部の地下空洞へと繋がり、とある聖域・・・・・にも通じているのだが……。


 一方、サイデイル村の入り口は茶色の木製の門。

 岩の壁の孔に檜が幾つも差し込まれて作られた木組みの門。

 しかし、その作られたばかりの木製の門は傷だらけ。

 オークたちからの攻撃を常に受けているせいだ。

 槍、剣、斧、魔法、矢と、オークが放った攻撃を受けきった無数の傷が、勲章のように目立つ簡易的な門だった。


 そして、その傷ついた門の天辺に立つ一人の女の子がいる。

 銀色の長髪に浅黒いココアミルク肌を持った美しくかわいらしい姿の女の子。


 嘗ての彼女は邪神ニクルスの第三使徒。

 詳しく言えば、魔王種に進化が可能な黄金芋虫ゴールドセキュリオンだった。


 今では、称号:光邪ノ使者を獲得したシュウヤ・カガリが作り上げた三人の命が宿る特別な<光邪ノ使徒>に生まれ変わっている。


 彼女にとってシュウヤは絶対無二の存在だ。


 現在も……。


 使者様は凄いんだぁ……。

 戦闘職業が! <霊槍血鎖師>なんだもん!

 精霊様がおっぱいを揺らして自慢しているように、<仙技見習い>だし!


 使者様つよおおおおい!


 そんなことを考えている<光邪ノ使徒>の今の姿は、新しい生命体としてシュウヤに作られた当初の姿より、背が小さい姿を保っていた。


 それは彼女特有の気まぐれか、使者譲りか、きっと、周りに子供たちが多いせいもあるだろう。

 実際にオークから襲撃がない時は、子供たちと遊ぶことも多かった。


「一緒に踊るわよ~♪ ふふーん、『使者様音頭』を皆で踊るの♪」


 と、子供たちを引き連れて行進を開始すると……。

 本当に『使者様音頭』というタイトルの歌を作り歌い踊り出している。


 それは、死蝶人顔負けの凄すぎる踊り。


「るるふ~~ん♪ 使者様は強い、いえい♪ 使者様はかっこいい、いえい♪ 使者様は~槍使いだけど~神獣様使い~んふふふ~ん、ふ~ん♪」

「ふふふ~ん、ふーん♪」


 子供たちは真似して続く。


「偉大な~使者様の~わたしは、わたしは~新しい腕~~なのだ~~♪」

「腕なのだ~~~♪」


 子供たちは、ココアミルク肌の少女と一緒になって小さい腕を振り回し、歩いていく。


「ぎったんばったん♪ 敵を倒すう~~ん♪」

「ぎったんばったん♪ 敵を倒すう~~ん♪」


 ココアミルク肌の少女は銀髪の形を鋭い剣刃に変えながら踊る。

 これはさすがに子供たちも真似ができないが、楽しく笑いながら腕を振り真似をしていた。


「うう~~ん♪ だから~つあん~ぴゅりん~より、えらいのだ! えらいのだ~~♪ ふふふ~~~ん♪」

「えらいのだ~~♪ ふふふ~~~ん♪」


 千年植物が歌い踊るような……要するに、変テコな歌と踊りを披露していた。

 そんな彼女だが、オークの急襲についてもちゃんと仕事をこなしている。


 現在も、木製の門の上で崖向こうから急に現れたオークたちを見つけると、


「敵! 豚ちゃんたちが登場~♪ 子供たち、今は家の中に避難してね~♪」

「はーい」


 陽気な彼女は子供たちの避難を確認してから、


「……今、精霊様とキッシュ司令長官は反対側に出ている! そして、アドちゃんゼメちゃんたちは、外で威力偵察を頑張っている! だから、わたしがここで活躍しないとね♪ シュッ! シュッ! シュッ!」


 と、宣言するように語ると……。

 俄に加速しながらの、両足を揃えて跳躍――。

 それはシュウヤから見たら、はっきりいって遅い動きだ。


 だが、彼女にとってはとてもがんばった速い動きだった。

 『これが、精神を加速させろ??』という感じなのね♪

 『きゅぷーーーんよ! きゅぴゅーーん! の気分なの♪』

 と、そんなツアンかピュリンの精神波の影響を受けたせいか、分からない考えを抱きながら、地面にドシンと音を立てるように両足をつけて、豪快に着地した彼女は、ゆっくりと頭部を上げる。


