第2話 雨野景太と導かれし者達 後編

 ゲーム部の部室は、本校舎から渡り廊下を行った先、旧校舎を改装して作られた文化部棟の一室だった。

 三階にあるという部室に向かう階段を上りながら、先を行く天道さんに三角君が訊たずねる。

「それにしても、よくテレビゲームという題材で部室が貰えましたね。文化部って、凄く競争率高いって聞いてたんですけど……」

 そこは僕も気になっていたところだった。大学ならまだしも、高校にゲーム部なんて、普通はラノベの中ぐらいでしか存在できないだろう。

 天道さんは特に振り返らずに応じた。

「ああ、その理由は大きく分けて二つね。まず、私達の入学前にはゲーム部が既に一度存在していたということ」

 天道さんの説明に、しかし少し納得のいかない僕は思わず視線を上げるも……瞬間、天道さんの短いスカートの中が見えそうになり、慌てて目を逸らしつつ訊ねる。

「で、でも、そもそも、その前のゲーム部自体、一体どうやって成立して……」

「そこが、第二の理由ね。結論から言ってしまえば、活動がちゃんとしているのよ」

『? ちゃんと?』

 三角君と二人、思わず首を傾げる。ちゃ、ちゃんとしたゲーム部の活動って、なんだ? ゲームするのに、ちゃんとするもなにも、あるのか?

 しかし僕らの混乱に反して、天道さんはそれ以上説明する気がない様子でずんずん先を行く。そのまま三階まで上り切り、再び歩き出して数秒。しびれを切らした三角君が質問を重ねようとするも、天道さんがそれを先回りして制する。

「それに関しては、『百聞は一見にしかず』よ」

 突然天道さんは立ち止まり、僕ら二人を振り返る。

 見れば、彼女と僕らの間には一つのドアが……表札に「ゲーム部」と書かれたドアが、存在していた。

 天道さんはドアを押し開いて入室し、そして……僕らを迎え入れるような手振りと共に、抜ける様な笑顔で告げて来る。

「ようこそ、ゲーム部へ!」

 逆光で、廊下からだと室内の様子がハッキリとうかがえない。

 僕らはごくりと息を呑むと、緊張をはらんだ声で挨拶しながらも、三角君から先に入室していった。……ここで先に足を踏み入れられないあたりが、僕の僕たる所以ゆえんだろう。

 背後で天道さんがまるで逃げ道を塞ぐかのようにドアを閉める中、僕らは改めてゲーム部の室内を見渡す。

 教室の半分程度のスペースに、モニターやゲーム機が妙に整然と置かれている。配線コードもしっかりとまとめられており、よく弟がコントローラーを踏みつけては逆ギレしてくる僕のだらしない部屋とは大違いだ。

 そんなゲーム部の室内には、既に僕ら以外に二人の生徒がいた。

 眼鏡の奥から切れ長の瞳が覗く、どこか冷たい印象の男子生徒と。

 やたらと気怠けだるげに今時珍しいフーセンガムを膨らませながら、カチャカチャと格ゲー専用コントローラを操り、黙々とゲームに没頭するギャル風茶髪女生徒。

『…………(ごくり)』

 正直「歓迎ムード」とは言い難い空気に、思わず背筋を伸ばす僕と三角君。

 天道さんが少し慌ててフォローを入れてくる。

「あ、あー、ごめんね、二人とも。ゲーム部は私含めて全部で五人の部員がいるんだけれど、なぜか今日に限って、ちょぉっと敷居の高い二人だけがいる状況に……」

 天道さんの説明を受け、怜悧れいりな顔立ちをした男性生徒が、胸の前で腕を組んだまま不満そうにくいっと眼鏡を押し上げる。

「ふん、失礼な後輩だな。オレがいつ、初対面の相手に特別厳しい対応をした?」

「いやいや、加瀬先輩は単純に全ての人に厳しいでしょう。充分とっつき辛いですって」

 そう言いながらも、先輩に対してどこか気安い様子の天道さん。これが同じ部活同士の間柄というヤツなのかなぁとうらやましく思っていると、丁度格ゲーの対戦を終えたらしいもう一人の不良風女生徒が、こちらに視線をよこす。そして、仏頂面で一言。

「…………あー、どーも」

『ど、どうも……』

 三角君と二人、オウム返しで頭を下げる。女生徒は極めて眠そうな瞳で、僕らにそのまま質問してきた。

「格ゲー得意な人?」

『え……』

 どっちにいているんだろう? 分からなかったものの、僕も三角君もとりあえず首をぶんぶんと横に振った。すると、彼女はすぐに興味を失った様子で「そ」とだけ呟き包み紙にガムを捨てると、即座に新しいガムを口に放り込みながら、モニターへと視線を戻した。…………えーと……。

「あ、ごめんね、二人とも。ニーナ先輩はいっつもそんな感じだから、気にしないで」

『……はぁ』

 天道さんの説明に、ぼんやりと応じる。どうやらこの人も先輩らしい。まあ確かに、その抜群のスタイルと気怠げさ故の妙な妖艶ようえんさは、同い年とは全然思えないけれどさ。

 完全に萎縮する僕らに対し、天道さんがフォローするように二人を紹介してくれる。

「あ、改めて紹介するね。そっちのクール眼鏡気取った人が、副部長の加瀬かせ岳人がくと先輩」

「おい天道」

 明らかにイラついた様子の加瀬先輩に僕らは震え上がるも、天道さんは全く気にした様子もなく続ける。

「で、そっちの今格ゲーやってる……っていうか常に格ゲーやっているエロいおねーさんが、大磯おおいそ新那にいな先輩」

「…………」

「見ての通り、格ゲーやってる時は若干ノリ悪い先輩です、はい」

 自分が紹介されているというのに、僕らどころか、天道さんさえチラリとも見ない大磯先輩。……凄い集中力だなぁ。

 天道さんに椅子を薦められて、とりあえず着席する僕ら。部屋の真ん中には白い長テーブルが二台組み合わさって置かれており、右前方の席では大磯先輩が自らの目の前にモニターと専用コントローラを置いて格ゲー中。その対面側では、加瀬先輩が何をするでもなく、まるで品定めをするように僕らを眺めていた。

 僕らが並んで入り口を背にして下座に着く中、大磯先輩の隣に座った天道さんが「さて」と切り出してくる。

「とりあえず二人には私達の活動を見て貰いたいのだけど……。加瀬先輩、ムスッとしてないで、いつもみたいに取りあえずテキトーにFPSやって下さいよ」

「おい天道。オレは、生まれてこの方『取りあえずテキトーに』FPSに取り組んだことなど一度も――」

「あーはいはい、分かりましたから、ほら、セッティングしますよ先輩」

 天道さんが上座側に回り込み、部屋の隅に斜めに設置されていた部室で一番大きなテレビの電源とゲーム機のコンセントを入れる。彼女はそのままゲームを起動し、無線コントローラーを加瀬先輩へと手渡した。

