二百十五話 ラグニ族の集落

 ヘルメが左目に収まるや村人たちがどよめく。

 彼らは興奮して騒ぎ出した。


「凄い、左目の中に……」

「様々な魔法を操る力をお持ちのようだ」

「二つ目の英雄様は邪界導師と魔界騎士のような不思議な力を持つんだな」

「邪界導師キレ様も単独でデイダンを倒せるか分からない」

「あぁ、二つ目の英雄様は凄い。あの黒い瞳に魔力を感じるし」

「二つ目だが、ご先祖様の御霊であるクイン様とリク様のお力が宿っているのかもしれぬ……」

「そうよ。きっと導いてくださったんだわ」

「あの伝承歌は本当だったのね……」

「カッコイイ……」


 感嘆な表情を浮かべて語る村人たち。

 その中から一人の老人が前に出てきた。


「……二つ目の英雄様、我らを救って頂きありがとうございます。良かったら名を教えてくださいませんか?」


 俺に村を救ってくれと頼んできた村長さんだ。

 白銀色のオールバックで渋い。

 エルフより短い耳が斜めに上に尖がっている。

 骨を使ったアフリカン的な耳飾りが耳朶の中心を貫く。

 その顔を見ながら、


「……シュウヤです」

「シュウヤ様……その名は忘れませぬぞ。愚劣なるデイダンを屠る槍使い。英雄シュウヤの名を」


 英雄か。

 そんなつもりはなかったが喜んでくれるなら嬉しい。村長さんは、恭しく頭を下げてから手を差し伸べてくる。


 ――応じて、村長さんの手を握った。

 相手はお爺で美女ではない。

 が、この独特な肌触りと掌のぬくもりは、俺を包むように感じた。


 種族関係なく救い救われの一つの温かい儀式だなと。


 そんな面持ちで皺が目立つ手を離した。

 素直に気持ちを伝えよう。


「……助けることができて、よかったです。しかし、偶然ですから」

「英雄シュウヤ様、お言葉ですが、わたしは偶然に思いません。祖先の導きだと考えています」


 祖先か。


「シュウヤ様、我々には些細な物しか出せませんが、お礼がしたいです。村に来てくださいますか?」


 無理に断ると犠牲になった方も浮かばれないか。

 しかし、少しだけ村に立ち寄るにしても、俺たちの目的は魔宝地図のお宝。

 邪界ぶらり旅じゃないが、少しだけ湖を見て、できるだけ失礼がないようにしてから旅立つかな。


「……旅の途中ですから、少しだけ寄る程度なら」

「はい、勿論です。英雄の恩ある方を無理には引き止めません。では、こちらです――」


 ファード村長は足早に歩き出す。


 そこで、選ばれし眷属たちに目配せをした。

 彼女たちは頷きついてくる。


「皆の者っ、デイダンを倒してくれた英雄たちにお礼をする! オザ、宴の用意だ。ティトは残りの者を纏めて、犠牲者の確認。その家族たちの世話をしろ。弔いは戦士たちを集めた湖の時間。いつものように祭壇で行う」

