百七十話 白猫マギットの真実

 メイドと戦闘奴隷たちに、エヴァとレベッカが家に来たら、


「ごめん、忙しい」


 と、伝えておいてと命令を出してから、ヴィーネ、黒猫ロロと共に食味街へと向かった。


 【月の残骸】の拠点である【双月店】の中に入る。

 店には幹部のメル、ベネット、ゼッタが待機していた。


「総長、迷宮の宿り月はカズンと白猫マギットに任せてあります。今はわたしはこの店を中心に指示を出しているんです」


 マギットか。守り神的な感じなのかも。

 そんなことを考えながら今は聞き手に回る。


「ポルセンとアンジェは倉庫街の見回りに、ロバートはルル、ララを連れて歓楽街を見回り中です。我々は縄張りが広くなりましたから幹部たちには掛け持ちで働いてもらっています」

「人材募集はしないのか?」

「簡単には見つかりません。ロバート、ルル、ララでさえ、異例の抜擢なんですから……」

「それもそうか。で、忙しいとこ悪いが、命令だ。ある冒険者を探してほしい……」


 目当ての冒険者の名前と目的を話していく。


「……総長、そのパクスとかいう名の冒険者を探せばいいんですね?」

「そうだ。何処が住まいか、何のクランか、情報を仕入れてこい。至急だ」

「分かりました、べネット、頼むわよ」

「あたいに任せなっ。その代わりに弓を早く頂戴ね、メルッ」

「分かっているわ……」


 メルはしょうがないわね、といった感じで苦笑いを浮かべる。

 彼女は少し前にベネットへ弓をあげるとか約束していたからな。


 ベネットは笑顔で頷くと、素早い立ち居振る舞いで店の外へ出ていった。


「総長、その冒険者を探して殺すと言っていましたが、総長に対して、何かをやらかしたんですか?」

「いや、俺は別に恨みはないが、他の冒険者に対してやらかしている。他にも、深い理由があるが、聞きたいか?」

「い、いえ、知らない方がいいのでしたら、何も言わないでください」

「ご主人様、わたしも詳しくは存じておりませんが……」


 そういえば、ヴィーネにも説明をしていなかった。

 この際だ、メルは聞きたくないようだが、聞いてもらおう。


 脳に蟲が寄生なんて恐怖だと思うが、彼女は副長だ。

 それにペルネーテで暮らす以上は知っておいたほうがいい。


「ターゲットは邪神の使徒だ。頭部と首に棲み着いた寄生蟲に乗っ取られている。そして、今ではもう別の種へ進化しているそうだ」

「え? そんなモノが? 蟲というと……」


 メルはゼッタへ視線を向ける。


「寄生蟲ですと?」


 今まで沈黙を保っていたゼッタも喋る。

 彼は蟲使いだ。

 何か知っているかもしれない。


「……奴隷のフーへ取りついていた蟲ですね、やはり他にもいたのですか」


 過去に一度、相対しているヴィーネは納得していた。

 そのヴィーネにも向けて、


「そうだ。ヴィーネが寝ている間に千年の植物サウザンドプラントに魔力を注いだら、急に植木が踊っては喋り出して……その不思議な植木とコミュニケーションを取った。その植木がおかしくなったのか、糸のような魔法を発動させて、糸のようなモノの中に邪神シテアトップの姿を映した。それから、その邪神とコミュニケーションを取った」


