二百三十話 悪夢の女神ヴァーミナ
牛顏、イケメン魔族、銀髪女たちが居る背後へ顔を向けた。
そのまま右手に握った魔槍杖を回転させ床に敷かれた魔法陣の一角を潰すように竜魔石を強く置く。
竜魔石が魔法陣の一角を潰した刹那。
硝子が破れる音が鳴り大きな火花が散った。
――驚いた。
ん? 散っている火花の中に闇印が映っている?
『閣下、あの火花から神々しい魔力を感じます』
『あぁ』
印に捕らわれるような疑似感覚を得る。
更に、火花の中から闇炎を纏った三つの勾玉印が出現し、その印が唐突に、凄まじい速度で俺に迫ってきた。
『闇印が――』
「にゃ?」
ヘルメ、
闇炎印は避けようがない速度で、俺の身を突き抜けてから自然消失。
幻かと疑問に思った時、頸の横にチクッとビリッと電流が走ったような微かな痛みを覚える。
※ピコーン※<夢闇祝>※恒久スキル獲得※
スキルの獲得と共に微かな電流の痛みは消えていた。
指裏で微かな痛みをなぞるように触ると……血の感触と斬られたような小さい傷がある?
入れ墨のように残っている感じだ。
スキルの獲得だから闇の力を吸収したのか? 分からない。
『……あまりにも速く、反応ができず、申し訳ないです……』
『気にするな。俺でよかったんだ。ヘルメに、お前に傷でもできた方が精神的にキツイ』
『……はい、閣下の愛を感じます。アンッ――』
言葉じゃなく行動で示す。魔力を送っただけだが。
そんなことをしていたら、印を放ってきた火花たちの中から映像が流れ出す。
映像の世界と現実の地面に描かれた魔法陣がある洞穴世界が重なり合う。
すると、ぐるりと天地が取り変えられた。
目の前のものが全て、震動雷電、天と地がひっくり返った。
俺は湖畔に居る? 転移? なんだ?
幻術? 印により取り込まれた?
淡い火影のような月明かりの世界……?
空は卯の花弁と蛍の星影が漂っている。
仄かな霧が風景を暈す。白湖の銀世界が広がり、宙には後光を発している紫金の大樹木が浮いていた。
紫金大樹の根本、白茎の部位から大滝のように白銀色の水が流れ落ちていく。
あの白濁水が白銀湖を形成しているのか?
宙に浮かぶ紫金の太い樹幹には虹色の光を帯びた複眼が埋め込まれてあった。
煌びやかな瑪瑙の枝には珊瑚の葉と勾玉の三つ闇花が咲き見たことのない黒真珠のような果実も付いている。
存在感ある紫金の大樹の周りには、闇炎を身に纏う巨漢黒兎が漂っていた。
未知の動物型知的生命体だ。
その下に広がる白湖には足を浸けている女性も居た。
女性の身長はそんなに高くないから浅い湖らしい。
髪色は湖と同じ白銀色。背中が開かれたドレス、単袴のような美しい衣を羽織っている。
その女性の後ろ姿……嬋娟で、透き通るくらいに白肌だ。
一秒間に六十コマ以上の滑らかさで動く……ストップモーションのように、その一フレーム、二フレームの光景に釘付けとなった。
その彼女は……何かを祭るように、大きな魔物の丸い頭部を両手で持ち上げている状態。
祭り? 祝いの儀式か、分からない。
すると、頭上に掲げている魔物の大きな口から白濁水が吐き出れる。
白濁水を頭に浴びていた。
水垢離で豊穣祈願するようなものか? しかも、その白濁水は普通じゃない。
周囲にその白濁水が飛び散ると、
闇の子鬼? 子精霊を感じさせる小人たちは、風が水の面を滑るように動き踊る。
兜の前立物の鍬形を備えた伎楽面の黒兎顔。
能面顔、般若顔、白くもあり黒くもある特徴的な顔立ちばかり。
彼ら小人たちはシンバル的な寺で使うような楽器の
楽器を持っていない複数の小人たちは塗り傘を被っている。
黄心の樹と弓張り提灯を手に持ち、傀儡廻しで踊る人形のように踊る小人も居れば、念仏踊り、田楽的に踊ったり小人も居た。