「「はい」」


 村長から指示を受けた村の方は各自で判断して散っていく。


 犠牲者の家族たちの姿も見えた。

 当然、父、兄、か分からないが、家族の死によって悲しみに包まれている。


 忍びない気持ちになるが、こればっかりはしょうがない。


 二つ目の英雄二つの目の美女たちから、持て囃された俺たち。

 笑い喜び話しかけてくる村の方に囲まれながらファード村長の後を付いていった。


 側にいる選ばれし眷属たちもぎこちない笑顔を浮かべている。


「シュウヤ、交渉を含めて一切を任せるからね」

「……未知の言葉といい、難しいことを易々と理解するなんて、マスターは言語専門の知識も有しているのですか?」

「ん、ミスティ、シュウヤは宗主」

「分かってるわ、ドワーフ語に比較的近い感覚だから少し興味が出たのよ」

「ご主人様はダークエルフ語、ノーム語、地下世界の言葉も巧みなので、言語専門の知識はありますよ」


 黙って見ていると、秘書&助手のヴィーネが俺の代わりに説明をしている。


「そういうことだ」


 一瞬、しょうゆこと。

 と、ポーション瓶を使い、いいそうになったが止めといた。


「知識というか、特別なスキルがある。だからある程度の言語は分かるんだ」


 さり気無く、真面目な顔で大事なことを告白。


「凄いわ……翻訳家の仕事は勿論、探検の仕事が楽にできそう。アーゼン文明の古文書とかも読めるのかしら、南の大海を渡る探検チームは国も力を入れているから、マスターの力を知れば、有名なフリュード冒険卿から誘いの連絡が来るかもしれないわね。後、未知の古代遺跡から発掘される石板の文字とか……ペルヘカライン大回廊の地下に眠ると言われている“古代の眠り姫の伝説”とかに挑めるかもしれない。ファダイクの“不窟獅子の塔”に刻まれた文字とか、アムロスの孤島の先にあるという黒霧の呪い島ゼデンにあると言われている古文書」

「……黒霧の呪い島ゼデン」


 ユイは聞いたことがあるようだ。

 サーマリアの東には色々と群島国家を含めて島々があるんだっけ。

 ミスティが語ったフリュード冒険卿は覚えている……シャルドネの晩餐会の時に居たな。


 南の大海から戻ってきたとかで王様と会ったとかシャルドネと会話をしていた。


「ロシュメール遺跡にある“古代ドワーフ王国の伝説”も調べられるかも? ゴルディクス大砂漠の“古代遺跡”とか、ロロリッザの“巨人文明”についても調べられるかもしれない……」


 ミスティがワクワクしているのか、爪を噛みながら興奮して語る。

 語尾に小声で糞を連発していたような気もするが、指摘はしなかった。


 彼女は先生だが、冒険者でもある。

 知的好奇心が刺激されたようだ。


 そういえば……クナが持っていた断章に巨人文明の記述があり、ロロリッザという国が出てきたな。

 それに、膝に矢を受けた冒険者ザジとの迷宮話にも同じ国の名前が出ていた。 

 ロロリッザは、宗教国家ヘスリファートの北だっけ。


 かなり北の国なんだよな。

 ま、遠い国より近い国。

 実際に体験している近場のペルヘカラインの話題を振るか。


「……ペルヘカライン大回廊なら一度潜ったことある」

「あ、わたし、前にシュウヤが東で冒険者の活動をしていたと聞いたことある」

「そそ、レフテン王国の王都ファダイク辺りからかな」


 あの空高く続いてる不窟獅子の塔。

 この間、宇宙空間に出た時には見えなかった。

 まぁ、あの時は興奮していたうえに、見知らぬ宇宙生物も居て驚いたからな……。


 昔と最近の出来事を思い出しながら会話を続けて歩いていると、木材で作られた簡易な防壁と青白い湖に隣接した集落が見えてきた。

 壁にはあちこち穴があり、生々しい血の跡もある。


「ここがラグニ村ですぞ」

「にゃあ」


 黒猫ロロが小鳴きながら片足で、肩を叩いて反応を示す。

 小鼻の鼻翼も拡げ窄めてを繰り返していた。


 なんだ? くんくんとさせて、匂いが気になるのか?

 それともあの木壁に爪とぎでもしたいのかな?


 軽く笑いながら黒猫ロロの頭を撫でてあげてから、木の門を潜り村の中に入っていく。


 みすぼらしい村の中央へ続く導線のレールに乗り村長の後をついていく。


 右辺には大きな湖に張り出す形で組まれた木製の波止場があり、多数の釣り船と漁船が並ぶ。


 湖の上に灯りたちが浮かぶ、一つ一つが意思の凝りかたまったような冷たい星が光っているように。


 見たことのない湖岸の風景だ。

 でも、車窓の風景を感じさせた。

 湖の色が胸の窓に染みるように流れ込んでくる。


 手前には投げ槍、大盾、釣り竿、置き網漁に使われる網の残骸、海藻、アンコウ、角付き鉄砲魚、蛸、イカ、開かれた魚、アジの開きのような干された魚が並び置かれた木製の机があった。


 湖の方からは無数の魔素の気配が感じられる。

 魚、モンスター? 


