九十四話 教会重騎士長クルードの目覚め※
「酒をくれるか」
「あいよ、一杯、三銅貨だ」
マスターはカウンターテーブルの上に酒を置く。
一大銅貨を渡して釣りを貰い、酒を飲んだ。
酒は安酒。まずい麦酒だった。
炭酸も抜けて苦いので顰めっ面をしたくなるが、あまり顔には出さず、マスターへ、【魔境の大森林】について尋ねる。
「マスター【魔境の大森林】について知っていることはないか?」
「【魔境の大森林】か。魔族がわんさか湧いているぐらいしか知らねぇよ」
そんな当たり前のことを聞いても……。
「それだけか?」
「あぁ、しかし、王国の騎士団でもないのに、そんなことを聞くとはアンタ、新参の冒険者だな?」
「そうだよ」
「だったら東部前線にある砦【ソール】にでも行くんだな。あそこなら命知らずの冒険者が集まっている。たんまりと情報も聞けて、魔族退治の仕事が豊富にあるだろうよ」
マスターは木製のゴブレットを皮布で拭きながら説明してくれた。
「へぇ、そうかい。ありがとな」
そこで、切り上げる。
ソール砦か。
不味い酒を僅かに残して、酒場を後にした。
酔っぱらいが多い路地通りを抜けて、大通りに出る。
さすがに昼とは違って静かだ。
通りの両サイドにある店は閉まっている。
今の時間帯はしょうがないか。
魔道具店らしき店があれば水系の魔法書を調べたかったが。
今はヘルメがいるし必要ないか。
だが、いつかは専門的な店には行こうと思う。
通りを歩いてると、朝焼けな眩しい日の光が差してきた。
涼しい風を頬に感じながら、静観な石畳みが続く綺麗な街並みを通り過ぎていく。
そして、東門に到着。
東門は閉まっているので屯所の兵士へお願いして門を開けてもらった。
「旅の冒険者か? 前線の砦で魔族を沢山倒してくれよっ、頑張れ」
何故か、兵士に励まされた。
砦へ向かう冒険者は多いらしい。
適当に兵士へ笑顔を返してから、引き上げられた東門を潜り外へ出る。
東の前線へと続いている思われる土の街道は森林の中に消えていた。
姫様と一緒に聖都まで来た街道とそんなに変わらない。
基本的にこの辺りの地形は森、【魔境の大森林】と地続きなのか。
そんな感想を抱きながら街道を歩いていく。
『閣下、植物が豊富ですね、外へ出たいです』
『おう、いいぞ』
常闇の水精霊ヘルメが左目からスパイラル放出。
美しい女体となって地面に現れると、道端に咲いている花々の場所へ走り寄り、蒼葉がウェーブしている腕を綺麗な花へ伸ばす。
その指先からは水鉄砲のようなちょろちょろ水を撒いていた。
このまま、彼女を愛でながらまったりと進むのも良いか。
上空や木々を伝い進む方が速いけど、今回はパス。
今は普通に路地裏散歩道じゃないが旅気分を味わいたい。
魔族が出たら殲滅させちゃえばいいし。
そんな調子の昼行燈的な気分で常闇の水精霊ヘルメと散歩を楽しみながら、東へ続く道を歩いていく。
飽きてきたのでヘルメを呼び戻し、一度、上空から先を見るかなと、思った時。
魔素の反応が後方から近付いてくるのが分かった。
「閣下、後ろから何かがきます」
分かっている。ヘルメも反応したらしい。
こっちに来る速度が速いな。
背後を振り返り、砦へ向かう馬車でも通るのかな?
と、気楽に見ていたら……。
後ろから現れたのは馬に乗った黄色十字を胸に宿す教会騎士たちだった。
あいつらかよ。
もしかして、わざわざ追い掛けてきたのか?
