百八十六話 邪獣セギログン
◇◆◇◆
シュウヤたちが迷宮の内部で邪獣と戦おうとしている時……。
迷宮都市ペルネーテの地上にて、闇の高祖に連なるヴァンパイアたちが暗躍していた。
今も、南の大門近くのとある路地で人族たちの血を吸うヴァンパイア。
一人は金髪の女吸血鬼。
女性の血を吸う。
女吸血鬼は目尻の皮膚の血管が盛り上がり脈を打つ。
脈打つ血管は耳元まで続いていた。
彼女は興奮して<血魔力>を用いた魔眼を発動しつつ女性の吸血を強めた。
<吸血>された人族の女性は痙攣を起こし動きを止める。
女吸血鬼は女の首から血が滴る二本の鋭い牙を引き抜くと――。
恍惚とした表情を浮かべつつ唇の襞に付いた血液を舌で舐める。
舌で上唇を舐めた女吸血鬼は、動かぬ人形と化した女性を投げ棄ててから――。
壁に背を預けた怜悧な顔を持つ男に向けて、
「フィゴラン~、厄介だった狂騎士が死んだのは本当みたいね」
そう語る女吸血鬼。
<吸血>を実行したばかりで、肌の艶が増していた。
それを見る男の吸血鬼。
「あぁ……間違いない。狂騎士以外の元教会騎士だった奴らも極端に数が減った。事前に偵察していた通り闇ギルドの抗争は【月の残骸】が勝利を手にしたのだろう」
フィゴランと呼ばれた男は冷静に喋る。
口元に血を吸った跡が残るフィゴラン。
フィゴランは女吸血鬼の笑顔を見ても怜悧な表情を崩していない。
「それじゃ、帰って、ヴェロニカだけじゃなく、あの槍使いと黒猫のことも父様に報告する?」
女吸血鬼の言葉を聞いたフィゴラン。
冷たい笑みを薄く顔に張りつけながら、
「そうだな。しかし、エリーゼ……偵察がてらの久々の狩りだから気持ちは分かるが、この人数を吸うとは……さすがに目立つぞ」
……路地の隅には遺棄された皮膚を白くした死体たちが無造作に転がっている。
「大丈夫よ。ここは暗がりだし、微妙に闇ギルドの縄張りから外れているしね」
「ふっ、お前らしい……が、今はアルナード様への報告が優先だ」
「うん。あ、でも、ルンス様の直属の眷属の<従者長>もここにいるはずよね。変身して偵察しているはずだけど、<
「さぁな……我らは我らの仕事をするまで。分派、禁忌のヴェロニカを積極的に追うのはルンス様たちだけだ。我らは手筈通り【大墳墓の血法院】へ戻るぞ」
「了解~♪」
二人の吸血鬼は瞬時に自らの<血魔力>を使う。
血の粒子の軌跡を空中に残しながら小さい蝙蝠の姿と鴉の姿へ変身を遂げる。
蝙蝠と鴉は暗がりの路地から飛び上がり、南の空へ飛び去っていく。
◇◆◇◆
<導想魔手>を使い宙へ上り標的を見た。
邪獣セギログンは裂けた胸元と背中に腕と横腹から無数の黒い拳の形をした触手を出す。
体を左右に揺らしながら虎邪神像を殴り続けていた。
一心不乱に殴り続けている邪獣の足元には頭部が甲羅?