『魔力が点在しているので、生息しているのはお魚さんだけではないですね』

『うむ。あの湖の中はいかないからな』

『はい』


 常闇の水精霊のヘルメ的には、水浴びとかダンスをしたいだろうけど。


 そこに黒猫ロロが肩を叩いてきた。


「ロロ、この干物は食べちゃだめだぞ」

「ンン、にゃおあ」


 喉声が混じっているが、一応おざなりな返事で鳴く黒猫ロロさん。

 あの干した魚が食いたそうにしているが、今は我慢してもらう。


 村の左には縄ロープに吊るされた丸太が見える。

 革袋と革紐で作られてある人型の人形もあった。


 あの器具、村の戦士が訓練に使っているのだろうけど懐かしい……。

 【修練道】での激しい修行時代を思い出す。

 俺の爪先を軸とした回転避けの極意は【修練道】での木人、丸太、縄網、を使った激しい訓練で身に付けたんだ。


 他の左辺には家もある。

 変色した麦藁菊とイワシの頭のような魚の頭を枝に刺して門口に飾ってあった。


 鰯の頭も信心からというが、この地方独特の信仰がありそうだ。

 床が汚れて悪臭が漂ってきそうな便桶らしき物も見える。


 藁ぶきの屋根が多いけど、壁材はしっかりとした木材が使われているのが分かる。

 特に太い柱は立派。

 この村には専門の樵さん、家具と家作りの職人さんが居るんだと判断できる。


 只、村の端にある入口から続く防壁は……。

 入口周りと同様に、真新しい穴が数多く空いている状態。

 大きく損傷している個所もあるので、村の防衛能力に不安を覚えた。


 柵が飛び出ている個所もあり、古風な村としての雰囲気はあるが……。


 村の中心には、岩の壇がありその上に尤もらしい祭壇があった。

 祭壇は紫と白色が混ざった色合いの綺麗な玉石台。

 魔察眼で凝視すると、魔力を感じるどころか、その祭壇自体からオーロラ、カーテンのような魔力の帯が右辺にある大きな湖へゆらゆらと揺れながら伸びているのが確認できた。


 ……不思議だ。湖と何かしらの繋がりがあるんだろう。


 子精霊らしきものは一切ないが、地上、セラにこの祭壇が存在していたら、子精霊が沢山いたのかもしれない。

 蝋燭が何本も備わった玉石祭壇には紫色の聖像らしきものがある。


 だが、その聖像を祭っている訳ではないらしい。

 聖像の間にある中心部には、大きな窪みがある。


 あの窪みの大きさから判断するに……俺たちがゴブリンから奪った秘宝。

 白菫色の水晶玉と、同じサイズと思われた。


「……あの祭壇、真ん中にある分かりやすい窪みといい、もしかして」

「はい、その可能性は高いですね」

「ん、シュウヤ、返すの?」

「たぶんな、話を聞いてからだけど」


 そんな含みを持たせた会話をしながら村長の後を歩いていく。


 あの位置に納めるべき水晶玉が、俺たちが手に入れたデイダンの秘宝ならば、後で村長に返そう。

 あの秘宝、地上に持ち帰り眷属たちの力、俺の力に何かしら利用ができるかもしれないが。


 ま、そんなことはしない。


 そういう選択をした未来ルートの世界線が量子世界の何処かにあるかもしれないが……。

 量子の重ね合わせ、MIW仮説、パラレルワールドの無限にある選択肢……。


 地球的な仮説で考えても仕方がないんだが、そんなことを考えていると、村長さんが大きな家の足を止めて振り返る。


