百五十八話 聖なる歌
リビングルームの椅子に座り、朝のちょっとした紅茶タイムを楽しんでいた。
「シュウヤさん、おはようございます。昨晩はお世話になりました」
シャナだ。起きたらしい。
人魚からエルフの姿。山吹色の髪が綺麗だ。
何処から見ても人魚とは思えない。
「……おはよう。しかし変身魔法とはな。本当に見事なもんだ」
「はい、この魔法はわたしの生命線ですからね。人魚だとバレたら人族社会じゃ生きていけません。ですので内密にお願いします」
勿論、誰にも喋らんさ。
運ぶ時に多数の人に見られたけど、彼女の顔は隠したし、まぁ俺が人魚を喰うとか思われただけだろう。
「了解した」
「ありがとう。助けてくれたお礼に、歌で稼いだお金を持ってきます。冒険者用の貸し倉庫へ行って来てもよいですか?」
「あ、要らないよ。気持ちだけで十分だ。シャナが金を貯めているなら尚更受け取れない。それに、自慢じゃないが、俺はこんな家に住むぐらいだからな」
両腕を広げて、鷹揚な雰囲気を出して語る。
「……そうですか。本当に、ありがと……」
シャナは顔を俯かせると、少し視線を上げる。
その目には涙を溜めていた。
泣くほどじゃないと思うが……。
対応に困っていると、シャナは充血した目をキリッと鋭くさせた。
そして、小さい唇が動く。
「……お礼に一曲。歌わせてもらいます」
「おっ、ありがたい」
首に装着された宝石が煌いて光ってから、歌が始まる。
アカペラだが最初から凄い声量だ。
ソプラノ調子から徐々にトーンを下げて……。
こぶしを交えたリズムアンドブルース的な声帯を駆使したテクニックで歌い上げている。
宿屋では聞いたことがない曲だ。
心が躍ったかと思うと、しんみり、心地よい歌へ、声質を変える技はオペラ歌手を超えている。
間近で聞くとやばいな……。
リビングルームが武道館ライブの会場へ様変わりしたような感じを受けた。
後光を差すお釈迦さまじゃないが、カリスマ性のある歌声。
掃除をしていたヴィーネが神秘なる歌声に誘われたのか、リビングルームに来ては、うっとり顔を浮かべてシャナを見つめている。
机の上に移動してきた
『……凄いですね、音の魔力でしょうか、一種の聖域のような癒しの効果が広がっています』
精霊ヘルメも視界の片隅に現れると、感動した面持ちで語る。
確かに、魔察眼で確認すると、シャナの口から波紋のような魔力波が発生しているのが分かる。
『聖域か。言われてみれば、確かにその通りだ』
奴隷たちも素晴らしい歌声が、聴こえたようで本館の窓に集まって覗いていた。
あいつら、入って来てもいいのに……まだ遠慮しているらしい。
彼女たちも自然と集まるほどに、凄い歌声ということだ。
しかし、
「ぞのぉおお、うだぁぁぁぁぁぁー、ぐおぉぉぉぉぉ!!」
綺麗な歌声を押し殺すような叫び声が、窓際の奴隷から発生した。
――何だ?
その大声を出しているのは、蟲に取り付かれていたエルフのフーだった。
フーは隣にいた奴隷たちを殴り、蹴りつけると、木製の十字窓をばんばんと叩き暴れだす。
急いでリビングから飛び出していく。
外にいたフーは意識がないのか頭をだらりと垂らしていた。
それに、小型蟲だ。うへぇぇ。
フーの首後ろからにょろりと音を立て、頭上に現れている。
前にカレウドスコープで確認していた、あの小型蟲だ。
小さい口と思われる箇所からは多数のイソギンチャク的な触手が現れているが萎れている……。
気持ち悪い複眼からは血も流れていた。
ダメージを負っているらしい。
「……我に、傷を、おわせ、た、な……」
蟲が濁声で語っている。
「シャァァァ」
「ご主人様、あれはいったい」
ヴィーネは女神から貰った蛇弓を構えながら、聞いてくる。
「寄生蟲だと思うが」
もしや、宇宙生物か?