それぞれの小さい顔へ墨痕淋漓とした筆を使い三玉宝石の絵を描いたりしている小人も居る。
『ここは幻術世界? 魔界でしょうか』
『たぶん……』
子鬼たちが水面の上で踊る暮春的な奇怪世界。
暫し、呆気な心境になっていたところに……。
怪物頭から白濁水を浴びていた神々しい白銀色の髪の女性が首を動かして、俺の方へ振り向こうとしてくる。
そして、その白濁水を浴びていた女性が振り返った。
ヘルメのように長い睫毛で、流し目の瞳。
その瞳はドキッとさせるような濃厚なエメラルドと深淵の闇を感じさせる色彩を持っていた。
あのエメラルドの中にある小さい宇宙の瞳は美しい。
細面の美しい顔立ちで白磁器の肌。
しかし、鼻と首が……。
鼻を両断するような真一文字の闇炎の傷があり、細い綺麗な首は半分ほど鋭利な刃物で斬られたような痕があった。
首に傷を持つ不思議な女性だが、依然として頭上に人形のような魔物の頭を掲げた状態だ。
その人形の頭部のある口は嗤うように横へ広がっている。
口の中には歯並びの良い巨大な歯と牙も覗かせているので、鬼のようにも見えた。
今も魔物の口から勢いよく放出されていく白濁水を浴び続けている女性。
指は、水けを含んで膨らんでいない。
『魔界の女神。魔力の波動が神々しい……』
左目に宿るヘルメが姿を視界に出さないで、呟く。
魔界の神、この儀式で恩恵を得ている女神か。
白濁水を浴びている女神。
首が斬られた傷痕からは血は流れていないし恐怖心を抱かせるが、美しい女性の姿なのは変らない。
その美しい女性が、落魄的気分を愛するような悪趣味な笑顔を見せてきた。
『汝、誰ぞ……妾に贄をくれたナロミヴァスはどこぞ?』
脳内に響く声。
「さぁ、俺はシュウヤですが、貴女は?」
俺に合わせてきたのか、薄紅色の唇を動かす。
「シュウヤか。妾は悪夢の女神ヴァーミナ……」
水声の質で自己紹介してから俺に近寄ってくる。
「……シュウヤ、美し黒き瞳を持つのだな。しかし、妾と直接的に繋がることが出来るとは、シュウヤ……汝は、何者ぞ」
同じ魔界の魔毒の女神ミセアとは……また違う口調だ。
近寄ってきた女神だけど、彼女はまだ鬼の頭を持って白濁水を浴びていた。
細い両肘のラインが美しく曲がり腋も覗かせている。
その腋に見惚れながら、
「……強いていえば、槍使いでしょうか」
「ほぅ……槍使い、魔界騎士、いや、武王のようなモノか、覚えておこう」
武王? 初めて聞くフレーズ。
その女神が身に着けている単袴の衣の生地は透き通っていて薄い。
そして、白濁水により濡れた衣が肌に密着しているので桃色の肌が露わに……美しい……正に水に滴るいい女神。
いや、悪夢の女神。
当然のごとく、半球形の膨らんだ桃色乳房の頂点がきゅっと尖っているのがまる見えだ。
あのボタンを押したい。
思わず、ゴクッと唾を飲み込む。
それほどに悩ましく美しい。
悪夢の女神とは……とても思えなかった。
不思議で奇怪な情景も合わさり、なんともいえない興奮した気持ちになる。
すると、女神ヴァーミナは俺の胡乱な視線に気付く。
彼女は恥ずかしいのか可愛らしい仕草で身を捻る動作を取ると、頭上に持っていた鬼頭を俺に投げつけてくる。
更に、悲鳴をあげたような口の動きへ変化さて、胸元を隠していた。
その鬼頭が白濁水を撒き散らしながら凄まじい速度で、俺に迫ってくる。
避けようと――動こうとした次の瞬間、脳内に鉦が静々と打ち鳴らされ視界は急転。
さっきと同じように視界が移り変わると、現実の洞穴世界に戻されていた。
そして、本当にリアル世界、俺が二つの足で踏みしめている地面の巨大魔法陣から、女性の悲鳴が足裏を震動させるように轟かせてくる。
少し混乱……ふぅ、魅了されていたのかもしれない。