「ささぁ、この家です。中へどうぞ、英雄たちよ」


 三つ目の目尻が下がった優しい顔。


 紹介された家の前にある玄関の庇は長い。宗教的な理由か分からないが、魚の頭ではなく縦長の骨飾りが置かれてある。

 地面には那智黒のような青黒い石が敷き詰められていた。

 青黒い石肌が艶々して見えるので宝石にも見える。


 この玄関口からして、この村の中で一番大きく豪華な家なのかもしれない。

 風が吹き抜けた玄関を進むと、小さい紫檀色の木階段と左右にあるテラスに設置された綺麗な花壇が出迎えた。

 階段なので、エヴァを持ち上げようかと思ったが、


「ん、大丈夫」


 彼女は天使の微笑を浮かべて、細い手をあげる。

 そのまま、全身から紫魔力を放出。

 魔導車椅子を紫魔力で包むとぷかぷかと浮いて空中を移動。


 彼女は磨き込まれた板の間が続く廊下の上に木製車輪をつけて着地し、先に進む。

 ゴムを開発したら彼女は喜ぶかな。ゴムの木を探して製品化までおこなっているどこかの転生者がいるかもしれないけど。


「もう、細かいとこで優しさを見せるのねっ」


 レベッカが可愛く頬を膨らませる。

 しらんがな。と内心思うが、レベッカのいつもの反応に、他の選ばれし眷属は笑っていた。


 先を進むエヴァの背中を見ながら階段をあがり、古い葭戸よしどのような風情ある壁がある板の間から、天井に吹き抜けがある多数の客を迎えられるような大広間に案内された。


 大広間にはあちこちに骨飾りが飾られてあった。

 村の中に器用な造形師がいるらしい。


「皆様、ここに座りお休みください。今、酒、御飲物をお持ちしますので」

「はい、では――」


 眷属たちへ“座れ”と目配せしてから、俺は席に座る。

 視線を受けた眷属たちも空気を読み、席に座っていた。


 直ぐに木製の筒コップに注がれてあった酒が運ばれてくる。


 そのコップを口へ運び酒を飲みながら、村長からラグニ村と湖に纏わる話、ご先祖様、不思議な湖に纏わる幽霊、魔族と邪族の争い、ニューワールドで魔王級と戦っていたと言い張る頭がオカシイ二つ目の種族、他の街について長々と聞いていく。


 肝心の秘宝のことを村長のファードさんへ話そうとした時、三つ目のお姉さんたちを先頭に若い衆たちが胸に抱えるように磁器を使った魚の料理が運ばれてきた。

 魚と卵のパイ? パイは柔らかいし宗教的に大好きだ。パンの耳でトッピングしてある。

 この村独自の料理のようだ。テンションが上がる。


 魚料理だけでなく温かい酒が入った瓶の飲み物、紫色の野菜、そして、牛の舌を使った煮物、草原で毎日のように食べていた美味しい牛肉が元だと思われるステーキも運ばれてきた。


「この肉は草原の?」


 机に並ぶ牛ステーキを見て、視線が釘付けになり聞いていた。


「おぉ、さすがに知っていますか、草原の恵み、グニグニの焼肉と舌を煮たものですね」


 あの草原地帯を我が物顔で闊歩していた巨大牛、グニグニという名前なんだ。


「あの巨大な獣を?」

「はい、その通りグニグニの獣はあの巨体です。その一体を狩るのに戦士たちが数十人が必要で……倒すのに時間も労力も掛かります。肉だけでなく骨は我々の貴重な収入源にもなるのです。わたしの耳にあるようにラグニの骨飾りは少し有名ですから」


