五十八話 ドラゴンスローターズ

 

 治療所となっているテント前で無事だったキッシュと合流。

 鎧ではなく薄い革服を着ていた。

 顔に擦り傷がまだ残っているが、元気そうだ。

 俺を見るなり笑顔を見せてくれた。


 その場で互いにハイタッチを行い、喜び抱き合う。

 キッシュの顔はどことなく晴れやかに見える。


「シュウヤ、やりきったのだな……その、なんだ、ありがとう」


 キッシュは涙目で、そう語る。

 魔竜王はキッシュの家族、部族の仇だもんな。


「あぁ、分かってる」

「アゾーラと白熊は?」


 キッシュはまだ知らないのか……。


「――死んだ」


 俺は首を左右に振り、短く答えた。


「……残念だ。だが、冒険者として最後の相手が魔竜王ならば本望だろう」

「そうだと良いんだがな。それと、これ。形見じゃないが、この兎の尻尾でできたお守りがあるが」


 そう言って、白いふわふわな毛から焦げ茶色に変化しているお守りを見せる。


「要らないならほしい」

「分かった」


 と、手渡しする。

 キッシュは受け取った。


 幸運で死を回避するらしいからな。

 アゾーラは手放した瞬間死んでしまったし……。

 不死の俺が持っていても仕方ない。


「アゾーラが言っていたアクセサリー。迷信だとは思うが……」

「……アゾーラは死ぬ直前に、それを手放していた。だから一応は効果があるはず」

「むしろ縁起が悪いような気もする……ま、わたしには必要ないかも知れない」

「どうして?」

「暫く、冒険者稼業は止めようと思ってな?」


 今回のことがショックだったのかな?

 でも、表情は健やかな感じ。


「引退か。ヘカトレイルには?」

「わたしはヒノ村に立ち寄りたい。それに魔竜王を倒したのだ。故郷があった場所へ戻り、墓を建て、倒したことを皆に、家族に……報告したい」


 故郷は魔竜王によって滅ぼされたんだっけ。

 彼女は少し前に村を再建したいとも言っていた。


「そうか。寂しいが……」

「……わたし、シュ、シュウヤ」


 キッシュの声は少しくぐもり、戸惑いがちに『そんなことを言わないで』と言うように、僅かに頭を左右に振る。一粒、二粒の涙が頬を伝う。泣いていた。


 俺はキッシュの綺麗な緑色の髪を撫でながら頭を抱き寄せてやった。


 そして、綺麗な長耳に、


「キッシュ、元気でな」

「あぁ……」


 キッシュは小声で頷く。そして、俺の顔を見上げてくる。

 そのまま唇を奪っていた。

 泣くなよ、との意味を込めて、すべてを吸い込むように。

 瞬き一回分、短い時間のキスだが、ディープなキスだ。


「――ぱっ」


 キス終わりに空気が漏れる。

 濃密なキスだが、別れのキス。


「ふふっ、シュウヤ、わたしは明星サイデイルに誓おう。恋人とはいかないが、お前が好きだ」


 明星サイデイル?


「俺も好きだ」


 薄緑色の髪が風で揺れる。

 確かに、恋人じゃない。嫉妬や拘束したりされたり、ふりまわされたり、したり、恋の駆け引きをやってきたわけじゃないからな。


「……シュウヤ、友よ。然らばだ」

「……おう」


 離れがたい気も感じたが……。

 俺は何も語らずに、好きな女の背中を見送った。

 友か。だが、恋人のように身体を重ねた思い出が脳裏に過る。もう少しまともな愛の言葉でも囁けばいいんだろうけど……喉元で、その言葉は消えていく。

 キッシュの背は高い、が、俺が何かを言えば……跡形もなく儚く消えてしまいそうに見えた。細い肩に食い込むように見える真新しい背嚢の紐。あの背嚢の中には何が詰まっているのだろう。あそこに俺の宝の場所はあるのだろうか。

 淋しさがゆっくりと胸に満ちるのを誤魔化すように、意味がないようであるようなことを考えていた。



 ◇◇◇◇



 ……一日後。


 魔竜王バルドーク討伐成功の知らせは【城塞都市ヘカトレイル】中を駆け巡る。

 討伐者の話題で持ちきりとなっていた。

 その討伐者の名は俺ではなく……。

 グリフォン隊を率いていた女隊長セシリー・ファダッソだった。


 ――そう、話が違うし、本来なら俺が倒したと言い張るべきだが……。

 どうやら俺が魔竜王の胃袋の中で暴れていた時、突如、苦しみ出す魔竜王バルドークの姿を見てチャンスとみた冒険者たちやグリフォン隊のセシリーが強烈な攻撃を魔竜王の正面から次々と浴びせていたらしい。


