二百五十七話 アメリの思い

 ルビアがアメリに、

「アメリさんというのですね。わたしはルビア、クラン【蒼い風】で冒険者をしています」

「はい、ルビアさん」

「……いきなりですが、そのアメリさんの目に、わたしの癒やしが効くか試してみたいのです。癒やしの魔法を掛けても宜しいでしょうか?」


 ルビアは回復魔法を無詠唱で使える。

 魔界の女神メリアディに祝福されていると思われる力ならば神咎に効く?


 神の子の力ならば……。


「え、この目にですか?」

「わたし、回復魔法を使えるんです」

「回復……神聖教会の関係者の方なのですね。でも、多分、効かないと思います」


 アメリは遠慮気味に断ろうとしているようだ。


「光神ルロディス様を信奉し神聖教会に通ってはいますが、関係者ではありません。そして、貴女がお話をされているように効かないかもしれません。ですが、アメリさんのお話を聞いて……感動したんです。貴女のような尊敬できる女性は中々いない! アメリさんのために行動したい……わたしを助けると思ってお願いします」


 ルビアはありのままを打ち明ける。


「ふふ、でも、わたしが尊敬なんて……」


 アメリはそう呟いた。ルビアは頭部を振り、


「これも光神ルロディス様のお導き。わたしもシュウヤ様に救われた者として共感する思いもあります」


 ルビアは俺を見ながらそう語る。


 真摯な態度だ。

 照れを覚える。


「シュウヤ様に救われた……納得です。愛の女神のような方ですからね」


 アメリも俺を見て呟く。


 傍にいるナオミさんとトマス氏はアメリとルビアの言葉を聞いて、これまた真剣な眼差しを寄越してきた。

 

 思わず視線が泳ぐ。


 そこに、


「しかしです。正直に言いますが、わたしは、この不自由さが楽なんです!」


 アメリの強い口調が場を制す。


 皆、アメリを注視。


「……ですので、わたしが尊敬に値するかどうか……オカシイと思われるでしょうが、わたしはわたしの価値観があります。目が治って父さんが喜ぶのは素直に嬉しい。それも救いです。しかし、わたしは嬉しくない。わたしはこの不自由さが自由であり、神様がお与えになった祝福だと思っているんです……この神咎があるお陰で、他の人の痛みと辛さが分かち合える……だからこそ有意義に生きられる。そして、この神咎があるからこそ、シュウヤ様と出会えた――」


 アメリは宴会が行われている中庭へ視線を巡らせながら語りつつ、頭部の動きを止めた。


 凄い。

 アメリは目が見えないが、第六感で、俺を見ているのだろうか。


 しかし、アメリは清い。


 いや、俺が清いと思うだけで、彼女にとっては極自然の……むしろ受け入れている事象か。


 寛容と愛。

 それが彼女の生きる指針。


 価値観といったように、彼女にとって盲目が当たり前。


 人間は自然と老衰する。


 それは目が見えていようが、見えまいが、変わらない。


 裕福だろうが貧乏だろうが変わらない。


 だから、普通に在るがままに受け入れ自然と生きていく。


 そんな心なのかもしれない。


 一方的にアメリから受け取った思想だが……。


 ルビアは、


「……そうですか……でも」


 力なく発言。

 

 アメリを治してあげたいと思うのは当然だ。


 しかし、目が不自由なアメリは治療を望んでいない。


 アメリの言葉は本当だと思う。


 沈黙が流れた後、アメリはルビアの優しさを受けて考えが変わったのか、微笑む。


「……ルビアさん、優しい貴女にも出会えた。そして、愛の女神のような女性のようです……ふふ。回復魔法をお願いできますか?」

「あ、はいっ、勿論です。では、いきます! 準備はいいですか?」


 と、遠慮がちに聞いてくるルビアの方へ、アメリは盲目の目を向け直すと、胸を張り、


「はい、お願いします!」


 と、力強く答えていた。


 ルビアはアメリの応じる態度を見てから、静かに微笑む。


 ルビアは少女だが、ベテランのヒーラーの雰囲気を漂わせながら、アメリに近寄って手を翳した。


「……大癒グランド・ヒール


 ルビアの鈴の音を感じさせる声が響くとルビアの瞳色が青から赤く染まる。


 すると、ルビアの頭上に血塗れた赤黒色に輝く杖を両手に持った女神が出現。


 神々しい女神は三つの目を持ち慈愛の表情を浮かべている。


 そして、その三つ目の内の中央の瞳が動く――。


 俺を見つめてきた。


 え?

 なんで俺? 