 アフリカンな骨飾りと貴重な肉料理か。

 肉の表面には透明な油タレのようなモノが掛かり菊の花らしき物が乗せられてある。

 刺身かい! とツッコミはいれないが。


「そんな肉料理を……」

「当然です。英雄に対するお礼ですから。普段はお祭り、御供用で滅多に食べることがない。我らの気持ちが籠った肉料理となります」

「分かりました、頂きます」


 思わず頭を下げそうになるが、向こうに気を遣わせるのもなと、頭を下げず、無難な笑顔を浮かべる。


 村長も笑顔で応えると、酒を飲んでいた。


 村長さんには分からない上の言葉、人族の言葉で、


「ということで、皆、肉は飽きたかもしれないが、このラグニ村で最高な肉料理らしい。頂こうじゃないか」


 黙って聞いていた皆へ、美味しそうな食を促す。


「はい」

「頂きます」

「はーい。別に、飽きてないから大丈夫よ。最近、いっぱい食べても太らないことに気付いたからね?」


 にんまりと笑いながらエヴァへ顔を向けるレベッカ。


「ん、お菓子キングのレベッカ。持ってきた、たまごのお菓子一人だけで食べきったけど、太ってない」

「そそ。というかエヴァにもだって少しあげたじゃない」

「ん、忘れた」


 エヴァは微笑。

 そういえば、こそこそ、ポテチを喰うように草原を歩きながら食っていたなレベッカは。


 そんな会話をしながら選ばれし眷属たちは食べていく。

 目の前の机に置かれた肉や魚の美味そうな料理たち、勿論、黒猫ロロも食べるだろうと思ったので、魚が乗った皿の上で切った肉を分けていった。


「食いしん坊なロロさん。お前も食うだろ?」

「にゃ~」


 肩にいた黒猫ロロは鳴いてから、机の上に乗り、分けた方の魚料理の匂いをくんくんと小鼻を動かして匂いを嗅ぐと食べていく。


「ンン、にゃお、にゃぁ」


 変身はしなかったが、奥歯を使い顔を斜めに傾けながら、くちゃくちゃと肉を咀嚼している。

 はは、美味そうに喰う。


 俺もシンプルな味わいと予想される焼けたグニグニの肉を口へ運んでいく。

 やはり草原で食べた巨大牛の肉。


 相変わらず歯応えがあるが、二噛み目にはその肉質が柔らかくなる……。


 さっぱり風味のシンプルと思われた味は違った。

 濃厚で何か芳醇な歴史を感じさせる肉用のタレらしい。色的に透明なので分からないが、この地方独特の香辛料があるのかもしれない。


 素材は同じでも調理の仕方でこんなにも料理は変わるんだな。


 牛舌の煮物はYum,yum! デリシャスっ!

