第169話 悪意 -stare from abyss- 26

 〈ガウェイン〉の双剣が舞う。怒涛のごとき連撃を前に、〈マーハウス〉は防戦一方になっていた。

 手にしたトンファー状の剣と、〈ブルーノ〉から奪った『ラ・コート・マル・タイユ』に残された3本のアームを利用して対応しているが、〈マーハウス〉のそれはいかにも拙い。

 自由自在にそれを使いこなしていた〈ブルーノ〉と違い、アームの扱いはこなれていないのがはっきりと分かる程度のものだった。

 〈マーハウス〉自身、〈ガウェイン〉のガラティーンを防ぐ専用装備を持っていることもあり、耐えてはいるものの、ジンはその技量に決して危機感を抱くことはなかった。


「その程度か?」

『これが『双剣』……この身に受けることができるとは恐悦至極に存じます』

「ふざけている余裕はあるようだ」

『いえいえ、そのようなことは』

「…………」


 ジンは、アンヴェール・バージェ・ル・ヴィペール・ド・ユシュタースと名乗った青年の、そんな受け答えに冷たい真紅の瞳を細めた。

 どうもきな臭い。このアンヴェールという男からは、騎士というよりは、別のものを感じる。

 そう、あえて言うなら、革命団ネフ・ヴィジオンのリーダーである《テルミドール》や、革命団ネフ・ヴィジオンの虜囚──というには好き放題している気もするが──であるルイーズ・マルグリット・ラ・マレルシャンと同種のものを。

 それはすなわち、陰謀家の気配である。ジンは、自身の感ずるこの手の直感を疑ったことはなかった。


「──っ!」


 そして、そんな思索に囚われていたジンは、不意に切り上げられた剣に一瞬だけ、反応が遅れる。装甲を切り裂かれ、損傷警告が表示される。

 先ほどまでとは違う、鋭い剣撃。ジンの頬を冷たい汗が伝った。


『おや、どうかしましたか? この程度、ではなかったのですか?』

「なるほど、なら──」


 しかし、ジンは余裕を無くすことはなかった。この程度ならば、〈ガラハッド〉──シェリンドン・ローゼンクロイツほどではない。

 アンヴェールの脅威度を多少引き上げこそすれ、最強それを知るジンには対応できる範囲でしかない。


「──死ね」


 瞬時に踏み込み、さらに反転しながら、頭部を狙う。しかし、マントが動き、その剣撃を防ぐ。

 そして、3本のアームが〈ガウェイン〉を狙って襲いかかる。ジンは後方に宙返りしながらそれを回避する。

 さらに、そこにあった岩壁を蹴ると、ブーストを起動。一気に加速して、〈マーハウス〉に剣を叩きつける。

 〈マーハウス〉は振り返るのは間に合わないと判断したのか、アームを操って即席の格子を作り上げる。

 だが、甘い。ジンは双剣を振るい容赦なく格子を叩き壊し、ついで、逆手に繰り出されたトンファー状の剣を双剣で絡め取ると、ブーストを使って、その剣を軸に回転。〈マーハウス〉を後ろから強かに蹴りつける。

