三百十一話 ふれあい

 ポルセンとアンジェが足を止めた。宿の外観は和洋折衷のデザイン。

 屋根の軒先から大きな庇がハイム川に迫り出した形だ。

 その庇の蛇飾りが大きな船にぶつかりそうにも見えた。


「ここです。行きましょう」

「了解」

「この辺りは宿屋が多いのでしょうか。ハイム川の水面が綺麗ですね」


 ヘルメの感想を聞きながら黒猫ロロと仲間を連れて、大きな門を潜る。

 宿屋に入った。


「いらっしゃいませ。【月の残骸】様ですね。わたしは大きい空母ビッグママと呼ばれています。エルフの方々からお話は伺っておりますので、どうぞ中へ。こちらです」


 早速、話しかけてきたのが、蛇人族ラミアだった。

 彼女が大きい空母ビッグママか、黒猫ロロが「にゃあ~」と挨拶するように鳴いていた。


「あら、カワイイ」


 ビッグママは笑みを浮かべている?

 顔の皮膚が分厚いから表情から感情を読み取れない。

 黒猫ロロに向けて、蛇のような長い舌を出して対応していた。

 ビアの姿を思い出す。蛇人族ラミアだから当然か。

「ふふ、黒猫ちゃんもいらしてね」

「にゃんお」

 と、奥へ案内された。天井の照明が通路の床に反射して眩しい。

 その光源の形は、女将の種族に合わせているらしく、蛇を模った硝子製。

 壁はクリーム色で優しい印象。

 棚を古風な家具と陶磁器と絵が飾る。絵に値札が貼ってある。

 客が買うのかな?

 人族と獣人のベルボーイたちが、俺たちに向けて頭を下げてきた。

 客に対してのマニュアルと分かるが、少し気分がいい。

 ――王様気分だ。そんなテンションで、通路を進む。

 蛇革の手摺りを触りながら、階段を下りた。

 右の波模様の丸い壁がなくなる。視界が広がった。

 その代わり、大岩と小さい池を備えた野球ができそうな中庭がそこにあった。


「では、わたしはここまで。あちらで血長耳の方々がお待ちです」


 大きい空母ビッグママは踵を返して去った。


 指摘してきたように、角の一つに虹色の四角い天幕がある。

 その天幕に太陽光が透けると……幻想的なカメレオン光が木漏れ日のように整列したレザライサと血長耳の幹部たちを照らした。皆、額に高角の飾りが付いた唐人笠のような兜をかぶっている。衣服はベファリッツ大帝国の正装か? 綺麗で幻想的な雰囲気だ。

