四十一話 手掛かり&暗躍する者たち

 

 サビードが玉座の背後からぬっと姿を見せる。

 歪な顔に目が六つ。

 紫の甲殻鎧に紫色に縁取られた黒マント。

 そのマントを靡かせ、颯爽と歩いてきた。


「クナを殺ったのはお前か?」

「……あぁ」


 六つの視線が、俺、ハンカイ、黒猫ロロに注がれる。

 眼窩の形が複雑で表情が読み取れない。

 ハンカイはそのサビードを凝視していた。

 黒猫ロロは毛を逆立て、触手骨剣を宙に漂わせて警戒している。


「ほぅ、クナの思念波が途切れたと思ったら、やはり死んでいたか。魔族の中でも狡猾なクシャナーン族をあっさりと倒すお前は、本当に人族か?」

「さぁな?」


 そこで、タンザの黒槍の穂先をサビードへ向ける。


「ふむ、我と戦うか?」


 六つの目がギョロりと動く。


「戦わなくてもいいのか?」

「ふっ、可笑しなことをいう。戦いにきたのではないのか? 我はどちらでも良いぞ」


 じゃ、戦うのは止しとくか。ハンカイもいるしな。

 そこで構えを解く。


「それじゃ、止めておくよ。荷物を取りに戻っただけだし」

「お? ふっ、ふはははっ、戦わないときたか、面白い。お前、やはり普通ではないな。気に入ったぞ。お前の名前はなんという?」

「シュウヤ・カガリ」

「シュウヤ……シュウヤよ。我は闇神の七魔将が一人、紫闇のサビードと呼ばれている。我と契約を結ばんか?」


 闇神の七魔将? 四天王的なノリか?

 というつっこみは入れないで、


「契約?」

「そうだ。昔、気まぐれで人族の魔術師と契約を結んだこともある」

「ん~、興味はないな」

「早い決断だな。魔道具が対価でもよいのだぞ?」


 魔道具というと、この指輪と同じ部類の物か……。

 呪われるのも嫌だ。遠慮しておこう。


 この指輪で十分だ。


「コレがあるから、別に要らないな」


 サビードの六つある内の一つの眼が、俺の指輪を捉える。


「ほぅ、そういえば、その指輪の魔道具を持っていたな。形状が変化しているが……使いこなしていると見える……」

「しかし、お前はこの迷宮の主だろう? 俺のような存在を放っておいていいのか?」


 俺の問いを聞いたサビード。

 手を広げるジェスチャーを取りながら大きい口を動かし、


「――たしかに我は迷宮の主であり、ここの管理者だ。ともがらを屠ったお前を、種として、魔族としての立場ならば狩らねば成らぬ。が、それは建前なのだよ。お前たち、特にシュウヤは普通ではないと分かる……戦えば、我も無事でいられる保証はないと判断した。我とて命を無駄に散らしたくはないのでな? そして……迷宮の目的はもう十分に達している。我は無理をしなくてもいいのだ」


 目的?