 俺が魔竜王の内臓を破壊しまくっていた時にタイミング良く外で攻撃を繰り出していたのがセシリー・ファダッソだったというわけだ。

 それからは生き残った兵士たちや騎士たちはセシリーを祭り上げた。

 俺が魔竜王を倒したと知る者は極々一部。

 最後まで魔竜王退治に貢献し、俺の行動を見ていた他の冒険者たちは納得がいかなかったらしいが、一度祭り上げられた竜殺しの英雄の噂は民衆たちにも伝わり、後はウヤムヤのうちにその噂は広まっていくので、今更ながら俺が倒したと言い張っても手遅れだった。


 噂が真実となって民衆たちに語られるようになると、魔竜王戦で最後まで残っていた冒険者たちの声は有象無象の声の中へ消えていくだけとなる。

 しかし、二日三日と時間が経つうちに、そんな冒険者たちの評価も上がっていく。

 最後まで活躍した冒険者クランたちには新たな渾名が付けられ、竜殺しの手伝いをした英傑たちの集団、竜の殺戮者たちドラゴンスローターズと呼ばれるようになっていた。

 【紅虎の嵐】を含めた他のクランの知名度は一気に広がることになる。


 一方でこの都市の施政者である、あの女侯爵は竜殺しの英雄セシリー・ファダッソの知名度や軍の威光を利用しようとしたのか、当初の報酬約束である魔竜王の素材をセシリーに与えようとした。


 ところが、なんと、これをセシリー本人が強く拒む。


 本人曰く、『わたしは牽制していただけだ』、『わたしは、何もしていない』


 とかなんとか言って、拒否ったらしい。

 そして、そのセシリーが、俺を指名。


 侯爵に冒険者Dランクの俺が魔竜王を倒したのだと言い張り、報酬を断っていた。

 彼女は騎士道のプライドがそうさせるのか、侯爵側が何を話しても頑な態度を取って態度を改めないでいた。

 普通、一介の軍人にこんなことはできないが、どうも、聞くところによるとグリフォン隊の隊長であるセシリーとあの女侯爵は幼い時から繋がりがあるらしい。

 女侯爵は先に折れた形で、頑固なセシリーの意見を汲み取り、冒険者たちが一緒に協力しながら魔竜王討伐を果たしたと名目を変更。

 改めて報酬を渡す場を用意すると大々的な発表があった。


 というか、侯爵も侯爵だろう。

 最初に言ってたのと、あ、素材の報酬は、『考えておりますの』とか言っていただけか。

 考えていただけだから、幾らでも後で変更は可能だな。

 侯爵故の、喋りか。

 ま、どの世界でも、お上の都合で話が変わってくるのは常だけどさ。

 でも、あの女騎士セシリーには欲がない。

 莫大な富に成ると言われている魔竜王の素材をあっさりと蹴るとは……。


 騎士の高潔さという奴?


 そういった経緯を経て、最後まで生き残っていた竜の殺戮者たちドラゴンスローターズである【蒼海の氷廟】、【紅虎の嵐】等の錚々たる冒険者クランたちにも、魔竜王討伐の報酬が正式に貰えることになった。