先頭を駆ける神官衣を着る騎士が俺の前で止まった。
騎士の手には水晶が付いた銀盤を持っている。
その水晶は赤く点滅していた。
「やはり、いましたっ! 新しく出た反応、一つと追っていた反応が一つ! 黒呪の探知魔道具グラセルヤにも“強く反応”しています」
「やはり追い掛けて、正解だった」
王宮で俺を捕まえるように指示していたクルードの姿がある。
「閣下を侮辱した奴等ですね。ここは、わたしが――」
「ヘルメ、見学しとけ。少し考えがある」
「はっ」
ヘルメは片膝をつけ、頭を下げると素早く立ち上がり距離を取った。
「クルード隊長。やはりこいつは……」
「あぁ、セニ・アルマイヤ、用心したまえ。こいつらは最上位魔族と推測する。【聖王国】の兵士たちの精神を操った可能性もある」
なんだよ、操るとは……思わず苦笑する。
ここで周りにある木々へささっと鎖を打ち込み逃走することも可能だ。
だが、少し拳で彼らと直接的に語り合うことにする。
それにしても……。
あの騎士の一人が持っている赤く点滅している銀盤はなんだ?
名前からして、魔道具なのだろうけど。
「ヘルメ、あれ解るか?」
街道の端にいるヘルメに問いかけた。
「魔力を感じます。不思議な道具ですね」
ガクッ、
「見た目通りな反応だ」
「すみません」
「気にするな」
あの点滅、どうやら俺とヘルメに反応をしているらしい。
新種族、光魔ルシヴァルでも魔族扱いか?
俺の持つ強い闇属性に反応しているとか?
そんな風に疑問に思いながら魔道具を凝視していると、黄色十字の騎士たちは馬から降りてくる。
リーダー格のクルードを中心に俺の周りを囲い出した。
黄色十字の服を着る騎士たちは全部で八人。
謁見上にいたのは僅か三人ぐらいだったから、仲間をかき集めてきたようだ。
魔察眼で確認。
皆、体内で魔力を動かしていた。
騎士たちの装備は鎖帷子の上に黄色十字の神官服を着け、長剣、円盾、メイスを持っている。
推察するに、戦闘職業は魔法重騎士、神官僧侶、武装神官辺りか。
教会騎士と名乗っていたから、そのまんまかも?
やはり、光系の魔法を扱うのか?
「逃がさないぞっ、あの男を先にやれ、魔族だっ!」
「このまま囲めっ」
殺る気まんまんらしい。
「閣下――」
ヘルメは右手に水玉を発生させていた。
「ヘルメ、我慢しとけ」
「はい……」
ヘルメはお辞儀を行い、下半身を液体化させると宙に浮かぶ。
「ロロ、隠れてろ。俺が対処する。手出しはしないでいいぞ」
「にゃ」
騎士たちは
彼らは摺り足で、距離、間合いを詰めてきた。
一回だけ、ダメ元で話してみるか。
「何度もいうが、俺は魔族じゃないよ。勘違いしないでくれ」
「問答無用――」
うへ、斬り掛かってきやがった。
話し掛けたら、急にかよ。
急ぎ外套から右手と左手を出し、迎撃体勢へ移行。
右手に魔槍杖を出現させる。身を左に半回転させ袈裟斬りを躱しながら、カウンターでの石突を左腹辺りに喰らわせてやった。
「ぐえっ」
斬りかかって騎士は呻き声を出し、苦悶の表情のまま地面に沈む。
俺はすぐにバックステップで離れた。
間合いを保ちながら、魔槍杖を正眼に構える。
カウンターだが、死なないように優しく手加減はした。
そんなことを考えてると、今度は左右の方向からメイスと長剣を持つ騎士が襲いかかってくる。