下半身が蛸のモンスターが漂っている。
さっきと変わらずだ。
まずは、あの
外套を左右に広げつつ……右手を前方へと伸ばす。
ポーズを取るように、人差し指と中指の重ねた指をデカブツに向けた。
新型の
氷の魔法でダメージを与える。
――烈級:水属性の《
俺の指先から、上咢と下咢に氷の歯牙を生やす氷の龍頭が発生――。
《
その《
――刹那、寒波が衝突した面から発生。
邪獣セギログンの胸半分が、その氷の龍頭に飲み込まれた。
邪獣セギログンの上半身は瞬く間に凍りつきながら白色に凝固する。
凍った邪獣セギログンは、ピキピキと音を立てて、まだ動く複数の拳の形をした黒触手ごと氷の彫刻と化した。
すると――邪獣セギログンは『なんだぁ?』とでも言うかように、そっと頭部のようなモノを俺たちへ向ける。
そんな邪獣セギログン目掛けて<
一条の光槍は宙を引き裂くように邪獣へと飛翔。
直後、エヴァの紫魔力が覆う緑の円月輪が宙を舞う。
やや灰色が濃い円月輪の群れだ。
円月輪の群れは、一斉に、まだ凍り付いていない邪獣セギログンの体に向かった。
刹那、俺の<
「ギャアアアアアァアアァァ――」
苦痛に喘ぐような咆哮。
体が半分ほど凍り付いても悲鳴を上げなかったが<
続いて、エヴァの緑の円月輪の群れが――。
邪獣セギログンの半身に突き刺さる。
凍った半身から引き剥がすように邪獣セギログンの体は仰け沿った。
直後、邪獣セギログンの凍った半身がバラバラに砕けて消える。
俺は続けて<
「――ご主人様、わたしも撃ちます」
ヴィーネの声だ。
魔毒の女神ミセアからの贈り物を構えている。
翡翠の
番えから光線の矢が射出されるのは、一瞬、片足上げつつ走りながら光線の矢を再び放つ。
弓術の腕は確かだ、走りながら矢を放つスキルとかあるんだろうか。
光線の矢が宙を直進。
その矢の狙いを確認する前に――。
俺の二つの<
<
残りの<
<
邪獣セギログンの胸の内部に拡がった。
光の網が光の蜘蛛の巣と化す。
邪獣セギログンの胸の中を焦がす勢いで絡みつく光の網。
「ギャァァァァァ」
またもや叫び声を発する邪獣。
そこにヴィーネが放った緑色か金色に近い光線の矢が半身の邪獣セギログンへと突き刺さる。
刺さった光線の矢から緑の子蛇の群れが円状に発生し、それらの子蛇の群れは、邪獣の黒触手の内部に侵食しつつ消えた直後――。
その矢が刺さった周囲から緑色の閃光が迸る。
邪獣は爆発した。
「ギャアアアアアアアアァァァ――」
大きい悲鳴だ。
半身のみの姿となった邪獣セギログン。
体を構成する黒触手も血を流すように爛れて形が崩れた。
が、邪獣はまだ生きている。
「わたしはあの雑魚共を攻撃するから!」
レベッカはそう宣言すると、白魚のような手を左右へ伸ばす。
その細い小さい掌を広げると、その二つの掌から蒼炎を発生させつつ、その蒼炎を宙へと放つ。
蒼炎は揺らめきつつ宙で枝分かれしながら複数個の蒼く燃える塊となった。
まさに蒼炎神の血筋なだけはあるレベッカ。
そして、ハーフエルフではなく、ハイエルフという種族だった。
もう光魔ルシヴァルだが。
その元ハイエルフのレベッカはそのまま蒼炎弾を<投擲>
右手はスリークォータースロー。
左手はサイドスローを投げるモーションを取る。
阪急の山田投手は速かったらしいが、と、蒼炎弾の形は野球のボールではないが、往年のプロ野球選手を想起した。
レベッカは左右の腕を交互に振るい蒼炎弾を<投擲>しまくる。
蒼炎弾は邪獣セギログンの足下に向かう。
セギログンの足下を漂っていた、頭に甲羅を持つ歪な蛸モンスターと蒼炎弾は衝突。
軟体の胴体に穴を空け、軟体の脚の肉片が周囲に飛び散った。