『閣下、あれは異質な感じがします。エルフのフーから魔力を吸い取っているようです』
『異質か……』
ヘルメと念話しながら、フー、もとい、小型蟲に話しかけてみた。
「よう、蟲、俺の声が分かるか?」
「ち、がう、われ、邪神ヒュリオクス様の、しもべ、カーグルルグ」
話せるらしい。
邪神ヒュリオクス……宇宙生物じゃなかった。
「その
「われ……観察、おまえたち、ぐぉぉぉ、ぐぐるうぢいい」
フーの頭上に浮かぶ小型怪物はまだダメージが継続しているらしい、触手がどんどんと萎れて消えていく。
苦しむ小型怪物は限界がきたのか、フーの後頭部と繋がっていた触手を離した。
「お、お、まえぇ、のぅ、のぅみそぅーー」
気色悪い言葉を叫びながら、小さい触手を伸ばし、自ら突っ込んでくる。
その刹那、ヴィーネが蛇弓の
小型怪物に緑の光線矢が突き刺さる。
光線矢は溶けるように怪物の矢穴に浸透。
貫いて倒したか?
と、思ったら貫いた矢穴周りで、無数の緑色の子蛇たちが発生。
緑蛇たちは円状に回り出し、小型怪物の全身へと広がった直後、ボンッ! と小気味よい音を立て、爆発、霧散した。
あの矢の効果が気になるが、すぐに倒れたフーを確認。
右目の横にある十字金属タッチ。
カレウドスコープで機動し、確認する。
――――――――――――――――
炭素系ナパーム生命体ng#esg88#
脳波:安定、睡眠状態
身体:正常
性別:女
総筋力値:10
エレニウム総合値:465
武器:なし
――――――――――――――――
蟲は完全に消えた。
首後ろには僅かに出血の跡が見られるが、息はあった……。
よかった。他の奴隷たちも念のため、確認。全員、大丈夫だ。
「たかが、エルフにしては、よい拳だった」
ビアは腹の硬そうな鱗鎧皮膚を触りながら、偉そうに語る。
「避けるように飛んだけど、いきなりで吃驚しました」
さすがは回避特化のちびっ子サザー。
「わたしも避けました」
ママニも回避が得意なのか、自慢気に虎髭を伸ばしながら語っている。
「フーは生きてますか?」
ヴィーネが心配そうな顔を浮かべて話す。
「あぁ、生きている」
「あのぅ、いったい、今の小さいモンスターはどういうことでしょうか……」
シャナが怯えた子犬のような顔を浮かべながら聞いてくる。
右横のアタッチメントを触り、視界をもとに戻しながら、
「……たぶん、シャナの歌によって、フー、俺の奴隷に寄生していた蟲にダメージを与えたんだと思う。小型蟲は、邪神ヒュリオクスのしもべ、カーグルルグと名乗っていた」
観察目的だったらしいが、蟲を退治できたのは良かった。
<血鎖の饗宴>を用いた治療方法は未知数。
フーの頭、首後ろの小型蟲だけを<血鎖の饗宴>だけで、ピンポイントで倒せるかは、分からなかったからな。
しかし、光属性の歌が効いた?