俺はくるり、ひらりと爪先を軸とした回転運動を駆使。
躱し避けた。囲まれないように移動しながらメイスを使う騎士の横を取り、魔槍杖バルドークを斜め下へ微妙な速度で振り払う。
騎士の脛を浅く斬った。
「――うあっ」
足から血を撒き散らしながら転ぶ騎士。
もう少し転ぶ騎士へ追撃しとくか――!? っと、他の騎士たちが、俺の背後と正面から挟撃しようと前後から武器の刃を伸ばしてきた。
それを逆に利用してやる。
正面の剣突を僅かに首を捻り躱し、背後に目があるかのようにくるりと爪先半回転を行い、躱す動作へ移った。
背後から突き出された長剣が俺の耳横をかすり痛む。
ギリギリの距離で躱しながら、その長剣を扱う騎士の背後を取った。
そのまま真っすぐ伸びた腕の関節をうねりを意識して極める。
「ヒィァァァ」
魔槍を使った変形腕絡みにより騎士らしくない悲痛な声をあげて長剣を地面へ落とした。
俺は関節を極めた騎士の背中を掴み、
「残念だったな? 回転避けは身に染みているんでね」
背中越しに悲鳴をあげている騎士へ語りかけながら、<魔闘術>で腕に力を込めては強引に押し出し、前から攻撃してきた騎士へ衝突させてやった。
「――ぐあっ」
「あうちっ」
頭から衝突した騎士たちは頭に星印が浮いたようにふらついて倒れていく。
今ので、騎士たちの半数が戦闘不能に陥った。
最初の威勢の良い勢いは消えている。
それぞれに慌てふためく顔を浮かべて、距離は詰めてこなくなった。
それじゃ、こちらから行きますかな。
ゆっくりとアキレス流直伝歩法で間合いを詰めていく。
「なんなんだ、こいつはっ、動きが奇妙で速すぎる。お前ら、セニッ、この槍使いの動きを抑えろっ、わたしが上位魔法の光魔法で仕止めてやる!」
「――はいっ」
「わかりましたっ」
「いきますっ」
指示された騎士たちは、三人同時に吶喊してくる。
「光神ルロディスよ。我が魔力に呼応し――」
距離を取ったクルードは詠唱を開始していた。
吶喊してきた騎士たちは直進的な動きなので分かりやすい。
長剣やメイスを使った連携攻撃を駆使しながら俺に攻撃してくる。
垂直に下されるメイスを躱して長剣の払いを避けながらの、攻撃を放った騎士たちへ死なない程度の手加減攻撃を行う。
鳩尾や足へ反撃の蹴り技をプレゼントしてあげた。
そんな騎士たち全員を地面へ沈めた時、
「凄惨たる裁き光である一条の光を示し、罰する光槍と成りて現れよ――」
後方にいたクルードは詠唱を終えていた。
覚えやすい詠唱文だ。
「《
クルードはニヤっと勝ち誇った顔を浮かべて、太い光槍を生成。
魔法を撃ち放ってきた。
太い光槍は稲妻のように一直線に光条となり俺へ向かってくる。
「閣下っ、上位魔法級で――」
ヘルメの忠告通り――うひょっ、速い。
避けようと動くっ――が、追尾だと!?
更に、魔槍杖の紅斧刃で迫る光槍に当てようとぶつけるがスルリと魔槍杖を避けた。
鎧がない右腕に光槍は追尾してきた。
<鎖>を盾にっ、ダメだっ、間に合わないっ。
振り払う腕に光槍が、衝突。
――い、いてぇ、光槍の先端が食い込み血が散った。
しかし、痛みは最初だけ。
ちゅぽんっと間の抜けるプリンが立てるような音を響かせながら、光槍が右腕手首下へ吸い込まれた。
「――えっ?」
「えっ?」
右手にもう衝撃はない。腕に突き刺さらない?