 ベファリッツ大帝国の伝統ある弔いの儀式か。血長耳流の方式なのかも知れない。

 死んだ仲間の私物を長い鉄竿にくくりつけていた。その鉄竿を、天幕の横に立てた。

 その鉄竿の天辺では、古い布の旗が靡いている。

 絵柄は金剛夜叉明王を彷彿とさせる六面六臂の六足で白鯨に乗った象だ。

 軍旗? 高燈籠のような感じだろうか。歩いて近付いていくと、


「ノウン、ツイン兄弟たち、勇敢なる同志よ。安らかに眠れとは言わない。亡き戦友の魂は我らと共にあるのだからな」

 杯を持ったレザライサは涙を流しつつ、そう語る。

「お前たちの復讐は血長耳の糧となる。神だろうと帝国だろうと、血長耳に立ちはだかる奴らの顎を喰いちぎるだろう」 

 クリドススとメリチェグが手に持った松明を振るった。

 その松明の火の動きは軍の記号だろうか。鎮魂の意味を込めたと思われる記号か。

 すると、全員が、エルフ語で戦に使う号令のような言葉が響いた。

 刹那、言霊の力だろうか……戦場で散ったエルフたちの幻影が見えたような気がした。

「そして、喜べ、お前たちはベファリッツ軍事特例により大元帥に出世だ。紅い蓮の花弁がある魔界地獄だろうと、花畑の神界天国だろうと、白鯨の血長耳を頼むぞ……」

 盟主、総長としての弔いの言葉が終わると、一斉に血長耳たちが儀礼兜を脱ぐ。

 次にメリチェグが渋い口調で弔辞を述べてから、言葉を紡ぐように幹部たちが誄歌を歌い始めた。クリドススはソプラノ系で歌が上手い。

 ファスと呼ばれていた女性エルフは美人で中々の透き通った声だ。

 パイプオルガンの音が聞こえたような気がした。

 歌といえば、人魚のシャナだが、クラゲ祭り以来会っていないなぁ。

 シャナのことを考えていると、歌の儀式が終わる。

 中庭から地続きの部屋に血長耳たちは歩いていった。

「槍使い、待たせたな。こっちの部屋だ」

「おう」

 レザライサが手を泳がせて呼んできた。俺も腕を上げて挨拶。

 皆を連れて綺麗な中庭を歩いていく。ガラス張りの扉を開いて部屋に入る。

 美しい飾りが目立つ白い壁。ランプの色彩も煌びやかに動く模様が、カモメが上空を飛翔するように見えた。非常に雰囲気のいい部屋だ。

 その真ん中にある豪華なソファに座った。

 ――柔らかいソファだ。レザライサも対面の位置に座った。

 さて、どんな交渉になるのやら……と。

 これから血長耳と本格的な交渉に入ろうか? といった瞬間、座らずに背後で控えていたヴェロニカから「話がある」と耳打ちがきた。急ぎ、レザライサと血長耳たちに頭を下げてから部屋を出る。廊下を歩いて隣の空き部屋に向かった。

 空き部屋に入った直後、両腕を背中に回したヴェロニカが、

「色々あって少し報告が遅れたけど、メルをわたしの眷属の<筆頭従者>にしたから」

「ついにか。色々とは、地下で何かあったのか?」

「うん。カリィって名前の影翼のメンバーを逃がした際に、メルが毒霧を吸っちゃって、眷属にしないとメルが死んじゃうところだったの」

 まじか。そんなことに……しかし、毒霧を出す? 

 カリィの他に人外が地下に棲息していたのか? 罠とか?

「メルが……カリィの他にドラゴンのような人外が地下に?」

「ううん、違う違う。わたしたちが戦ったのはカリィだけ。護衛の殺された数からして、他にも影翼旅団のメンバーが居たかもしれないけど」

 カリィが毒霧? まさか、悪役レスラーのように口から毒霧を……。

「へぇ、でもカリィが毒霧を吹いたのか? あいつは短剣使いだったはず」

「違う、毒はアイテムよ。でも、総長と知り合いだったの?」

 ヴェロニカは眉を動かし反応しながら喋っている。

「昔、戦ったことがある」

「それなのに生きている相手……道理で強いはずよ。わたしとメルの二対一の状況下で器用に避けて逃げ続けていたのは尋常じゃない。吸血鬼ヴァンパイアの<従者長>クラスだったら十分理解できるけどね」

「見た目は人族だけど、実は魔族の血を引く、または、未知の種族だったりして」

「未知の変態なのは確実」

 ヴェロニカは眉間に皺を寄せながら話していた。

 未知の変態。違うような気がするが、ツッコミはしなかった。

「逃げたのなら、もう絡んでくることはないだろ」

「そう思う? 戦闘に関しては楽しんでいる感じだったけど」

 確かにそれはあるかもしれない。

 ヘカトレイルでクナの組織に潜入していたカリィと対決した時の会話を思い出す。

 あの悪態笑顔カーススマイルは忘れない。

「……それはある。「ボクは強い相手が好きなんだァ」とかいいながら登場しそうだ」

 ゆらぁとした動きで現れそう……と、周りを警戒……よかった。現れない。

 男の意地と沽券に命をかけるとか、曠野の狼のように執念深く追ってくるタイプではないと思う。


「変なことをいわないでよ。あんな変態に追跡とか、悪夢よ。ただでさえヴァルマスク家の吸血鬼ヴァンパイア組織と敵対しているのに」


 その言葉で思い出した。天凛堂の空を飛んでいた鴉共と綺麗な白い鳩を……。

 眼が光っていたから目立っていた。


「そういえば、ヴァルマスク家、ファーミリアの一族と思われる鴉が空を飛んでいた」

「やっぱり! あの鴉はそうだったのね」

「だが、高みの見物だろ。仮に俺たちを襲うための偵察だとしても、もうお前はルシヴァルの一族、選ばれし眷属だ。対ヴァルマスク戦線はお前に託すぞ」

「うん……」

 ヴェロニカは俺の言葉を受けて、武者震いをするように小柄な体をビクッと揺らしてから姿勢を正し、瞼を閉じたり開いたりしていた。

「どうした?」

「ううん、気にしないで宗主様♪」

 おかしなやつだ。

「それじゃ、会合場所に戻ろうか」

「待って……噛みついてほしい」

 ヴェロニカはひっそりと色香を含んだ女の顔を見せる。

「ここで噛みついて、か」

「ダメ?」

「構わんさ、いつものことだ」

 と、いいながら、先にかわいい小さい唇を奪ってやった。

「んふ、不意打ちのキスはずるい」

 キスに続いて、白い皮膚のデコルテラインに唇を沿わせていった。

 皮膚の下に覗かせる紫色の血管を律動させている血のリズムから、ヴェロニカがわずかに興奮していると分かった。その大理石の波紋を想像させる、ほんのりと透いている血管に歯を立て、噛みついた「あっん」凄艶な声。