 くるりと宙返りして華麗に着地する〈ガウェイン〉の前で、前につんのめった〈マーハウス〉に槍が突き出される。

 槍の主は漆黒のMC──〈アンビシャス〉。繰り手は太陽を喰らう魔狼、《マーナガルム》──レナードである。


『また置いてきぼりかい? つれないねぇ』

「遅かったな」


 〈マーハウス〉は、機体をずらして腕の間を通し、その突きを背負ったマントで受けた。

 だが、レナードの槍はただの槍ではない。その槍の基部には騎士散銃と同種の散弾砲が装備されている。


『じゃあねぇ。狼の狩場に入った自分を恨みなよ』


 引き金が引かれる。至近距離での一撃。避ける術などなく、〈マーハウス〉と〈アンビシャス〉の間で、爆炎が上がる。

 しかし──


『はっ……やるねぇ』


 爆炎が晴れた時、そこにあったのは、槍ごと片腕を失った〈アンビシャス〉の姿だった。

 〈マーハウス〉は射撃の直前に、手にした剣で銃口を突き、弾丸を暴発させたのだ。そして、そんな無茶をしたはずの剣には傷一つなかった。


『キミでは役不足ではありませんか? ご自分の力量を見極められない騎士は早死するものですが』

『はっ……言葉は正しく使えよ、円卓の騎士……!』


 レナードの〈アンビシャス〉が残る左腕の狼爪刃ウルフネイルを展開。〈マーハウス〉を爪で切りつける。


『くくっ……あえて誤用させていただきました。その方が相応しいでしょう?』


 しかし、〈マーハウス〉はあっさりとその爪を弾き返す。だが、追撃に出るより先に、〈ガウェイン〉が距離を詰めている。

 〈ガウェイン〉が袈裟懸けに振った剣を受けて、〈マーハウス〉は飛びすさる。


「どけ、《マーナガルム》」

『はっ、ここでは退けないねぇ!』

『ファイア』


 小さくつぶやくような声がジンの耳に届き、〈マーハウス〉に向けて、1発の弾丸が飛翔する。

 革命団ネフ・ヴィジオンが誇る狙撃手であるティナだ。どうやら、戻ってきたらしい。

 〈マーハウス〉は剣を振るい、それを叩き切ろうとするが、その寸前にそれは白煙を吹き上げた。高熱の白煙とチャフによって、カメラやセンサー、レーダーなどあらゆるMCの視界を奪う発煙弾だ。


『やられっぱなしは嫌いなんだよねー。派手好きはそっちもでしょ?』


 どうやら、先日、発煙装置スモークディスチャージャーを使って逃げられたことへの意趣返しのつもりらしい。実に大人気ない奴である。

 続けて、数発の弾丸が飛び、白煙の向こうに〈マーハウス〉が消えるのが見えた。ジンは、迷わず、白煙の中に踏み込んだ。


「お前はどっちの味方だ」

革命団ネフ・ヴィジオンだけど?』

『それなら、ボクらの視界まで奪わないで欲しいねぇ』

『ふぇっ? 大丈夫でしょ?』

「まあな」


 白煙を抜けたジンは、弾丸を防御するマントの隙間を狙って突きを放つ。〈マーハウス〉はアームを操作し、〈ガウェイン〉を迎撃しようとするが、ジンはそれをもう一本の剣で払いのけ、一気に踏み込む。

 マントが変形し、剣を受け止めるが、直後、ティナの放った弾丸が、マントに連続で弾け、その一部を抉り取っていく。


『くっ……やはり、革命団ネフ・ヴィジオン狙撃手スナイパー。一筋縄ではいきませんか』

『やれやれ、舐められたものだねぇ』


 いつの間にか近付いていた、隻腕のレナードの〈アンビシャス〉が爪を振るう。マントの隙間を狙った抉りこむような一撃を、〈マーハウス〉は、マントを動かし、〈アンビシャス〉の腕を挟み込むことで受け止める。

 さらに、マントを変形させて腕に捻りを加え、それをもぎ取ろうとする。


『ちっ……!』


 跳躍した〈ガウェイン〉の放った蹴りが、〈マーハウス〉の頭部を捉え、その機体がふらつく。


『ならば、先に仕留めさせていただきましょうか。革命団ネフ・ヴィジオンが片翼、もがせていただきます』


 しかし、〈ガウェイン〉に蹴りつけられながらも、〈マーハウス〉は一気に加速した。ブースト機動ではない。脚部に取り付けられた車輪を用いての高速機動だ。

 MCに標準装備されているブースターだが、地面に足を着けた状態で加速するのは、地面との摩擦力があるために効率が悪い。

 このため、MCのブースト機動というのは、踏み切りのタイミングや、空中で主として使われる。

 ジンが得意とする神速の踏み込みも、この基本から漏れていない。踏み切りに合わせたブーストに、前傾することによる機体の重心移動や、着地による減速を最小限するステップなどの技術を複合しているだけで、地上でブーストする、などということはないのだ。