甲羅を吹き飛ばし、蒼炎で蛸の体を燃やして倒す。
そんな激しい蒼炎弾の連続爆撃だが――。
蛸だけに素早い奴もいた。
爆撃を免れた甲羅を頭に持つ歪な蛸モンスターの一部は、俺たちに向かってきた。
蛸の多脚で地面を蹴る姿は意外に力強い。
甲羅の頭を此方へ見せながら宙を飛ぶように近付いてきた。
「――閣下、残りの雑魚はわたしが」
水飛沫を散らしつつ跳躍していたヘルメだ。
ヘルメは、近寄ってくる蛸モンスター目掛けて――。
右手から出した氷礫を飛ばす。
次々と、斜め下へと発射――。
雨のように降り注ぐ氷礫。
蛸モンスターは氷礫を全身に浴びて速度が鈍る。
床に磔にされた蛸モンスターもいた。
甲羅の頭から変な汁が飛び出ていたが、氷礫で凍っていく。
更に、
「閣下、我らの闇骨の――」
「閣下、我らの盾と剣の――」
「にゃごあ――」
沸騎士たちが自分たちの出番かと名乗っている最中に――。
気合いの入った猫声を発した神獣ロロディーヌ。
相棒は、沸騎士たちを置き去りにして先頭に立つ。
鋭角な馬獅子顔を前方へ向けながら口を広げる。
と、口から、凄まじい紅蓮の巨大な炎のブレスを吐き出した。
火炎のブレスは、邪神像には当たらない。
真っすぐと、指向性を持った炎の海となった。
半身の傷だらけの邪獣と蛸のモンスターは巨大な炎の海に飲み込まれる。
熱風が背後にいる俺たちにも届く。
沸騎士たちは熱風をもろに喰らう。
彼らのトレードマークとも呼ぶべき黒と赤のオーラ的な煙が消えた。
「――ぬぁんとっ」
「ロロ様に先を越されたカッ」
沸騎士たちは、俺の足下に転がりながら、そんなことを話している。
馬獅子型ロロディーヌの背後にいた常闇の水精霊ヘルメも同様だ。
黝の葉と蒼い葉を萎びらせつつ怯えた表情を浮かべつつ、
「きゃぁ」
と悲鳴を上げていた。
熱風を喰らって水飛沫を全身から噴き出していた。
そのまま体を液体化させると、急いで俺の左目へスパイラルしながら避難してくる。
『閣下、怖かったです……』
『大丈夫だったか?』
『はい、直接火は浴びていませんが、火傷に近い感覚を味わいました』
『すまんな、魔力を少しあげよう』
視界には登場してないが、左目に戻った珍しく弱気なヘルメへ魔力を注入した。
『あ、ァン、ありが、とう、ございますぅん……』
その僅かな間に、神獣ロロディーヌの炎が収まり消える。
黒い円型の塊以外、すべてが炎により掻き消えていた。
床の表面は溶けて波のように撓み、熱を帯びた赤い床がまだ燻るような音を立てている。
甲羅の頭的な歪な頭部を持った蛸モンスターも完全に姿を消していた。
この威力には、皆も息を飲んでいるだろう。
少し冷やすか……。
爆発が起きないように……慎重にちょろちょろとした水を意識。
俺は燻った床へと<生活魔法>の水を撒き散らしながら、
「……ロロ、凄まじい火炎だったな。前より威力が上がったか?」
と、隣で姿を小さくしていた
「にゃおん」
珍しくドヤ顔はせずに……俺の脛に頭を擦りつけて、長い尻尾を足に絡ませてくる。
「ご主人様、あの、黒い甲羅の塊は何でしょう」
ヴィーネは指を差す。
「さぁな……邪獣の残りカスか?」
「――ロロちゃんのブレス、凄まじい……研究したいけど手が震えて上手く字が書けない! それに、皆、凄い魔法に技を持っているのね……わたしの今の実力では、あまり役に立てそうもない……糞、糞、糞」
ミスティだ。
背後から簡易ゴーレムを連れていたが……。
桁外れの炎ブレスを見て自信を失くしたような申し訳ないといった表情だ。
指を噛むように、いつもの癖で呟いていた。