 先輩は「ふん」と鼻を鳴らしながらも、どこか満更でもない様子でそれを受け取りつつ、「大磯」と向かいの席に声をかける。すると彼女はどこからかヘッドフォンを取り出し、格ゲーのモニターに繋いだ。どうやら、室内の音声環境はメインのテレビでゲームする人が優先らしい。

 天道さんが自分の席に戻る中、加瀬先輩はソフトを起動させ、スムーズにオンライン対戦のメニューを選び、マッチングを待つ。それは、僕でもシリーズを多少かじったことのある有名FPS(一人称視点シューティング)シリーズの最新作だった。リアルな戦場の中の一兵士になり、最先端の銃器を用いて互いに撃ち合う。……と、こういう表現すると血生臭いゲームの様だけれど、互いにやられてもすく生き返るし、着弾表現とかも緩いから、遊びの性質としては雪合戦の延長の様なものだ。

 人数が集まり対戦が始まったところで、三角君が感心した様な溜息を漏らす。

「へぇー、最近のゲームのグラフィックは凄いなぁ」

 確かに、これはFPSの中でも特に綺麗なグラフィックのゲームだけど……彼の感動の仕方は、ゲーム好きにしては少し意外なぐらいに大袈裟だった。

 天道さんが訊ねる。

「もしかして三角君って……本当に、あのパズルゲーム以外全然?」

 その疑問に、三角君は困った様子で頭をく。

「だからそう言ってるじゃないですか。一応、うちにもゲーム機ありますけど……あくまで、ドラ○エとかマ○オシリーズが出たらやるかな、ぐらいレベルなんですって、ボク」

「そ、そうなんだ」

 流石にもう少しゲームに詳しいと踏んでいたのか、天道さんが苦笑する。

「……ふん」

 せわしなくコントローラーを操作しながらも、加瀬先輩が鼻で笑った。恐縮して、少し縮こまる三角君。…………えーと。

「た、確かに凄いグラフィックですね、これ! あ、あと、加瀬先輩凄く上手い!」

 僕は雰囲気を変えようと思い切って声を上げるも、うわっていてとてもスマートな援護とは言えない。

 それでも三角君はどこか安心した様子で僕に笑いかけてくれた。……よ、よし。

「加瀬先輩は、こう見えてFPSじゃ日本で有数の腕前を誇るランカーなのよ」

「こう見えてとはなんだ、こう見えてとは」

 天道さんに抗議しながらも、加瀬先輩は見事に出会いがしらの敵の頭をも正確に撃ち抜いていく。FPSに詳しくない僕らでも、彼の腕が凄まじいことは充分に理解できた。

 しかし加瀬先輩当人は特に面白くもなさそうに、次々と敵チームの人員を倒していく。

 僕は、ごくりと息を呑んだ。

「(確かこのシリーズって……撃って撃たれてのスピーディーなゲーム展開が評判のシリーズだよな? でもこの人……こんなに派手に戦いの中心にいながらも、まだほんの一度たりとて、やられてない?)」

 それは、少しでもシリーズをじった人なら一目で分かる異常さだった。いや、隣を見れば、三角君も食い入るように画面を見つめている。それほどに、加瀬先輩のテクニックは圧倒的だった。

 画面を見つめながら、天道さんが呟く。

「これで少し、ゲーム部というものが分かって貰えたかな?」

 その言葉に、僕と三角君は黙って頷く。……「活動がちゃんとしている」という彼女の言葉の意味が、朧気おぼろげながら理解できはじめていた。

 加瀬先輩が無言で二戦目を始める中、天道さんが続ける。

「別にFPSに限った話じゃないのよ。たとえばほら、ニーナ先輩なら……」

「…………っ」

 大磯先輩の目の前のモニターの角度を、ぐいっとこちらに向ける天道さん。大磯先輩は一瞬それに動揺し、舌打ちしながらも、しかし――

『え……』

 殆どまともに画面が見えないであろう角度で、しかし全く問題なくキャラを操作し、レート的に決して弱くはないのであろうネットの対戦相手を圧倒していた。

 天道さんがモニターを大磯先輩の方に戻してあげながら、ニヤリと微笑む。

「流石にこの廃人二人程じゃないにしろ、他のメンバーも大体それぞれの得意ジャンルにおいては、こんな感じよ。つまり……」

「……なるほど。部としての結果を、出している、と」

 三角君の呟きに「そそっ」と笑顔で応じる天道さん。

「リアルの大会は勿論、ネットの大会とかでもね。で、前の校長の理念が『結果にはそれに見合った報酬を』だったこともあって、先代のゲーム部が見事発足成功。半ばその前例にならうカタチで、今回も発足を許されたってわけね」

「なるほど……」

 僕は思わずうなる。ゲーム部という名前を聞いた時は、どうしてそんな遊び主体の部活が成り立つのかと思ったけれど、これは確かに「部活」だ……。……でもそれって……。

 しばらく三人、加瀬先輩の戦いを眺める。そうして、二戦目が終わった時、天道さんが「さて」と切り出してきた。

「これ以上見てるだけもつまらないでしょう? ちょっと二人もやってみようよ」

『え』

 突然の発案に固まる僕と三角君。意外にも加瀬先輩まで「そうだな」と乗り気な様子だ。

 天道さんはどこからか携帯ゲーム機を二台取り出してくると、僕と三角君に渡した。

「今のシリーズ作の携帯版で、ソフト一本で複数人対戦できるのがあるんだ」

「そ、そうなんですか……」

 緊張しながら、ゲーム機の電源を入れて設定を進める。が、隣では慣れない三角君が手間取っていたため、僕はそれを「ちょっとかしてみて」と受け取り、手伝ってあげた。

「ありがとう、雨野君。キミはゲーム詳しいんだね。凄いなぁ」

「あ、いや、そんな……」

 照れながら、設定を終えた携帯ゲーム機を三角君に渡す。

 と、突然加瀬先輩が「そっちのヤツは、少しぐらいたしなむ様だな」と僕に視線をよこしてきた。僕は緊張で背筋を真っ直ぐに伸ばしながら、「ひゃいっ」と応じる。

「その、シリーズ作を、す、少しだけ……」

「ほう。お手並み拝見といこうか」

 キラリと眼鏡を光らせる先輩。僕は「おおおおてやわりゃかに……」と噛み噛みで返すと、自らのゲーム画面を見つめた。

 試合ルールは、少し特殊なものだった。当然四人でドンパチやるわけだけれども、今回そこに更に八人程CPUキャラが加わって、擬似的な十二人対戦が行なわれるらしい。しかも加瀬先輩と来たら、黙ってしれっとCPUの