 一方、駆動輪を用いての加速は、地に足を着けたままで行え、電力消費が少ない、という点で、ブースト機動に勝っている。

 ジンが追う〈マーハウス〉の背中には、通常のMCに見られるような噴射口はない。おそらくは、ブースト機動を捨て、地上での機動力に特化した機体なのだろう。

 しかし、単純な加速力であれば、ブーストの方がはるかに早い。一度の噴射で莫大なエネルギーを消費する分、その加速と即応性は、非常に高いのだ。

 急加速。加速の終了に合わせて、地面を踏み切り、再噴射。機体各所のブースターを起動し、空中制動。


「行かせると思うか?」


 〈マーハウス〉を背後から飛び越えた〈ガウェイン〉が、回転しながら双剣を叩きつける。


『追ってくると思っておりましたよ。君ならば』


 しかし、そこでアンヴェールは余裕を見せた。その手に握られたトンファー状の剣を、回転させ、長剣の方を前に向け、弓なりに引き絞って構える。

 双剣を2本のアームが受け止め、空中で一瞬、静止した〈ガウェイン〉に向け、突きを解放した。

 ブースターを持っているとはいえ、MCのそれは、飛翔できるほどのものではない。できるのは跳躍まで。空中での静止は、無防備になることを意味している。


『さようなら、存外、大したものではありませんでしたか』

「どの口が言っている?」


 〈ガウェイン〉が全身のブーストを噴射する。手と脚を振って、機動を制御。空中で横に回転しながら、〈マーハウス〉の突きを逸らす。さらに剣を振って、トンファー状の剣を上に弾く。切断された剣先がくるくると宙を舞った。

 わずかに装甲を削り取られるが、許容範囲内。機動に支障はない。

 わずかでもタイミングがずれれれば、出力が小さいか大きいかすれば、途端にバランスを崩すであろう絶技であった。しかし、ジンが注視したのはそこではなかった。


『おや、時間切れのようですね』

「……今のは?」


 無効化されているはずのガラティーンの絶対切断。しかし、今、ジンの剣撃は、確実に〈マーハウス〉の剣を切断した。無効化されなかった、いや、できなかった?

 ──こいつの能力は違うものなのか?

 刹那の思考。しかし、この戦いの中で、それに拘泥している余裕はなかった。


『その首、貰い受けようか!』


 そして、背後からレナードの〈アンビシャス〉が強襲する。円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズに比べれば性能で大きく劣る機体だが、ジンが稼いだ時間の間に追い付いていたのだ。

 頭部に向けて、餓狼の爪が振り抜かれる。しかし、〈マーハウス〉は、アームを背後に回し、それを防いだ。

 だが、その間に、〈ガウェイン〉は悠々と着地する。


『そこっ!』


 ティナの放った狙撃が、着地したばかりの〈ガウェイン〉のすぐ脇を駆け抜け、〈マーハウス〉に突き刺さる──


『私は鉛玉は好きではありませんので』


 直前、〈マーハウス〉は、その場で片足を軸にターンし、弾丸を回避。ついでとばかりにアームを鞭のように振るって、〈アンビシャス〉を射線に押し出す。


『どうぞ、代わりにお召し上がりください、狼殿』

『くそっ……が!』


 レナードはすでに半壊した腕を差し出して、弾丸をぶつけ、ブーストを吹かしながら、それを受け流す。音速を超える徹甲弾のソニックブームと熱が、すでに破壊された腕の装甲を大きく抉り取っていく。