 そこから十尾を持つ虎と似た姿の邪神シテアトップとの経緯を説明。


「なるほど、そうでしたか……」

「本当のお話のようですね。ここは邪神界との戦争の場でもあると……」


 メルはゼッタと頷き合う。

 ゼッタが、


「総長が言うことです。本当のことなのでしょう」

「そうね」

「総長は闇側の吸血鬼系の種族でもある。総長は、魔界セブドラの神々と繋がりがあるのでしょうか」


 ゼッタが聞いてきた。


「魔界の神とは、話をしたことがある程度だ……むしろ、俺の眷属である<筆頭従者長>のヴィーネのほうが関係を持つ」

「……なんと、これからはヴィーネ様とお呼びしたほうがよさそうですね……」


 メルは恭しくヴィーネに向けて頭を下げている。


「ヴィーネで結構。それよりも、ご主人様こそ神を超えし至高なるお方。貴女も、総長様とお呼びしたほうがいいでしょう」

「……はい、わたしも魔に連なる者として、総長様とお呼び致します」


 メルはヴィーネの言葉を聞いて神妙な面だ。

 魔か……。


「魔に連なる者?」

「はい、お話ししづらいのですが、わたしは巷を騒がせている魔人ザープの娘なのです……」

「何だと? と言っても魔人ザープのことはあまり知らないな。今も繋がりがあるのか?」

「わたしが幼い時に母と別れた男が魔人ザープだと思っているのです。直接、面識はないので当てずっぽうなのですが……足に黒翼を生やす、と、噂を耳にしました。ですから……わたしの家族かと思っているのです」


 メルは暗い顔だ。


「なるほど。メルは魔族の血を引くと」

「はい。足が普通ではないのです」

「この間、見せていた技か。足首の、踵の上かな? その踵から足首にかけての所から真横に伸びていた黒い翼。閃脚の由来もそれかな?」

「はい……」


 メルは恥ずかしそうに顔を伏せているが、立派な武器だと思う。


「そういうことか」


 メルは神々の争いに関しての話をしてから、少しぎこちない。

 話題を変えてクッションを入れてやろう。


「……メル、別に俺に様とかはつけなくていい。宿屋の女将としての対応のほうが気楽で好きだ」

「は、はぁ、よろしいので?」


 彼女はヴィーネと俺を交互に見て、了承を求めている。

 

「許可を求める必要はない」

「いいよ」

「……ご主人様。先ほどはすみません。メルに、総長様と呼ぶようにと、差し出がましいことを……わたしはご主人様のお気持ちを察せておりませんでした」


 ヴィーネも礼儀正しいな。

 長い銀髪を垂らし頭を下げながら俺を見て話していた。

 艶やかな銀髪が綺麗だ。


 つい弄りたくなる。


「気にするな。それでゼッタ。頭に取り付くような蟲の件だが……何か知っているのか?」

「知っています」


 一応、カレウドスコープを起動させる。

 ゼッタを見たが、脳が寄生されていることはなかった。


「……知っているのか。そういう蟲をゼッタは扱えるのか?」

「無理です。わたしとて全ての蟲を使役できる訳ではないので。わたしが知っているのは、ベーマトラという名の蟻のモンスターです」

「ベーマトラ?」

「はい。大草原を住みかにしているガラランという四足獣の頭には小さい蟻、ベーマトラが取り付くことがあるのですが、取り付かれると、意識を乗っ取られてベーマトラの巣へ誘導されて、大量のベーマトラの餌になるという、あまり近付きたくない蟻のモンスターです。ですが、一度は捕まえて研究をしたいと思っています」


 へぇ、そりゃ怖い蟻だ。

 ゾンビ蟻の話なら聞いたことがある。


「……ベーマトラが、ガララン以外に取り憑く可能性は?」

「その可能性は非常に低いかと思われます。特殊な環境での話なので」


 まぁそりゃそうか。実際、都市の中で蟻が人族の脳へ寄生したと分かったら騒ぎになるだろうし。


「そっか。ゼッタ、蟲の講義をありがとう」

「いえいえ、他にもわたしが使役する蟲について解説しましょうか?」


 鱗顔のゼッタは微笑む。

 目を輝かせているので、嬉しそうだ。


「いや、もういいよ、それは今度」

「そうですか」


 虫の先生ゼッタは残念そうに視線を逸らす。

 脳が寄生される話はここまでだ。

 次はヴェロニカと白猫マギットに関することを聞く。


「……メル、突然だが、ヴェロニカはまだ寝ているのか?」

「はい、まだ地下にある棺桶室で寝ています。もうそろそろ起きてもいい頃だと思われますが……」

「そっか、少し話をしたかったが、まだ寝ているなら仕方がない。それと、さっき疑問に思ったんだが」

「なんですか?」

「宿屋を守らせるといっていた、白猫マギットのことだ」

「……マギットですね。実はただの猫ではありません。元は【血法院】に閉じ込められていたアブラナム系の荒神マギトラの力を宿す、多頭を持つと云われる白狐の化け物なんです。普段は緑封印石ハイ・マジクシールズの首輪により封印されている状態で、ただの白猫ですが」