 俺も唯一個人参加者で選ばれ報酬を貰えることに。

 冒険者たちで魔竜王の部位素材を分け合う形になった。


 その報酬を分け合う会議は長引くかと思われたが……。

 数分で話し合いは終了。


 魔竜王戦の前線で踏ん張っていた【紅虎の嵐】のリーダーであるサラが率先して会議の場で語り、リードしてくれた。


『魔竜王はシュウヤが倒したようなもの、だから、最初に選ぶ部位はシュウヤが選ぶべき』


 と発言。


 他の冒険者たちは一流処だ。

 何も言わずに納得していた。

 戦いの現場にいたので、皆、よく分かっているようだ。


 素直にその意見に乗っかろう。

 あの紅色のトサカ角が気になったので、俺は魔竜王の頭を選択。


「俺は頭を希望する」


 そう俺が言った瞬間――。

 他の冒険者たちが集まる中で「チッ」と舌打ちするのが聞こえた。


 Sランク【蒼海の氷廟】の双子が居るとこから聞こえた気がする。

 わざと聞こえていない態度を取ったが、あの二人は魔竜王の頭が欲しかったのだろうか……。

 ま、気にしてもね、俺が倒したことには変わりないのだし。


 魔竜王の右手、左手、上半身、下半身、両脚、尻尾といった分配はすぐに決まる。

 しかし、魔竜王の体を解体するには七日前後の時間がかかるらしい。

 因みに魔竜王の骸をそのままアイテムボックスに入れようと試したけど、失敗した。


 アイテムボックスには大きさ制限があるらしい。

 なんでも入るわけではないようだ。

 素材の割り振りが終わると、すぐに会議は解散。


「これから忙しくなるわ」

「素材、どこの大商会に売ります?」

「わたしたちは商会より、専属の鍛冶屋と、裁縫屋に頼む」


 冒険者たちはそんな会話を繰り返す。

 しかし、魔竜王の心臓は既に俺が食い散らかした状態だ。胃袋や他の臓器もめちゃくちゃになっている。上半身を希望しているクランには黙っていた。


 心の中では謝ったけれど。


 そこにサラが話しかけてきた。


「シュウヤはどうするの?」

「まだ、考えていないが、一応知り合いのとこにでも持っていこうと思う」

「そう……わたしたちは一部の素材を残して大商会に売っぱらうわ」

「隊長、バカンスに行きたい」

「ルシェル、そうね、後で考えましょう」

「それじゃ、俺は行くよ。皆、またどこかで」

「あ……うん」


 サラは笑顔がきえていたが、しょうがない。

 彼女たちには彼女たちの道がある。


 俺は軽く頭を下げて離れていく。


 さて、今は主力武器もないし、これからどうするか。



 ◇◇◇◇



 暇になってから七日の間は……。

 背曩と日用品を買ったりした。

 さらに誰もいない空き地で闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトの沸騎士たちを召喚しては、彼らと模擬戦を行ったり、仙魔術や魔剣を使った訓練も実行した。

 

 都市の中をぶらぶらと散歩も。

 冒険者の依頼を受けずに過ごす。


 魔竜王戦で、大事な愛用武器タンザの黒槍を含めて、背曩の中身を全部なくしたからな。

 アイテムボックスの中には金がある程度入っていたから苦労はなかったが……。


 もしそれがなかったら……魔竜王討伐の報酬しかないという状況だった。


 んだから、これからは細かい硬貨以外はアイテムボックスの中へ入れておこう。

 さて、そろそろ魔竜王の素材が運ばれてくるはず。


 大通りへ向かう。

 大通りでは人が集まっていた。


 俺も群衆の中に紛れる――。

 目の前のおっさんが臭かったから隣の綺麗な女性の隣に移動して、香水の匂いを満喫しながら、待っていると……魔竜王の素材が運ばれてきた。


 相棒は、おっさんの臭いが気に入ったのか、足下で頭部を擦りつけていたが、何も指摘はしなかった。


 しかし、もう夕方だ。やっとだよ。

 大きい荷車が列を伴ってヘカトレイルに到着だ。


 通りの両脇には魔竜王の部位を一目見ようと人が更に集まってくる。

 俺も肩に黒猫ロロを乗せて、その野次馬の列に加わった。


「おぉぉぉ、大きな鱗が紫色だよ。すげぇな」

「あれが魔竜王かい?」

「そうだよ。あんがいバラバラだと小さいもんだね」

「いやぁ、でけぇだろ。足もなんだありゃ、ワイバーンが可愛く見えるぜ」

「爪を見たか?」

「ああ、あんな巨大なモノをよく倒せたもんだ」


 そうだろう。そうだろう。

 と、俺は群衆の中に混ざりながら、野次馬のざわめきに一人頷き、納得していた。

 人々は感嘆の声を口々に叫び、興奮している。

 

 俺と黒猫ロロはその光景を眺めた。


 そんな人が集まる道沿いには、簡易的な露店が幾つか展開。

 暫し、その屋台を見て歩き、祭りに近い雰囲気を楽しむ。


「相棒よ、これを買ってやろう」

「ンン」

「だめだ、肉球パンチは――」


 と、買った餡蜜擬きをパッと相棒の左に移動。

 黒猫ロロは「にゃおお」と、片足を、その餡蜜擬きのお菓子に伸ばす。


「分かったから、今あげるから、な」

「にゃぁぁ」


 と、そんなこんなで黒猫ロロと楽しむ。

 