 そのまま黒猫ロロディーヌが呆れるほど……。

 身も魂も狂うような喜びを彼女に与えてあげてから、小さい汗ばんだ手を握り、皆が集結している部屋に一緒に戻った。



 ◇◇◇◇


 ヴェロニカは全身から妙にみずみずしい色気を醸し出していた。

 当然、情事のことは……ヘルメとユイは気付いている。彼女たちからの視線が怖いが、血長耳のレザライサと話していった。


「槍使いシュウヤ・カガリ。【血星海月】の名で正式に契約を結んだことになる。これは、南マハハイムでもっとも強い同盟となるだろう」

「強い同盟か」

「その言い方だと、何か、他に懸念する相手、国、組織があるのか?」


 あるといえばある。西ならラドフォード帝国。

 東ならホクバの【ノクターの誓い】辺りが懸念する相手だが……。


「あるが、それは個人的なことだ」

「ならば……今後ともよろしく頼む」

「了解した。レザライサ・フォル・ロススタイン、よろしく頼む」


 俺が手を差し出すと、彼女は、俺の差し出した手に意味があるのか?

 という疑問符を頭上に浮かべるように片方の眉を少し下げていた。


 そのレザライサはすぐに契約の一種と感づいたのか、ゆっくりとした動作で俺の手を握ってくる。


「あとはこれに」


 続いて、羊皮紙が机に用意。羊皮紙には、幹部たちの署名と血の判子の捺印がある。

 俺も血の判子をしてから、写しの書類を交換。この同盟は、星と海に関係なく血と月だけの重要な関係性と説明を受けた。血星海月連盟という名が行き交っているが、もっとも重要なのは月の残骸であり槍使いだ。と、話をしてから、


「国、オセベリアとの間柄を超えた調印だ。これを意味することは理解できているな? 槍使い」

「理解したよ」


 更にレザライサ、メル、メリチェグを交えた話し合いは続く。

 影翼旅団が瓦解したタンダールに乗り込み、鉱山利権の獲得。

 そして、基本王国からの契約指示で動くことになるが、敵討ちを兼ねたラドフォード帝国各都市への破壊工作。旧ベファリッツ大帝国の皇都へと繋がるマハハイム山脈地下回廊の探索。


「これは、アシュラー教団のカザネが冒険者時代に探索したルートを元にしているが、地下世界は広大で地下の道も変わる場合があるから難しい。主に風のレドンドが探索任務に当たっていたが、数十年かけても一部の地図しか書けていない。<地図制作者ラビリンスマッパー>の能力者は貴重。強者な上に能力持ちとなると、その数は極めて少なくなる。冒険者クランも、まず、手放すことはないから、レドンドの人材集めは苦戦中だ」