「強さ」をMAXに設定してきた。かなりガチな空気に顔面を蒼白そうはくにする僕と、全く気付いてない三角君。くすくすと意地悪そうに笑う天道さん。

 様々な感情をはらみながらも、十分制限の第一試合が開始される。

 さてその結果は――。

「……加瀬先輩、もうちょっとぐらい配慮しましょうよ」

 あっという間の試合を終え、天道さんが呆れた様子で画面から顔を上げる。……当然のことだけど、僕と三角君の死亡数が目もあてられないことになっていた。四人の順位は、加瀬先輩、天道さん、僕、三角君の順番だけれど、僕と天道さんの間の開きが物凄くて、三角君との差は殆どどんぐりの背比べだ。隣で、三角君がずーんと落ち込んでいる。

 僕は、フォローするようにあせあせと声を上げた。

「で、でもやっぱり加瀬先輩は凄いですね! あの強いCPUキャラを雑魚ざこみたいにぎ倒してましたし! あ、あとあと、あの、やっぱり四人でゲームするって凄く楽し――」

「もう一戦だ」

「え」

 僕の言葉を遮さえぎる様に告げる加瀬先輩。彼は画面から目を上げないままで、呟いた。

「もう一戦いくぞ。準備しろ」

「え、あ、は、はい……」

 慌てて自分のゲーム画面に視線を落とす。まだロード中だったので、にへらと笑って周囲を見渡してみるも……しかし、天道さんも三角君も、真剣に画面を見つめていた。

 僕はなんだか恥ずかしくなって、慌てて自分も画面を見つめる。

 そして、続けざまに第二試合が行なわれた。

 果たしてその結果は――。

「あ……れ?」

 順位が、加瀬先輩、天道さんが圧倒的なのはそのままだけど……今度は、僕が三角君に、少しだけ差をつけられて負けてしまった。……あれ?

 画面から顔を上げた僕は、三角君に笑顔を向ける。

「す、凄いね三角君! もしかして、実はやったことあったとか?」

 僕の質問に、三角君はハッとした様子で画面から顔を上げ、応じる。

「え? ううん、ホントに全然だけど……でもやってみると、奥深いもんだね」

「え? あ、そ、そう。うん、そうだね、ホント皆でゲームやるって楽し――」

「もう一戦だ」

 またも加瀬先輩に遮られる。FPS試遊会じゃなくてゲーム部全体の見学である以上、流石にそろそろ他のことをした方がいいんじゃないかと周囲を見渡すも……天道さんと三角君はまたも、既に真面目な表情で自分の画面に目を落としていた。

 仕方なく、僕も彼らに倣って、黙ってゲームに向き合う。

 そうして行なわれた三試合目。その結果は……。

「……え……」

 加瀬先輩が首位なのは変わらず……けど、二位の天道さんの成績に、三角君が限りなく肉薄してきていた。

 ことここに及んでようやくゲーム画面から顔を上げた加瀬先輩が、初めて見るニヒルな笑顔を三角君に向ける。

「お前、なかなかやるじゃないか。なんて言ったかな」

「あ、三角です」

「三角。お前はなかなか見込みがあるな。最初は全く操作も覚束おぼつかなかったが……どんどん技術を吸収して、上手くなっている」

 加瀬先輩からの高い評価に、三角君は照れた様子で頭を掻く。

「そんな、たまたまですよ。ボクは、先輩の動きを参考にさせて貰っていただけで……」

「まさにそれだよ」

 加瀬先輩が珍しく少し熱の籠こもった声をあげる。

「他人から技術を盗む努力や姿勢と観察眼。それこそが、ゲームの上達には必要不可欠なものだ。そして三角には、それが高い水準で備わっている」

「いや、そんな……」

 謙遜するように頭を掻く三角君に、しかし天道さんも賞賛の声をあげる。

「いえホント凄いわよ、三角君! 私だって結構このゲームやってるのに、もう殆ど追いつかれちゃっているんだもの! 才能あるよ、三角君は。あ、例のパズルゲームで集中力とか思考力とか色々養われていたのかなぁ」

 三角君を中心に盛り上がる二人。僕はその様子を……まあ自分が負けた多少の悔しさと嫉妬しつとはあれど、それでも素直に「三角君すげーなぁー」と思いながら、ぽけーっと眺めていた。世の中には才能ある人って、いるんだなぁ、うん。すごいや。

 ――と、突然加瀬先輩がこちらを……偉く不機嫌な御様子で、にらみ付けてくる。何事かと思ってびくびくと肩を震わせていると、加瀬先輩は眼鏡を押し上げながら、凄く刺々とげとげしい批判の言葉を突きつけてきた。

「それに比べて、お前はなんだ。経験者だから基本の操作こそ身についていたようだが……この三戦の間には、一ミリの成長も見られない。それどころか、段々プレイに精彩を欠いていく始末じゃないか」

「あ……えと……すいません……」

 まさか怒られるとは思っていなかったため、ぽけっと応じてしまう僕。しかしそれが更に気に触ったのか、加瀬先輩は天道さんの「ま、まあまあ」という取りなしをも無視して、叱咤しつたを継続する。

「というか、お前。一度、フィールド中央にある車のオブジェクト上に乗って、ぴょんぴょんねてただろう。あれは一体、なんのつもりだ?」

「え? あれは……」

 そんなことしたっけなぁと記憶を探る。……あー、そうだそうだ。

「あ、なんかそこのちょっと上から、丁度凄く綺麗な景色が見えそうだったので、ねてみて……。で、実際凄く良かったんですよ!……まあ、すぐ撃たれちゃいましたけど」

 僕の回答に、加瀬先輩のみならず、天道さんまで軽く溜息を漏らす。三角君も苦笑する中……僕は未だに何を責められているのか分からず、首を傾げる。

「えと……あ、すいません、真剣にやってないわけじゃなくて、あの、楽しくて――」

「どうでもいい。というか、お前も一応、最初にオレのプレイを見ていたはずだろう? そこで多少なりとも動きを学ばなかったのか? 一体何を思って見てた?」

 相変わらず、僕にとってはよく分からない質問だった。何が地雷を踏むのか全く分からない緊張感の中、ぼくはおずおずと回答する。

「え? いや……何を思ってって…その……えと……。『うまいなぁ』とか『すごいなぁって』って思って、ただただ感心しながら、楽しませて貰っていました……けど……。あ、ぼく、あの、その、上手い人のプレイ動画とか見るのも大好きで――」