 アブラナム系の荒神マギトラ……。

 【血法院】は王都にあるヴァルマスク本家にある名前だったよな。


「【血法院】に閉じ込められていたとは、まさか盗んだのか?」

「はい、ヴェロニカがいうにはかなり昔に宝物庫に侵入して六至宝と言われていた一つを盗んだらしいです」


 なるほど……あの子ならやりかねない。


「追手が来る程の物を盗んだか……あの緑色の首輪から強い異常な魔力が感じられた訳だ」

「はい、あるキーワード、呪文を唱えると、マギットの力は解放されます。迷宮の宿り月が潰されるぐらいの強敵が現れたら使うつもりでした」


 解放した姿は見たい気もする。


「……最初、宿で俺のことを地下へ案内した時、使うつもりだったか?」

「えぇ、勿論。視野には入れていました」


 少し顔をニヤッとさせて愉悦めいた顔を見せるメル。


 はは、正直だな。

 しかし、今にして思えば、ロロと仲良くなった理由がわかるような気がする。


 神獣の猫と、荒神を宿す多頭の狐。


「にゃ?」


 黒猫ロロに視線を向けると返事をした。


「お前とマギットは仲が良かったからな?」

「にゃおん」


 話すと頬に頭を擦りつけてくる。

 可愛いが、今は軽く頭を撫でるだけにしておく。


「……それで、盗んだヴァルマスク本家からヴァンパイアの追手とかありそうだけど」

「はい、ですが、ヴェロニカも強いので、すべてを撃退しています。ですので、今後、総長にも、そのヴァルマスク家からちょっかいを出される可能性が高いです。ヴェロニカが【月の残骸】に所属して活動していることは向こうヴァルマスク家も知っているでしょうし」


「……俺に対して戦いを挑むなら受け入れてやるさ。だが、仲間に手を出されるのは厄介だな……」


 さて、そろそろ家に戻るか。

 エヴァたちが来ているかもしれないし。


「……それじゃ、俺たちは一旦屋敷に戻る。ベネットが戻ってきたら、俺の屋敷まで来るように言っといてくれ」

「はい、承知しました」


 メルの口調は変わらない。

 優秀な皮肉屋の彼女だ。

 自分の立ち位置ぐらいはすぐに把握するか。


 ……俺は椅子から立ち上がり、ヴィーネを伴い黒猫ロロを肩に乗せて店の外へ出た。


 食味街の街並みは名前通り、食事処が多い。

 ヘカトレイルの横丁にあったルンガ焼きの専門店はここにもあるんだろうか。


 あの横丁より、食味街ここは通りに面した場所なので、店の種類は多い。

 色々な羊型、牛型、鳥型、モンスター型、などの特徴ある店の看板が並ぶ。


 因みに双月店の看板は鳥型だ。


「ご主人様、どこか店に寄られるので?」

「いや、こういう通りは久しぶりだなとね……昔を少し思い出していた」

「そうでしたか」

「ロロ」

「にゃお」


 肩にいたロロは跳躍し、地に足をつけた瞬間――。

 黒馬か、黒獅子を彷彿する神獣ロロディーヌへと姿を変化させた。


 俺とヴィーネは、その凜々しい黒女王的な神獣ロロディーヌに乗り込む。

 ペルネーテの空を、ジェット気流に乗ったかのように駆け抜けた。


 武術街の通り沿いに到着。それでも、速度を緩めない相棒――。

 建物の壁を蹴っては、柄が悪い奴らが住んでいそうな家の壁を壊しつつ爆進。

 屋敷の正面にある大門が見えたと思ったら、その大門の屋根上にロロディーヌは着地。

 力強い四肢の動きで、急停止しつつ、頭部を上向かせる。

 ロロディーヌの鬣が風を受けて靡く。そんな相棒の鼻先はふがふがと蠢いていた。

 匂いでも嗅いでいるのか。不遜な者がいないか、縄張りチェックか。

 相棒は上向かせていた顔を左右に動かす。

 その時、屋敷の外で数人の気配を感じ取った。誰かが見張っている?