海神の力? だとしたら俺の血を飲ませたら効いたかもしれない。
だとすれば血鎖での対処も可能となる。
或いは、精霊ヘルメの液体がフーの体に侵入し、直接小型蟲を攻撃し、殺すか、捕らえることも可能だったかもしれない。
次の機会があるか分からないが、助けたい相手が取り憑かれていた場合があったらヘルメに頼んでみようかな。
が、ヘルメに負担がかかる側面もあるから却下だな。
常闇の水精霊ヘルメも強いし不死に近いが……。
俺と同じく絶対無敵ではない。
だから、危険と隣り合わせとなる場合なら、俺がリスク追う方法のほうが良いだろう。
「……わたしの歌が」
「そうだ。君を助けたのは、本当に大正解だったようだ。フーが生きてるのは、シャナ、君のおかげだよ。歌の感動だけでなく、フーの命も助けてもらったんだ。これで貸し借りはなしということで、友達になろうじゃないか」
真面目に本音を話していく。
「はい。こちらこそっ」
「シャナ様、よろしくお願いします。わたしはヴィーネ。ご主人様の従者です」
ヴィーネは礼儀正しい態度を取る。
尊敬の眼差しをシャナへ向けながら話していた。
「はい、ヴィーネさん。凄い弓をお持ちなのですね。自動的に長弓へ変形していましたし、今ある蛇の彫刻も素晴らしいです。希少なアイテムかとお見受けしますよ」
「その通りです。ご主人様が居られたからこそ、得ることができた特別な武器なのです」
「シュウヤさんは、優秀なのですね」
「はい」
照れくさいので、話題をかえよ。
「シャナ、さっきの歌以外にも、歌の“何か”があるんだろ? 前、戦っていた傭兵相手に使用してた“衝撃波”とかな?」
「はい。ありますよ。友達という言葉を信じて、教えちゃいましょうっ!」
シャナは気分が高揚しているのか、左手を腰に当て、右手を突き出す。
その右手には、細い人差し指が一本縦に立っている。
なんか、美人女教師のように可愛く偉ぶっているように見えた。
「
「耳か、頭へ、直接ダメージを与えるようだけど、
「はい。似たような系列ばかりです」
へぇ、と、そんな会話をしていると、
「あ、ここ、は?」
フーが目を覚ました。
特に怪我はないらしい。
「フー、俺が見えているか?」
「はい、ご主人様です」
目もはっきりとしているようだし、大丈夫そうかな。
側にいた奴隷たちがフーに近付く。
「フー、いきなり蹴られた」
「躱したが、急な拳には驚いた」
「エルフにしてはよい拳であった」
その言葉を聞いたフーは、何のことか覚えていないように左右に顔を振っていた。
「わたしは知らないです。素晴らしい歌を聞いていたら突然に……そこからの記憶がない……」
「フーは一瞬だが、操られたようだな。もうその操っていたモンスターは倒したが、そいつは邪神ヒュリオクスのしもべ、カーグルルグと名乗っていた」
「カーグルルグとやらが、わたしを……? 皆さん、すみませんでした」
フーは自分の首にある不自然な出血痕を見て、唖然としていた。
邪神ヒュリオクス。蟲を操る神か……。
【月の残骸】のメンバーに蟲使いがいたが、邪神と関係があったりするのだろうか……だが、迷宮に潜っている気配はなかったから違うか。
そこで昔の記憶を呼び起こす。
クナが死んだ時、エリボルの娘が死んだ時の映像が浮かぶ。
あの時も首後ろから蟲が出現していた。吸魂によって萎れた蟲たち。
あれも邪神が関係していたと思ってよいだろう。
そうなると、人族、魔族関係なく脳へ蟲を寄生させていたことになる。
倒した小型蟲は観察と語っていた通り、この地上の情報収集か、単純に迷宮へ誘き寄せるためか、邪神らしく、このセラ世界へ喧嘩を売っているのか。
そこで思考を止めて立ち上がっていた奴隷たちへ視線を向ける。
一応、回復魔法でも唱えとこう。
フーを含めて全員の奴隷へ向けて、
上級の水属性である《
透き通った水塊が目の前に発生。
水塊は一瞬で崩れて細かい粒となり奴隷たちへと降り注ぐ。