 最初からほんわか柔らかい。舌だけに舌だけで食べられる食感。


 ソースも野菜が元なんだろうけど、ステーキとは違いサッパリ風味で美味しかった。


 次は魚と卵のパイだ。


 骨を取り除いた魚が使われてあるようだな。

 卵と何かの乾燥フルーツ? スパイスは分からない。濃厚なクリーム系の味もある。器も磁器だしぴったりだ。


 でも、未知の料理といえる、邪界ヘルローネの文化侮りがたし。


 美味い……幸せだ。皆も笑顔。

 ほっぺを両手で押さえて美味しい~と連呼しているレベッカ。


 濁酒も飲んで、肉と野菜も食べていく。

 飲み続け木製のコップを空にすると、帆かけ船のようなワンピースを着た三つ目の美人さんが側に寄ってきて、お酌をしてくれた。


 並々と注いでくれる姿が、昔の酌婦チェリを思い出してしまう。

 ヘカトレイルで頑張っているのだろうか、それに友のキッシュは……。


 あの短い緑髪の編み髪。

 毛がはみ出た感じから、背が高く綺麗なエルフの姿を思い出す。


 彼女は故郷を作り上げることができているのだろうか。

 昔、別れた友の姿を思い出しながら笑顔で美人さんと会話を続けた。


「今宵はどうか、同衾を……」


 三つ目の美人さんに、そんなことを言われてしまったが、断る。

 祝いの席なので口説くことはしない。おっぱい研究会、宗教的に受けるべきという脳内から悪魔の声が聞こえるが我慢だ。

 それに錦上に花を添えるじゃないが、俺の側には美人さんが沢山いるからな。


 残念そうに顔を俯かせた三つ目の美人さんが白く爽やかそうな素足を見せて離れると、代わりに同じく爽やかな肌を持つヴィーネが酌をしてくれた。


「ご主人様、憚りながら……今宵はわたしが同衾ですからね」


 ボソッと一言。聞いていたらしい。

 銀彩の瞳を潤ませながらの健気な言葉に、少しムラムラと……。

 決して、ムッシュ、ムラムラではない、ムッシュかまや○でもない、本当のムラムラを興してしまった。


 だが、ここは祝いの席、忍の一字に尽きる。


 更に、ユイ、レベッカ、ミスティが競うように酒を注ぎに傍に来てくれた。

 分かりやすい可愛い女たちだが、華やかな空気と悩ましい女の顔、特に細い括れの感触を持つユイとレベッカの厭しい顔を見て……またムッシュ、ムラムラが再起してしまう。


 なんとか忍状態のまま、和気藹々と食事後の談話を続けていると、同席している顔を赤くしている村長さんから、さっきの続きを聞くことになった。


「ゴドリン族の奇襲ですか、村人たちは?」

「数人が殺されましたが、向こうは専門の奇襲部隊のようで、直ぐに目的の品、デイダンの秘宝を奪うと撤収していきました」


 ゴドリン族の端正な顔をもつリーダーは優秀だったようだ。


「秘宝が奪われ、ゴドリン族を急ぎ追い掛けようとしたのですが、イグニ湖に棲む愚劣なるデイダンが、秘宝の力がなくなったことで湖から現れ、我らの村を……」

「だから、巨大怪物デイダンと対決していたのですね」


 俺たちが遅かったら……違う運命だったかもな。


「はい、シュウヤ様一行が偶然にその場に居られなければ、今頃は恐ろしい結果に……」


 村長さんは言いよどむ。

 だが、助けられてよかった。

 こんな美味しい未知の料理を食べさせてくれたし。


「秘宝がないので、いつまた、湖からデイダンの化物が現れるか分かりませんが……」


 村長さんは視線を下げ顔色を悪くした。

 何かいい難いが、その秘宝の件を話すか。


「恐縮なのですが、その件で大事なお話があるのです……」

「大事なお話ですか?」


 三つ目の村長は、はて? という疑問の顔付きを浮かべた。


「えぇ、はい――」


 驚くだろうけど、そこでアイテムボックスから、秘宝と思われるものを取り出す。


「おおおおおおぉぉ」


 やはり、村長は三つの目が見開いている。

 腕を左右に伸ばし、リアクション芸人顔負けの顔芸を披露していた。


「村長! デイダンの秘宝が!」

「わあぁ!」

「この白菫色の水晶玉をお返しします」

「あ、ありがとうございます。ま、まさか、村の秘宝までをゴドリン族から取り戻して頂いていたとは……シュウヤ様、我々はなんとお礼を言ったらいいか……」


 村長は手を震わせ感涙したのか泣いてしまった。

 側にいた若い衆たちも、目に涙を溜めている。


 村長のファードさんは白菫色の水晶玉、デイダンの秘宝を若い衆たちと一緒に受け取るが、秘宝は重い。

 青年たちが数人で抱え持ち、各自、三つ目が血走り凄く重そうに持つが、大切そうに扱っていた。


「……気にしないでください。俺たちは偶然、そのゴドリン族の争いに参加し綺麗な宝石を手に入れただけですから」


 昨日は昨日、今日は今日。たまたまだ。


「……では、黙っていることもできた、と……気は心。なんという正直な方なのだ」


 また泣いているし。

 しかし、照れくさいが痛いほど気持ちが伝わってくる。


「……それでは、俺たちは目的の旅がありますので」


 俺は遠慮勝ちに言葉を述べ宴会の席から立ち上がる。

 選ばれし眷属たちも席を立った。


「……もうですか? 我らの気持ちを込めた歌を聞かせてあげたかったのですが、しょうがありません。この秘宝を祭壇に戻しますので、わたしもそこまでお送りします」


 酒が入った村長は機嫌を悪くしながらも少し笑う。


 そのままデイダンの秘宝を持った若い衆たち一緒に外に出ると、重い水晶であるデイダンの秘宝を村長さんと若い衆たちが手に持ち運んでいく。


 彼らは掛け声を上げながら重そうな秘宝を持ち上げる。

 秘宝の水晶玉から一つ目が生まれ出ていたが、指摘はしない。


 村人たちは神を崇めるように口々にデイダン・ガドロ・アロ・……呪文染みた言葉を投げ掛けつつ祭壇の中心の窪みと合わさるようにデイダンの秘宝を置く。


 exactly、すっぽりと嵌った。

 刹那、眩い閃光が祭壇から生まれ出る。


 眩しい光は集束しながら上空に向かう? 湖ではない? 疑問に思うと、その眩い光は上空でゆらゆらと揺れるや白菫色の炎に変化。


 その白菫色の炎は回転。

 回転は着火したネズミ花火のように平面状に回転しつつ渦を作る。

 次第にネズミ花火の渦回転が収まると、白菫色の炎に縁取られた魔法陣らしきモノが発生。

 俺の知る古代魔法とは違う。

 見たことがない。

 円形のフラクタル幾何学を感じさせる魔法陣。

 更に、祭壇に納まる秘宝から、三重に螺旋した魔力の紐が上空の魔法陣に伸びた。


 三重の紐は魔法陣の記号と方角を示す?