 夕方が終わり暗くなってくると、お、灯りだ。

 松明の灯りだけでなく、魔法の灯りがあちこちに発生。


 俺も混ざろう。

 指輪を使い、魔法の光球を発生させた。


 都市の夜空に無数の光源が漂う。

 大きさ、形、明かりの強度、どれもが違う。

 それはまるで、摩訶不思議な蛍の群れが、突然街中に現れたかのようだった。

 高層ビルの上から俯瞰する現代日本の夜景も綺麗だったが、この夜景も負けていない。

 このリアルタイムで起きている幻想的なネオンの光景……。

 永遠に記憶、海馬に残りそう。

 夜景を楽しみながら、にこにこ顔でギルドに向かおうとした、その瞬間――。


「おい、お前、キッシュと一緒にいた男だったな?」


 群衆の中にいた一人のエルフ男にそう話しかけられた。


「ん? だれだ?」


 だれだっけ……。


「ぼくはキッシュ・バクノーダの許嫁である、ラー」

「あ~いいや、俺には関係ないので……」


 そこで、思い出した。

 こいつはキッシュに付きまとっていた男。

 馬面のラーズ。頬に蜂の刺青が刻まれている。


「君、失礼な奴だな。待ちたまえっ、こないだキッシュと長らく一緒にいたな? 君に聞くのは気に食わないが、この際関係ない。こないだの魔竜王騒ぎの後から、キッシュが、キッシュが見当たらないのだ、まさか魔竜王討伐で死んだのか?」


 早口で煩いな……。


「キッシュは生きてるよ。それじゃ――」

「そうか、生きてるのか。っと、待ってくれたまえ、まだ、話があるのだ」


 話? 俺はない。

 無視しよ……。

 回り込んでくるし、絡んできたか……。


「あのぅ、まだ俺に用でもあるんですか?」

「ある。こないだ君は、キッシュと永らく酒場にいたではないかっ。だいたい、キッシュに悪い虫が付くのは許せんのだよ」


 つけていたのか? それに悪い虫?


「五月蝿いな、悪い虫とはお前だろうよ」


 あぁ、つい、言っちゃった。


「何を言っているのかわからないな。君は目が腐ってるのか?」


 ……どの口がそれを言う?

 むっつり顔をしやがって、胸くそ悪い男だ。

 はっきりと言ってやるか。


「キッシュと友だから、あえて話すが、この間はっきりとラーズと関わりたくないと、キッシュが伝えていただろう?」

「それがどうしたと言うのだ。おまえにぼくの愛がわかるのか? わからないだろう?」


 コイツ、馬顔のくせにニヒルな表情に変化させやがった。

 ナゼか勝ち誇った顔。

 このエルフ、自己主張が激しすぎる……。


「……お前の矮小な気持ちなど、わかるわけがない」


 少し嗤うように言ってやった。


「フンッ、なにニヤけてるんだっ、糞生意気な黒目の男がっ。ぼくとキッシュの間にお前なんて、入る隙間なんてナイッ! それになんだっ、その物言いといい、ケチな冒険者のくせに、生意気だぞっ。キッシュとぼくが愛し合うのが一番なんだ。余計な邪魔だてするとっ、こ――」


 その長々としたキモイ独りよがりな喧嘩ごしの台詞に少しイラッとしてしまう。

 瞬時に魔闘術を全身に纏い、ラーズの足元に手刀をお見舞いしてあげた。


「――邪魔なら俺を殺す? あまりなめてもらっても困るんだがな……」


 地に手の先が飲み込まれ、地面に穴が空いていた。


「ガルルゥッ」


 更に、怒った黒猫ロロが触手をラーズの足に絡ませ転倒させていた。


「ひっひっひぃぃぃっ――」


 エルフの馬面ラーズ君は尻餅を付きながら、怯えている。

 俺はそのまま馬面ラーズへ近寄り、目を合わせて静かにニッコリと笑顔を浮かべながら口を開く。


「お前自身が勝手に人を愛するのはいい。だが、お前の自己満足な愛の妄想にキッシュを巻き込むな。嫌がってるのに一方的な愛の押しつけなど、糞野郎のすることだ。自己満足の狂った愛などヘドが出る。今後はキッシュから身を引き、別の女を口説くようにしろ」