精霊ヘルメも驚きの反応。
※エクストラスキル多重連鎖確認※
※エクストラスキル光の授印の派生スキル条件が満たされました※
※エクストラスキル鎖の因子の派生スキル条件が満たされました※
※ピコーン※<
おぉ、ラッキー、スキルを得た。
あぁ……そういや、俺の種族、光と闇は吸収&無効化があったな。
「凄いです。吸い込まれちゃいましたっ!」
常闇の水精霊ヘルメは全身の黝い葉っぱを震わせてウェーブさせてから水飛沫を発生させて喜んでいた。
「光の烈級魔法が、き、消えた!? な、なじぇぇ? あ、あぁぁぁぁ、ま、まさか、聖王……しゃま……」
クルードはよっぽど驚いたのか、あわわわっと口元を震わせては端に白い粉がつく。
顔面チアノーゼ、
「ま、そういうわけだ。俺は魔族じゃない。ということを、身をもって知ってもらう」
魔槍を消しながら、そんな青目のクルード君に近付いていく。
「ひぃぁぁぁぁぁ、わ、わ、わたしはぁぁ、な、なんてことをぉぉぉ、こ、こここ、こ、こっちにこないでぇぇ、くだちゃい、ゆ、ゆるしゅてぇぇぇ」
クルードは完全に頭がイカレタようだ。
俺は右手に石のような拳を握り、
「いやだね、一発ぶちこまないと気が済まない。ということで――お前の幻想をぶち壊――もとい、打ち
脇を閉め腰を捻り右腕を前へ伸ばしての――天誅っ。
イケメン顔に
「ぶぶっ――」
普通の拳により鼻が潰れ、体が一回転。
クルードは地面とキスした状態で、気を失ってピクピクと全身を痙攣させていた。
魔闘術は纏っていないので、大丈夫だとは思う。
手加減をしたので……死んではいないはず。
これで騎士たちの全員が戦闘不能だ。
「はぁはぁ、た、隊長……皆、倒されたのか……」
足を斬られ怪我を負ってる騎士は傷の痛みに耐えるように息を切らせながら、今の様子を見ていたらしい。
この人、このままだと死ぬかも、急いで傷口へ直接ポーションを振りかけてあげた。
傷口は塞がる。
「閣下、お優しい……瓶を尻へ突き刺せばいいのに……」
ヘルメの怖い言葉には、耳なし芳一、いや、馬耳東風のスタイルで気にしない。
「……ありがとうございます」
助けた黄色十字の騎士は焦燥した顔色をみせるが、お礼を言ってきた。
こいつらに魔族と認定されようが別にどうでも良いが、誤解はとけたかな?
でも、俺は光魔ルシヴァル、一応は魔族の血が入ってるので、こいつらが追う理由は分かる。
「……いえ、当然のことをしたまで。だけど、もう俺のことを魔族だとか、ふざけたことを言わないでくださいね? あの隊長さんにも、話しておいてください。命を助けたのですから」
にこにこと笑顔で語る。
「は、はぃっ、勿体なきお言葉であります……聖者様……」
聖者? クルードも聖王とか言っていた。
俺はそこで、馬の鞍に繋がれていた魔道具に視線を送った。
「聖者? それより質問があるんだけど、あの馬鞍にある魔道具は何なの?」
「黒呪の
「ほぅ。あれ貰っていい?」
「だ、ダメ……い、いえ……どうぞ」
騎士は嫌がっているけど、脅えているようで、くれるらしい。
もらっちゃおっかなぁ。
でも使うと、俺に反応しちゃうよね……。
意味ないか。やめとこ。
「そか。嫌なら止めとく。俺は盗賊じゃないし冒険者だからな。それと、ここに幾つか回復ポーションを置いていくから倒れている仲間を回復すればいい」
そう言って、アイテムボックスから幾つかポーションを取り、地面に置く。
「ありがとうございます」
「そして、もう、俺を追いかけてこないで下さいね」
睨みを利かせて、何度も見せているスマイルをプレゼントする。
