第3話 おとといきやがれ 中編
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当然ながら翌日は五月八日だった。
結局十二時間ほど無駄に過ごしたわけだが、タイムトラベラーとしてはのんびりしすぎな気がしないでもない。
いつもの時間に登校すると、校門に見覚えのある異変が起きていた。
学ラン姿の力士体型の男――つまり毒島號天が、神気によるバリアーを身に纏ったまま地面に仰向けに寝そべっている。これで常人には見えないんだから不思議としか言いようがない。
「うおおおっ號天~ッ!」
俺は登校中の他の生徒たちを追い抜いて猛然とダッシュすると、伸身宙返りから號天の太鼓腹の上に着地した――いや、正確には着水か。
神気の水面に虹色の波紋が広がる。足の裏は號天の腹には直接触れていない。まるっきり
「出てこい號天! 女子のスカート覗いてる場合じゃねーぞ!」
號天は俺と目を合わせるか合わせないかのタイミングで足の下から消えた。逃走経路上にいた生徒たちが足元を
「何故逃げる!?」
だっけか――そう考えたところで、五月八日の朝の時点ではまだ號天とは親友になっていないことを思い出した。これが初対面だったからだ。うわ、面倒くせー。
ほどなくしてカメコがやって来た。
「真紅の旦那~ハヨーッス!」
「おう」
「校門で突っ立ってどーしたッスか? 誰かと待ち合わせで?」
「ちょっとな」
「ソッスか。じゃおっさきー」
カメコが校門を通った後、携帯で時刻を確認する。カメコのすぐ後くらいに来るはずのあいつは、予鈴が鳴るまで待っても現れなかった。
あまり穏やかでない気分のまま校舎に入ると、師範代が仁王立ちで待ち構えていた。
「真紅郎。授業の前に臨時の全校集会がある」
「知ってます。二回目なんで」
そう言い捨てて通り過ぎようとして、慌てて確認する。
「……あるんですか? 全校集会が!?」
「だからそう言っている。サボるなよ」
ヒールを鳴らして歩み去る師範代を見送るのもそこそこに、俺は教室に急いだ。
『――おはよう、生徒諸君!』
全校集会は前回と同じく紫門嘉信ことイケメン校長の挨拶から始まった。
『こうして集まってもらったのは他でもない。交換留学生として我が校にやってきた新しい友人を諸君らに紹介するためだ』
生徒たちの反応は薄かった。大門高校には海外からの留学生が多く、今さらひとりやふたり増えたところで驚くには値しないから、というのは説明済みだ。
『その留学生は、諸君らもよく知っている、我が校の伝説的なOBを父親に
持ち――その薫陶を受けた並外れて優秀な生徒だ』
生徒たちがにわかにざわめいた。カメコをはじめ大勢の視線が俺に集まる。これも前回と同じだ。
『私からの紹介はここまでにして――続きは本人の口から語っていただこう』
校長が引っ込むと、天井の照明が落とされ、壇上をスポットライトが照らす。
その光の中に歩み出たのは、純白のセーラー服に身を包み、青みがかった艶やかな黒髪に天使の輪を戴いた美少女だった。
優雅にお辞儀すると、涼しい目で生徒たちを見渡し、マイクを通して自己紹介する。
『――はじめまして。私は、南雲慶一郎と
生徒たちがざわめく。大門高校のマスコットキャラであるレイハと同じ響きの名前だからだ。
それはいい。それはいいんだが……
『大門高校の偉大なOBである父の名に恥じぬよう日々
言ってることは至極まっとうだが、しかし……しかし!
俺はたまらず〈虹渡り〉で演壇の下まで瞬間移動し、雷花に抗議した。
「何やってんだ!? 普通! 普通すぎるだろ!?」
雷花のやつはキョトンとしている。
「インパクト重視じゃねえのかよ!? 初登場からガツンとやるって――」
『シンクロー』
「何だよ!?」
『私の挨拶はまだ終わっていません。話なら後にして』
普通に叱られた。俺は軽くパニックだ。
『ふつつか者ではございますが、お引き立てのほど、よろしくお願い致します』
やっぱり普通じゃねーか! 無難に締めやがったぞ!?
いやむしろバカ丁寧と言うべきか? あくまで桃雷花と比較しての話だが
――
そう、桃じゃなくて黒なんだ。そこが問題だ。
ピンク頭のブッ壊れ系褐色ギャルじゃなくて、清楚で物腰柔らかな黒髪優等生キャラで来られると……来られると……?
よく考えたら困らないな。困るどころかむしろ大歓迎じゃねーか。
ピンク頭だから忘れがちだったが、そもそも雷花は素の状態で全身これ俺の好みド真ん中のとんでもない美少女だぞ?