「……はんっ」

 僕の言葉の途中で、加瀬先輩は呆れた様に鼻で笑い、興味を完全に失った様子で僕から視線を逸らす。

 室内に気まずい空気が漂う中……天道さんが、仕切り直す様に「さ、さあ!」と必要以上に大きな声を上げる。

「ゲーム部はFPSだけをする部活じゃないからね! 次は……そうだ、うん、アクションで対戦しましょ、アクション! ほら、次はニーナ先輩っ、出番ですよ!」

「ふぇ? あー……ちょっち待って……」

 天道さんに声をかけられた大磯先輩は、ヘッドフォンを外して首に掛けつつ、サクサクと現在の対戦相手を倒す。そうして、ゲームを終了させると、

「ん」と加瀬先輩に視線で促し、席を交代した。僕らとメインモニターで遊ぶためだろう。

 席交代が終わり、加瀬先輩が一人でFPSを始めたところで、天道さんが上座に回ってソフトを選ぶ。

「えーと……そうだなぁ……ガチの格ゲーだと……ちょっとアレだから……」

 その「ちょっとアレ」は、もしかして、僕が理由だろうか。……少し凹む。

 気を使ってくれたのか、三角君も「ボクも気軽に遊べるのがいいです」と声を上げてくれる。ああ……凄くいい人だなぁ、三角君。ゲームの才能あるし。ホント尊敬だ。

 天道さんはしばらくごそごそとゲームをあさると、「あ、これがいいね」と一本取り出し、ディスクをゲーム機に入れた。

 そのまま無線コントローラーを大磯先輩と僕、三角君に配り終えると、自分も一つ持ちながら席に戻る天道さん。

 ゲームが起動され、テレビにタイトル画面が現れる。

「あ、これならボクもやったことあります。楽しいですよね、はちゃめちゃで」

 三角君が笑顔を見せる。確かに、それは超有名対戦アクションゲームだった。基本は対戦格闘なんだけど、四人対戦ができて、ステージギミックが豊富で、強力なアイテムによる、ほぼ運での大逆転も多く、プレイヤーの実力差が大きく出すぎない類のゲームだ。かくいう僕も大好き。家でも弟とたまに遊んでいる。

「んー……ま、たまにはいっかぁ」

 唯一、大磯先輩だけはあまり乗り気じゃなかったみたいだけれど、特に反対というわけでもなさそうだ。

 そんなわけで、僕らは実に気軽な気分でゲームを始める。

 実際一戦目は、とても和気わき藹々あいあいとした空気の中で行なわれた。流石にプレイヤースキルの差が広すぎたのか、運要素多目とは言えそれでも大磯先輩が優勝はしたものの、試合展開はこのゲームらしい波乱に満ち、見た目にも楽しいもになった。

 しかし、違和感は二戦目のキャラ選択時から、訪れた。

「あれ? 操作キャラ……皆、変えないんですか?」

 このゲームは、バラエティ豊かな操作キャラが一つの売りのゲームだ。当然僕なんかは、弟とやる時も毎回キャラを変えるし、場合によってはランダム選択に任せることだってある。だけれど今回……僕以外の三人は、誰も、キャラを変えなかった。

 キョトンとする僕に、天道さんが苦笑で答える。

「あ、私、このキャラが持ちキャラだから」

「あ……そう、ですか」

 まあ格闘系に持ちキャラがいるのは普通かもだけど……うーん……? イマイチ納得いかない感情を抱えたまま三角君を見やると、彼は照れた様子で笑った。

「あ、ボクは初心者だから、しっかり、一キャラずつ慣れていきたいなって」

「あ、そう……なんだ?」

 その理論も、分からないじゃない。うん、立派だ。だけど……。

 最後に大磯先輩の方を見ると、彼女は非常に気怠げに応じた。

「あたし、このキャラが一番不得意だから」

「え? それは……あ、僕らへのハンデの意味で……」

「うん、まあ。でもそれより、苦手克服練習の意味が強いから、気にしないで」

「え……あ、はい……わかりました……」

 うん、実にありがたい配慮だし、それにこういう状況でも練習だなんて、ゲーマーの鑑だ。……うん……。

 何かモヤモヤしたものを抱えながらも、二戦目、三戦目をこなしていく。相変わらず大磯先輩が一位をとり続けるも、それ以外は運要素のおかげで特に決まった順位にはならず、概ねバランスのとれた戦いが行なわれている。だけど……。

「わっ!……くっ、三角君ずるい! 天道さん速い! そして大磯先輩上手いなぁ!」

『…………』

 戦闘中に大袈裟なリアクションの声を上げるのは、僕だけ。他の皆は画面にすっかり集中した様子で、ゲームを行なっている。……一応、皆笑顔ではあるから、楽しくなさそうとかってことでもないんだけれど……。

 しかも、四戦、五戦と続けても、相変わらず、皆はキャラを変更しなかった。僕だけが、毎回違うキャラを選ぶ。

 そのせいなのか、毎度序盤は操作に少し慣れず、劣勢に陥る僕。

 そんな僕の様子に、大磯先輩がちらっと視線をよこして、声をかけてくる。

「……ねぇ、キャラ、絞ったら? 端のそいつとか、使いやすくて強いよ?」

「え? あ、はい。ありがとうございます。じゃ、今回はそいつ使わせて貰いますね!」

 わざわざ薦めてくれたことが嬉しくて、笑顔で応じる僕。しかし大磯先輩はなぜか怪訝けげんそうだった。

「……『今回は』?」

「え? あ、すいません、えと、その他にも色々使ってみたいのもありますし……」

「……そう」

 僕に興味を失った様子でモニターに向き直る大磯先輩。……うぅ、今のは先輩に対して、失礼だったかな? 薦められたものを、ずっと使うべきだったかな? でも……。

 モヤモヤしたまま、更に試合を重ねる。一戦一戦が短いのでテンポが良い。しかし……。

「(皆……操作キャラ一回も変えないなぁ……)」

 試合展開は、正直そこそこ単調になり始めていた。

「(それに……積極的にアイテム取りにいくの、僕だけ?)」

 気付けば、三角君を含めて皆ガチの肉弾戦方面にシフトしていて、僕だけが、強力アイテムを求めてフィールドを彷徨さまよっている有様だった。しかもいざ強力アイテムを入手しても、三人がガチでやりあっているところにそれを使うのは、妙に気が引ける。