 俺が周囲の魔素を感じ取った瞬間――。

 馬獅子型ロロディーヌは、馬獅子たる気高き鋭角な獣の顔を、またもや上向かせた。


「ガルゥゥッ、にゃお~ん」


 獣の息吹を感じさせる猫声だ。

 ――刹那、筋肉が盛り上がる四肢で屋根の板を蹴った。

 馬獅子の立派な腹を中庭で掃除している使用人たちに見せつけるかのような大ジャンプを敢行。


 更に、相棒は六本の触手を変形させた。

 それら触手が、無数に分裂しつつクジャクの羽のように扇状に拡がった。

 そのまま、拡大させた触手は、浮力でも得たのか、俺はふんわり感を得た。

 派手だが柔らかくもある動きで中庭にピタッと肉球着地した。


 肉球体育審査員がいたら、9点はつけるだろう。


「――ご主人様が戻られたっ」

「ひぃぁぁ」

「かいぶつううう」

「あわわわわっ」


 高級奴隷たちは中庭で訓練を行っていたらしい。


 洗濯や掃除をしていた使用人たちは、皆、驚いていた。

 中には尻もちをついて転んでいる使用人もいる。


 そんな光景を見ながら、神獣ロロディーヌから飛び降りた。

 ヴィーネも続くが、ゆっくりと慎重に足を震わせながら降りる。

 少し飛ばし過ぎたか。

 俺たちが降りると馬獅子型ロロディーヌはすぐに黒猫に戻る。


「にゃっ」


 黒猫ロロは一声鳴きながら使用人たちに突進。

 好きなメイドでもいるのか?


 黒猫ロロは転んでいた使用人へと触手を伸ばす。

 優しい猫さんかい!

 優しく使用人の体を持ち上げて、立たせてあげていた。

 

 その使用人の足をぺろっと舐める。


 黒猫ロロは優しいなぁ。

 微笑んで、その光景を見ていると、


「ん、シュウヤが帰ってきた」

「――シュウヤッ、わたしたちを放っておくなんてっ」


 エヴァとレベッカだ。

 彼女たちは怫然とした表情……。

 特にエヴァが珍しく怒ったような表情を浮かべている。


 少し緊張しながら、母屋の家から飛び出してきた彼女たちに近寄っていった。


「……や、やぁ、おはよう?」

「おはよう? もうお昼になるわっ」

「ん、おはよう――シュウヤ、どこに行っていたの?」


 確かに昼だな。

 エヴァは車椅子を変化。

 セグウェイ状態になると、俺の側に寄り、近くから聞いてくる。


「えっと……」


 ヴィーネに視線を向けると、銀髪を揺らして頷く。

 彼女も仲間には正直にいったほうがいいと思っているようだ。


 よし、勇気を出して告白だ。

 鏡のことも闇ギルドのトップになったことも全部、ブチまけよう。


「……俺は闇ギルド【月の残骸】の総長になった。それで、そのメンバーたちと少し話をしていたんだ」

「な、なんですって?」

「闇ギルド……総長……いつの間に」


 レベッカは目を見開き、エヴァは手を出してくる。

 紫の瞳を揺らして、俺の気持ちを探らせろと暗に示してきた。


 エヴァの望むままに掌を出して、彼女の手を握ってやる。

 心を読みやすいように、脳内で今までの経緯を軽く考えていく。


「……【月の残骸】、戦争……」


 エヴァは難しい顔を浮かべて、ゆっくりと頷くと、手を離す。


 リーディングはすぐに終了した。

 サトリとしての力がどの程度なのかは、俺には判断がつかないが、納得はしてくれたはず。


「……闇ギルド、シュウヤが、そんな危ない稼業に手を出していたなんて。あ、もしかして、この間、わたしを襲ってきたやつ関係なの?」


 レベッカは攫われたことを思い出したのか、顔色を悪くしていた。


「いや、そいつらは俺が潰した。もう関係ない。だが、まぁ同じ類の連中を引き受けることになったということだ。だが、俺は冒険者を辞める気はないぞ」

「潰したって? 驚き……」

「ん……」


 彼女たちは困惑顔だ。

 そりゃそうなるか。


「……俺のことが嫌になったら、無理してパーティを組まなくても――」

「ちょっと! みくびらないでっ、わたし、ううん、エヴァだってそんなことで、そんなことで、嫌いになるわけがないでしょう! まったく、どんな想いでここに来ているかもしらないで、ふざけないでよっ、この、ばかちんのっ、にぶちんの、えろばかの、ばかシュウヤ!」