いかん!
急に恥ずかしくなってきた。つーか異様に照れくさい。頬が熱い。心臓がバクバクする。
カメコの誘拐を阻止したせいで、雷花とはこれが初対面になるんだよな? 初対面からやり直すっつっても黒雷花が相手じゃどう接していいものやら分からんぞ。
後ろの方でドーンという音がした。続いて生徒たちが驚き慌てる声。
振り向くと、扉を破って大量の水が講堂内に流れ込んでいた。鉄砲水がクラス毎に整列して立っている生徒たちを左右に押し退けて演壇まで押し寄せてくる。
俺は壇上に飛び上がって水を避けた。
直後、
「逆モーゼかよ!?」
波頭に腕組みしたまま立っている学ラン姿の號天は、俺のややピントのずれたツッコミを完全にスルーした。
「お初にお目に掛かる」
「さっき会ったじゃねーか」
「我が名は毒島號天」
「それは知ってる」
「南雲真紅郎――貴様に〈Kファイト〉を申し込む!」
はいはい、そう来るわけね。
「てめーの好きにはさせねーよ號天! ライカに挑戦したけりゃまずこの俺を――って、ちょっと待て」
號天のセリフ……前回と違ってなかったか?
「聞き違いだったらスマンが、もしかしてこの俺に挑戦するって言ったか?」
「いかにも」
「〈Kファイト〉で、だよな?」
「その通りだ」
「理由は?」
「貴様が南雲慶一郎の息子だからだ」
「何の目的で? どっちが強いか決めるだけか?」
「くどいぞ。返答は?」
答えようとする俺の前に出てきたやつがいた。いい匂いにフワッと包まれる。
「號天とやら。真紅郎と戦いたくば、まずはこの烈雷花を退けてからにしてもらいましょうか」
雷花だ。俺より二十センチも低いくせに、號天から俺を守るように割り込んできたのだ。しかしこの図は――客観的に見て俺がすごくカッコ悪い。
「何やってんだよライカ! 俺が売られたケンカだぞ!?」
師範代が横から口を出す。
「真紅郎、〈Kファイト〉には売られたケンカを別人が買っていいという制度が――」
「今は余計なことを言わんでください!」
講堂に
「俺は女とは勝負せん。すっこんでいろ」
「この真紅郎は南雲慶一郎の息子ではありますが、直接〈神威の拳〉の伝授は受けていません。長女であり直弟子でもある私がお相手しましょう」
うっ、一応筋が通ってるような気がする。だがこれじゃあべこべだ。
「だから俺抜きで話を進めようとするんじゃねー!」
俺は壇上にCの字を描いて〈虹渡り〉で雷花の前に回り込んだ。
「號天、お前との勝負は受けて立つぞ! 時は今、場所はここだ!」
「それは
雷花がまた割り込もうとするかもと警戒したが、ひとまず様子を見る気になったのか何も言ってこない。納得してくれたならいいが……かえって不気味だ。
そうか。考えてみたら、俺は昨夜やるはずだった雷花との直接対決のイベントをスルーしたんだったな。俺の実力を知らないから勝負をさせまいとしたってことか。
なら、見せてやらねばなるまい。
幸い、號天とはすでに一度対決している。俺は號天の手の内を知っているが、向こうは俺の実力を知らない。つまりこの勝負――ズルいようだが俺に有利だ。
「真紅郎」
師範代が俺に赤樫の木刀を手渡しながら、耳打ちするように話しかけてくる。
「號天は毒島天堂の息子だ」
「知ってます。二回目ですから」
「む。そうか」
立ち去りかけて、思い出したように言い置く。
「だからといって油断は禁物だぞ。勝負は時の運、というからな」
「――――!!」
さすが師範代だ。胸に刺さったぜ。
そうだった。前回も一応勝ったとはいえギリギリの勝負だったからな。號天があと一撃分のカロリーを残していたらやられていたところだ。
そして雷花がピンク頭じゃないように、この號天も前と同じとは限らない。いや……すでに登場の仕方から挑戦の動機までかなり違っている。もともと俺に挑戦するために来たのだから予定通りともいえるが。
だったら……だとしても、か。こっちは手加減なしでやるだけだ。
俺は右手を突き出し、掌から〈龍虹〉を放った。號天の顔面を狙ったが、虹の神気は水流の壁に阻まれて散らされる。
ほう、直撃どころか水面に塗ることさえできないか。こいつは厄介だ。嬉しいね。
號天が〈
俺は刀身に虹を塗った木刀で
これだ。
なら、どうするか?