「……ミスティ、気を落とす必要はないわよ。わたしだってシュウヤとロロちゃんの戦闘を初めて見た時は、呆然として圧倒されたし、自信を失くしちゃうのは、よく分かるから、気にしちゃダメ」
「ん、シュウヤとロロちゃんは特別」
そう話すレベッカ、エヴァも充分、特別だと思うが、俺もミスティのフォローへ回る。
「……ミスティ、レベッカたちが話す通りあまり気を落とすな。お前とて、選ばれし眷属の<筆頭従者長>だ。不死の一族なんだぞ。それに、
「うんっ! そうね。わたしはわたしなりに貢献できるように頑張る」
その時、目の前の黒い円型の塊が蠢く――。
甲羅の一部を変形させて一本の拳型の黒触手と化した。
その拳から黒爪を生やして、飛翔させてくる。
爪を生やした拳型の黒触手はミスティの作り上げた簡易ゴーレムと衝突。
ゴーレムを一瞬で貫いて粉砕しては、ミスティをも攻撃しようと黒い拳から更に爪を伸ばす。
――させん。
「きゃ」
左右の手から銃を撃つように<鎖>を射出。
ミスティに迫った拳型の黒触手を<鎖>で貫き絡ませた。
拳型の黒触手は<鎖>に貫かれた瞬間、萎れて消える。
攻撃してきた、本体の黒い円型の塊から「ギャアアアアアアア」と、痛そうな悲鳴が上がった。
ミスティも小さい悲鳴を発していたが瞬間的に簡易ゴーレムを作り上げていた。
……やるじゃないか。
ま、彼女は<
黒触手が刺さっても不死身だから死なないと思うが。
そんなことを考えながら反撃してきた本体の邪獣の残りカスを睨む。
<導想魔手>を発動しながらプランBを実行――。
右手に魔槍杖を召喚。
全身に魔闘術を纏う。
まだ、熱を感じる床を蹴っては、
「ぬぉぉぉぉ」
と、声をあげながら前傾姿勢で吶喊した。
そんな俺を迎え討つつもりか――。
黒い円型の塊から伸びる大きい黒の拳型触手が、蛇のように蠢き踊りつつ、俺に迫る。
自動カウンター攻撃か。
そんなカウンターをカウンターの<導想魔手>で迎え討つ!
走りながら――魔線を伴う魔力拳の<導想魔手>を、迫る黒い拳型触手へ向かわせた。
拳と拳が空中で激しく衝突。
独特の破裂音を発生させる。
刹那――。
あっけなく<導想魔手>の魔力拳が打ち勝った。
円型の塊と繋がった黒い拳型触手を見事に粉砕する<導想魔手>だ!
黒触手は萎れて溶けるように、黒煙をあげつつ床へ四散。
影のような黒触手が空気を汚すように消えていく。
このまま本体の、邪獣の残りカス的な、あの黒い円型の塊を叩こうか!
そして、槍圏内に入った俺は攻撃モーションに移った。
腰を捻り魔槍杖を握る腕を捻り出す。
<刺突>を発動――。
螺旋の紅矛が黒い円型の塊の黒甲羅を突き抜けた。
が、まだだ、まだ終わらんよ。
――身体能力を極限まで速める実験。
<血道第三・開門>を意識。
<
<
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――」
足だけでなく、全身から
自ら気合いを入れた声を発し<闇穿>を放つ。
<刺突>と<闇穿>のコンビネーション――。
続いて、魔槍杖の紅矛の高速連続突きを繰り出す――。
黒甲羅だった塊は、紅矛と紅斧刃乱舞を喰らうと、一瞬で燃えて塵と化す。
――瓢箪型のコアらしき心臓部を露出させた。
その心臓部に<豪閃>の力強い薙ぎ払いの紅斧刃が決まる――。
心臓部を粉々に吹き飛ばしてやった。
更に《
<
左回り蹴りを行いながら<
蹴り、貫き、斬る――塵の一片も残さないように、凍らせ破壊し、紅斧刃を主力に、すべてを燃やし尽くす――。
<
床に落ちた最後の肉片へと――魔槍杖を振り下げた。
魔力が迸る紅斧刃が地の肉片をぶっ潰した。
俺は息を吐きつつ魔槍杖バルドークを振り下ろした状態で、動きを止める。