「は、はい、つかぬことをお尋ねしますが……」
騎士の一人は俺を凝視しながら語る。
「なんだ?」
「先ほど、光の御業を吸収されておりました……神聖書アザヤ十六の節に有名な言葉があります。“光の技を吸収する者、光の十字を胸に宿す。光の御子、巫女、聖女、聖者、聖王の証拠となる者”だと。貴方様は、聖者様か……光の御子様、聖王様の生まれ変わりなのでしょうか?」
確かに、光の授印の十字は胸にある。
だが、聖者、巫女、聖王なんて柄じゃないので、当然、嘘をつく。
彼は完全に俺のことを神でも見るような視線なので、信じないと思うが……。
「……御子、聖者、聖王なんて知らない。俺には……」
やることがある。
「さらばだ、ヘルメ戻ってこい」
「はい、閣下――」
液体化したヘルメが左目にスパイラルしながら納まる。
俺は踵を返して、街道を歩き鎖を樹木へ伸ばし空中を駆けるように街道を前進。
「ンンン、にゃおおおん」
後ろから鈴のような喉声を発しながら
鎖を消し<導想魔手>を使い街道に着地した。
「すまん、先を急ぎすぎた」
「わかってるよ」
そんな
ついでにさっきの取得したスキルを見るか。
スキルステータス
取得スキル:<投擲>:<脳脊魔速>:<隠身>:<夜目>:<分泌吸の匂手>:<血鎖の饗宴>:<刺突>:<瞑想>:<魔獣騎乗>:<生活魔法>:<導魔術>:<魔闘術>:<導想魔手>:<仙魔術>:<召喚術>:<古代魔法>:<紋章魔法>:<闇穿>:<闇穿・魔壊槍>:<言語魔法>:<光条の鎖槍>
恒久スキル:<真祖の力>:<天賦の魔才>:<光闇の奔流>:<吸魂>:<不死能力>:<暗者適応>:<血魔力>:<眷族の宗主>:<超脳魔軽・感覚>:<魔闘術の心得>:<導魔術の心得>:<槍組手>:<鎖の念導>:<紋章魔造>:<水の即仗>:<精霊使役>
エクストラスキル:<翻訳即是>:<光の授印>:<鎖の因子>:<脳魔脊髄革命>
<光条の鎖槍>をチェック。
※光条の鎖槍※
エクストラスキル<光の授印>による固有光属性スキル。
エクストラスキル<鎖の因子>の作用により追加効果。
エクストラスキル系特殊派生破突スキル。
特殊な光槍鎖となる。
説明はこれだけか。
タッチしても詳しく表示されなかった。
試すか。
「ロロ、スキルを試すぞ」
木の幹の中心へ狙いを付け<
光槍が一瞬で生成され飛び出し、後部からは光の尾のような鎖も螺旋回転している。
意識した方向へ狙い通り、木の幹の中心に突き刺さっていた。
追尾性能があるようだ。
しかも、光槍の後部がイソギンチャクのように光の鎖が生えている。
――走りながらも、試す。
――おぉ、使えた。
光鎖は動かせるのか? と、意識した瞬間、木の幹に刺さっていた光槍の後部にある鎖が小さく螺旋を描き円分裂。
光槍が突き刺さっていた幹の樹皮周りに網でも張ったような網状の傷が刻まれている。
捕縛機能もあるのか? 捕縛というより網の攻撃か。
こりゃ便利だ。牽制、襲撃用に使える。
<鎖>だけでなく、遠距離攻撃の選択肢が増えた。
軽く試すのはこの辺にして、少し移動速度を速める。
「ロロ、位置を確認するから空へ上がるぞ。頭巾の中へ入るか?」
「ンン、にゃ」
可愛い背中の重みを感じながら<導想魔手>と<鎖>を用いて、空高く上った。
宙に浮かぶ
地平線の遠くには微かにマハハイム山脈の一部が遠望できる。
今は遠くを見ても仕方がない。手前の小さい蛇のような街道の先。
そこには不自然に森がない地域があった。切り開かれた場所と分かる。
そして、砦らしき物も見えた。
前線の砦はあそこだな。