「「おぉ――」」
奴隷たちは魔法を身に浴びて驚いている。
というか、無詠唱に驚いたんだろうな。
まぁ、これからは身内だ。
秘密にしても仕方ないし、明かせることは少しずつ明かしていくか。
「凄い、無詠唱ですか……」
シャナも当然の如く驚いている。
「ご主人様は特別ですから」
ヴィーネが自慢気な顔を見せて語りながら、俺の隣に移動して待機していた。
「……そのようです」
シャナはヴィーネの顔を見て微笑むと、納得しているようだった。
そんな彼女へもう一度、
「もう一度いうが、シャナの歌のお陰だよ。本当にありがとう」
「そういっていただけると、嬉しいです。よかった歌ってて」
シャナは、はにかむ。
美人さんの笑顔は素晴らしい。
俺は自然と笑みを浮かべて、頷いていた。
「……それでは、わたしは宿へ帰りますね、歌の仕事がありますから」
「あ、うん、ここはペルネーテ南の近辺にある武術街だから、道は大丈夫かな?」
「はい。大丈夫です。では」
シャナは頭を下げてから踵を返すと、玄関横のテラスから降りて中庭を歩いていく。
人魚のシャナか。
彼女が探している秘宝が見つかるといいが。
対蟲邪神用に、パーティーに誘うことも、一瞬、頭に過ぎったが……。
彼女は歌手でもあり目的がある訳で、いきなり誘うのもな。
紅虎のサラたちと同じように、最初は友達からでよいと判断。
彼女の背中で揺れる綺麗な金髪を眺めながら、そんなことを考えていた。
さて、エヴァたちが来る前に、奴隷たちと迷宮に行くための準備をするか。
奴隷たちへ視線を戻す。
皆、無詠唱を行った行為に圧倒されたのか、片膝をテラスの床につけて頭を下げていた。あの
「……お前たち楽にしていいぞ。それと、こないだから無理にお前たちを走らせて体力がどの程度あるかを見てきたが、前衛のビアは勿論だが、後衛のフーも、素晴らしいものだった。高級戦闘奴隷として申し分ない。だから、買ってよかったと思っている。俺の奴隷になってくれてありがとう」
本音を伝えた。
「はうあっ」
サザーは驚いて変な声をあげる。
「えぅ? ゴホゴホッ」
フーも驚いて喉を詰まらせていた。
「ご主人様、もったいなきお言葉っ」
「主人の為に働こう」
ママニとビアは、驚きながらもちゃんと言葉を返してくれた。
「と、いうことで、本格的に迷宮に向かうから、予め、戦術的な話し合いをしときたい」
「「はいっ」」
「承知した」
皆でリビングルームへ戻り、アイテムボックスからポーション類を配っては迷宮での戦術を確認していく。
一時間後。
それぞれ準備を調えたエヴァとレベッカが本館に来ていた。
リビングルームにある長机が置かれたルームに奴隷を含めて皆が集まっている。
八名の
そして、大事なことを告白した。
戦術確認を行うその場で、左目に宿る精霊ヘルメと指輪型魔道具
その話を聞いたメンバーは例の如く。
レベッカが騒ぎ立て、エヴァは直ぐに納得し、奴隷たちが驚く……。
流れの会話は長引いたが、適度なところで切り上げて、戦術確認の話を続けていった。
「……それじゃ、さっきも話をした通り、ギルドで適当に依頼を受けてから、魔宝地図の宝をゲットしに迷宮の五階へ向かうぞ」
「――はっ」
「はいっ」
「ん」
「うんっ」
総勢八名+一匹。
エヴァ、レベッカ、ヴィーネ、俺と
皆で、第一の円卓通りにあるギルドへ歩いていく。
ギルドでの依頼は魔石取得と五階層に出現するモンスターと予め出現報告の多い守護者級
手続きは素早く済ませギルドを後にした。
魔石はエレニウムストーンとしてアイテムボックスの拡充に必須だから、ギルド依頼は最低限の数だけだ。
円卓通りに戻り、迷宮の入り口へ向かう。
五階へ行ったことのある奴隷たちに、一階の水晶体を触らせて、五階の水晶体にワープしてきた。
おっ、今までと違う。
壁がない。ここは地上のようだが、迷宮だ。
目の前にある存在のある歪な水晶体がちゃんと鎮座している。
