noblesse;oblige

雪羅

第1章 蜂起 -rebellion-

第1話 prologue

 俺は覚えている。

 他の誰が忘れようとも、俺だけは覚えている。

 忘れようもない。

 あの日以来、『僕』だった頃のすべては終わり、現在いまの『俺』のすべてが始まったのだから。

 そう、それは、『俺』にとっても、『僕』にとっても、始まりで、終わりだった。


「これは、粛清である! 我らの安息の地エデンを穢した、下劣な者共を断罪する、裁きである!」 


 遠く響く声。後に続く歓声と拍手喝采。

 見えているのに、すぐ近くにあるのに――

 なぜだろう? それは、すごく遠くから聞こえた気がした。


「我々は断じてこのような暴挙を赦すわけにはいかない。悪しき愚民どもに与えられるべきは、死である! 唯一、死のみである!」 


 豪奢な服を身に纏い、処刑台の周りに集まった人々を煽る声。

 ついこの間まで味方だった彼らは、その声に賛同するように、処刑台に座らせられた者たちに罵声を浴びせた。

 ふざけるな……

 どいつもこいつも日和見主義で、目の前のことしか考えちゃいない。

 貴族は既得権益を守ることだけを

 平民は自分たちの命と生活を守ることだけを

 奴隷共はなんとかして奴隷から抜け出すことだけを

 馬鹿にするにも程がある。

 こんな奴らのために、こんな屑共のために、彼らは処刑台に送り込まれたというのか。


「そして、我々は彼らの死を以って、王への忠義とし、彼らの行いを未来永劫、赦さぬことを誓う!そうだ、我等こそが正義、絶対的主導者である!」


 だというのに、処刑台に固定され、ギロチンの刃が落ちる瞬間を待つだけの虜囚と化した彼らの顔は、幾たびもの拷問の末、傷だらけになり、ぼろ布同然の服に身を包み、おおよそ、生気というものが感じられない目をしながらも、どこか満足げでさえあった。

 そして、それは、彼の両親も同様だった。

 理解できない。こんな、意味のない死のどこに、納得できるというのか。

 『僕』を残していくくせに――


「さあ、ジェジュを! 彼らに裁きの鉄槌を!!ノブリス・オブリージュゥゥゥ!!」 


 処刑台の上で、激淡に罰を語った男が、さっと腕を腕を振り上げると同時――

 鋭くも荒々しく、刃が落下し、鼓膜を貫くような、けたたましい音を響かせた。

 日の光が、飛び散った紅に光沢を与え、そして、留めなく溢れ出して、処刑台を、広場を紅に染め、汚していく。

 『僕』はただ、それを見つめるだけしかできなくて……

 そして、何が何でも生き残って、復讐を果たすと決めたあの日。

 『僕』は『俺』なった。 

 ……………………



『史上最悪の反動勢力、革命団ネフ・ヴィジオンのお披露目だ。諸君派手に行こう』


 どこかで声が聞こえる。

 その声に、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。


「ジン!」


「…………」


「もうすぐ作戦開始よ、準備はいい?」


「……ああ、行こうか。この腐った世界を壊しに」 


 だから俺も足掻きながら、もがきながら、苦しみながらも越え続ける。

 ただ、あの日の全てを意味あるものにするために。

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