しかし、今のコンマ数秒の神懸かり的な出来事は周りの使徒たち
俺とヘルメのみか。
もう少しあの女神とは話をしたかったかも。
ま、しょうがない。
『とりあえず、今はあの三人に集中だ』
『はい』
彼らの見つめてくる視線に応えるように胸を張る。
後ろの生贄台で寝ている金髪の女を守るように仁王立ちを行い、口を動かす。
「……よぅ、牛顏、お前か? 女を喰ったのは」
「その槍といい、足元の黒き獣は……まさか……」
牛顔は俺の質問には答えず。
ゲジゲジ眉をピクリと反応させてから鋭い視線を俺と相棒へ向けている。
魔法絵師らしく片腕に額縁を出しているので、あれがメイン武器だろう。
ずっと前に自慢気に語っていた……あの絵からモンスターを出す気か。
「あら? ……この匂い」
魔族、牛顏と対決していた銀髪の女の言葉だ。
彼女は浅黒い肌を持つ美人さんでもある。
その彼女は青い瞳で俺の方を見て、鼻翼を拡げ窄めのクンクンと犬のように鼻を動かしてから、銀髪の形をクエスチョンマークへ変化させていた。
『……やはり、異質な化物。他の魔族と思われる二名も膨大な魔素を内包してます。油断はできません』
ヘルメの忠告通り、油断できそうもない。
あの銀髪は形を変えて面白いが、こいつも敵と認識だ。
……敵の敵は友になるかもしれないけど。
「クロイツ、この槍使いを知っているのか?」
魔族の言葉だ。
「はい、ナロミヴァス様、前に一度、彼とは話したことがあります」
魔族を様と呼ぶのか。牛顔の上司がイケメン魔族とはな。
まさか、ヘカトレイル近郊にあった魔迷宮のサビードと同じような感じか?
確か、六か七魔将とか語っていたことは覚えている。
あの時は戦う理由がなかったが、今回は違う……。
「……それで、女を喰っていたのは、どいつだと聞いているんだ、牛顔」
「煩いですね……」
牛顔ことクロイツは俺に応える気はないらしい。
彼は双眸に魔力を溜めると同時に手に持っていた額縁へ魔力を送る。
その瞬間、額縁から圧縮された空気が弾け出るように烈風を生み出しながら三つ頭を持つ犬魔獣を登場させてきた。
額縁に納まっていた絵と同じモンスター。
あの身を包んでいる甲殻の部位は硬そうで滑らかそうな鎧。
「ガルルゥゥ」
「グゥゥガッ」
「ガウゥッガゥ」
牛顔も戦士のような立派な体格だけど、この三つ頭を持つ犬魔獣は、それを優に超えていて姿が大きい。
三つの大きな口から唾が滴り落ち牙が生えていた。
まさに、魔界に生息してそうなモンスター。
ダンテ世界に登場する地獄の門番ケルベロスを想像した。
仲魔にしたい。
「にゃごお」
仲魔は要らないらしい。
「あっ、そのワンコっ! こないだのオシオキをしてやるんだから!」
銀髪女がそんなことを叫ぶと、先に動く。
手の指から黒爪を生々しく中空へ弧を描くように伸ばすと、牛顔とその三つ犬魔獣へ先端が尖る黒爪を向かわせている。
この状況を利用しよう。
「チッ、リリザ、こないだのように――」
水属性の《
銀髪女リリザの攻撃に合わせるように牛顔へ氷の弾丸魔法を向かわせる。
牛顔は突然の二方向からの襲撃にも表情は崩さない。
犬魔獣に一言命令を下してから、尖った釘が一本一本打ち込まれていくような靴音を立てながら冷静に身体を退かせると、額縁の反対の腕に握られた魔法書らしきものから積層型魔法陣を瞬く間に展開させている。
その魔法陣から魔法槍、魔法剣を周囲へ生み出すと、俺の氷魔法と銀髪女リリザが伸ばしていた黒爪を衝突させて相殺させていく。
犬魔獣の三つ頭の口からも氷の息吹が放たれた。
空中へ氷の道を作るがごとく空気を凍らせながら、黒爪と氷の弾丸も凍らせて迎撃している。
凄い……敵ながら洗練された魔術師系の動きに尊敬を抱く。