<導想魔手>を使い、空中から降りながら背丈の高い太枝がある樹木へ狙いを付けて、<鎖>を射出し、木々を伝い素早く街道沿いを進んでいく。
数時間後。
街道が消え野原が広がった先に木製の壁に囲われた大きな砦が見えてきた。
大きな砦の向こう側は、背丈の高い樹木が鬱蒼とそびえ立つ大森林となっている。
更に、砦へ近付くと、突然に魔法の光が飛び交う戦場の現場が現れた。
魔族と人が激戦を繰り広げている。
グリズベル、レッサーデーモンに……おっ、見たことのない、黒毛に覆われた巨大な目玉球体のモンスターが右後方に居る。
巨大な黒毛に包まれた目玉球体は宙にぷかぷか浮きながら、戦っている冒険者たちへ向けて、目玉の巨大瞳孔から緑の光弾を撃ち放っていた。
冒険者たちは大盾使いが中心となって守勢に回り、何人か光弾を喰らったのか、足が緑に変色、溶けて地面と繋がり動けなくなっている者もいる。
ここが、前線の【砦街ソール】。
中々、激しいお出迎え。
常闇の水精霊ヘルメとひさしぶりな沸騎士君たちにも活躍してもらうかな。
『ヘルメ、左目から出て各個撃破』
『ハッ――』
「ロロ、暴れるぞ。あの戦ってる人族たちには迷惑をかけるなよ?」
「にゃにゃ」
液体ヘルメは指示通り、目から飛び出し水飛沫を発生させて飛ぶように落下していく。
「一旦降りる」
俺も太い枝から飛び降り、地に着地してから
「にゃお」
グリズベルの群れへ触手骨剣を早速伸ばしては収斂させて一瞬で間合いを無くすと、ヘルメの真似をする訳じゃないだろうが……青毛のお尻に牙を立てていた。
こないだの戦いを見て、影響されたのか?
さて、久しぶりに
指輪を触り召喚。
「赤沸騎士アドモス、今、これに、何なりとご命令を」
「黒沸騎士ゼメタス、見参」
「よっ、ひさびさ。元気してた?」
「――はっ、魔界にてゴード狩りを楽しんでおりました」
「元気であります」
相変わらずの重厚な声だ。
「それでだな、あそこで暴れている魔族たちを殲滅させようと思う。因みに、この場所は【魔境の大森林】の手前だ。お前たちのいる魔界と繋がりがある“傷”が大森林の先にあると言われている」
「な、なんとっ」
「あの森の先がセラの傷場……」
驚き声を発しながら、顔を上げた二体の沸騎士。
赤い双眸がより輝いた気がした。
「驚いたか?」
「はっ」
「驚きましたぞ」
「驚いてるとこ悪いが、あいつらを殲滅させる。全滅させたら、魔界へ戻ってもらうからな」
「畏まりました。この黒沸騎士ゼメタス、闇骨の剣にて、全てを殲滅させてみせましょう、閣下っ!」
「分かりました。この赤沸騎士アドモス、全てを盾で磨り潰してみせましょう」
黒沸騎士と赤沸騎士は威勢良く吠える。
盾を揃えてヘルメと
俺はそれを見ながら<導想魔手>と<鎖>を発動。
<導想魔手>を足場に使い空中を跳ね飛ぶように翔けながら右手に魔槍杖を出現させ、狙いを付けたレッサーデーモンの頭へ紅斧刃を撃ち下ろした。
レッサーデーモンは勿論、反応できない。
――頭から股まで真っ二つ、紅斧の刃は地面にまで到達していた。
死骸の断面から噴出した血が紅斧刃に当たり蒸発している。
俺は片膝を地に突いて着地。
若干あった制動も、周りにいた魔族たちからの反撃か来ない。
突然な俺たちの急襲に驚いているようだ。
と、すぐに見回す。
……なるほど。こりゃ反撃どころじゃないな。
ヘルメ、沸騎士のコンビに、
ヘルメの放った氷槍がグリズベルの足に突き刺さり動きを止めては、その動きを止めたグリズベルの胴体へ向けて黒沸騎士が長剣を突き刺していた。