 地下か。地上から向かうことは、不可能なんだろう。

 宗教国家へスリファート、アーカムネリス聖王国があるうえに、魔境の大森林がある。


「だろうな、しかし、傷場、魔界への入り口の裂け目がある皇都に何かあるのか?」

「ある。ベファリッツの国務省、賢者院辺りが残した秘宝の隠し場所は知っている。大半は魔族に荒らされて宝どころの話ではないと思うが……」

「そんな宝が……」

「ま、それは建前だよ。変わり果てたとはいえ、一度はこの目で皇都を見たいという思いがある」


 レザライサの瞳は本気だ。


「ベファリッツの特殊部隊、白鯨だったんだろ? 地下の地図とかありそうだが」

「いや、持っていない。戦時中はそんな地下迷宮が存在していること自体知らなかった。しかも、知ったのは南マハハイムに来てから数百年後、百年以上前だ」

「なるほど」

「そして、地上からは皇都に向かうことは不可能だ。知っての通り宗教国家があり、魔境の大森林が広がっている」

「確かに、魔族殲滅機関ディスオルテはしつこく追ってきそう」

「そういう訳で、血長耳に能力者がいれば、地下探索もかなり楽になるのだが」

「この都市なら、凄腕の戦闘能力と地図作成能力を持った者がいるかもしれない」

「それを見込んで、この都市に来てからノウンにスカウトをさせていた……」


 レザライサは死んだ仲間を思い出したのか視線を鋭くさせた。

 ノウンか。メイスを扱っていたエルフかな。


 続いて、南の【星の集い】のアドリアンヌが出資している遺跡が続く街道巡り。

 北のラド峠を越えた近辺で暴れていると噂の砂漠の盗賊団の掃討。

 ヘカトレイルの女侯爵との紛争に関する面談。


「城塞都市ヘカトレイルの周囲で、色々な動きがあるようだ」

「周囲か。レフテン、サーマリアだけでなく、王国内でも?」

「詳しくは知らないが、報告通りならば、そのようだ」

「サーマリアの紛争は直接、侯爵から聞いたが」

「ふむ、陰謀好きなラングリード爺と思考が似た女狐のシャルドネだ。オークションで個人的な戦力を整えていた。そして、西の帝国との戦争で、オセべリア王国が押されていた状況を覆す分水嶺となった砦を巡る争いの報を聞いて……あの頭が切れる女狐だ。【白鯨の血長耳】という絶対的な戦争保険が欲しくなったのだろう」


 それから、フジク連邦の豪商ゴーモックとの取り引き。

 地元のセナアプアのとある評議員からの依頼、その敵対する評議員の謀殺計画。

 エセル界の大扉の間から進出した先の空を行き交う大陸巨石群地帯に上陸を行い、その巨石群地帯の探索、そのエセル界に住まう翼人との争いなど、最後に、


「槍使い、二人だけで話があるから残れ」

「まだ話があるのか?」

「いいから、残れ・・


 と、厳しく熱を感じさせる口調だったので、勢いに任せて了承した。


 途中でこの宿に着いていたメルとメリチェグも頷き合い二人で話していく。

 魔人ザープとはあまり話さなかったようだ。


 血長耳と月の残骸の細かな規約は知らない。

 メルが月の残骸をしっかりと動かしていくだろう。


 こうして、血と月の会議は終わり解散となった。

 レザライサ以外の全員が部屋から離れていく。


 唯一残ったのがカワイイ黒猫ロロだ。

 ソファの端で、丸くなって眠っていた。

 長い尻尾を丸い胴体に沿えて、フアフアしていそうな先端を顎下に潜り込ませている。


 ユイは去り際に屋敷を守っていた血獣隊と、もう一度連絡。

 結局、ホクバは襲ってこなかった。

 平穏無事で血獣隊は中庭で訓練を続けていると、血文字でメッセージを受けていた。


 俺もユイが描く血文字とママニやビアの血文字を見ながら頷く。


 エヴァとも血文字でメッセージを交換。

 『ん、ネレイスカリがレベッカの秘密の限定お菓子をいっぱい食べた!』

 『菓子を隠していたけど、レベッカに見つかって、怒られた』

 