 結局、僕はつかず離れずの中途半端な立ち位置で、中途半端な戦いをして、毎回中途半端な順位に落ち着き始めた。

 そんな試合を、十回はこなしたろうか。そこで時計を見た天道さんが、

「あ」と声を上げ、ゲームを中断させる。

「ちょっとこればっかりやすぎたね。はい、終了! お疲れさまでしたー」

 その言葉に、皆口々に「お疲れさまー」などと声を上げ、FPSの時とは違い、割と和やかに解散する。……だけど、なぜだろう。僕の心には、なにか「しこり」の様なものが残った。……いや……多分僕が、ぬるい感性なだけなんだよな……うん。

 そのまま、テレビモニターを使って大磯先輩が一人で別の格ゲーを始める中、天道さんが眼の休憩を兼ねてか、世間話を持ちかけてくる。

「ところで、二人は何か、ゲームをやるようになった理由とかあるの?」

 訊ねられて、顔を見合わせる僕ら。なんとなく先に話す方を譲り合っていると、それを見かねてか天道さんからしやべり始めた。

「私はね、近所に住んでいたお姉さんが凄くゲーム好きで、その人に触発されてかな。私、子供の頃はこういう髪色しているの結構気にしてて、家の中で遊ぶこと多かったんだけれどね。その時にお姉さんが優しく付き合ってくれて」

「へー、そうなんですか」

 なんか不思議とほっこりする話だなぁと思って僕らは聞きいるも、しかし天道さんはなぜか突然暗い表情を見せる。

「だけどその人、ちょっとどうかと思うぐらいゲーム上手くて、その上手加減してくれなくて。気付いたら……私、オールジャンルのゲームが鬼の様に強い子供になってたの……」

『そ、そう……』

 意外と、なんと言っていいのやら分からない話に着地されてしまった。

「結局その人が引越してからは、そこまでゲーム漬けじゃなかったから全盛期より少し腕落ちたけど……それでも、未だにゲーム熱は引き継いでるのよ? だから今の夢は、その人の出身高校……碧陽学園のゲーム部と、何かで対戦して勝つことかな」

「い、意外とドラマチックなゲーム背景ですね……」

 僕が彼女の背景に驚いていると、しかし天道さんは、「あら」と何処か可笑おかしそうに笑い出す。

「私なんて、一番薄味な方よ。たとえば……ほら、そこにいる加瀬先輩は、幼少期に伝説の傭兵たる父親に受けた厳しい訓練が元で、鬼のようにFPS上手いわけだし」

『うぇぇ!?』

 驚く僕と三角君に、しかし加瀬先輩は眼鏡をくいっと上げるだけで応じる。……ツッコマないってことは……マジなの!?

「ニーナ先輩なんかは、格ゲーにのめり込む余りにダークサイドへ落ちてしまった親友の目を覚ますために、高みを目指しているらしいし」

『マジですか!?』

 僕と三角君が愕然とするも、しかし当の大磯先輩本人が「うん、マジマジ大マジー」と、拍子抜けする程軽い調子で付け足してくる。……なんかそれが逆にマジっぽい……。

 天道さんは、更に続ける。

「ちなみに今日来ていない残りの部員二人も、片方は『わたくしはRPGみたいな異世界からやってきたお姫様ですので、RPGをするべきですし、RPGに愛されているのです』とかいう不思議ちゃんだし、もう片方は一族の秘宝を奪った犯人の手がかりが『プロゲーマー』だってことだけを頼りに、自分もゲームの世界に足を踏み入れたっていう、重たい使命を帯びた子だし……」

『なんなのゲーム部!』

 こうなってくると、僕らのなんでもないエピソードとか、凄い話し辛いんですけど。

 しかし、天道さんがニコニコ笑顔で促してくるので、逃げるわけにもいかない。

 三角君にも視線で負けた僕は、仕方なく、自分のエピソードを語ることにした。

「えと……僕は……ただ、なんとなく、ゲームが好きなだけ、なんですが……」

『…………』

 瞬間、室内に漂う白けた空気。僕は「やってしまった」と思いながらも……でも、ゲームが好きという気持ちに偽りはないため、少しだけ続けさせて貰う。

「あの……何かを好きになる時って、特別な理由がなくちゃ、駄目なもの……ですか?」

「いえ……そんなことは……。そうね、そういえばお姉さんは確か――」

 天道さんが何かを懐かしむように宙を眺める。そこで、今こそターンを終える時と踏んだ僕は、三角君を肘で小突き、この勢いでさくっとキミも言っちゃえとばかりに、彼のエピソード紹介を促した。三角君は、観念した様子で口を開く。

「ボクも、よくある話なんですが……」

 仕方なさそうに話し始める三角君。よし、これで僕と同レベルの話がもう一件――。

「記憶喪失のボクの唯一の特技が、あのパズルゲームだったんです……」

「裏切り者ぉおおおおおおおおおおお!」

 絶叫する僕。三角君はキョトンと心外そうな顔をした後、詳細を話し始めた。

「ボク、ここ三年から以前の記憶がごっそりなくてですね。気がついたらあのパズルゲームやってまして。そして、今は、縁あって三角家に引き取られて、暮らしているのです。父と母と、あと義理の義妹と一緒に。あのパズルゲームを一心不乱にやりながら」

『…………』

 あまりの物語性に、言葉を失う僕ら。三角君は照れた様に笑って、天道さんに会話のバトンを戻した。……しかし、そんなタイミングで戻されても、天道さんも困る。

 彼女はしばらくあたふたと戸惑った後、一度咳払いし……一気に今日の見学会のまとめへと、話を進行させてきた。

「さ、さあ、これでなんとなくは、ゲーム部の活動内容、分かって貰えたかな?」

『はい』

 僕と三角君は、二人で同時に応じる。天道さんは満足げに頷いて続けた。

「ああ、ちなみにこの先輩方二人は、完全に人選ミスってぐらいに『人付き合い×』の廃人な二人だから、残りの部員にはもうちょっと期待してね」

『おーい』

 先輩方二人がゲーム画面から目を離さないまま抗議の声を上げる。僕と三角君は思わず笑ってしまい、先輩方も柔らかい表情をしてくれたため、室内に一気に和やかな空気が溢れる。……流石は、学内アイドルの天道花憐。台詞のチョイスが見事すぎる。

 彼女はニコッと温かい微笑みを浮かべて、更に続ける。

「ゲームの腕前に関しても、上手くなきゃ駄目とかじゃ全然ないからね。実際、私もそこまで一流ではないし。残り二人も、一年生でまだまだ伸び盛りの、基本は可愛らしい女の子二人だしね。でも二人とも、やる気は凄いよ」