「目的とは?」

「……闇神リヴォグラフ様への贄。それには、そこのドワーフだけでなく、他の人族たちも大いに貢献してくれている」


 闇神リヴォグラフ様か。

 魔界に住まう神の一柱かな。

 それにしても、こいつは見た目と違い、用心深く慎重なんだな……。


「……意外だな。問答無用で襲いかかってくると思った」

「フッ、他の魔族ならそういう輩もおるだろう。だが、他にも理由はあるぞ。お前たちは帰りの石玉を持っているのだろう? ここではそれがあるからな」


 そうか、クナが販売していたんだからな。


「この石玉か」

「そうだ。それを使えば一瞬で戻れるぞ」

「愛用の武器も戻ってきたし、そうさせてもらうよ。ハンカイ、戻るぞ。石玉を渡しておく」

「了解した。これを握って――」


 ハンカイは石玉を握った瞬間消えた。

 はやっ、俺も早速。


「然らばだ――」


 サビードの声が響く中、石玉を握る。

 石玉に魔力を込めた瞬間――ぶあっという耳への感覚もなく、

 あっという間に迷宮の入り口に戻っていた。


 無事地上に戻れたようだ。まだ外は明るい。

 ハンカイはきょろきょろしている。

 目の前には迷宮に続くと思われる下りの巨大階段があった。


「戻れたようだな」

「あぁ、ひさしぶりの地上だ。だが、さっきの六つの目を持つ魔族には驚いたぞ」

「確かに、目が六つもある知的生命体は初めてだ。だが、あんなボスのような奴が、あれほど慎重な行動を取るとは……」


 ハンカイはこめかみをピクッと動かす。


「ちてき? ボス? まぁ、魔族にも色んな奴がいるんだろうよ。エルフと戦ってた時にも散々騙されたしな……屑魔族がっ」


 ハンカイは魔族に少し詳しそうだ。


「そのようだ。で、ハンカイはこれからどうする? 俺はヘカトレイルに戻るが」


 然り気なく都市の名を言うと、ハンカイは八字眉を作り、困惑顔で


「ぬ? ヘカトレイルとな? 激戦区が……街になったのか?」

「あぁ、少し待ってろ。今現在の、この辺りの地図を見せてやるから。それと、昔と違うところは興味があるから説明してくれると助かる」


 そう言って、背曩から地図を取り出し見せてやった。


「分かった……南マハハイムを跨がる大河のハイム川、【バルドーク山】はそのままだな。地形はあまり変わらないようだ。しかし、戦場だったところが城塞都市とは。他の都市も俺が知る都市の名前とは違う。我が【ラングール王国】の【岩石都市ヨゴル】があった場所には名前がない。とうの昔に滅び去ったようだ。糞エルフの国も同様に滅びたようだな。エルフの【ベファリッツ大帝国】も消えている。他に知っているのは【塔烈中立都市セナアプア】、前は空中都市セナアプアだったはずだ。後は【迷宮都市ペルネーテ】。む、ここにはエルフの領域が存在するようだな。国はあるのか。エルフ共も結局は内部分裂か……」


 ハンカイの説明に、国破れて山河あり。という言葉を想起する。


 ハンカイは何百年も閉じ込められていたのか? 

 過去にエルフと戦争していたのなら、今のエルフやドワーフの姿を見たら唖然とするだろうな……。


 地下にドワーフの帝国がある、と……。

 言っておいたほうがいいかな?

 ま、見た目は普通の人族の俺がそんなことを話しても、信じてもらえないか。

 

 が……ヒントだけでも言っておくか。


「噂だが、地下にドワーフの国があるとか……」

「……ほぅ、覚えておこう」


 あっ、あの件を知ってるかな?

 聞いてみるか。


「ハンカイ、見てる途中に悪いが、玄樹の光酒珠、智慧の方樹ってのを聞いたことはあるか?」

「ん? 智慧の方樹ってのは知らないが、伝説の玄樹の光酒珠なら聞いたことがある。命の酒水ってやつだろ? 酒なら欲しいな。なんでも、元は大木のような巨大な樹木に生えている酒の実なんだとか。食えば力を得られるとか、どんな傷も癒すとか聞いたな。生命の神アロトシュと大地の神ガイアに植物の神サデュラが作り出したとされる物らしいが、それがどうかしたのか?」


 ぬぁぁんと。玉葱おっさん凄い。

 手掛かりをゲット。


「おお、知っているのか。それを探してるんだが、どこにあるか知ってる?」


 黒猫ロロも興味があるようで、肩に乗りながらむくっと上半身を小さいハンカイへ向けていた。


「知っている? 探す? そんなもん本当に存在するかも怪しい。伝説の神話やお伽話のようなモノだ。どこに在るかなど知らん知らん。大体、幼い頃にちょろっと聞いた話だからなァ」