 ニターリと独特の笑みを浮かべた彼女。

 銀髪の形を変えてから、その笑顔を止める。


 そして、細筆で書かれたような眉を顰めると、崖向こうから近付いてくるモンスターの姿を、もう一度確認していた。


 そんな目を細めた彼女の名は、イモリザ。


 髪型を変えたイモリザは、猛然と崖を駆け下りて両手を左右へ伸ばす。

 と、その両手の肘の角度を上方へ向けた。

 そして、魔力を宿した細い指で宙に幾つも魔法陣をささっと描く。


 造り上げた可愛らしい宙に浮かぶ魔法陣に、指先をツンと当て、弦楽器の弦を軽く弾いて鳴らすように、その魔法陣の一つを爪引く――。


 すると、その指を当てた魔法陣から、にゅるっと音を立て、大きな骨魚が生まれ出た。


 続けてイモリザは踊るような仕草で、同じように魔法陣に指を当てて、次々と爪引いていった。

 宙に浮かぶ魔法陣から、それぞれ形の違う骨形をした魔魚たちを召喚していく。


「――いくよ~、<魔骨魚>ちゃんたち~」


 誕生させた<魔骨魚>たちに指示を出す。

 同時に両手の指から伸ばした黒爪を螺旋状に絡めて一つのフランベルジュの剣刃のように太く変形させていた。


 黒々としたフランベルジュの剣刃により、両手が長くなったようにも見えるイモリザの姿。

 そのまま、ゆっくりと歩いていく。


 その楽し気に歩くイモリザの隣では、低空をゆらりゆらりと飛んで泳ぐようについていく<魔骨魚>たちの姿もあった。イモリザは、


「いい子ね~」


 と、宙を泳いでいる骨状の<魔骨魚>たちに優しく語り掛けながら、その骨頭を手の内側で軽く撫でて上げていた。


 微笑を浮かべた表情のまま、一番大きい<魔骨魚>の背中の上に飛び乗り、小さい腰をストンと、下ろす。

 そして、イモリザはフランベルジュの黒爪剣の切っ先をオークたちへと差し向けていた。


「あのオークたちを倒すわよ~♪」


 お尻を骨魚にしては柔らかい背骨に乗せて、オークを倒すと宣言。


 そのまま自らが乗っている<魔骨魚>の速度を上げていく。


 そのイモリザと<魔骨魚>たちの行動を見たオークたちは、



「隊長! 表の崖上から、骨? と骨魚に乗った女が近寄ってきます」

「――骨だと? まさに雑魚か! 女なんぞに構うな! 裏からのヘグサ・グル・グング様の急襲に合わせるのだ! 我らは表から指示通り、あの村を蹂躙する!」

「はい」


 頭に一つの角を生やしたオーク。

 両手斧を力強く振っては、盾と剣を持ったオークたちへ指示を出す。


 そのオークたちに迫ったイモリザは、


 ふふ、<光邪ノ使徒>の力を見せちゃうかな♪


 ――ピュリン、力を貸してね。


 『はい、少しだけですよ』


 ――ツアンも貸して~♪


 『いいけどよ、俺にも出番をくれよ?』


 ――うーん、わかんない!


 『チッ、少しだけだからな』


 ――うん♪


 よーし滾ってきたァ。

 ――<使徒三位一体・第一の怪・解放>。



 イモリザはピュリンとツアンに連絡を取る。

 使徒としての連携スキルを開始。


 乗っていた大型の<魔骨魚>に魔力を込めて触る。

 すると、イモリザの魔力に反応した大型の<魔骨魚>。


 その<魔骨魚>の頭部の眼窩の奥が底光りする。

 丸みを帯びた電気のような光だ。

 眼球とは思えない、それは魂が<魔骨魚>に宿ったかのように、俄に煌めく。


 強まった煌めきは電光から燐光と呼ぶべき明るさとなった。

 <魔骨魚>を強く輝かせた。

 輝きは骨の全体にまで及ぶと、外側にもコロナのように放出しつつコロナの細いチェーン状に変化。


 その燐光のチェーンは他の<魔骨魚>たちと繋がる。

 魚がビリビリと痺れる仕草をしながら<魔骨魚>たちは連鎖した。


「びりびりの<魔骨魚>たち~。みんなで楽しく喰らっちゃっていいからね♪」


 イモリザの声に反応したように燐光を発した<魔骨魚>たちは口を広げ出すと、その口の中から、骨筒が飛び出す。


 それはピュリンが扱う骨筒と似ていた。

 その骨筒の先端の孔から閃光が出た。


 宙を穿つ――閃光はオークを貫く。


 貫かれたオークは衝撃を受けず。

 胴体に大きな風穴を空ける。

 と、全身に雷が落ちたように発火。


 次々、宙を漂う燐光を帯びた<電光・怪骨魚>たちに変化した<魔骨魚>たちは、口の骨筒から閃光を発しては、オークたちを貫いていった。


 角がある小隊長のオークの体にも風穴が空くと、火柱となった。

 

「……まだまだ、オークたちは多いようね。よーし、次はツアンの力を多く使う光爪剣を試してみよー♪」


 『ピュリンよ、あいつに力を貸すのはやめるか?』

 『ですね、わたしたちの出番が……』


 ――聞こえていますよ? 

 ――わたしが主人格なんですからいいのです! ふふーん♪

 ――使者様に会いたいな~。新しい腕でも戦いたい~ 大好き~、この想いは届くかな~?


 『はぁ、また変な歌を……』

 『ですが、わたしも使者様に対する想いは同じ気持ちです♪ ツアンさん的にはキツイかもですが……』

 『フンッ、俺にはビビアンが居るからな!』


 新しいサイデイル村の門番長と化したイモリザ。

 彼女は使徒たる力の一部、<三位一体>を駆使――。


 <魔骨魚>を武器状に変化させて、オークを一閃。

 銀色の髪をツアンとピュリンが愛用する武器の形状に変化させると、近接と中距離から遠距離戦までこなすように凄まじい勢いでオークを蹂躙してく。


 樹海に小さいが嵐が発生したようにオークを屠り続けていった。


 こうしたイモリザの隠れた活躍はシュウヤたちは気付いていない。


 しかしながら、オークの一支族の中規模部隊を全滅に追い込んでいたのは、とある神が知っていた。

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