俺が放った魔法氷の弾丸も、凍ってしまい、カサブタができるように大きくなって床へ落ちていた。
その僅かな隙にいつもより姿を大きくしている力強さと敏捷さを併せ持つ
首元から生やした数本の触手を大型犬魔獣へ伸ばしていた。
触手の先端から、にゅるりと伸びた銀色を帯びた骨剣が大型犬魔獣の胴体の一部を貫く。
「にゃごぉ――」
そのまま持ち上げた大型犬魔獣を窪んだ地形の外、光が失われている魔法陣の外側へ投げ飛ばしていた。
窪んだ中央部を囲むように盛り上がった地形に並んでいる大きな鉄檻の一つに衝突した大型犬型魔獣。
肉が潰れる鈍い音を立てながら鉄檻の形は大きな魔獣型の型に凹む。
大型犬魔獣は鉄檻から飛び出た鉄棒の一部が胴体に突き刺さり、夥しい量の血を周囲に傷口から撒き散らしていたが、その刺さった鉄棒を難なく引き抜き跳ねるように立ち上がる。
そのまま三つ頭を周囲へ巡らせて、投げ飛ばした
あの大型犬型魔獣は神獣ロロディーヌに任せよう。
そして、大柄の牛顏は銀髪の女に任せる。と思ったら、
「あぁぁー、牛顔の獲物はわたしのなの! この馬鹿豹が――」
銀髪女リリザは
浅黒い肌の腕を伸ばして、指先から黒爪と宙に漂う使役しているだろう骨魚たちを
「フェデラオス、今です」
目の周りに魔力を含んだ暈のようなものが輪どる牛顏が、
彼女の側面へ氷の息吹を放ち、銀髪女リリザへ氷ブレスを浴びせていく。
あの銀髪女の身体が凍っていく……。
頭も鈍いが動きも鈍いな。と、思ったが違った。
凍っていない体の部位がぐにょりと蛇のように形を変えると氷の息吹を喰らっていた身体の部位から脱皮するように移動をしている。
そのまま、凍った部位を再吸収しながら、元の銀髪の浅黒い肌を持つ女性の姿へ戻っていった。
動きが鈍い化物だが、タフか……。
二十階層で戦ったおっぱい幻術を駆使してきた、白き守護者級の姿が脳裏に浮かぶ。
いかん、いかん、あのモンスターは忘れよう……。
予想以上におっぱい研究会の歴史に
筆頭従者長たちに癒されたい。
だが、タフなモンスターなら、ママニの話していた情報と符合する。
やはりあいつが
あのリリザは屋敷に居るママニたちより、あの牛顔とイケメン魔族を優先させた?
彼らのグループとリリザは一悶着あったのか?
そんな予想……リリザの行動原理を分析をしていたら、牛顔ことクロイツに指示されたフェデラオスの大型魔獣が、その銀髪女リリザへ向かっていく。
一方で
フェデラオスの犬型の大魔獣へ
フェデラオスは痛みの咆哮をあげるが、四肢を震わせ膂力を見せるように距離を取った
『閣下、いつでも乱入できますので』
『おう、だが、特等席でみとけ』
『はい』
ヘルメは視界に現れていないが、戦いたいという思いは感じる。しかし、今回は俺と相棒だけでいくつもりだ。
さて、あの熱狂と混沌がごちゃごちゃに混ざる三つ巴の大渦が巻く戦いだが……俺の現時点での本命は、
女性たちを捕らえていた集団の首謀者と思われる未知のイケメンな魔族だ。
ナロミヴァスと呼ばれていた魔族男。
牛顔が戦っている最中に、魔刀剣らしきものを目尻から引き抜いて、魔剣の二刀流の構えを取っていた。
そんな剣術だけじゃないと推測できるが、聞いておく。
「お前が、女たちを捕らえて儀式をしていた首謀者だな」
「……そうですよ、贄を沢山、頂きました。ほどよい肉ばかりで美味しかったですねぇ、しかし、貴方の夜を感じさせる“瞳”何か、親近感を覚えますね……」
女たちを喰った張本人か……。
何が親近感だ、イラッとくるが、そのイケメン魔族へ間合いを詰めていく。
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