 あちゃー、俺の言葉に重ねてきた。

 レベッカが泣きそうな顔を浮かべて怒っていた。

 

 が、可愛く、愛しい姿でもある。


 自然とレベッカの下へ歩き、彼女を抱きしめていた。


「――ごめん」

「あ、あ、うん……」


 レベッカは急に、黙り込む。目が潤んで、頬は真っ赤だ。


「レベッカ、退いて」

「え、ううん、いや」

「だめ、退いてっ」


 エヴァは強気な態度でレベッカにいうと、車椅子ごと、横合いから俺に抱きついてきた。


 二人から強く抱擁を受けることに。


『閣下、わたしも混ざっていいですか?』


 視界に精霊ヘルメも登場。


『別にいいけどさ……』

『ではっ』


 二人が抱きついている側で、俺の左目からスパイラル放出する精霊ヘルメ。


「ん、精霊様?」

「きゃ、少し水が」


 水飛沫を少し荒めに出していた? 気のせいかな。

 常闇の水精霊ヘルメはすぐに人型へ変身すると、俺に抱きついてくる。


「閣下……」

「ご主人様、わたしも……」


 ついにはヴィーネまでも……皆の手が重なっておかしな光景になる。


 遠巻きに見ていた、高級戦闘奴隷、使用人とメイドたちは少し笑っているようだった。


 暫し、彼女たちの温もりを感じていたが、女同士で手の叩き合いに発展していたので、ここらでストップさせる。


「……皆、分かったから、もう離れてくれ、な?」


 強引に、皆の手を剥がして離れた。


「んっ」

「もうっ」

「閣下」

「ご主人様」


 彼女たちはそれぞれに少し不満気な顔だ。

 というか、一緒にいたヴィーネまで不満気な顔を浮かべているし。


 ま、それは置いておこ。

 そこまで、俺と離れたくないなら少し突っ込んだ話をしてみよう。


「……なぁ、エヴァとレベッカ、なんなら、俺の家に引っ越してくるか?」

「えっ! いいの?」

「ん、引っ越すっ! シュウヤと一緒がいい」


 二人とも即答だ。


「閣下、やはり優秀な二人を……」

「彼女たちは優秀ですからね」


 ヘルメとヴィーネは互いに目を合わせて、頷いている。


 俺はエヴァとレベッカを見据えながら、


「本気なんだな? 俺のとこに泊まるということは、そっちもあるという意味だぞ」

「勿論よっ」


 レベッカは鼻の穴を少し膨らませて、コウフンした口調だ。


「ん、えっちぃな夜も頑張る」


 魔導車椅子に座っているエヴァは顔を紅く染めると、手をもじもじさせている。


「わかった、母屋の部屋は沢山あるから、自分たちで住む部屋を決めてくれ」

「ん、見てくる」

「あっ、わたしもっ」


 エヴァとレベッカは競うように母屋に向かう。魔道車椅子のほうが速い。

 これで、彼女たちを陰で守る【月の残骸】の人員たちも楽になるはずだ。

 さっき屋敷の外で感じた気配も消えるはず。

 彼らは俺の屋敷に入ってきてはないが、指示通りにエヴァとレベッカを追跡していた。


 さて、夜のことは別の意味も含んでいるが……。

 彼女たちは当然、エロいことしか分からなかったはずだ。


 ……俺の血に関することと、鏡の件も話さないとな。

 しかし、どんな反応が返ってくるか。少し怖い……。


「……ご主人様、お顔が優れませんね。わたしの血をお飲みになりますか?」

「閣下……閣下の、その愁いの主たちの尻を水で懲らしめてあげます」


 常闇の水精霊ヘルメさんは相変わらず。

 最近は水よりも闇の精霊らしくなってきたか?