地面から地響きは聞こえないが、足下が少し揺れた。
握り手の紫色の柄が振動。
ゆらゆらとした魔力が出ている穂先の紅斧刃は地面を裂いていた。
「――ふぅ、すっきりした」
と、肩に魔槍杖を担ぐ。
『閣下! 凄まじい速度と回転で痺れました。きっと邪獣の魂までも焼失したでしょう』
『はは、それは言い過ぎだ』
そこで、ヘルメとの脳内会話を止めながら、魔槍杖を振るい回転。
再び肩に魔槍杖を預けてから――。
振り返った。
「凄すぎ……だけど、その沁みるような笑顔は何よっ! ギャップがありすぎて、ドキッとしちゃうじゃない!」
レベッカは怒ったような喜んだような、わけが分からない反応を示す。
すると、隣のエヴァは不思議そうな顔色を浮かべ、
「ん、血の高速移動? しゅぱぱぱぱって動いていた」
魔導車椅子に乗りながら可愛く腕を伸ばして<刺突>の真似をしていた。
「ご主人様……」
ヴィーネは銀仮面を外し髪の上にかけていた。
一対の綺麗な銀の瞳を輝かせて俺を見つめている。
たぶん、もしものために、
「……シュウヤの足跡が血色に滲んでいたのは、判別できたけど、残心も分からず、体が分裂したように見えて動きが捉えられなかった。わたしも選ばれし眷属の<筆頭従者長>になって成長したと思っていたのに……さすがはシュウヤ。わたしたちの眷属の長であり、宗主様よ」
ユイは感心したように呟くと、刀を仕舞っている。
「……兵法詮議を行いながらまったく出る幕がなく不甲斐ないですが、マイロードの御業には、畏怖を覚えまする……」
カルードは顔色を青くしている。
まだ焦げた痕が激しい床に片膝を突ける。
膝頭を焦がしているから、たぶん、そのせいだろう。
痛いと思うが……特に指摘はしなかった。
「ンンン、にゃ、にゃ」
虎邪神像で爪とぎを実行中。
鋭い爪で像が削れていくが、注意はしない。
『こいつ倒すにゃ~』か、『尻尾多いにゃ、生意気にゃお』か?
は、分からないが……。
これで、邪神との約束は果たした。
十天邪像をアイテムボックスから取り出す。
「シュウヤ、それを嵌め込む?」
レベッカは怪しい鍵に興味があるようだ。
豊かな金髪を揺らしながら近寄ると、蒼い瞳で凝視。
シトラス系のいい匂いが漂った。
「そうだ。これで、神域の特殊部屋を開ける。そこで力を授けてくれるらしい」
俺は
「……怪しい」
エヴァは紫の瞳でじっと鍵先を見て呟く。
『閣下、エヴァに同意します』
小型ヘルメも注射器を鍵へ向けて突きつけながら指摘する。
「そうですね、邪神とやらが素直に力を授けるとは……」
ヴィーネも訝しみつつ発言。
「お前たちの気持ちは分かる。俺も端から信じちゃいない。だが、十天邪像を手に入れた時から、ここを開けることは決まっていた気がするんだ」
運命神アシュラーじゃないが……。
「……愛するシュウヤと敵対する相手が、たとえ、善神、邪神、魔神だろうと、そのすべてを――この刀で切り伏せてやるんだから」
ユイは特殊な刀の鞘を持ち上げながら、宣言していた。
嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。
「ん、頑張る、新しい金属刃で倒すっ」
エヴァもやる気を示すように、魔導車椅子をセグウェイタイプへ変えながら虎邪神像へ近寄る。
「うん、当然ね。シュウヤ、速く鍵を開けましょ」
「マイロード、背後に敵はいません。準備は調いましたぞ」
「その鍵は……研究の資料に使えるかもしれないわね……」
ミスティは独りだけ熱心にスケッチブックに鍵のことを書いていた。
「おう。さしこんでみる」
頷いて、虎邪神像の足元にある鍵穴へ十天邪像の鍵を差し込んだ。