「にゃごっ!」


 黒猫ロロは可愛らしい怒り声で鳴き、前足でラーズの足を踏みつけていた。


「ぼくは好きなんだ……」


 ラーズ君は怯えながらも、くぐもった口調でもごもごと言っている。

 めんどうだが、言葉で分からせるか。


「なぁ、逆に自分自身に置き換えてみろ。自分が好きでもない興味もない女がお前に付きまとい、毎回断っても、言うことを聞かずに、お前の後を何回も何回もしつこく付き回してくる。しかも、自分の友人にまで女は手を上げようと脅迫してくる。もし――お前が、そうなったらどう思う?」

「……そ、それは嫌だ」


 至極当然の言葉だが、多少は効いたか?


「それと同じことをお前はやってるんだよ」

「……あぁ、ぼ、ぼくはなんてことを……」


 ラーズは目を覚ましたように瞬きしながら、涙を流し俺を見つめてくる。

 ここで念を押す。


「――わかればいいんだ。もう、キッシュのことを追って迷惑をかけるなよ? わかったな?」


 ラーズ君は何回も首を縦に振り頷いてる。


 わかってくれたらしい。

 意外に物分かりの良い奴だ。うむ。


「そうか、なら早く、消えることだ。もし、またキッシュに迷惑をかけるならば、さっきの手刀で、お前の馬面が可愛くなるぐらいにめちゃめちゃに破壊してやるから覚えておけ」

「にゃごあ」


 そう言って、踵を返す。

 黒猫ロロもラーズに向けて、変な鳴き声をだすと、遅れて俺についてくる。


 ったくよぉ……せっかくの夜景が、今ので台無しだよ。

 さくっと忘れてギルドへ急ごう……。


 ギルドに入り、受付へ向かう。

 そこにはいつもの可憐なおっぱい受付嬢がいた。

 一目見て、ぱっと気分がよくなる。

 早速、可憐なおっぱいさんに話しかけた。


「未探索地域開拓ミッション成功ですね。今からCランクです」

「ありがとう」


 こうして、俺は冒険者Cランクへ昇格を遂げる。


 報酬もちゃんと貰った。

 ついでに、隠れて回収しておいた竜種の爪や鱗に牙を全部売ったが……。

 激安な買い取り値段だった。

 皆が回収せずに放っておくわけだ。

 ま、当たり前か。皆が皆、売るんだし、相場の値段が下がるのは当たり前だった。

 最後に肝心の魔竜王の躯、頭部位の報酬についてだが、その件に及ぶとギルドの裏に案内された。


 解体されたとはいえ、魔竜王の頭部は巨大だ。

 なので、ギルド裏にあるちょっとした空き空間で受け取ることになった。

 魔竜王の頭の幅は大体、七~十メートル前後ぐらいある。

 これ、アイテムボックスの中へ入るかな、と心配だったが、杞憂に終わった。

 さすがに魔竜王の本体は無理だったけど、この頭のサイズなら入るらしい。


「よし、入った」

「すごいですねぇ、そのアイテムボックス。あの大きさの物まで入るとは……やはり、竜の殺戮者たちドラゴンスローターズの中で、唯一、個人で選ばれているだけはありますっ」


 その、渾名みたいなのに俺も入ってるわけね……。


「はは、まあね。それじゃ、いくよ」

「はいっ、またいつでもわたしのところに来てください」


 いつでも、か。

 おっぱい受付嬢からの視線が〝いつも〟と違っていた。

 尊敬と親しげが混ざった色に見える。


 だけど、まだ名前も聞いていなかったり……。

 おっぱい受付嬢の名前でも聞いてナンパでもと、考えていると、そこに老練さを感じさせる声が響いた。


「シュウヤさん、お待ちを」

「ん?」


 振り返る。声質通りの老人だった。

 痩せて尖った顎髭。

 どっかで見たことのある紺色外套を着る人物。

 話を聞いていくと、この人はギルドマスターのお偉いさんだった。


 名はカルバン・ファフナード。

 ファフナード……聞いたことがある。

 思いだそうとしてると、内密な話があるので、こっちに来てくれと言われ、ギルド内部にある部屋へ案内された。


 部屋の中にはギルドマスターらしい、本棚が並び、大きな机とソファが並ぶ。

 机の上には、新・世界評論、魔族との共存、魔界と十層地獄、冥界と魔界の境目、勇者ムトゥ、海光都市、とかの分厚い本が置かれてあった。


 俺はその部屋で柔らかく底の深い椅子に座らされると、すぐにギルドマスターのカルバン氏から怒濤の質問攻めを食らう。

 カルバンは煙草を吸い出すと、煙を俺の周りに漂わせてくる。

 そして、最初は軽いお世辞に始まり、娘のエリスから話を聞いておったと言われ、どこから来た? 本当に人族なのか? とか、その黒猫は何なのだとか……。


 矢継ぎ早に調査染みた言葉が続く。

 辟易しているところで、カルバン氏、本命の言葉が始まっていた。


  茨の尻尾という名は知っているか?