 その情報にぴくりと反応する僕。天道さんを含む、美人女子だらけのゲーム部……どんな理想のVIP空間だよ。新種のドリームク○ブか何かか、ここは。

 僕が妄想にトリップして呆けている間にも、天道さんは続ける。

「ただやるからには、互いに切磋琢磨せつさたくまして、技術を向上させていこうっていうのが、ゲーム部としての指針かな。で、そうやって活動していくにあたって、私は……」

 そこで一区切りし、天道さんは蕩とろけるような満面の笑みを見せてきた。

「貴方達二人とも一緒に活動できたらいいなって、そう思うんだ」

 もう、即座に「はい」と応じて入部したい気分だ。実際、三角君なんかは「はい、今日はとても楽しかったので、是非入部させて欲しいです」なんてサラッと答えていた。……これがモテる主人公力か……。なんつう決断と思い切りの良さ。そして爽やかさ。

 三角君の答えにひとしきり喜んだ天道さんは、そのままの流れで、僕にもその笑顔を向けてくる。

「雨野君はどう? 私と一緒に、ゲーム部、やっていってくれないかな?」

 天道さんの、凶悪な威力の上目遣いが炸裂する。……僕の精神耐久力は、すっかりゼロだ。顔なんか真っ赤。まだ鼻血が出ていないのが奇跡。

 見れば、三角君もニコニコと期待の目で僕を見ていた。それどころか、なんだかんだ言って、加瀬先輩も大磯先輩も、「折角なんだから入れよ」と言わんばかりの優しい眼差しをこちらに送ってくれている。最初はちょっと怖いかなと思ったけれど、全然いい先輩じゃないか。こんなどうしようもない僕に……ありがたいにも程がある。

 僕は、改めて、ぐるりとゲーム部を見渡した。

 大好きなゲーム達に満たされた理想の空間。

 憧れの学内アイドル美少女からの誘い。

 爽やかで凄く好感が持て、早くも親友になれそうでさえある、同学年の青年。

 尊敬できる先輩達に、まだ見ぬ二人の女子後輩部員。

 そこには、僕が夢にまで見たリア充高校生活の全てが、見事にそろっていて。

 それらがもう、僕が「はい」と言うだけで手に入る状況にあって。

 ……まさに、夢のよう。

 こんなの、神様から、あまりにモブキャラすぎる僕への、一生に一度のサプライズハッピーとしか思えない状況で。

 だからこそ、僕は。

 目の前のこの……直に接してからというもの、割と本気で好きになり始めてしまっていた、恥ずかしながら初恋相手と言ってさえ差し支えのない、ブロンド美少女に。

 心からの笑顔で。

 確固たる決意を持って。

 その回答を、告げたのであった。

「いいえ、僕は結構です。この部に僕のやりたい『ゲーム』は、ないみたいですから」



「(アホかぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!?)」

 見学会から一夜明け、翌日の朝。登校してすぐ机に突っ伏した僕は、クラスメイトの奇異の視線にも構わず、頭をわしゃわしゃと掻きながら後悔にさいなまれていた。

「(なんで!? なんで断わったの僕!? 馬鹿なの!? 死ぬの!? 三角君にゲームで負けたのがそんなに悔しかったの!? 加瀬先輩のなじりにそんなにムカついてたの!? 大磯先輩のあまりの僕への興味なさに凹んだの!? え、そんなやっすいプライドであの『夢の誘い』を断わったの!? もう死ねよ! 昨日の僕、死んでしまえよ! なんだそれ! 馬鹿じゃないの!? ホントに馬鹿じゃないの!?)」

 昨日から一睡もせず、何度繰り返したか分からない自嘲を続ける。

 実際、あの時の自分の気持ちが、今は本当に理解できなかった。

 鞄から机に教科書やノートを移し替えることもせず、ただただ机上でもがき続ける僕。

「(なんか妙な信念持って答えたのは覚えているけど、肝心のその信念がまるで思い出せない! そもそも言語化さえできてない気持ちだったのか!? いやいや、そんなもののために断わるなよ僕! 阿呆か! なにそれ!? ドラ○エで竜王からの提案を断わった勇者の真似事か何か!? ゲーム感性すぎるだろ! 末期じゃねえかよ! ああ、もう……)」

 駄目だ、自分への罵倒が止まらない。このままじゃ下手すると自傷行為にさえ走りかねないぞ。落ち着こう。まず落ち着こう。そうだ、こういう時こそゲームを……。

 そう思い直し、クラスメイト達が僕の方を遠巻きに見守る中、僕は震える手でスマホを取り出して、いつもの様にソシャゲを始める。

 クエストを一つほどこなしたところで、ようやく少しだけ落ち着いてきた。

「(冷静になれ、僕。……そうだ、まだ、希望は残されているじゃないか。なに、なんとなれば、改めてゲーム部へ入部を申し込みにいけばいいんだ。かなり恥ずかしい行動だけど……それでも、今ならまだ全然取り返せる。昨日はまだ気持ちの整理がついてなかっただけとか言えば、それで終わりじゃないか。うん)」