『おや、せっかくのご馳走だったというのに、しっかり受け止めてもらいたいものです』

『おい……あんまり調子に乗ってると……殺すぞ』


 ドスを効かせた声を返すレナードの〈アンビシャス〉から、アンヴェールは、興味をなくしたように、背を向ける。

 そして、〈マーハウス〉は、手にしていた先を切断された剣を鞘に戻すと、踏み込んだ〈ガウェイン〉に対し、鞘に刺さったままになっていた2本目を抜き打ちに払う。

 鋭い一閃は、〈ガウェイン〉本体にまで届き、左側の腰から胸にかけて、一文字の傷が残る。


『おや? 仲間に気でも取られましたか?』

「いや? ただ……」


 それは布石。あえて、ダメージを受けることを恐れずに前に出て、確実に〈マーハウス〉に食らいつくための。

 アンヴェールはそれに気付いたが、もはや反応するには遅過ぎた。


「隙だらけだ、と思っただけだ」


 双剣が閃く。怒濤の如き剣の嵐が、ぎりぎりで回避し続ける〈マーハウス〉の装甲を削り取っていく。

 わずかでも気を抜けば殺られる。そんな感覚に、アンヴェールは冷たい汗を垂らした。


『殺すって……言っただろう? 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ!』


 防戦一方で、アームを操作する余裕すらない〈マーハウス〉を背後から、〈アンビシャス〉が襲う。研ぎ澄まされた爪が、捻りを加えながら、突き出される。


『まったく、威勢よく吠えるだけの獣が……少し静かにできませんか?』


 〈マーハウス〉は半身になりながら、蹴りを入れ〈アンビシャス〉を蹴り飛ばす。さらに、前方から襲い来る剣閃を、トンファー状の剣で2本同時に受けることで止める。

 一瞬、鍔迫り合いになった〈ガウェイン〉と〈マーハウス〉。そこで、〈マーハウス〉のマントのアームが、さながら、クモの脚のように起き上がりその先の爪を〈ガウェイン〉に振り下ろす。

 飛び退いてそれを回避しようとした〈ガウェイン〉だったが、一瞬、その反応が遅れ、腕の装甲をわずかに削り取られる。


「なに……?」


 退いた〈ガウェイン〉の代わりとばかりに、弾丸が〈マーハウス〉に飛ぶが、アンヴェールは冷静にそれを叩き切って無効化し、脚部のホイールの回転数を一気に上昇させた。

 急加速して飛び退く〈ガウェイン〉に牽制で剣を振るう。防がれてしまうが、〈マーハウス〉の狙いは〈ガウェイン〉ではない。

 アンヴェールの狙いに気付いているのであろう、〈ガウェイン〉が追い縋ろうとするが、やはり反応が鈍い。


「どうなっている……?」


 ジンは舌打ちをこぼしながらも、〈マーハウス〉を追う。ティナの技量は確かだが、〈マーハウス〉を相手にするには、少々腕も機体性能も足りない。

 アウトレンジからの一方的な攻撃は、ジンたちの有利を作る上では重要な選択肢の一つだ。ここで失うにはいかにも惜しい。

 そんな〈ガウェイン〉の隣を、レナードの〈アンビシャス〉が追い抜いていく。ブースターを全開にした加速。それにしたって速い。リミッターを外しているのだろうか。


『逃がすかよ……!』

『どうにも、躾のなっていない犬です。君にはここで黙ってもらいましょう』

『そういう見下し全開な奴嫌いなんだよねぇ。だからさぁ……死ねよ』


 一閃。振り返りながらの一撃が、〈アンビシャス〉を捉え、両断する。しかし──


『ははははは!』


 レナードは笑っていた。切断したはずのコックピットを見る。壊れたように笑う彼は、そこにはいなかった。


『あれぇ? 今頃気付いたのかい? 人間様は、犬ほど鼻が利かないみたいだねぇ?』

『まさか……!』

『やれやれ、さかしいばかりで、鼻が利かないようじゃあ、戦場やせいじゃ生き残れないよ、円卓の騎士様?』

『くっ……』


 逃げ出そうとする〈マーハウス〉だが、すでに襲い。レナードが乗り捨てた〈アンビシャス〉は、斬られても加速を緩めず、〈マーハウス〉に激突。暴走したジェネレータが眩い光を放つ。


『じゃあねぇ、消えろよ、クソ野郎』


 そして、〈マーハウス〉までもを包み込むように光が広がっていき、轟音と共に、爆炎と衝撃が、辺り一帯を揺らした。

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