更には、黒沸の背後からぬっと湧き出るように移動していた赤沸騎士がグリズベルの頭へ止めのシールドバッシュを喰らわせ頭蓋を破壊している。
黒沸の蒸気煙を放つ骨鎧が返り血に染まった。
すげぇ。自然と連携している。
そこに
レッサーデーモンの脚へ貫通させて固定しては、そのままレッサーデーモンの体を引き摺り出し、周りの魔族たちを巻き込むように戦場を走り回っていた。
はは、周りの魔族たちは転んで倒れている。
一方的に触手を使った
さて、俺も負けていられない。
目標としてあの後方にいる巨大な黒毛目玉を狙う。
まずは手前にいるグリズベル共からだ。
走りながら魔槍杖を斜め、扇状に薙ぎ払い、グリズベルの胴体から脚を斬る。
次に、覚えたてのスキル<
スキルなので詠唱はない。
魔法の光槍は瞬時に左にいたグリズベルの頭を貫いた。
それら倒れゆく姿のモンスターなどには一瞥もくれずに、標的である黒毛目玉のもとへ走っていく。
モンスターを次々と薙ぎ倒しながら直進してくる俺に気付いたのか、黒毛目玉は真ん中にある巨大な瞳孔を
そりゃ、気付くよな。
黒毛目玉はこれみよがしに緑の光弾を撃ち放ってくる。
直進は避けて、斜めにダッシュして、光弾を躱す。
緑の光弾は俺が走り通過した地面を穿り穴を作った。
追尾はないようだ。
しかし、弾幕は連続で放出され続けて、俺を追い掛けてくるので、走りは止められない。
そんな時にレッサーデーモンが長槍を構えながら、弾幕を避けて走っている俺を迎え討ってくる。
ちっ、このレッサーデーモン邪魔だ。
あ、でも、丁度良いや――。
走りながらの思い付きを即座に実行。
<鎖>を射出する。
レッサーデーモンを鎖で突き刺し、鎖でぐるぐる巻きにしてから、引き摺る形で宙に飛ばし、レッサーデーモンの骸を緑の光弾にぶつけてみた。
レッサーデーモンの骸は鈍い音を響かせ衝突した個所が溶けて穴が空いていた。
――こりゃ、あの光弾なんて食らいたくねぇ。
だが、魔族たちを射線の盾にして走れば……。
光弾は止まるか?
そう考えて、レッサーデーモン、グリズベルといった魔族モンスターを盾にしながら移動していく。
しかし、あの黒毛目玉は魔族のことを仲間と思っていないようだ。
仲間である魔族を殺しても平気らしい。
緑の光弾を止めないで撃ちまくっている。
レッサーデーモンやグリズベルたちは緑の光弾を食らうと、体に焼けただれるような穴を空けて断末魔の悲鳴を上げて倒れていく。
こいつらアホか。
そういうことなら、周りにいる魔族たちへ黒毛目玉の射線を誘導しよう。
レッサーデーモン、グリズベルを盾にするように移動を繰り返す。次々と魔族たちは黒毛目玉の光弾に当たり貫かれ溶けていく。
お陰で黒毛目玉の周りには誰も居なくなった。
よしっ、あ、だが、障害物が消えちゃったことになる。
――案の定。光弾は止めどなく、俺に向かってくるうぅ。
――隠れる場所がねぇぇぇ。
――斜め横へ走り、飛翔してくる緑の光弾をタイミング良く避けていく。
あの“ぶよぶよ”してそうな黒毛目玉へ直接的な紅斧刃を喰らわせたかったが……。
あきらめる。
走りながら<鎖>を黒毛目玉へ目掛けて射出を行い、続けて<
宙へ弧を描くように進む鎖の後を一つの光条の線が空中を裂くように後を追う。
黒毛目玉の上部に鎖が突き抜けた直後。
輝く光槍も黒毛目玉の巨大瞳孔に深く突き刺さった。
その刺さった瞬間、光槍の後部にある鎖群が螺旋状に蠢き割れて拡散、魚を捕らえるような光の網となって黒毛目玉球体の表面を覆い亀裂のような網傷を発生させる。
柔らかそうな内部へ浸透、網の傷が深く刻まれてゆく。