「……そりゃそうか」

「にゃ」


 黒猫ロロも小さく声を出す。

 がっかりしたように、背中の頭巾の中に入り込んでしまった。


「悪いな。その様子だと真剣に探してるのか……」

「その話を聞けただけでもありがたい。それじゃ、俺はヘカトレイルに戻る」

「その前に、この地図を返しておこう。それと、悪いが……俺も、そのヘカトレイルに連れていってくれないか? 世話になるのはそこまででいいから、頼む」

「いいぞ、すぐそこだしな……ついてこい」

「すぐそこ?」


 ハンカイは戸惑ったような顔つきとなった。

 俺は階段を下りていく。


「また迷宮に向かうのか?」

「そうだ。驚くなよ。冒険者たちがわんさかいるからな?」

「分かった」


 階段の下は相変わらずの混雑具合。

 長いこと囚われていたハンカイだ。

 当然、迷宮の様子を見て驚く。

 ……ギラついた目を見せていたが、何も喋らずついてくる。

 時々、過呼吸を起こすように動揺していた。

 だが、俺と相棒を見て深呼吸。


 ギルドに直行できる転移陣に到着。

 転移陣に出たり入ったりする冒険者たちは入り乱れていた。


「あの転移陣に乗れば、一瞬でヘカトレイルの冒険者ギルド内に転移する」

「転移陣があるとは驚きだな。ひょっとして、あのクシャナーンの仕業か」

「そうらしい。クナは死んだが、転移陣は機能しているようだ」

「なるほどな。こうやって人族たち、糞エルフ共を、この迷宮に誘い入れているわけか」

「クナは冒険者でもあった――あ、倒したことをギルドにどう説明したら……」


 ハンカイは胴の樹甲のでっぱりに腕を置きつつ、手を組みながら、


「素直に魔族クシャナーンだったと言えばいいではないか」


 と語る。

 不思議そうに俺を見ている。


「クナは冒険者ランクBだったんだ。各地の迷宮にギルドと繋がる転移陣も構築していた。表ではギルドに貢献した人族。その人族が実は魔族だったなんてことを、一介の冒険者に過ぎない俺が言っても、その言葉を信じてもらえるかな、と……」

「ん~、無理だな」


 やはりそうだよなぁ。


「……だろう? ま、適当にでっち上げて……そうだ、迷宮で大型ホグツに囲まれて死んだということにするか。ハンカイ、もし俺との関係をギルドから聞かれても適当に誤魔化してくれよ」

「了解した。もし冒険者ギルドに厄介になったとしても、シュウヤのことは黙っておいてやるさ。それにだ。俺は捕らえられていた期間が長いからなァ。リハビリを兼ねて、都市に入ったら……糞エルフ共がどうなっているか気になるし、他にも色々と外の世界を見て回りたい。だから、すぐにでも街中へ消えるつもりだ」


 一瞬、ハンカイの目がどす黒く見えた。

 大丈夫かね? ま、俺の知ったことではないが……。


「……すまないな。ありがと」

「ふはは、助けられたのは俺なんだぞ? これぐらいなんでもないわ」

「それもそうか」

「では、俺は先に行くぞ。助けられた恩は忘れない。また何処かで会うかもな? 然らばだ」

「おう」


 ハンカイは玉葱頭を揺らして笑いながら転移陣の中へ消えていった。


 ハンカイ。

 おかしな玉葱のような髪形だったが、渋い顔だった。そして豪快な男だった。

 さて、先ほど適当に理由を考えたが……。


 仮にギルド側にクナを殺したと説明したら、俺は捕まったりするのかな?