水晶体は、根元から土と繋がる石のような物質で形成されているようだ。
そんな歪の水晶体を表しているかのように、空が不気味な光を帯びていた。
薄ぐらい段々雲のようなのが上空高くに見えるだけ。
曇り空が広がっている。
ここはフィールド型フロアか。
薄暗い周りには、魔法の光源があちらこちらに浮かび冒険者のクランかパーティの一団がキャンプを設営して休憩を取っていた。
その中で面白い光景が目に入ってくる。
大柄の魔法使いの男性が、大きな絵が収められた額縁を地面に置いて、その絵から大きい狼を召喚させていた。
その狼は炎を口から吐き出して、薪へ火をつけている。
前、不思議な魔道具店で魔法書を買ったときに遭遇した、あの牛顔の魔法使いの姿を思い出す。
そんなキャンプを行う
そんな視線は無視。
魔宝地図を取り出す。
前と同じように、墨汁色の筆で書かれたような感じの“Ⅳ”の文字と“五層”と文字が魔宝地図の表面に浮かび二つの塔と墓場の絵が描かれていく。
そこにはちゃんと、俺の位置と宝が眠る位置と思われるバツ印の箇所が光って点滅していた。
ハンニバルが一番最初に光のペンで描いた詳細な地図ではないが、まぁ絵だから、分かりやすい。
「にゃ」
肩にいた
その魔宝地図に興味を示したのか地図上に肉球を押し当てていた。
点滅している箇所を肉球スタンプを行うように、何回も押している。
そして、俺を見た。
たまらん、が、我慢。
「……ロロ、可愛いが、移動をするから止めてね」
「ンンン」
喉声で返事をすると片足を引っ込めてくれた。
この点滅をしている箇所は、西。
西へ進めばいい、簡単だ。
ハンニバルも語っていたように示された場所に向かうこと自体はあまり苦にはならないみたいだ。
見ていた魔宝地図をアイテムボックスへ仕舞う。
「……こっちへ行こう」
「ん」
「西の方面なのね」
「行きます」
前もって話していた通りの、基本隊形を取る。
ワントップが
そのワントップから右後方の位置に
ビアの左後方の位置に
俺と
後方に魔法使いのフー、レベッカ、魔導車椅子のエヴァとヴィーネが魔法使いの護衛に付く。
そんなクリスマスツリー型の隊形を取り、八人と一匹のメンバーで薄暗い荒野を西へ歩いていく。
視界は真っ暗ではないが、ある程度の明るさはある。
不思議だけど、あの空のように迷宮独自の明るさなのだろうと納得。
少し歩くと、僅かな霧が発生し魔素があちこちに反応を示してきた。
「
「――はいっ」
俺は大きな声で指示を出すと、奴隷たちを含めて全員が武器を構えた。
薄暗い視界なので<夜目>を発動。
『視界は入りますか?』
『あぁ、最初だけな』
ヘルメの視界を借りると赤い四肢がある狼系のシルエットが見て取れた。
すると、左前方に皮膚が爛れた黒輪を首に巻く大きい狼が現れた。次々に右や左から皮膚が爛れた狼たちが現れ始めてくる。
先頭にいる
狼の頭へ投槍を直撃させてあっさりと倒している。
ビアは投擲を続け、最初に現れた四匹の狼を手投槍だけで始末していた。
だが、狼は次々と現れてくる。
彼女は構わずに蛇胴体をくねらせながら素早く、前進。
現れた狼たちに近付くと、右手に持った片手半剣を狼の頭へ振り下していた。
狼の頭は左右ぱっくりと割れて両断。
どす黒い血を噴出させている。
血を浴びながらも、
「キショエエエエエエエエッ!」
と、蛇舌を大きく伸ばして叫び声をあげるビア。
次々と現れる狼たちがビアへ視線集中。
盾持ちらしく、敵から注目を集めていた。その隙に素早いママニとサザーがビアの挑発に気を取られた狼たちへ斬り掛かり、一瞬で、四匹の狼たちを屠った。
だが、まだ狼たちは現れてくる。
狼団体の群れだったようだ。
「ん、依頼の一つ、死霊系
エヴァが後ろから大きな声で解説してくれた。
五階に湧く
そうエヴァが語るように、皮膚が爛れた狼は首にある黒輪を大きくさせると、口を広げて真っ赤な炎を吐き出してくる。
真っ赤な炎が巨大な篝火にも見えた。