正面から受けなければいい。
俺は両足の裏から〈龍虹〉を波紋状に放射し、ミズスマシのように水面上に立った。
そのままサーフィンよろしく波に乗り――いや違うな。スキーやスノーボードの大回転さながらのスタイルで波を乗り越える。
『――おお~っと! これは本当に屋内の光景なのでしょうか!? 南雲真紅郎、華麗にビッグウェーブを乗りこなしている~!』
放送部二年の倉田クラリスの実況が始まった。この後の〈Kファイト〉についての紹介や師範代とのやり取りは前回と大して代わり映えしないので割愛させていただく。號天の相手でそれどころじゃないからな!
號天は前回と同じに見えて地味に戦法を変えてきていた。水の神気を講堂中に展開せず、自分の周囲に集めている。つまり支配領域が狭い代わりに防御は分厚く、当然パワーはダンチだ。
華麗に波に乗っている? そう見えるだけだ。
神気の防御なしでは触れるだけでも危険な巨大アメーバ。打撃は通らず光は屈折拡散される。
そうなると本体に直に痛いのを食らわせるしかないわけだが、逆巻く波濤
の間を縫うようにして避けるだけで、中心にいる號天との間合いはさっきから一向に縮まっていない。
弱点らしい弱点はないとはいえ、この規模で水の神気を操るためには大量のカロリーを消費することは分かっている。どこかのタイミングで大技を仕掛けてくるはずだ。
不意に、足元の水面の感触が消えた。
俺の身体はストンと落下し、両足が講堂の床を踏む。水面がすり鉢状に凹んで落とし穴になったのだ。
俺を包囲した水の壁が渦を巻きながら高さを増していく。そうくるか!
数メートルの高さに達した水の壁が一気に殺到してきた。
『おおっ! 南雲、
『いや、よく見ろ』
さすが師範代、クラタクのような素人とは目が違う。
俺の身体は空中にあった。寸前、足元の虹の波紋を炸裂させ、その爆圧で垂直に飛んだのだ。
水の神気の大半を攻撃に割いたため號天の防御は少しだけ薄くなっている。
俺は號天に向けて木刀を
まだだ!
再び虹の発破で急降下する。
「せいやぁぁぁっ!」
木刀の柄尻に蹴りを合わせると同時に、刀身にたっぷりチャージしておいた虹の神気を点火した。
虹色の爆発が水の防護幕を吹き飛ばす!
視界が真っ白に染まった。
水の神気がダメージを吸収する際に極めて微細な水滴に変化したためだ。
白煙を突き抜けて着地した俺は、油断なく虹のレーダーで周囲を探る。
足の下には號天の学ラン――中身はどこだ?
背後から飛んできた物を躱しながら左手で掴み取る。それは半ばから砕けた木刀だった。
「――なかなかの威力だ」
白煙の中からイケメンボイスが聞こえてくる。煙が晴れて現れたのは、すっかり脂肪が落ちて引き締まった號天だった。
「続けるか?」
問われると、號天は
「この様を見ろ。ガリガリだ。これじゃ〈波濤掌〉は使えん」
「そうか? 前回と比べるとまだ余力を残しているようにも見えるが」
「前回?」
「気にするな。こっちの話だ」
「シンクロー!」
静観していた雷花がやっと口を開いた。
「戦いはまだ終わっていない。トドメを」
「その必要はないね。何故なら――」
俺は號天を指さして、
「こいつは俺の親友兼ライバルになる男だからな」
雷花はムッとし、號天はプッと噴き出す。
「やれやれ……勝手なことを言ってくれる」
「〈Kファイト〉で勝ったのは俺だ。てめーに拒否権があるとでも?」
「ふむ、それもそうか」
よろけながら立ち上がると、すっかりサイズの合わなくなったズボンが下着ごと足首までずり落ちた。主に女性徒の間から黄色い悲鳴と歓声が上がる。
『おっ……おっ、おお~っとォ~……何ですか、アレは? 何かが私の視界を邪魔しています! まったくけしからんことですよこれは!』
クラタクの言うアレとは、號天の股間に掛かっている虹のことだ。もちろん俺の仕業である。
「こいつはわざわざの御厚情、痛み入る」
とか言いつつポーズ取ってやがる。俺は学ランを拾って號天に投げつけた。
「いいからさっさとパンツを
「オーキードーキー」
どうにか収まるべきところへ収められたようだな。何故か前回よりも手強かった気もするが……雷花の見ている前で恥をかかずに済んでやれやれだ。
Kファイトの決着とともに全校集会も閉会お開きとなる。俺は〈虹渡り〉で雷花の元へすっ飛んでいった。
「どうよ?」
「どう……とは?」
「感想を伺いたいんだが?」
「そうですね――」
小首を傾げ、左手の指で毛先をクルクルと巻いて弄ぶ。そういや桃雷花もこんな仕草をしてたっけ。ピンク頭じゃなくても雷花は雷花、中身は同じわけだから当然か。
「率直に言わせてもらえば……驚きました」
「具体的には?」
「虹の神気がとても綺麗」
「…………」
「…………」
「他には?」
「特にコメントすることはありません」
くっ、サラリと言ってくれるぜ。親父に手ずから〈神威の拳〉を仕込まれた雷花からすれば半人前もいいとこなんだろうが……俺は褒められて伸びるタイプなんだぞ?