 そうなったら俺は解放されるんだろうか。

 ギルドマスターとかが出てきたり、取り調べとかがあったりするんだろうか……。

 まさか、倒したことがギルドカードにリアルタイムに記録されるとか――。


 ま、これはないな。さすがに飛躍しすぎか。

 俺の持つ冒険者カードには、そんな機能はないだろうと予想できる。


 機能があったなら、最初に登録した際に、俺が人族ではないと判断されるはず。

 血と魔力だったっけか。

 秩序の神オリミールという名の神様が関係しているのなら……。


 もしかすると、もしかするかもだが……。


 ま、これ以上考えてもしょうがない。

 ギルドには死んだと言えばいいか。


 そう考えてから、転移陣に足を踏み入れる。

 転移してギルド内に戻ると、ハンカイの姿は見当たらなかった。

 話していた通り、ギルドを出て都市の中へ消えたらしい。


 少しびくつきながら周りの様子を窺う。

 ギルド内部はいつもより混雑している。

 というか何か殺伐としていて、忙しそうに冒険者とギルド職員が動いている。

 そして、傷を負った冒険者が続々と転移陣の中から現れて運ばれていた。


 不思議に思いながらも、受付に向かった。


「わたくしは怒ったわよっ――サメ、キーキ!」


 なんかどっかで聞いたことのある甲高い女の声がどこかから聞こえたが、今は無視。


 すいている受付はなかった。

 どういう訳だろう。

 さっきからギルド内部が本当に騒がしい。

 仕方なく、混雑した列に並ぶ。

 何人か並んでいるから、槍を肩に乗せながら待つことに……。

 待っている間に、アイテムボックスから出した依頼の品をチェック。


 その際に並ぶ者たちから注目を浴びた。

 適当に笑顔を浮かべつつ誤魔化していると――。


「にいちゃん、それアイテムボックスだろ? ペルネーテで手にいれたのか?」


 背後に並ぶ冒険者から話しかけられた。

 クナから手に入れたアイテムボックスだが……。

 

「はい、似たような感じです」

「そうか。他の迷宮都市、ラドフォード帝国か宗教国家ヘスリファート辺りか、やるねぇ……」


 そんな感じで、微妙に笑顔を交えながら無難に会話を続けた。

 何分か過ぎた辺りで、俺の順番になる。

 受付係はクナと魔迷宮に挑む前に話していた中年男ではなく、ネコミミが目立つ可愛い獣人の女性だった。


「依頼の品とカードだ」

「はい。お預かりします」


 受付嬢はカードと依頼の品を受け取ると、奥に移動していく。

 暫くして、金とカードを持ちながら戻ってきた。


「あのぅ、パーティを組まれてましたよね?」


 やはりその質問がくるよな。


「確かに組んでいたが、クナは大型ホグツに囲まれて死んだ」


 それを聞くと、空気が凍ったような雰囲気に――。

 受付嬢だけでなく、俺の周りが静まった。


「……えっ、あのクナさんが死んだんですか?」

「あぁ、助けようとしたが、多勢に無勢、俺のほうにも大型ホグツが来たからな。大剣に串刺しにされて殺られてしまったところを見た」


 受付嬢はネコミミを凹ませ、手を僅かに震わせる。


「……そ、そうですか……大型ホグツと言いますと、B+ランクのホグツグラントですか。魔迷宮の深くに突入したんですね……」

「あぁ、そういうことだ」


 さて、どんなことになるか……。

 最悪の展開だと、俺がクナを殺したとバレて捕まるか?

 そうなったらそうなったで……。


「……残念ですね。その分だと遺品の回収は無理そうです。わかりました。では、報酬とカードをお返しします」


 お、案外ユルいな。

 ――んだが、受付嬢の目が怯えている?

 なぜ? ま、大丈夫ならいいか。

 予想通り、冒険者カードもそんなに万能ではないらしい。


 殺人とかの記録はされていないようだ。


 しかし、ギルドに転移陣を設置して貢献したクナが死んでも、こんなあっさりとした対応とは、ギルド内部では問題視されないのか? 