俺は一瞬焦るが
ママニとサザーも炎のブレスから回避運動を取っている。
そこで、魔槍杖を右手に召喚しながら
「ロロ、一応後ろを警戒。今は我慢してエヴァの隣で待機しとけ」
「にゃ」
黒豹型に変身しながらエヴァのもとへ移動していた。
エヴァは笑顔で
それを見届けてから、魔脚で素早く前線へ打って出た。
同時に背後から土礫、炎球が
レベッカとフーの魔法だ。
皮膚が爛れている
炎は円状に広がり隣にいた
まだ残っているやつを狙う。
皮膚が爛れた
魔槍を捻り押し出す、紅矛回転の<刺突>を
続けて<鎖>を射出。
宙に軌跡を残すような速度の鎖は、遠距離から炎を吐き出していた
<鎖>は腹を空かせたピラニアのように、蠢き、何度も
残っている他の
動きが鈍くなった
そこでヘルメの精霊視界をキャンセル。
いきなりの
これで依頼の一つは完了したことになる。
そして、奴隷たちは指示を出さずとも、毒炎狼の素材である黒輪と魔石の回収作業と、見張りの分担を行っていた。
さすがは高級戦闘奴隷たちだ。
迷宮経験者を感じさせる動き。
周りに魔素の反応はないので、見張りはあんまり意味がないけど。
集めた黒輪と魔石は俺が預かりアイテムボックスに入れておく。
狼の回収作業を終えてから荒涼の地を西へ少し歩くと、辺り一面に墓場らしき長方形の墓標が埋まっている不気味な場所へ辿り着いていた。
生暖かい風も吹く。
と、同時に、魔素の反応が墓場のあちこちから示されていった。
近くにも三つ骸骨姿のモンスターが出現。
二つは太い骨剣を両手に持つ、鉄が溶けたような骨鎧を着込む騎士系。
一つは長杖を持った魔法使い系。こいつは黄土色のローブを羽織っている。
皆、骸骨系の敵だ。
一対の眼窩には不気味な緑光を宿していた。
その眼窩を見ると、俺の指輪
あいつらも呼べば戦力になるだろうけど、まだ必要じゃない。
先頭を行く奴隷たちの力を、もう少しみたいし。
「敵が三っ、ビア、先をお願い」
虎獣人ママニが先を歩くビアに指示を出しながら、弓矢を魔法使い系の骸骨へ射出していく。骨の魔法使いは眼窩の緑光を光らせると、影を伸ばすようにゆらりと移動してママニの矢を躱していた。
「承知」
ビアは前進しながら投槍を骨騎士系へ投げていくが、全て、骨騎士が操る太い骨剣によって弾かれていた。太い骨両手剣を持つ骨騎士たちは<投擲>を行ったビアへすり寄っていく。動きはそんなに素早くはない。
その瞬間、ビアをフォローするように
剣士らしい素晴らしい胴払いには、骨騎士は反応できず、骨鎧の腹部位の半分ほどが切断されていた。
切られた胴体がぶらぶらと揺れて持っていた骨両手剣を地面に落とす。
一つの骨騎士は戦闘不能だ。
そこに、長杖を翳して魔法を撃とうとしている魔法使いの骸骨が目に入った。
しかし、ヴィーネの光線弓から放たれた光線矢が額に直撃。
骸骨の額から一気に緑の小蛇が広がると、一瞬にて骸骨魔法使いの頭が霧散した。
骸骨魔法使いが着ていたローブがゆらゆらと落ちて、杖と大型魔石もごろごろと地面を転がっていく。
魔法を使わせずにあっさりと瞬殺か。
残りの骨騎士には、フー、エヴァ、レベッカ、俺、
骨騎士は巨人に押し潰されたかのように、一瞬で消失。
サザーの素早き抜き胴により、胴体が半分切られてぶらぶら揺れている骨騎士には、エヴァが素早く近付き、車椅子を横回転させながら黒いトンファー乱舞を繰り出していた。
紫の瞳を輝かせながらトンファーを扱うエヴァの姿は美しい。
だが、少し怖い。
ぼこぼこに骨騎士を粉砕されて魔石が潰れちゃうような気がしたが、ちゃんと魔石を回収していた。
因みに骨騎士の名は
魔法使いの方は
二つとも依頼のモンスターだ。
墓場のエリアには、その二つのモンスターと
そんなモンスターたちを倒しながら数時間、地図が示した方向へ進む。
やがて、遠くに二つの塔らしきものが見えてきた。
不気味な空に映る二つの塔はまさに死者たちの迷宮を感じさせる。