  クナという名は?


 俺はクナを知っているとだけ答え、少し前に受付嬢に説明したようにモンスターに殺られて死んだとだけ答えた。

 ギルドマスターらしくカルバン爺は一瞬、鋭い視線を向けてくるが途中から表情が柔らかくなり、ふむふむと納得するように頷く。


 そこからはまた話の内容が変わっていく。

 黒猫ロロは途中から俺の背中のフードの中に入り込み眠りだす。

 カルバン爺さんが言うには、今晩、侯爵邸で晩餐会を兼ねた魔竜王討伐の祝賀パーティが行われるらしい。


 その席に俺も呼ばれているんだとか。


 ギルマスの爺曰く……「本来ならば、前もって知らせるべきだった」と語る。


 急遽決まったことらしい。

「それで急ぎ身辺を探る物言いをしてしまったのだ」


 素直に「すまん」と謝られた。

 そこからはお互いにフランクな会話でコミュニケーションが進展。


 侯爵邸に案内する使いの者がギルドに来るからと、参加を促される。


「拒否はできないんですか?」


 いきなりだからな……。


「なぬっ、ヘカトレイルの最高級の料理に直接的な報酬もでるぞ?」


 うっ、最高級だとっ、旨い飯か。

 しかし、侯爵様は、あの女だろう?

 俺のことは当然、覚えているだろうし……。

 でもなぁ、正直、料理に惹かれるのも事実。

 この世界の最高級な料理なんて、滅多に食べられないだろうし、楽しみすぎるだろう。


 ……いくか。


「分かりました。いきます。ですが、この黒猫ロロディーヌを預かってくれませんか?」


 背中にあるフードの中で寝ていた黒猫ロロは肩へ顔を出して、なにを話してるの? 的な感じに顔を向けてくる。


「わかった。わしが責任を持とう」

「ンンン、にぁっ」


 黒猫ロロは喉声で鳴きながら起き上がる。

 何を思ったのか、俺の肩から離れた。

 ガルバン爺に目掛けて跳躍。

 肘掛け椅子肘掛けに降り立った相棒は、トコトコと肘掛けを歩いては、ガルバン爺の皺が目立つ右手に頭部を寄せた。

 

 ガルバン爺の手をぺろぺろっと舐めた。

 

 そして、気まぐれを起こした相棒。

 ガルバン爺が座る椅子から離れて机に跳躍。

 机の上のお茶のような液体が入ったコップに顔を突っ込んでいた。

 中身の液体を飲んだ相棒。

 口の髭を濡らしていたが、舌を使い、その髭に付着した液体も舐めていた。

 更に、机の本の臭いと羽根ペンの臭いもフガフガと嗅ぐ。

 続いて、扇風機的な魔道具とセットの香炉に鼻を付けては、重点的に匂いを嗅ぐ。


 すると、ひげ袋がぷっくりと膨れ出す。

 上唇毛と上毛が少し上向いて見えたが、ま、感覚器官でもあるからな。


 探索を楽しんでいそうな相棒――。

 俺とガルバン爺をチラッと見ては、イヤータフトを揺らす。

 

 そのままプイッと頭部を逸らすと、積まれた箱の上に跳躍。


 箱の中の溝に嵌まってフィット感を楽しんでいた。

 フィット感に満足した黒猫ロロは、体を前に一回転。

 

 なぜか、逆さま状態で俺たちを見る。

 相棒は自分の顔に垂れて動く、自身の尻尾の動きを見て、興奮。

 自分の尻尾目掛けて猫パンチしては、その自分の尻尾を捕まえて噛んでいた。


 面白いが、アホか。

 ま、ネコ科の習性だ。


 また狭い箱と箱の間のフィット感を楽しむように回転してから、部屋の探索を始めてしまう。

 隣の棚に移ると、また、高々とジャンプ。

 箪笥の上へと登り天井の匂いを嗅いでは、隅にある他の机へと跳躍を繰り返す。


「あんな感じですが……ロロは頭が良いので、俺が帰ってくるまでここにいるでしょう。それと……」


 出席するのに相応しい服がないと言ったら、爺さんはすぐに貸してくれた。


「これを着れば良いだろう」

「何から何まで用意済みってわけですか」

「ふん、しょうがなかろう。服のサイズもだいたいあってると思うが、ひとまず着ておけ」


 ったく、前から調べていたんじゃないのか?