…………何も起こらず、あ、差した鍵を回すのか。
鍵を右に回すと、ガチャッと大きな音が鳴った瞬間、虎邪神像の全身が黄土色に輝き足元がぐにょりと粘土のように曲がり変化。
足下の鍵穴だけが形が変わらず、鍵穴の周りだけが、アーチ状の奥行きを出すように奥に奥に立体的なだまし絵を作るように目に錯覚を引き起こす勢いで、独特の形をした奥行きの空間を作り出す。
その穴の奥には、黄金色に輝く両開きの扉があった。
「わぁぁ……不思議」
「ん、黄金色」
「ご主人様っ、ここの先に邪神シテアトップが?」
「たぶんな」
鍵を引き抜くと、先から血が滴り、にょきにょきと蠢いていた。
直ぐに元に戻ったが、気色の悪い鍵だ……。
鍵は胸ベルトのポケットへ入れておく。
『……閣下、あの扉の先から魔素が噴出、間欠泉のように溢れ出ています』
確かに魔察眼で見ると、眩しい光が扉から漏れ出ているのは分かる。
「開けて進むぞ」
「「はい」」
「「うん」」
「にゃあ」
黄金扉に手を伸ばす。
感触は金属、黄金だろう……指で押し開くと、薄青い靄が溢れ出た。
先には空間が広がっていると分かるが、青い靄のようなものが満ちているので、少し臭そうだ……毒ガスではないと思うが、我慢して足を踏み入れる。
湿ったような青い靄を掻き分けるように進むと、
「良くぞ、扉を解放してくれた、俺の使徒よ……」
聞いたことのある声が響く。
そして、青い靄が晴れていく……と、その先から声の主が姿を見せた。
黄土色に輝く毛を持つ大型の虎。
だが、俺がラッパーな
全身が青白い光を帯びた太い鎖により、地べたに捕らわれている姿だった。
十本の大きな尻尾も一つ、一つが丁寧に梱包でもされるように青白い鎖により絡めとられて、地べたに押さえつけられていた。
「……お前の使徒になった覚えはないが、
「……あぁ、そうだよ。力を授けてやるから、この忌々しい呪縛の鎖を解いてくれないか?」
大型の虎は頭を持ち上げる。
紅く縁取られた双眸を、自らを縛りつけている青白い鎖の根元へ向けていた。
その視線の先には、青白い光を発している大岩がある。
あちらこちらに魔法陣を形成するかのように設置されてあるようだ。
大型の虎邪神を押さえている太く青白い鎖と大岩はしっかりと、繋がっていた。
「解いたら、本当に力を授けてくれるんだな?」
俺は魔槍杖の矛を向けて、威嚇しながら尋ねていた。
「あぁ、槍使いよ。約束は守る」
「ご主人様、怪しいです。そもそもなんで、ここに封じられているのでしょうか……」
ヴィーネが封じられている邪神の姿を見ながら語る。
「ちっ、余計なことを……だから一人でこいといったんだ」
大型の虎邪神は牙を剥きだしにした顔を見せ、黄土色の息を吐きだしながら喋っていた。
「邪神シテアトップ、俺の大切な女の言葉だぞ? 気に入らんな。なんならこのまま帰るか? 話も違うし、岩を破壊しろなんて聞いていない」
「ま、まてぃ、悪かった……頼む、後生だ。あの鎖を……外してくれ」
邪神は額を地に突けて謝ってきた。
額を突けた床が黄土色に染まる。
更に、黄色い毛が生えた。
続いて、樹木の床へと変わっていく。
不思議だが、この迷宮の階層と邪神シテアトップの繋がりを示唆する光景でもある。
「……それじゃ、質問に答えてもらおう。何故、ここに封じられているんだ?」
「戦いに敗れたからだ……」
大型の虎は、悔しそうに歯牙を鳴らす。
「何との戦いだよ」
「邪神アザビュースとの戦いだ」
「へぇ、そんな邪神がこの迷宮と繋がる邪界ヘルローネにいるんだ」
「光を使う邪神……深淵にて……セラ世界と他の次元界と融合。或いは、すべての支配を目論んでいる」
「邪神シテアトップは弱いのか?」