 ギルドマスターやそれ相応のスキルを持つ調査員的な存在がいて……。

 

 俺を調べたりするものだと思っていたが……。


 まぁ、冒険者ギルドは仲買業。

 冒険者同士の争い事には不介入と最初に聞かされていた。


 だから、そんな人材は、表ではいないってことになっているのかもしれない。

 そう考えてから、金とギルドカードを回収――。


 カードを見た。


 名前:シュウヤ・カガリ

 年齢:22

 称号:なし

 種族:人族

 職業:冒険者Dランク

 所属:なし

 戦闘職業:槍武奏:鎖使い

 達成依頼:七


 達成数が増えている。

 確認を終えてから、さっさとギルドの外へ出た。


 そのまま隣にある厩舎を覗く。


 お、いたいた。ポポブムは元気そうだ。

 黒猫ロロもポポブムを見つけると、そのポポブムの後頭部へと跳躍。

 

 ポポブムは「ブボブボ」と何かを言ってくる。

 小さいおめめがまた可愛い。

 ……癒される。

 クナのせいで女の微笑、妖艶な笑みの怖さが身にしみたからな……。

 時間が経てば経つほど……。

 裏切られた思いは、俺のピュアなハートをブロークン――。


 ポポブムの頭部を見ながら……。


 ふと『ブロークンシティ』って欲望にまみれた汚職事件の映画を思い出した。


 ――しかし、お前は相変わらず鼻息が荒いなぁ。

 堅い皮膚を撫でてやった。


「ブボッブボッ」


 うんうん、元気だ。世話はちゃんとしてくれているようだ。

 すると、世話人の男が餌箱を抱えて歩いてきた。


「あ、その魔獣、連れていくんですかい?」

「いやいや、見にきただけだよ」

「そうですか、よかったぁ」

「どうしてだ?」

「あ、いえ、なんというか、こいつちゃんと人の顔をみるんですよ。小さい目で、それが妙に癖になっちゃいましてね。頭もいいし、可愛くなってしまって……」


 小太りの世話人はポポブムを片手で撫でながら語る。

 ピュッチという名だったか、性格が良さそうな人だ。

 こういう人がいてよかった。

 でも、ポポブムにとっては乗られていることの方が幸せだからな。


「今は餌をあげに?」


 ピュッチが持っている箱を見ながら聞いた。


「えぇ、こいつ、結構食べるのが好きみたいで」

「こいつは雑食だからなぁ、あ、餌代は足りてる?」

「大丈夫ですよ。こないだ銀貨をくれたじゃないですか」

「そかそか、それじゃ、もう暫く預かっといてよ。太らせないように世話を頼む」

「はいっ、喜んで、任せてください」


 ピュッチは笑顔で頭を下げていた。

 俺も笑顔を返し、軽く頭を下げる。


「ロロ、行くぞ」


 黒猫ロロはポポブムの頭を触手で軽く叩いてから走ってくる。

 肩へ跳躍してくると、そのまま俺の背中にある頭巾の中へ潜り込んでいった。


 また頭巾の中かよ。まぁいいか。

 頭巾の重さが可愛げのある重さだ。


 厩舎を後にした。

 さて、宿に戻ってアイテムボックスの中身をチェックし――。


 ん?


 背後から一定の感覚でついてくる魔素が四つ、六つ……。

 なんだ? 増えていく……。

 少し様子を見るか。背後にあえて振り返らずに、どこまでついてくるか試してみた。

 宿への道から大きく外れ、大通りから路地を歩いていく。

 そこでまた背後の魔素を確かめた。

 追跡してくる奴らを分析すると……素人級の動きの奴が複数に、明らかな手練れ級の奴が混ざり、俺を追いかけているようだ。


「ロロ、戦いになりそうだ。今は避難しておけ。合図したら戻ってこい」


 黒猫ロロは分かったようで、何も言わずに頭巾から出る。

 そのまま飛び降りて路地裏の物陰へ消えていく。


 タイミング的にクナに関することで間違いないが……。

 どういう理由だろ。

 更に狭い路地を進みかけた時――背後から二人組が走ってきた。


 出会い頭に――。


「おいっ、お前――どういう訳だ?」

「なぜお前だけが帰ってきて、クナの姐さんがいない!」


 切羽詰まった顔で、ひょろい男と筋肉男が聞いてきた。


 クナの姐さんだと?