 いつの間に俺の体のサイズとかを調べていたんだよ。

 とは言わず、適当に返事をして着ている服を脱いでいく。


「……はいはい」


 脱いでいる皮服は新しく買ったブリオー系の皮服だ。

 前に着ていた皮服は魔竜王の牙や酸にやられたために着られないので捨てた。

 師匠ゆずりの黒虎ジャケットも新鎧も穴が多数空いて擦り切れてボロボロだけど、まだ着られるので捨てはしない。皮服に比べれば、まだ、一応は着られる。


 貸してもらった服装はタキシードのようだが、微妙に違う燕尾服。

 どっかの将校が着る肩章が付いていない軍服に近い感じの装身具。


 下着からネクタイ、カフスボタン、靴、全てが最高級と分かる。

 あまり布の色は目立たないが銀座の壱番館で作られたスーツのようなイメージだ。


 そんな馬子にも衣装的な服を着てギルドマスターの部屋で待機していると、ギルド前に豪華な馬車が到着したらしく、受付嬢の一人が部屋に知らせに来てくれた。


 俺が外へ出ようとすると、


「まて、さっぱりとする香水もあるが、どうする」

「そんなもんはいらないよ、俺は基本、冒険者。着飾るだけで結構だ」

「そうか」


 俺はギルマスの爺と黒猫ロロに行ってくると、告げてギルドの外へ出た。

 貴族用の馬車に乗り込むと、侯爵邸への移動が開始された。

 座り心地が良い馬車に揺られながら沈黙を保っていると、いつの間にか侯爵邸の前に到着した。

 ついに、あの女貴族とご対面か。

 ま、他にも、貴族、グリフォン隊、冒険者たちが来るらしいが……。

 馬車から降りると、メイドさんが近寄ってきた。

 金髪の美人さんだ。このメイドさんが誘導してくれるらしい。


 メイドさんに連れられて進む。

 そのまま大きい玄関口から入り、赤い絨毯が敷かれた廊下を通らされる。

 奥にあった両扉の開かれた広間へ案内された。


「この部屋へどうぞ」


 メイドさんはそこで頭を下げて、廊下を戻っていく。

 よし、入りますか。


 広々とした豪奢な空間。迎賓用の大広間か。

 綺羅びやかな衣装を着る貴族たちが集まっている。


 うはぁ、俺、場違い感満載じゃん。

 そんな気持ちを誤魔化すように視線を中央の上へ向けた。


 奥行きがある天井だ。

 そこにはクリスタルの角ばったシャンデリアの集合体がこれでもかという感じにギンギラギンに豪華さをアピールしている。


 壮麗な大きい照明だ。

 クリスタルから白色を中心にした七色の輝きを放っていた。

 凄い。魔察眼で凝視してみると、クリスタルからは魔力が放出されているのが分かる。

 特殊なクリスタルなのだろう。

 淡いプリズム光から強い白光を発するのを繰り返しているのか……。

 一瞬、万華鏡を思い出す。芸術作品っぽい。

 その絢爛たる色彩が机の上に並ぶ様々な料理を明るく照らし料理の見映えを美しくさせているようだった。


「……うまそう」


 自然と呟いてしまった。

 そんな、俺の姿を見るなり、数名のダンディーな貴族の方々がヒソヒソ会話を始めている。


 うっせぇな、俺に貴族らしさを求めろと? 