「生意気な小僧……め、俺は弱くはないわっ、今封じられている俺は、一部のみ……」
邪神は顔色を悪くして地べたにうつ伏せになる。
「ふーん、少し皆と相談する」
「……はやくしろ」
邪神から少し距離を取り、後ろで見ていた皆へ振り向く。
「という感じらしいが、皆はどう思う?」
「にゃん」
いつの間にか姿を大きくしていた
首回りから触手を無数に伸ばしながら、鋭角な顔を少し上向かせては、その顔に似合わない可愛い声で鳴いていた。
気持ちは伝えてこないので、分からないが、きっと遊んで狩りがしたいとかだろう。
「わたしは反対、あの虎、どう考えても普通じゃない」
「レベッカの意見は尤もですが、邪神の力を使うご主人様を、見てみたいと思う自分もいます」
「ん、シュウヤ、その顔色……もう心は決めているんでしょ?」
さすがはエヴァ。心は読まずとも分かるか。
「その通り……解放する」
「だったら、早くやりましょうよ。戦いになったら斬ればいい」
「戦いに賛成ですぞ! 神殺しが如何なるものか! 年甲斐もなく興奮するというもの……この魔剣ヒュゾイで参戦しますぞ」
カルードは目を充血させ目尻には血管が浮き出ている。
完全なるヴァンパイア顔だ。イケメン中年だから、まぁ、かっこいいな。
「父さん、やる気は十分ね」
「……役に立つか分からないけど、何かあったら、簡易ゴーレムを突っ込ませるわ」
ミスティがカルードのイケメン中年の顔を見て、少し惚けてから、そう話していた。
「閣下、黒沸騎士ゼメタスも戦いますぞ、闇骨の技を皆さまに見せましょう」
「この赤沸騎士アドモスッ、ゼメタスには負けませぬっ」
レベッカは黒沸騎士ゼメタスの煙を出す身体や鎧に興味があるのか、白魚のような手で鎧をぽんぽんと叩きながら口を開く。
「――しょうがないわね、蒼炎弾を用意しとく」
「ん、選ばれし眷属の一人として、邪神に勝つ」
エヴァも魔導車椅子に座りながら紫魔力を全身に纏う。
そんな頼もしい全員へ向けて頷くと、邪神を押さえている鎖が繋がっている一つの大岩へ歩いていく。
「素晴らしいぞ!! やはり、俺が選んだ使徒。素晴らしい槍使いだ」
大声で邪神は俺の行動を褒めてきた。
『閣下、外に出て戦いに備えておきます』
『そうだな』
『はいっ』
ヘルメを左目から放出。
にゅるりにゅるりと云わばステルス状態とも言える液体状態で、邪神が捕われている所の背後へ移動していく。
邪神は気付いていない。
そもそも
楽しみだ。
俺はヴァンパイア系の邪悪な笑みを意識。
笑いながら、青白い光を放つ鎖を出す大岩を見る。
大岩の表面には見たことのない紋章陣が刻まれてあった。
その中心から青白い鎖が飛び出ている。
その大岩へ左手を翳し<鎖>を射出。
<鎖>は抵抗もなく大岩を貫く。
※エクストラスキル多重連鎖確認※
※エクストラスキル<光の授印>の派生スキル条件が満たされました※
※エクストラスキル<鎖の因子>の派生スキル条件が満たされました※
※ピコーン※<霊呪網鎖>※スキル獲得※
ぬおっと、スキルを獲得。
邪神を封じていた光の鎖を出していた大岩は特殊だったようだ。
もっと壊せば覚えられるかな。
と、調子に乗って<鎖>を射出しては、回りにあるすべての大岩を破壊。
しかし、もうスキルは得られなかった。
「――ヌハハハハハ! 解放だ。解放だぞ! 一部とはいえ、封じられた、俺様アァァァァァァ、ふっかーーつ!」
邪神の喜ぶ独特の弾んだ声だ。
ふと、このテンションから
元はこいつの眷属だからな……ありえるか。
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