「糞、糞、糞……興味深いわ」


 ミスティが未知の魔法陣を見て興奮したのか、癖を連発しながら羊皮紙に魔法陣の絵柄と文字を書いていく。

 彼女の腰ベルトにある紐で纏められた羊皮紙の塊はもう分厚い本のようになっていた。


「不思議な魔法陣、古代魔法?」

「色が違うが縁取る炎だけは似ているかもしれないが……違うと思う」

「魔力はそれほど感じませんが……」


 レベッカとヴィーネは疑問に思い呟いていた。


「ん、湖に棲むデイダンを治める効果があるのかも?」


 エヴァが徐々に消えていく魔法陣の様子を見ながら聞いてきた。


「そうかもしれない」


 確かに、祭壇から湖へ繋がっていたオーロラのような魔力は消えている。

 魔法陣が消えると同時に秘宝から伸びていた三重螺旋の紐魔線も消えていた。


 祭壇から魔力は一切感じない。

 地脈が封印されたように魔力が不自然なほど感じられなかった。


 ゴドリン族の王に、その部下が語っていた蜘蛛神とやらが、この秘宝を欲しがる一端を垣間見た気がする。


 ラグニ族たちの今後に不安を覚えるが、俺たちの目的は地図のお宝だからな。


 去らばだ。ラグニ族。

 自己の魂を自分のものにする。


「……地図の場所へ出発だ」


 ……少し、厳しい顔を作り皆へ合図した。


「「了解」」

「ンン、にゃ」

「ん」

「マイロードと共に」

「行きましょう」


 ヴィーネの言葉を最後に足を進めていく。


「英雄様ッ、待ってください」

「ん?」


 村長に止められた。


「何処に向かわれるのでしょうか」


 地図の方向はこの村から丁度、北だな。


「北の森です、山の手前なのかな」


 魔宝地図の絵を思い出しながら語る。


「山……森、森の中には、昔から四つ眼を持つ魔族が住むと、気狂いが住むといわれる場所です。気をつけてください」


 村長は忠告してくれた。気狂いね。

 どんな敵だろうと邪魔をするなら薙ぎ倒す。

 友好的なら握手だ。


「……ご忠告ありがとう」

「はい、英雄様たちの旅のご無事を、デイダンの秘宝へお祈りをします」

「そうですか。ラグニ族の繁栄を願って、ラ・ケラーダ!」


 師匠譲りの言葉を贈る。

 ラ・ケラーダ?

 という疑問顔が辺りを包んだが、無視。


「ありがとう。最後に門出の伝承歌を――」


 村長の渋い声が響き音頭を取り出すと、祭壇近くに集まっていた男たち、洗濯物を干していた女、貝の身を取り出す作業している子供たち、周りで俺たちの様子を見に来ていた老人、それぞれに作業を止めて、村長の声に釣られるように声をあげて歌い出した。


 俺たちは村長から離れて歩き出す。


 村の出入り口までは短い導線だが、俺たちの背中を押すように歌声が響く。


 ミュージカル映画を体感しているようだ。

 歌詞は大いなるラグニ湖に関する伝承らしい……。


 幼馴染の三つ目、仲睦まじいクイン・リク男女の物語。


 クインとリクは秘宝を奪いにきたゴドリン族から身を挺して秘宝を守るが死んでしまう。しかし、その死んだ男女の御霊が次世代の戦士たちに乗り移り、村を襲う巨大怪物デイダンを退治して、ゴドリン族から秘宝を奪い返すといった内容の重低音溢れる渋い歌だった。


 ……ありがとう。ラグニ村の方々。

 必死に泣いて歌う彼ら彼女たちの顔を見れば、俺たちに感謝をしていることは十分に伝わってきた。


 不思議と勇気が得られた気分になる。


 視界の端にいたデフォルメ姿のヘルメが後向きで何かを見つめていたが詳しくは尋ねなかった。

 もしかしたらクインとリクのご先祖の御霊が現れているのかもしれないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る