 一気に気が楽になってきた。そりゃまあ……正直、格好悪いにも程があるけど。リア充生活が手に入るか入らないかの瀬戸際で、そんなことを気にしている場合じゃない。

 僕は更にもう一つクエストをこなしながら、考える。

「(もっといいケースは……あちらから、もう一度誘って貰えることだな、うん。そうだ、三角君なんか、また誘ってくれるんじゃないかな! うん!)」

 かなり自分に都合のいい妄想を始めていることには気付いていたものの、そうでもしなければ耐えられない。

 僕は更に妄想を重ねながら、スマホをいじり続けた。――と、

「(あ、また《MONO》さんからの救援要請だ。昨日は受けてあげられなかったし、もうイベント期間も残り僅かだし、これは是非とも受けないと――)」

 そう考え、《要請を受ける》ボタンをタップしようとした――その刹那せつな

 突然クラスがどよめき出したため、ハッとして教室の入り口を見やると……そこには、相変わらずのアルカイックスマイルを浮かべた天道さんの姿があった。

 ごくりと唾を飲み込む僕。昨日とまるで同じように、スタスタと堂々と教室内を歩いて、僕の席に近付いてくる天道さん。付属するクラスメイト達の視線。

 僕がスマホを持ったまま固まっていると、天道さんは僕の机の前まで来て、昨日と殆ど同じ台詞を告げて来た。

「おはよう、雨野君。なにしてるの?」

「え? えーと……その、ちょっとアプリで遊んで……」

「ふーん。雨野君、そういう下らないの、意外と好きなんだね」

「え……あ、う、うん……」

 僕は何かいたたまれなくなって視線を逸らしながらも、しかし、好きなゲームの話題には食いつく性分が顔を覗かせ、口が勝手にペラペラと喋り出す。

「あ、でも、このアプリは結構良くできていてね。きっと、天道さんもやってみたら意外と楽しいと思――」

「そんなことよりさ」

 僕の差し出したスマホの画面を無視して、天道さんがぐいっと顔を寄せてくる。……近い。顔が、昨日よりも、更に近い。クラスメイトが一瞬ざわつく程に、近い。

 天道さんの長い睫毛まつげ、整った鼻立ち、潤いのある唇、きめ細かな肌、それに……大きくて透き通った瞳。その全てがアップで視界に入り、僕の心臓が早鐘を打つ。

 天道さんはそのまま、相変わらずの天使の様な蕩ける微笑みを浮かべ、優しく、どこか諭すように声をかけてきてくれた。

「雨野君。やっぱり、うちの部に来てよ。ね? お願い。私、キミに凄く興味あるの」

「え……」

 それは……さっきからの僕が妄想していた「ゲーム部復帰妄想」のどれをも越える、あまりに理想的な誘いだった。しかも、天道さんからの「興味ある発言」のオマケ付き。実際、聞いていたらしい周囲のクラスメイトが今までの比じゃない程にどよめいている。それも、以前の中途半端な状況から来る怪訝そうなそれじゃなく、黄色い声の方に近い。僕にとって、下手するとクラスでの地位まで急上昇しかねない、またとないチャンス。

 これほど状況が整って、今更何を迷うことがあるのか。

 少し顔を離した天道さんが、すっと握手を求める様に右手を差し出してくる。

 ……やばい、ちょっと泣きそうだ。

 僕には最早、彼女がカンダタを救おうと蜘蛛の糸を垂らしてくれたお釈迦様に見える。マジで、後光が差している。なんて慈悲に溢れた人なんだ。こんな愚かしいモブキャラたる僕に……もう一度、チャンスをくれるだなんて。

 僕は左手にスマホを持ち替えると、ゆっくりと彼女に右手を差し出していく。……素早くじゃなかったのは、単純な照れと、そして、昨日の自分の「信念」が何だったのかということが、どこかに引っ掛かっていたからだ。

 だけど……思い出せないなら、それはきっと重要なことじゃないのだろう。

 ぼくは一瞬だけ迷うと、しかし決意を新たに、彼女の手を取――

《MONOさんからの救援依頼:残り受け付け時間 五秒》

 ――らずに、その手でスマホの《救援を受ける》ボタンをタップしていた。……ふぅ、危ない。とりあえずこれで大丈夫。戦闘は一時停止しておいても問題無――

「…………」

「…………あ」

 気付けば、僕のあまりに失礼な行動に……流石の天道さんも、手を差し出したまま、ひくひくと笑顔をひきつらせていた。

 状況の分からないクラスメイト達が何事かと見守る中、天道さんは無理に笑顔を浮かべようとしながら、訊ねて来る。

「あ……雨野君? 私の誘いより……その、下らないソシャゲの方が、大事なのかしら?」

「え? あ、いや、すいません! ごめんなさい、話の最中に! ああ、もう、なんて失礼なことを! ホントすいません! それに関しては謝ります! この通り!」

 僕は慌ててぺこぺこと頭を下げる。……でも、なんでだろう。

 悲しいかな、今のコレのおかげで、僕はすっかり、昨日の気持ちを思いだしていて。

 ……はぁ。……仕方ないよな、もう。うん、思い出しちゃったものは、仕方ない。

 顔を上げた僕は、スッキリした笑顔で……今度は口ごもらずに、天道さんへ告げる。

「でも……天道さんにとって下らなくても、僕にとって大事なことって、あるんで」

「!」

「だから、ゲーム部のこともごめんなさい。僕はやっぱり、ゲーム部には入りません」

「! ど……どうして、なの、かしら?」

 天道さんの笑顔がどんどん引きつっていく。僕は胸に痛みを覚えながらも……それでも、やっぱりこればっかりは譲れないよなと、笑顔のままで応じた。

「昨日も言いましたけど、あそこには、僕のやりたい『ゲーム』がないんで」

「だからっ、それが――!」

 天道さんは一瞬大声を上げるも、ハッとして、ボリュームを下げる。 

「――それが何かって、聞いているんです」

「何か……と言われても、すいません、僕にもよく分からないんですけどね」

「……もしかして、ゲームの腕前を気にしているの? それなら大丈夫よ、加瀬先輩もああ見えて意外と面倒見い――」

「あ、ち、違うんです! そうじゃなくて……あー いや、その、まぁ正直、ちょっとゲームの腕に対する自信は砕かれましたけど。でも……そうじゃないんです」

「じゃあ……一体何がいけないって……」

 天道さんが、群からはぐれた子羊のような顔をする。……いつも自信満々の彼女のこんな顔を見るだなんて、思いもしなかった。……あ、僕が変なことを言っているせいか。

 僕は苦笑しながらも、少し考えて、どうにか今言葉にできる限りで答える。

「別にゲーム部が何か悪いってわけじゃないんです。というか、凄い尊敬できる人達だらけだと思います。正直眩しいです。ゲーム部は、野球部やサッカー部みたいな運動部と全然変わらない、立派な『部活動』だって心の底から思えたっていうか」

「そうよ。皆で努力して、腕を磨き、更なる高みを目指す。それこそ、最高のゲームスタイルじゃない」

「はい、そうですね。努力して上手くなっていくことでこそ、真に見えて来る『ゲームの楽しさ』みたいなのが、あのゲーム部なら得られるだろうなって……そう思います」

「そ、そこまで分かっているなら、一緒にゲーム部で……」

 天道さんが、どこかすがる様な視線で僕を見つめて来る。……どうして、彼女は僕をこんなにも誘ってくれるのだろう? 僕なんかに、大した価値はないのに。

 だから、彼女の真摯な誘いには本当に胸が痛むものの……それでも僕は、譲れないもののために……スマホの画面を見せつつ、偽らざる気持ちを、答えた。

「でもすいません。やっぱり、僕が好きなのは『楽しくゲームすること』であって……互いに切磋琢磨しあう『ゲーム部』では、なかったみたいなんですよね」

「っ! 意味が……全然……だって、切磋琢磨してこそ楽しいってキミも……」

「あ、はい、だから、そういう楽しさも全然あると思うんですけどね」

「……じゃあ……」

 天道さんが、まるで理解できないというリアクションを返す。僕は腕を組み「うーん」と唸って分かりやすい表現を探した。

「えと、あの、僕……そう、その、すっごく優秀でイケメンな弟がいるんですよ」

「……はい?」

 ぽかんとする天道さん。正直、視線に「呆れ」が入り始めている。だけど僕は……まとまらない気持ちを、それでもなんとか伝えようと必死で足掻あがいた。

「正直趣味とかも全然合わないし、今更これといって話すこともないし、僕はほら、こんなぽんこつなんで、兄らしいこととか何一つできてないんですけど……。で、でも、お恥ずかしながら、一緒にゲームしている時だけは、二人で楽しく、馬鹿みたいにゲラゲラ笑い合っていられたりして。……互いに、学校で嫌なことがあった日でさえも……です」