 と、エヴァから報告がきた。


 その間にユイは、南のソクテリア方面に向かったカルードにも連絡を取った。

 カルードは宿場町での一時を楽しんでいるとか。

 旅は順調。

 盗賊、チンピラ、モンスターと少し絡んだが、無難に対処したと。


「心頭を滅却すれば火も亦涼し。と語って、燃えた地面の障害物を利用して、新しい刀技のフェイントを試したそうよ」


 戦国時代の武田に関係する言葉と似ているが、ここでは意味が少し違うのかもしれない。


「カルードの進む地域に、新しい吸血鬼伝説が残りそうだな」

「うん、ヴァンパイアハンターも形無しの伝説」

「それで、いつぐらいに合流予定なんだ?」

「これから旅の準備をしてから向かう予定。寂しい?」

「寂しいさ……」

「ありがと――」


 ユイは抱きついてきた。

 そのまま爪先立ちで、俺の頬に唇をつけてくる。


「昔、別れた時とは違う。わたし、この太刀を使い強くなって真理を探索する」


 ユイの黒い瞳は力強い。前向きのエネルギーが、ユイの瞳から感じられた。

 同時にユイの心と繋がっているような愛しい感覚を得た。


「……そうだな。人生はこれからだ。俺たちはルシヴァル。他の闇夜の舞台の上でぎっくりばったりと活躍するだろう」

「うん」


 彼女は頷くと、精霊ヘルメと千年植物の実について語り合いながら部屋の外に出ていった。



 そして、ソファと机がある部屋にレザライサと俺だけが残る。

 血長耳のボスと二人きりだ。

 美人さんで嬉しいけど、今までと雰囲気が違うので、緊張した。


 それはやはり相手が年長者だからか。

 彼女はネックレス型のアイテムボックスからワインと二つのグラスを取り出す。


「これは特別な古の時代から残っているワインだ」


 と、微笑みながらグラスへ注いでくれるレザライサ。


「槍使い、飲め」


 レザライサはしなやかな動作でワインを注ぎ終えると、持っていたワインボトルを机の上におく。

 彼女は下にあるソファにゆっくりと腰かけて、長い足を組んだ。

 その際に、少し絶対領域が崩れて黒いパンティが見えた。


「あぁ」


 と相槌をするが、露骨に視線は崩さない。紳士だからな。

 レザライサが勧めてきたグラスに手をかけて、グラスを指で挟むように持ち上げる。

 なみなみと入っている紅いワインを覗くようにグラスを斜めに傾けてから匂いを嗅ぐ。


 ――いい匂いだ。フレーバーな香りが漂う。

 グラスの縁に唇を当てワインを飲む。おぉ、一瞬、ラグレンが作ってくれたワインを思い出す。

 少し違うか、滑らかでアルコールという感じがしない。

 舌と歯茎に口内が優しい液体に包まれた。フルーティの爽快さと……。

 不思議な濃さ。魔力テイストの美味しいワイン。


「……どうだ? あまり他では味わえない酒だろう?」


 レザライサは美しい顔を突き出して、自慢気に語る。

 細い顎だ。E-ラインに指を沿わせて触りたい。

 デコルテから続く、膨らんだ双丘の上部が見えていた。

 彼女が着ている服はもう戦闘服ではない。

 体のラインが分かるシャツ系の薄着と、セーター系の羽織物を着ている。


「……確かに、飲んだことのない味、美味しい」

「そうか。嬉しいぞ」


 レザライサはまた長い足を組み直し、


「この酒を家族以外のに振る舞うのは、初めて・・・なのだ」


 頬を染めながら告白するレザライサさん。

 それは暗に好意の気持ちを察しろということか?