「レイハ様! 目線お願いしま~す!」
早速報道部の連中がやってきて俺たちを取り巻く。ごつい一眼レフを手にカメコがリクエストするも、雷花は本当に目線を向けただけで愛想のひとつもない。ピンク頭の時とずいぶんな態度の差だな。
「ほら、少しはサービスしてやれよ。ライカ」
「ライカとは何ですか。私の名はレイファです。ドイツのカメラじゃあるまいし」
おっ、前と同じ返しだ。
「分かってるけど、レイファだといろいろと紛らわしいことになるんだよ」
「紛らわしい……?」
「こっちだ」
雷花の手を取ろうとすると、サッと身体ごと避けられた。
「いやいやいや」
もう一度捕まえようと手を伸ばす。すると今度はその手首を片手で巻き込むようにして受け流された。合気……のはずはないから
「あのな、だから――」
意地になって両手を使うと、雷花も両手で巧みに防御して俺に指一本触れさせない。しかもこっちの手を払うだけじゃなく隙あらば関節を取ろうと狙ってくるから油断できない。周囲が引きはじめたのに気付いて俺は一歩間合いを離した。
「何でお前と壮絶な組み手争いを演じなきゃなんねーんだよ!?」
「いきなり手を伸ばすから」
「警戒しすぎなんだよ。いいから手を出せよ」
雷花が不承不承ながら差し出した右手を、俺は左手で取ってそのまま講堂の出口へ向かう。
「シンクロー、何処へ?」
「すぐそこだよ」
俺が雷花を引っ張っていったのは、前回と同じく中庭にある〈イクサノミコ神社〉だ。
「ここに御神体として祀られているのが〈レイハ〉だ。親父と因縁浅からぬ異世界の巫女って話だが、今じゃこの学校のマスコットになってる」
「レイハ……?」
「お前の自己紹介でみんなが驚いたのはそういうことだ。お前がチヤホヤされてるのは……」
言いかけて違和感を憶える。そういや前回ほど大人気って感じじゃなかったな。別にVIP気取りで調子に乗ってるわけでもない。桃雷花に比べて地味というか、清楚な優等生キャラだから迎える生徒側の温度もかなり違う。
雷花は
「とても可愛らしい。このレイハと
「伝説によると、このレイハは魔界の巫女で、親父を地球からモンスター代わりに召喚してたらしい」
自分で口に出しておきながらリアリティのなさに呆れる。
「壁の張り紙にそれらしき文面がありました」
「〈Kファクト〉を見たのか?」
そういえばここに来るまでに通ったルートにも十枚近く貼られてあったっけ。桃雷花の時はいちいち質問してきたが、こいつは黙って読んでたのか。
「真偽のほどは親父に直接訊けばいいだろ。とにかく『レイハ様』といえば我が校ではこの神社の神様のことだからな」
「だからライカと?」
「ああ。嫌なら別のにするが」
「シンクローがそう呼びたいのなら構いません。彼女から戴いたもののようですし」
雷花はレイハを見つめたまま答える。その目が潤んでいる――が、今にもポロポロと涙を
しかし雷花の右手は、少し痛いくらいギュッと俺の左手を握り返していた。
4
自分の教室に戻るという雷花を付き合わせて次に俺が向かったのは学生食堂だ。
入り口にできている人だかりを分けて入ると、そこでは前回と同じく號天がひとり満漢全席と洒落込んでいた。
「やっぱりここにいたか。カロリーファイター」
大テーブルを挟んで號天と対座する。卓上に並んでいる料理の品数をざっと数えると、前回より三品ほど少なく感じる。
「人が飯を食っているのが珍しいか」
「いや、もう見慣れた」
「?」
「號天、お前にひとつ相談が……」
あれ? 何だっけ? 號天がここにいるのを知っていてやっては来たものの、相談すべき事柄が思い当たらない。何故なら、それは前回ですでに解決済みの案件だったからだ。
「こんなところにいたか!」
タイミングよく師範代が食堂に入ってきた。
「雷花! お前のクラスはⅡBだ。さっさと教室に来い」
さらに號天を見つけると、テーブルに片手をつき、顔を寄せて問い質す。
「號天、ひとつ訊くぞ。貴様の師匠は誰だ?」
「答える必要があるとは思えませんが?」
「武術のじゃない。〈神威の拳〉の師匠は誰かと問うている」