見事な具合に、バラバラだ。
ぶよぶよしていた黒毛目玉は小さな肉片となって落ちていた。
光槍の一撃も強力だが、鎖の光網との二連撃はもっと凶悪。
地面に羊羹のような肉片が大量に散らばっている。
あれ、食べたら、本当に羊羹のような御菓子な味だったりして……。
黒毛目玉が倒されると、違う箇所で戦っていた魔族たちは個々に撤退の判断をしたようで、別々な方向へ撤収していく。
【聖王国】の【聖都】を攻撃していた魔族は組織立った動きをしていたが、こいつらは違うようだ。
指輪を触り沸騎士たちを魔界へ帰すと、ヘルメ、
「ン、にゃにゃ~」
「ロロ、よくやった。毎回毎回、ご苦労だ」
「にゃ」
「閣下、魔族たちは撤退していきました」
ヘルメはお腹を舐める
「そうだな」
「閣下が、倒された、あの目玉球体のモンスターが指示を出していたのかもしれません」
「ま、状況的にそうだと思うが、意思疎通はしてるようには見えなかったから、案外、単純に数が減ったから撤退したのかも」
「その可能性もありますね」
歩きながら話していたが、一旦止まる。
砦街に向かう前に、
「ヘルメ、ロロと俺に付着した血を取ってくれ」
「はっ――」
水液状になったヘルメは俺と
この液体に包まれる感覚。少し気持ちいいかもしれない。
これで、返り血がヘルメの体内にたっぷりとストックされたはずだ。
常闇の水精霊ヘルメは液体から人型へ姿を変えていた。
「ヘルメ、血を頂戴」
「はい、喜んで」
ヘルメとその場で血の
キス終わりにチュパンッと音がするほどの熱烈バージョン。
「――補給完了。目に戻っていいぞ」
「はい――」
ヘルメは瞬時に水になり螺旋回転しながら俺の左目へ突入。
さて、砦へ行きますか。門があるのは後方。
砦の門前には、生き残っていた冒険者たちが集合していた。
俺たちの姿が彼らの視界に映った時、騒ぎと歓声が起こる。
「おぃ、アイツだ。見ねぇ顔だが、一人であの黒毛目玉、B++のアービターを殺るとはな……」
「あぁ、びっくりだ。あの槍使い、いや、魔法を使っていたから魔槍使いか。遠征している戦姫シュアネが率いる、紐付きの大剣ベルトランと同クラスだったりしてな」
「Aクラスか? ありえるな」
あのぶよぶよ黒毛目玉はアービターという名前だったのか。
「そこの槍使い~~、助かったぞぉ、ありがとな」
「あの殺戮劇をかましていたのは、新入りかぁ」
「使い魔だと思われる黒豹はどこだ?」
「肩に黒猫が居るが、あれがそうじゃないか? 黒豹が魔族を引き摺り走り回っていたぞ。あれは凄かった」
「他にも、女の魔法使いも、いたように見えたがいないな……」
「体から黒と赤の煙を噴出させている骨兜の騎士も見えたが、いなくなってしまったようだ」
と、言ったように、砦についた初っぱなからここで活躍している冒険者たちに衝撃的なイメージを与えてしまったようだ。
適当に愛想笑いを浮かべながら閉じている砦門の中へ歩いていく。
最終防衛ラインとみられる、
門は閉まったままだ。
「おーい、開かないのか?」
「待ってくれ、今、開ける」
砦の壁上にいた人が声を出していた。
少し間が空いてから門が開かれる。
開かれた門を潜り中へと進む。
砦の中は木組みで作られた家々が殆ど。道幅も広くなく十字路が多い。
建物の数もそんなに多くはないようだ。
だが、その中で冒険者ギルドと書かれた看板を発見。
ギルドで情報を得るついでに何か依頼を見てみるか。
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