 ならば、彼女の心に踏み込もう。


「初めてか、そりゃ光栄だな」


 俺はグラスを机において、立ち上がりながら、彼女の隣に移動して座る。

 互いの匂いを感じ取れる位置から、さらにレザライサへと体を寄せた。

 彼女は体を硬直させた。


「や、槍使い、ち、近いぞ」


 と小声で話すが無視だ――。

 紅く刷いた頬に優しく口づけをする。


「わ、わたしは、傷だらけの、がさつな軍人崩れの女だぞ……それでも平気なのか?」

「レザライサ、キスは嫌いか?」

「ち、違う。す、すまん、戦場と闇社会の哲学しか分からんのだ。不粋で無骨な野暮ったい女だろう? クリドススのほうが女としては上だ。今からでも――」

「馬鹿レザ――」


 恥ずかしそうに離れようとした馬鹿レザの細腕を引っ張り、ソファに強引に座らせた。

 レザライサはキョトンとした表情で金色の長い髪が乱れている。


「お前だから俺はここにいるんだ」

「……そうか、わたしでいいのだな……」


 レザライサの蒼い瞳から一粒の滴が流れた。

 泣かせるつもりは……。

 涙を親指で拭いてから、贖罪のつもりで唇を奪う。


「ぷはっ」


 キスを終えるとレザライサは俺の唇を凝視。

 熱の籠もった瞳だ。喉の奥から唾を飲み込む音も立てる。

 もっとロングなキッスをお望みのようだ。


 俺の唇を見つめ続けていた蒼い瞳は上向く。

 レザライサの蒼い瞳は揺れて、わざと逸らしては、すぐにまた、戻してきた。


 可愛い。


「……こんな気持ちは初めてだ、槍使い」

「盟友同士だ。名はシュウヤでいいぞ」

「それもそうだが、槍使いの名前に慣れてしまった――ひゃぅ」


 レザライサの顔の傷を優しく撫でながら、強引に唇を奪っていた。

 体はまだ硬直している。

 緊張しているんだろう。

 今は男として彼女を労る思いを強めて、リラックスを促すように、上唇に薄い魔力を残すイメージで唇を離すと、彼女は微笑みを浮かべてくれた。


 そのまま紳士的に体を離して、隣のソファに背中を預けた。

 落ち着いた雰囲気を作る。


「女に慣れているな、槍使い……」


 俺の肩から覗き込むように視線を向けてきた彼女。

 その瞳は潤んでいる。


「不安か?」

「そ、そんなことはない!」

「はは、無理するな――」


 レザライサの腰に手を回して引き寄せた。

 そのまま、羽を交わせるように大柄な彼女を抱き締め……耳もとで、実をこめた声を意識して、


「……これからも同盟を頼む」

「勿論だ」


 レザライサは傷がある長耳を可愛らしく小刻みに震わせる。

 と、勇気を出したように唇を窄めて、双眸を瞑ってきた。

 血長耳の盟主、実はうぶな女性か……。

 希望通り、もう一度、彼女の唇を奪ってあげた。

 今度は、少し強めを意識、上唇と下唇をずらしながらキスをしていく。


 顔を離すと、互いの唇から卑猥な音が響き唾が引いた。


 レザライサは俺を見つめてくる。

 その蒼い瞳から欲に飢えた野獣を感じさせた。


「今度はわたしが――」

「おっ」


 レザライサは上に乗っかってきた。馬乗りの状態だ。

 乳首の形がくっきりと見えていた薄着を目の前で脱ぐレザライサ。

 脱いでいる服に金髪が引っかかり靡いた金色の長髪からシトラス系のいい香りが漂ってきた。薄い銀色の魔力を綺麗な裸体に纏っている姿は芸術を感じさせる。エルフらしい豊かな乳房も弾けていた。

 レザライサは急に恥ずかしくなったのか、胸を腕で隠すが、片方の乳は見えている。きゅっと尖る乳首は可愛い。

 くびれた腰から続く太腿から足先のあちこちに、激戦をくぐり抜けたであろう大小様々な傷もあった。

 きっとポーションの回復も間に合わない、または補給物資がない状況の戦があったのだろうな……知恵と勇気で生きてきた戦場痕か……そんな傷を労るように優しく腰に手を回してレザライサを抱き締めた。

「あぁ……」

 レザライサは感じた声を発して弓のように張った胸を震わせてから俺の頭部をぎゅっと両手で包むと彼女は興奮しているのか、その両の掌で頭部をマッサージするように黒髪をもみくちゃすると後頭部に手を回してきた。レザライサの掌には剣蛸があるが、その凹凸が気持ちがいい。

 レザライサの温かい高鳴った心臓音が骨伝導を超えるように全身から直接感じられた。そこから自然と高鳴った興奮の気持ちを、ふれあいに乗せて、エルフな長耳の先端から足先のすべてに注いでいく。


 ◇◇◇◇


 ロロディーヌが起きるほど激しい情事の後、最後に正義の神から頂いたリュートを披露。


「美しい旋律は……故郷を思い出す」

「気持ちが伝わったのなら嬉しい」

「ふっ、この音を紡ぐセンス。槍で戦う姿にある種のリズム感があったのは間違いではなかったのだな」

「そうか? そういえば、槍武奏という戦闘職業も得ていた」

「……聞いたことがないが、納得できる」


 裸体のレザライサは俺の背中に抱きついてきた。

 そこから第二回戦となるが、全身が敏感な裸体となっているレザライサは、早々に失神したようにぐったりとダウンしてしまった。


「大丈夫か?」

「ぁん……」


 ダメっぽい。


「んじゃ、俺はここまでだ。月の残骸はメルに託すから、じゃあな」


 汗が滴る背中を見せるレザライサ。俺の言葉に反応できない。

 ヘルメが好きそうな綺麗なお尻を露わにしているレザライサの姿を眺めて微笑んでから、帰ろうと、立ち上がる。

 すると、男と女のムンムンとしたフェロモンの臭いを嗅いでいたのか、フレーメン反応を起こして鼻を膨らませていた黒猫ロロディーヌが傍にきた。


 黒猫ロロは「ンン、にゃ?」と、挨拶をすると、俺の肩に戻ってくる。


「待たせたな、ロロ」

「にゃぁ」


 俺の頬を肉球で叩いてはこなかった。

 相棒は「ンン」と喉声を響かせると、小さい舌で頬をペロッと舐めてくれた。その黒猫ロロを肩に乗せたまま宿の部屋を退出した。通りに出ると暖かい陽の光が出迎えた。気持ち良い! よーし、屋敷に戻ってネレイスカリの姫さんを伴う旅といこうか。レフテンに返してやろう。

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