なるほど、そういえばそういう話だったな。
號天はフォーの麺をジュルリと
「それこそ、答える必要はない」
同門の師範代に対してこの不敵な態度。まあ〈神威の拳〉は飛天流とは別物だからな。言っていることは至極正しい。だが俺もひとつ思いついたので口を挟む。
「しかし號天、お前の師匠は同じ〈水の神威〉の使い手なんだろ?」
フォーをつまんだ號天の箸が不自然に止まる。
「あれだけの大技を自在に使えるようになるには、やっぱり同じ属性の師匠に
「同じ属性……か」
自分の旦那についての愚痴を聞かされた形だが、師範代は怒るどころかニヤリと微笑んだ。どうやら號天の師匠に思い当たる節があるらしい。どうせ俺の知らない人だろうが。
號天は食うのをやめて、何を思ったのか俺に質問してきた。
「南雲真紅郎、お前の〈神威〉について訊いていいか?」
「おう、構わんぜ」
「話からすると神気の属性は〈火〉ではないんだな?」
「俺のは〈天〉の属性だ。つまり性質は光――見たまま〈虹の神気〉だな」
「真紅郎なのにひとりで七色なのか。他の六人はどうした」
「七人兄弟じゃねーから! 藍之介とか緑郎とかいねーから!」
名前でいじられるのはお馴染みだが神気に絡めるパターンは初めてだ。しかし確かに七色の神気の使い手なのに名前が赤一色なのはツッコミどころになるか。
「それについては理由があります」
「なぬっ!?」
思わず驚きの声が漏れた。口を挟んだのが誰あろう雷花だったからだ。
「
雷花は自分の生徒手帳にこう書いて見せた――〈神虹郎〉と。
「この漢字でした」
「名が体を表しすぎだろ!」
「ですが爸爸が漢字の偏に『虫』が入っているのを嫌ったため改めたと」
「ナイス親父!」
危うく自己紹介のたびに面倒臭い目に遭う人生になるとこだっだぜ。
「最後に使ったあの蹴り技、何か名前は付いているのか?」
「あれは〈虹でセイヤー!〉ってことになっただろ」
「……なに?」
「だから〈虹でセイヤー!〉だろ。忘れたのか」
「知らないから訊いたんだが……念のために訊くが、他の技は?」
俺は食堂の壁に向かって右手を向けた。掌から照射された神気が虹色の手形を描きだす。指を弾くと、その手形は爆竹ほどの威力で炸裂した。
「これが〈虹でボーン!〉だろ」
次に床に虹のレールを敷いてその上を瞬間的に滑走移動する。
「これが〈虹渡り〉だ」
「待て、何故いきなりネーミングが和風に?」
「昨日師範代に破られたので〈虹でギューン!〉から改名した」
「ギューン……」
「ちなみに虹の神気それ自体は〈
「そこだけ中華風!?」
「しょうがないだろ。中国では虹を龍の一種と見なす風習があるからってライカのやつがごねるから」
当の雷花が怪訝な顔付きだ。
「シンクロー、技の名前は大事です。オノマトペばかりなのも論外ですが、まず命名の法則は統一しないと」
「いや、それは分かってるんだが」
「俺はそんなふざけた名前の技で負けたのか。納得いかんな」
「お前がそれを言う!?」
號天に抗議しようとしてはたと気付いた。これはタイムパラドックスってやつじゃないのか?
昔の発明家が遺した設計図からタイムマシンを作って過去へタイムトラベルしたところ故障して帰れなくなり、その時代の科学者の手を借りてマシンを修理できたんだけど、未来に戻った後でその科学者と発明家が同一人物だったことが分かる。発明家は未来から来たタイムマシンを手本に設計図を書いたのであり、じゃあそもそもそのタイムマシンは誰が発明したことになるのか――そういう筋のSFがあったな。
それと同じで〈虹で○○〉シリーズの命名者である號天が命名しないってことになると、そもそもの命名者がどこにもいないという矛盾が生じてしまう!
「俺の技だぞ? 俺が気に入ってるんだからいいんだよ!」
くだらなさにおいて古今東西のSF史上でも類を見ないレベルで些細すぎるタイムパラドックスを、俺はウヤムヤに処理することにした。
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