魔宝地図でも確認。
あの真下辺りに宝は埋まっているはずだ。
「あの二つの塔、さっきの骨たちが無数に犇いてそうね……」
レベッカが塔を見ながら感想を述べていた。
「確かに、あの天辺には何があるんだろう。誰か知っているか?」
「はい。知っています」
お、フーが答える。彼女は知っているらしい。
ヴィーネに視線を向けるが、残念そうな顔を浮かべて首を左右に振っていた。
「フー、教えて」
「はい、あの頂上には幾つか大部屋がありまして、守護者級モンスターが各部屋を守っています。その守護者級モンスターを倒すと銀箱から金箱の宝箱が必ず出現するとか言われていますね。なので、今も、その大部屋には手練のクラン、パーティが縄張りのように張り込んでいると思われます」
レイド狩りみたいなもんか。
「分かった。ありがと」
「はっ」
「銀箱、金箱……」
レベッカの物欲センサーが発動したのか、ぶつぶつ言っている。
「ん、レベッカ、今日は魔宝地図の予定。あそこには行かない」
エヴァが指摘する。
「……わ、分かってるわよ、ただ、もう一度、銀箱、或いは神秘なる金箱をみたいなぁってね?」
レベッカは語尾にわざとらしく可愛い顔を浮かべては、エヴァではなく、俺の方に顔を向けて視線を合わせてきた。
く、少しドキっとする笑顔だ。
蒼目の魅力が魔眼のようにも見えてくる。
そういえば、彼女はハイエルフだ。本当に魔眼なのかもしれない。
彼女の気持ちは分かるので、少し匂わせておくか。
「……確かに銀箱、金箱は見たいな」
「でしょう?」
「というか魔宝地図の宝箱で、今日は満足しろよ」
「そりゃ、期待してるわよ。昨日なんて、楽しみであんまり寝られなかったんだからっ」
冒険者らしくない台詞だ。
「ん、わたしも楽しみで、
エヴァもかいっ、彼女は本を懐から出していた。
依頼を確認したとはいえ、だから、後ろからあんな風に、すらすらとモンスターの名前を解説していたのか。
「……二人とも楽しみなのは分かった。だが、気を締めていくぞ」
「ん」
「うん」
そんな会話を続けながら出現してくるモンスターを倒して墓場エリアを進む。
暫くして、前方にキャンプを張っているのか、その平幕の下で騒いでいる冒険者たちの一団が見えてきた。
周りには
死骸は凄い量。
俺たちがさっき湧いて倒した量の数倍は転がっている。
でも、おかしいな……。
魔石を回収してあるような形跡が見えない。
少し疑問に思いながら平幕の下に集まっている冒険者たちへ駆け寄っていくと、怪我を負った仲間へ回復ポーションを振り掛けてたり、魔法使いが回復魔法を唱えている緊張感のあるER緊急救命室的な現場だった。
騒いでみえたのはこういう理由か。
「もっと回復ポーションを掛けてあげてよっ」
大きな弓を持つ背が高い女が叫ぶ。
「糞、俺が魔法を使えたら……」
そう愚痴るのはこの中で一番大柄な男性だった。
身に纏っている姿と背中にある両手剣からして騎士系、戦士系と見られる。
「リーグが何回も掛けているわよっ、回復はしているけれど、炎毒の煙をもろに浴びたせいか、回復が遅いのっ!」
回復魔法を唱え終わった髪の赤い女性が叫ぶ。
因みに美人だ。
「そんな言い訳は【
大きな弓を持つ、背が高い女がリーダーらしい。
一向に回復が捗らない仲間のメンバーの様子に、苛立ち、焦っていた。
「その名は、六大トップクランの一つ?」
ヴィーネが驚きながら呟いていた。
そんなトップクランでも、こういう失敗はあるのかと、怪我を負っている人を注目。
炎毒の煙というように、床で寝かされ苦しんでいる戦士系の人は右半身の鎧が溶けるようになくなり、左半身の鉄鎧部分が皮膚と同化して酷い火傷を負っているように見えた。
更には、溶けているような傷口からは真っ赤な煙が立ち昇り、ぶすぶすと焦げ付くような音も立てていた。
回復魔法で皮膚が再生しているが、回復が追いつかない。
「周りの死骸から分かるように
レベッカは表情に恐怖を滲ませて、呟く。