「二人とも大丈夫だ。さ、母屋でまったりタイムといこうか」

「はいっ」

「戻りましょう」


 そのタイミングでメイド長のイザベル、獣人メイドのクリチワ、人族メイドのアンナが黒猫ロロを伴って近寄ってきた。


「ご主人様、お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませっ」

「ンンン、にゃあおん」


 黒猫ロロもなぜか、メイドの真似をするように喉声と変な鳴き声を出す。


「あ、ふふ、もしかして、真似をされましたね。なんて可愛らしいのでしょう」

「わたしたちのまねをしてますっ」

「ご主人様っ、さっきロロ様が抱きしめさせてくれたんですっ」

「そうなんですっ、ふっくら、もちもちなんですよぉ」

「肉球が、肉球が、あまりにも可愛すぎてっ」


 三人のメイドたちはすっかり、黒猫ロロの虜だ。


「そ、そうか、良かったな」

「はいですっ」

「はいぃ、やっと触らせてくれたのです」


 獣人メイド。

 クリチワは何故か、敬礼を行い、アンナは胸に手を当てる。

 本当に嬉しそうにしていた。


「にゃ?」


 黒猫ロロは首を傾げると、メイドたちに頭を撫でられていく。


「ふふっ、可愛い」


 メイド長イザベルもご機嫌だ。


「……君たち、ちゃんと仕事はしているんだろうね?」


 彼女たちが黒猫ロロと戯れる姿を見て、そんな風に聞いてしまった。


「「「――はいっ」」」


 三人は声を揃えて、一斉に黒猫ロロへのお触りタイムを終了する。

 背筋を伸ばしつつの気をつけの姿勢で、俺を見つめていた。


「掃除と洗濯。普段着として、お洋服をご用意致しました。そして、向かいのトマス・イワノヴィッチ氏と、ご近所のレーヴェ・クゼガイル氏、リコ・マドリコス女氏、他、多数の方々がいらっしゃいました。わたしが代表してご挨拶をしておきました」


 へぇ、そうだったの。


「その人らはなんて?」

「トマス氏は、『武術街互助会のご挨拶に参りました。また後日』とお話をしていました。レーヴェ・クゼガイル氏は、『またお邪魔する』と、言葉短く去りまして、リコ・マドリコス女氏は『武術連盟の使いなのにっ、留守とは失礼しちゃうわね、近くに住むからわざわざ、わたしが挨拶しに来たというのにっ、ふんっ、また来るわよ!』と、語気を強めてお帰りになりました」


 ツンツン口調の女か。

 会うのは気後れしちゃうな。


「そうなんだ、タイミングが会えばいいけど、俺も色々あるしな。また、俺がいないときに来たら、日にちを指定してくれれば、できるだけ合わせると、話をしておいてよ」

「はっ、かしこまりました」


 そこで、視線を母屋へ向ける。


「んじゃ、少し母屋で休む」


 三人のメイドたちは黙って頭を下げる。

 ヴィーネとヘルメを連れ母屋のリビングルームに向かう。

 俺たちにやや遅れてメイドたちも入ってきた。

 当然、黒猫ロロも。

 

 ヘルメはリビングの隅に向かう。

 と、黝色の胸元の皮膚を左右に開く。

 パカッと開いた胸の中から黝色の水晶を取り出していた。


 水晶には濃密な魔素が内包されている。


「閣下、少し<瞑想>を致しますので、お構いなく……」

「あぁ」


 皆が注目する中、常闇の水精霊ヘルメはその水晶を抱くように胡坐で浮かび出す。

 ヘルメの体を水蒸気が包む。繭的な動きだ。周囲には霧が発生。


「にゃ、にゃにゃー」


 霧に興味を持った黒猫ロロ

 猫パンチを消えたり現れたりする霧に放つ。 


「……肉球が濡れてます! カワイイ。あ、ご主人様、精霊様のことなのですが、使用人たちが、お祈りを捧げるようになりました。あ、わたしもですが、いつもお祈りを捧げています」