 ……コイツら、見た顔だな?

 ――あ、思い出した。クナの店の前で警備をしていた男たちか。

 知っていたか分からんし、クナが魔族だったとは言わずに、死んだとだけ伝えるか。


「……クナは死んだよ、モンスターに殺られてな」

「な、なんだとっ」

「嘘を吐くな! お前が殺したんだろう! お前はどこの組織の者だ!」


 唾を飛ばし、必死な顔で嘘だと決めつけてくるとは……。

 筋肉男とひょろい男はそれぞれ、長剣と短剣を抜いていた。


「武器を抜くか……んで? その組織とは何だ?」

「知らばっくれるなっ、この刺客がっ」


 うるせぇなぁ……刺客に組織とは何だよ。


 ――それにしても、こいつら以外にも背後に複数の魔素の気配がある。

 干渉してこないってことは、やはり……見られているのか?


「白々しい嘘をこきやがって。クナの姐さんが、そんじょそこらのモンスターに殺られるわけがないんだよ! あの暗黒のクナと言われた姐さんがなっ」


 なんだそりゃ、暗黒のクナ?


「暗黒とか言われてもな? 俺にはさっぱりだ。ま、その雰囲気だと何を言っても信じないんだろうが……」


 本心でそう話すが、目の前の二人組は全く信じていないようだ。


「信じる訳がねぇ……」

「あぁ、ルイスの言う通りだ。こいつは絶対嘘をついている。おいっ! 野郎共!! でてこいっ!」


 ん、人数が増えたか。三人増えて五人。

 これ以上話しても分かってくれそうもないが、一応――。


「言っとくが、俺は本当に組織とかは知らんし、クナはモンスターに殺られたとしか言えんな」


 ま、最後は嘘だけどな。

 黒槍を持ち上げて構えずバンザイっと。


 視線を鋭くしながら諸手を挙げて仁王立ちした。


「降参ってか? おちょくってるのかクソがっ!」


 ひょろい男は吐き捨てるように汚い言葉を吐く。

 自身のスピードに自信があるのか、短剣を突き刺そうと飛びかかってきた。


 降参? コイツはバカすぎる。


 黒槍の柄を掌の中で滑らせる。短く持ち直した黒槍の穂先を左右に動かすと、ひょろ男の短剣の機動が少しブレた。フェイクに掛かったひょろ男の短剣に――黒槍の柄を衝突させた。

 短剣は斜めに跳ね上がる。

 そのまま――体ごと黒槍の穂先を回転させて、側面から、

 ひょろ男の首を狙った、が、それは避けられた。

 ひょろ男は反撃として、短剣を振るい突き出す短剣術を繰り出してきた。

 短剣の刃の機動を読み、体を左右へと数歩ズラす歩法を意識――。

 風槍流『異踏』を実行しつつ、短剣の刃を柄で往なす。

 そこで黒槍の穂先をそのひょろ男の胸に押し当てながら、黒槍の柄の角度を変えて押し込むと、「ぐふぉっ」とひょろ男は黒槍を抱きかかえるように血を吐きながら突っ伏す。体に穂先が突き刺さったと分かった。