「ん、
エヴァが厳しい顔で同意しながら説明してくれた。
さっきの炎か。あれをもろに喰らうとこうなるのかよ。
「これが……ということは、シュウヤの奴隷、盾を使う
レベッカは身を縮ませるように両膝を折り、パンツを見せながら休んでいる。
「そうだな」
俺は頷く。
そこで、まだ苦しんでいる人へ視線を移した。
あの人を助けたいが、俺の水魔法による回復は効くかな。
一応、試すだけ試してみるか。話してみよう。
治療を行っている、パーティのメンバーたちのもとへ近寄っていく。
「……あのぅ、俺、回復魔法が使えますが、治療に参加してもいいですか?」
「えっ、えぇ、回復魔法は人数が多いほど助かります。お礼は幾ら払えば良いのかしら……」
彼女は目に魔力を留めて俺を観察。
しかし、仲間の命が懸かっているのに、金か。
ま、ここじゃ当然ともいえるのかな。
冒険者同士のやり取りには詳しくないから分からないが。
返答に困ってると、ヴィーネが俺の耳横へ口付けするように、
「ご主人様、相場は一人に金貨十枚ほどからです。魔法により助かった場合は相手の都合次第で金貨五十枚以上に膨らむことがあります」
と、聡明なヴィーネが教えてくれた。
「ありがとう。ヴィーネ」
「はいっ」
ヴィーネのほっこりする笑顔を見てから、弓持ちの女性へ顔を向ける。
「最低限で構わないです。魔法に参加してもいいですか?」
無料で奉仕しますは、聖王じゃないのでやめといた。
「はい、お願いします」
弓持ちの女性は必死に懇願をするように、俺に対して頭も下げていた。
さて、治療をするとして……。
まずはあの鉄鎧と皮膚のところ無理やりにでも剝がした方がいいだろう。
大量な出血を防いでいるわけではないし、もし再生した時に鉄鎧とくっついてたら嫌だろうしな。
鉄男になりたいなら別だが……。
「……では、あの鎧を強引に脱がせましょう。皆さん手伝ってください」
「何? ドリーいいのか?」
回復ポーションを掛けている盗賊系らしき男性が、俺の行動に疑問を持ったのか、弓持ちリーダーをドリーと呼んで問いていた。
回復魔法を唱えていた髪が赤い女性も同様に、弓を持っているドリーの判断を仰ぐように視線を向けている。
「いいから、その人のいうことを聞いて」
リーダーな彼女は魔察眼で俺を観察していたので、その実力を悟ったらしい。
俺はあまり魔力を表に出していないが……。
それを見抜いてきたのかな。
相当な分析能力を持つと見た。
そんなことを考えながら、動く。
麻酔的な物があれば、便利なのだが、ないからな。ショック死が起きないことを願って。
回復魔法やポーションを掛けている怪我人の側へ近寄り、手当てを行っているメンバーと共に鉄鎧を強引に脱がしていく。
肉と繋がった鉄鎧を引き剥がされた痛みから、くぐもった呻き声が響くが、我慢して無視。
怪我人の冒険者の上半身を完全に露出させた。
俺はその場で、胸ポケットから“魔竜王の蒼眼”を取り出す。
分かりやすく、
同時に、中級の《
蒼眼も水属性魔法に反応して光を帯びた。
魔法効果が倍増した水光を帯びた水飛沫が、怪我をした冒険者を包む。
すると、皮膚の色は変わらなかったが、もくもくと発生していた赤い煙が小さくなっていく。魔竜王の蒼眼による効果も出ているようだ。
続けて、上級の《
蒼眼も輝き、光を帯びた透き通った水塊が目の前に発生。
その水塊は一瞬で崩れると、シャワーのように細かい粒となり気を失っている傷ついた冒険者へ降り注ぐ。
皮膚の再生速度が速まったようだ。
真っ赤だった皮膚が徐々に肌色へ戻っていく。
そこで、俺が持つ蒼眼へ注目していた盗賊系の男性が気を取り直したかのように、回復ポーションを怪我人に掛けていく。
完全に赤煙は収まり皮膚も肌色に戻っていた。
なんとか成功したようだ。
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