「…………」

「だから、僕にとってゲームは……あの……天道さんや加瀬先輩、それに大磯先輩にも怒られちゃいそうな、とても褒められたスタンスじゃないのは百も承知なんですけど……その、やっぱり、逃避場所で、代償行為で、駄目な僕のコミュニケーションツールで……。でも、だからこそ心が救われる……大切な大切な、『娯楽』であってほしいかなって」

「…………」

「あー……ほ、ほら、甲子園やプロ野球選手目指す球児と、たまにバッティングセンターでスカッとストレス発散するのが趣味って人の違い……みたいな?」

「…………」

 やばい。もしかして僕の国語能力、低すぎ?

 僕は仕切り直す様にこほんと咳払いをすると、改めて結論を告げることにした。

「えと、とにかく、だから、ごめんなさい天道さん。ゲーム部は素晴らしいですけど……僕はやっぱり、入れません。僕は今後も、僕なりに、ゲームをしていきたいので。あ、でも誘ってくれたことは、凄く凄く嬉しかったです! ありがとうございました!」

 笑顔で感謝を告げる僕。しかし、天道さんと言えば……なぜか、すっかり目を伏せ、ワナワナと震えた上……なにやら、ブツブツと呟いていた。

「~~!~~っぅ~~! なんで……なんで私、フられたみたいに……! 雨野君なんかに……おかしいわよ……断わられるなんて、全然、思っても……! だって……!」

「て、天道さん? す、すいません、僕なんかが、天道さんの誘いを……」

 声をかけると、ハッとした様子で顔を上げる天道さん。なぜか真っ赤だ。

「べ、べべ、別に、私は、おごってたわけじゃ……! そ、そうよ、あ、貴方がそれでいいなら、私は別に、全然それで……それで……雨野君なんか……なんとも……。……へ、下手だし、一緒にゲームしていて、楽しかったなんてことも……全然……」

 腕を組み、視線をぷいと逸らしながら小声で僕への文句を垂れる天道さん。

 僕はそんな彼女の言葉に――にへらっとした得意の小市民スマイルで同意した。

「あ、はい、ですよねぇー。えと……でも天道さんはホント凄いゲームの才能あると思います! だから、これからも部活、頑張って下さいね! 僕も、陰ながら応援してますんで! あ、それに三角君も無事入部したみたいですし、彼みたいなすっごく有望な人がいれば、実際僕なんかが入部しなくてももう全然安泰ですよね、ゲーム部!」

「……っ! ええっ、そうねっ!」

 次の瞬間、天道さんは突然僕の机を〈バンッ!〉と叩くと……頬を真っ赤に染め、僕を非常に恨みがましく涙目でにらみ付けてくる。……あ、あれぇ?

 彼女はそのままくるりと振りかえると、ブロンドの長髪をぶんぶん横に揺らし……来た時とはまるで違う乱暴な足音を鳴らして立ち去っていってしまった。

『…………』

 誰もが唖然とする中、彼女が教室から立ち去り。そしてその、数秒後。クラスメイト達が思い出したように、一斉にガヤガヤと騒ぎ出した。

「え、なに、天道さんのあんな悔しそうな顔、初めて見たんだけど……」

「完全に痴情のもつれじゃねぇかおい!」

「いや部活がどうとか言ってなかったか?……っていうか、誰か雨野に訊けばいいだろ」

「い、今更流石に本人には訊き辛ぇって。ここ最近、ぐっと謎めいたし……」

「最近ちょっと変なオーラ出て来たしね、雨野」

 なんか物凄く好き勝手なこと言われていた。……あの、僕に聞こえているのは、構わない感じなんでしょうか、そういうの……。

 僕は大きく溜息を吐いて、窓から外を見やる。白樺の木の枝が、大きく風に揺れていた。

「(……あーあ……ゲーム部断わっただけじゃなくて……最後には天道さんをあそこまで怒らせて。……なにやってんだろうなぁ、僕……)」

 バラ色の高校生活路線が一転、天道さんファンから襲われても仕方ない状況だぞこれ。どうしてこうなったんだか。

「(……失敗してるよなぁ……選択肢。確実に……)」

 そこそこギャルゲーもやるのに、どうして一切経験値として身に付いていないのか。まあそういうもんなのかもだけど、ゲームって。圧倒的に無駄。でもだからこそ……。

 僕はひとしきり落ち込むと、とりあえず始業ベルが鳴るまでに《MONO》さんの救援依頼クエストをこなしておくことにした。

 意外と硬い敵を一生懸命撃破し、割としょっぱめの報酬を受け取ってから、休憩のため一旦画面表示をオフにする。……はぁ。

「(よく考えたら僕……天道さんよりこの報酬を優先したってことじゃね?)」

 …………。

 やばい、考えれば考える程凹んできた。これアレだぞ。一時間後にはもう、確実に、さっきの状態に逆戻りだぞ。ゲーム部入りたくて入りたくて、仕方なくなってのたうち回っているだろうな、僕――

《ブルッ》

「?」

 ――そんなことを考えていた矢先、突然スマホが震えた。

 アプリの更新通知か何かだろうかと画面を開く。と、そこには、全く予測だにしなかった……ソシャゲの通知表示。

「(なになに、『《MONO》さんから一件メッセージが……って、へ?)」

 あまりに意外すぎる通知に、僕は慌ててメニューからそれを確認する。

 と、そこには――物凄く端的な、たった一言だけが、記されていた。

『いつも、ありがと』

「…………」

 僕はその文面をじっくりと四度ほど読み直し……そして、再び、窓の外を眺める。

 生憎あいにく天気はうっすらとした曇り模様だ。豪雨が降るでもなく、かといって快晴になるでもない、なんとも微妙な塩梅あんばいの空。……でも、実際は一番過ごしやすい天気で。

「(……美少女のいない、中途半端な生温い日常も……そう捨てたもんじゃ、ないよな)」

 僕は苦笑い混じりに、再びスマホをいじりだすと。

 今日も今日とて呆れるほどに平凡な一日を、ゲームと共に開始したのであった。

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