「なっ、ルイス!」

 筋肉男はひょろ男の名を叫ぶと、長剣を持ちながら走り寄ってきた。

 そこで、ひょろ男ことルイスの腹を貫いた黒槍の柄を蹴り、ルイスの死体ごと黒槍を筋肉男に衝突させた。筋肉男は死体と黒槍と共に転倒――。

 そのまま寝とけ――と、死体から黒槍を引き抜きながら黒槍を斜め上へと半回転させる。

 地面に転がった筋肉男の腹と脚に黒槍の柄と石突を何度も叩き付けた。

 叩きつけを止めさせるためか、後からきた三人は剣や斧を構えて襲い掛かってくる。

 ――コイツらには<導魔術>と<鎖>は要らないだろう。

 地面に転がる筋肉男への攻撃を止めて前へ駆けた。

 風槍流のステップから黒槍の長さを利用する――右腕を内に捻るように回転させて黒槍を前方に突きだした。

 先頭の斧を持つ男の鳩尾みぞおちを黒槍の穂先が貫いた。

「グェッ」

 血と内臓を引きずり出すように黒槍を引きながら握り手を緩め、肘と腋を内に絞るように黒槍をコンパクトに振るう。その黒槍の穂先が頭蓋骨を貫くように切断――脳漿が散るが構わず――その黒槍を引きながら、左から来る男へと黒槍の柄を下から掬うように向かわせた。黒槍の石突は鈍器としての威力を示すように、その男の下腹部を捉え、股間ごと下腹部を潰す。


「――ゲェ」


 男は腹を抱えて呻き声を発した。

 その男の顔を持ち上げるように左足の膝蹴りを鼻っ面に浴びせて仰け反らせ、続けざま、膝の窪んだ痕が目立つ仰け反った顔へと――。

 追撃の魔力を込めた右足の回し蹴りをぶつけてやった。

 蹴りを連続で喰らった男は、鈍い音を響かせながら吹き飛ぶ。

 横壁を突き抜けて古民家の中に転がった。その蹴りの回転後――。


「助けてくれぇ」


 と叫ぶ声が背後から聞こえた。

 死体と一緒に転んだ筋肉男だ。

 黒槍で数度殴ったが、まだ意識があったのか。

 だが戦意は完全に喪失している。


「あぁぁ、なんでぇぇ」


 と情けない声を出していた。

 あいつに聞いてみようか。


 槍を置いて、ナイフを取り出す。

 情けない声を出していた筋肉男の首に、そのナイフの刃を当てた。


「……筋肉君、信じてくれたかな。クナの組織がどうとかは俺は知らない――」

「ひぃぃ、わ、分かった。本当にあんたは何も知らなかった!」

「で、クナのことを暗黒とか言っていたが、クナはおまえらの何だったの?」

「……俺たちは闇ギルド【茨の尻尾】のメンバーだ。姐さんは【茨の尻尾】の創設メンバー、闇ギルドの幹部だ」


 闇ギルドだと……。


「だから俺が違う闇ギルドの刺客だと思ったわけか」

「そ――」


 と筋肉男が喋りかけた時――。

 数本の投げナイフが筋肉男の頭と喉に刺さった。


 あっさり殺されてしまった。


 そこに場違いなぱちぱちぱちという拍手――。

 そんな拍手をしつつ登場したのは……。


 男女の二人組だった。


「その動き、貴方が暗黒のクナを殺したようですね。実に素晴らしい」

「パパ、この人のさっきの動き、本当に見事だったわ」

「そうだな、アンジェ」


 不思議な雰囲気を醸し出す二人。

 男はトップハットをかぶる。

 彫りの深い顔だ。

 口ひげの毛先はカールしている。

 特徴的な髭。

 服は襟が立つ黒色の燕尾服と似た紳士服。

 女は薄青色の髪と青い目。

 服は薄青色を基調とした衣服。

 動きやすそうで、戦士だと分かる戦闘服だ。


 用心しようか……。

 スムーズに魔力を操作している。

 体中を行き交う魔力の質が高い。

 丹田、腕、喉、頭部と、その魔力の質を巧妙に弄りつつ、筋肉の動きも洗練されている。

 足に魔力が留まった。


 <魔闘術>が使えるということだ。

 そんな二人を凝視していると――。


「待ってください。【宵闇の鈴】が早速勧誘ですかァ? そう簡単には行かないですヨ?」


 その特徴的な女性の声の主は観察を強めていた二人ではない。

 声は男女の二人組の背後から響いてきた。


 と、影からすぅっとその声の主が出現。

 耳の長いエルフ。

 このエルフも<魔闘術>を使えるらしい。

 

 魔力が足に留まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る