 アホらしい、そんなもんは気にせずに、旨そうな料理が並び置かれた長方形の机がある場所へ近寄っていく。


 このために、今日はここに来た。

 どうやら、ビュッフェ、バイキング形式のようだ。

 ハムとアスパラっぽい野菜の炒め物。

 大きな焼鳥にそれらを囲う色とりどりの野菜の饗宴。

 牛肉のようなサーロインステーキが綺麗に重なり並べられ、黄緑色のソースが横に添えられていた。


 スクランブルエッグの塊も発見。


 ――食べるぜ。


 まてまて……。

 おぉぉ、こっちは魚卵のキャビアに似ている食材があるじゃないか。

 どれも旨そうだなぁ。

 片手の上に受け皿を用意、その上に食材を盛っていく。


 ――早速、受け皿に乗せた、サーロインの肉を口へ運んだ。


 んんっ、おぉぉ、柔らかくて、うまい。うまうまだ。

 肉厚、柔らかさ、香味、タレが絶妙に絡んでいる。

 シャトーブリアン?

 高級なフランス料理を食べているようだ。

 これを作った奴はアイアンシェフに違いない。


 あっちのテーブルにも見知らぬ食材の料理がある……。

 そんな感じで、皿に乗せた料理をガツガツと食べながら、周囲を観察。

 着飾った貴族の紳士淑女である方々も料理を楽しんでいるようだった。

 立食パーティのようにグラスや皿を片手にヒソヒソと会話をしながら食事をしている。


 そこに続々と貴族たちが部屋に入ってきた。


「おっ、シュウヤじゃないか」


 え? 貴族かと思ったら、豪華な衣装を着飾る紅虎の嵐の面々だった。


 しかも、サラって、やっぱ綺麗だなぁ……。


 炎のような衣装。髪の色に合わせたんだろう。

 武張った格好も良かったが、ドレス姿も素晴らしい。

 やはりスタイルが抜群だと映えるねぇ。

 足がスラリと伸びた先にある足の甲の上から紅色の地毛が飛び出しているけど、それが赤色の底高のヒール靴とマッチしている。

 靴のデザインも素晴らしい。

 内側から外側へと蛇が巻くように炎の演出が加えられ、完全無欠のビューティーな紅炎風のドレスが似合う美人すぎる女になっていた。


「……サラ。驚いたよ。綺麗だ。その紅い衣装がとても似合う」


 俺は少し鼻息を荒らげて、興奮しながら率直な感想を言う。


「はは、ありがとう」

「隊長ったら、普段見せない笑顔をみせてくれちゃって」


 エルフの弓使いベリーズもドレスを着ていた。


「ベリーズだって、嬉しそうに胸に飾る宝石をチェックしていたじゃないか」

「隊長にベリーズ。ここで言い争いはダメですよ」


 ルシェルも止めに入った、というか、ルシェルもベリーズもサラに負けず劣らずのゴージャス娘なんですが……。

 彼女はエジプシャンメイクを薄めてお嬢様風に変化。

 額にある青いサークレットを基調とした青い鳥をモチーフにした化粧に衣装だし。

 それに、ルシェル、意外に胸があるんだ……。

 シースルー気味な服だし、うっすらと青いブラジャーも見えていた……。


 ベリーズに至っては、有名な芸能人姉妹の方ですかい?

 と、ツッコミをいれたくなるほどの美しいゴージャスさだ。

 胸の中心の宝石も綺麗だが……。

 はっきりいって、そんな宝石よりおっぱい大豊作のほうが、破壊力抜群だ。

 

 括れを活かすドレスがたまらない。

 細い足先に向かうにつれ段々と細くなる衣装。

 

 現代のファッションショーでも通用しそうな可憐さだ。


「シュウヤ。見蕩れるのはわかるが、視線が露骨すぎるぞ」


 その言葉は同じ紅虎の嵐のメンバーである、ブッチ氏。

 ブッチ氏もこの会場に似合う上質な衣服を着ていた。

 黒々とした燕尾服に近い服だが、体に密着するような作りになっているので獣人らしいたくましい筋肉が表面に現れている。赤髭も整えられマントヒヒ顔だが、漢らしくカッコよさが目立っていた。


「……あぁ、すまんな。ていうか、ブッチだって視線は自然と、いっちゃうだろう?」

「んん、ま、まぁな……」


 ブッチは顔と耳を赤くしている。

 ゴツイ筋肉獣人がデレる姿はあまり見たくないな……。

 そんな風に紅虎の嵐の一団と談笑していると、次々と侯爵に呼ばれていた冒険者の面々が集まりだした。

 竜殺しの斧を持つ入れ墨ドワーフとその仲間の戦士団や、毛むくじゃらの獣戦士である戦闘奴隷たちを引き連れて登場した女魔法使い。


 ところが、ちょっとした騒ぎになっていた。

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