 女神は意味あり気に微笑み、口を動かす。


 ……る? リップシンクの動きだけでは分からない。


 その女神は消えてしまった。


 同時にルビアの翳している細い手が赤く輝く。


 ルビアの手から放たれた赤い光がアメリの頭から全身に掛けて覆われる。その赤い光は染み入るように皮膚の表面の中へ消えていった。


 アメリに大癒グランド・ヒールの魔法は掛かったと思うが……。

 アメリの二重の瞼の真っ白な瞳は前と変わらず。


「……駄目でした。ごめんなさい」

「ううん。気持ちだけで嬉しいです。そして、深い愛、深遠の闇を併せ持つ深い愛を感じました」


 神咎強し。

 そう都合よくいかないか。


 メリッサを癒やした聖なる花弁も効かないようだし、魔法では無理か。


 父親に話をしていないが……。

 俺が眷属化をアメリに実行したら

……しかし、<筆頭従者長>か<従者長>にして、俺の螺旋にアメリを巻き込む?


 それもまた違う気がする。


 傲慢だろう。


 なにより、従者化しても目が治る保証がない。


 そして、アメリの価値観倫理を捻じ曲げてしまうかもしれない。


 ま、治してあげたいから話すだけ話してみよう。


「ルビア、少しアメリを貸してもらうぞ」

「あ、はい」

「――シュウヤ様?」


 アメリの手を握り


「いいから、少しついてきて、個人的に話がある」

「わかりました」


 アメリを俺の部屋に誘導。

 そこで、ルシヴァルの血について語る。

 不死になれば、その眼が治るかもしれない。眷属にならないかと。


「……今のことは内密に頼むが、どうだろう。やってみる?」

「重大な秘密。誰にも言いません。そして、労わりの心を持つシュウヤ様。やはり、愛の女神のようなお方ですね。その気持ちは凄く嬉しいです。でも、わたしは普通に生きてお婆ちゃんになって死にたい。歳を重ねて、腰が曲がり骨と皮が目立つ盲目のお婆ちゃんに……そして、できたら互助会の活動を続けて孫たちに囲まれながら、その幸福をみんなへ分け与えるように、不自由な子供たちを救っていきたいのです。ですから……不死の命は要りません」


 断られてしまった。そして、お婆ちゃんになりたいかよ。

 すげぇ、その言葉は楔のように俺の胸を穿つ。

 不死の命を断るとか……清い。清すぎる。

 俺はあまりに神々しいアメリの姿に、胸が震え――思わず片膝を突く。


 両手を組みアメリのことを拝んでいた。

 すると、自然と身に着けているハルホンクコートの胸元、暗緑色の布が左右へ自動的に展開されて開く。

 俺の左胸が露出した。

 そして、その胸に刻まれてある十字のマークが光を帯びる。


「あれ、光、十字架……」


 え? アメリが俺の方を見ている。


「今、光の十字架が、見えました。そこにシュウヤさんが居ると分かります。あ、でも、十字架は消えて……」


 アメリの反応の通り、俺の左胸にある十字架の光はもう消えていた。


「目は治っていないか」

「はい、不思議ですね。一瞬の間ですが……本当に十字架が見えました。そして、光神ルロディス様の声も聞こえたような気もします」

「声?」


 俺は聞こえなかったが。


「この者に幸あれ、光あれ、と……」


 心に響く。しかし、そんな声が。アメリを凝視すると……真っ白い双眸の中に光十字の模様が浮かんでいた。


「アメリ、本当に目が見えてないのか?」

「はい、変わらないです」


 アメリは瞬き。双眸から光十字の模様は消えていた。俺の錯覚? だとしても、まさに聖女アメリの誕生なのかもしれない。

 が、アメリは光神ルロディスより愛の女神を信じているような感じがするが……。


 神界セウロスの神々も細かいことは気にしないのかな。前にルビアが語っていたように『心の中に教会と信仰』があれば……。


「……シュウヤさん。ルビアさんとお話がしたいので、戻りますね」

「あ、うん、送るよ」

「いえ、大丈夫です。ちゃんと手で触って確認をしてましたから」


 そう言って、アメリは手を空に伸ばし壁に指を当てると小さく頷く。そのままスムーズにすたすたと部屋を出ていった。

 心配だから付いていく。

 が、余計なお世話だった。

 アメリはちゃんと地に足をつけて、立派に廊下を歩いてリビングに向かう。


「……ふーん、今の子、シュウヤの眷属化を断るなんて信じられない……」


 廊下にいたヴェロニカだ。俺の部屋の扉は常に開きっぱなしだからなぁ。

 今のやり取りを見ていたらしい。

 ヴェロニカの皺眉筋がぴくぴくと見事に動き眉をひそめている。


「イライラしてきた、何なの! 生意気よ! 何がお婆ちゃんよ! フザケンナっ、わたしは、わたしは……」


 ヤベェ、価値観の相違を目の当たりにしてか、機嫌が悪い。まぁ、当然か。普段は絶対に交わらない同士。光側の知り合いと闇側の知り合いだ。しかし、これは俺の混沌でもある。ま、フォローしようか……泣きそうな表情を浮かべて機嫌が悪いが、ある・・ことをヴェロニカに話せば……分かってくれるはず。

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