 そう語るメイドたちはアーメン。といったように、頭を下げて祈りを精霊ヘルメに捧げている。ここじゃ信仰の対象か。


「ヘルメに祈ってもあんまり意味はないと思うが。ま、好きにしたらいい」


 さて、着替えるか――胸ベルトを外す。

 長いベルトを机に置いてから外套を脱いだ。

 すると、ヘルメに祈りを捧げていたメイドのクリチワとアンナが近くにきた。

 外套の袖を上げて、俺が服を脱ぐことを手伝ってくれた。


 外套と胸ベルトを彼女たちが大切そうに運ぶ。

 近くにあった専用のマネキンの上に設置してくれた。

 メイドたちは気が利くなぁ、いい子たちだ。


 マネキンとか小物類も増えている。


 鎧も外すと同様に手伝ってくれた。

 どこぞの貴族のような感覚だ……。

 『替えの服も買った』と、彼女たちから話を聞いていたが、ただの革服ではなかった。

 絹製の上着とスマートな大きさのユニクロで売ってるようなズボンとスリッパを用意してくれていた。


 GUでないところが味噌か? 違うか。


「……すまんが、下は俺が履く。これからも手伝わないでいい」

「はい」

「わかりました」


 メイドのクリチワは狐耳をぴこぴこと動かす。アンナは慎ましく俺から距離を取った。

 そこに、レベッカとエヴァがリビングルームから戻ってきた。


「シュウヤッ、決めたわ」

「ん、わたしも」

「それで、どこに寝泊まりするんだ?」

「どの部屋も大きくて、目移りしちゃう。けど、決めた」

「ん、決めた」


 エヴァとレベッカは微笑みながら、互いに頷き合う。そのレベッカが、


「シュウヤが寝泊まりしている部屋は、右側の大きいところでしょ?」

「そうだよ。一階の右な」

「やっぱり。だから、その部屋に近い一階廊下の左の部屋に決めたの」

「ん、わたしもその隣」


 二人とも俺が寝ている目の前の部屋か。


「分かった。荷物とか引っ越すなら、二人だから一人ずつになると思うが、手伝うぞ」

「ん、必要ない、辻馬車を雇う」

「わたしも、雇う。この間の大金があるし。それに、ここには、使用人が沢山いるじゃない。手伝ってくれるでしょ?」

「あぁ、それはそうだが」

「ご主人様のお仲間様のお手伝いですね。すぐに何人かに指示を出して人数を確保します」


 側に控えていたメイド長のイザベルが話を聞いていたのか、そう言ってくれた。


「うん。お願いします」

「はい」

「よかった、さすがは専属メイド! それじゃ、さっさと家に戻って荷物を纏めてくる」

「わたしも、店に戻って荷物整理。ディーとリリィにも説明する」


 レベッカは独り身らしいから、すぐにでも引っ越せそうだ。

 エヴァにはリリィという侍女獣人がいたからな……。

 彼女の態度から予想するに……時間が掛かりそうではある。


 そして……血と鏡の件のことを考えながら、重い唇を動かす。


「……了解。それと、引っ越しが終わったら、二人に大事な話があるから聞いてくれるか?」

「……何?」

「大事な話……」


 エヴァとレベッカは俺の感情を探るように、瞳を見つめてくる。


「闇ギルド云々の話?」

「いや、まぁ、もっと大事な話だ」

「そ、そう……分かったわ」

「ん、楽しみ」


 レベッカは唾を呑み込んだような印象。微かに首を動かし、少し顔が強張った。

 エヴァは天使の笑顔で対応だ。いい子なエヴァ。

 そこからイザベルの指示を聞く形で来た使用人たちを連れて各自の家に戻った。


「ご主人様、大事な話とは、もしや……」


 ヴィーネが銀色の虹彩の瞳を潤ませて、聞いてくる。


「そうだ。俺の血に関することも話そうと考えている」

「<筆頭従者長>。眷属をお増やしになられるのですね」

「そういうことだ。しかし、彼女たちが承知してくれるかは分からない……」

「不安なのですね。大丈夫ですよ。エヴァもレベッカも、きっとご主人様に従います。同じ女として解りますから」


 ヴィーネは微笑を浮かべて、優しくフォローしてくれた。


「女の勘か――」


 彼女の括れた腰へ手を回して抱き寄せる。


「あっ、はい……」


 そこからヴィーネの優しい言葉を生んだ唇の襞に……。

 お礼を兼ねた優しい愛撫を重ねていった。

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