第164話 悪意 -stare from abyss- 21

「まったく、急ぎ過ぎだ」


 ジン、レナードがそれぞれ〈ブルーノ〉へと突っ込み、任せます、の一言でティナにも見放されたディヴァインは、たった1人で残った敵MCに対応していた。

 大物喰らいジャイアントキリングを好むのは結構だが、残される方のことも考えて欲しいものだ。

 もっとも、彼は、若者が好き勝手に暴れられるように後始末をするのが大人の仕事だと自認しているのだが。

 振り下ろされた剣を軽くいなし、返す刀で、腕を斬り飛ばし、戦闘能力のみを奪う。

 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズがどういうつもりかは知らないが、前哨戦に投入された騎士の技量はそれはそれはお粗末なものだった。

 騎士学校を凡庸な成績で卒業した程度の水準でしかない。ディヴァインからすれば、その程度の相手から腕を奪うなど児戯にも等しい。

 まあ、話は後で聞かせてもらうとしよう。彼らに構っている暇などないのだから。

 大きく踏み込む。すれ違いざまに剣と盾を当て、流れるような動作で、残る2機の〈エクエス〉を無力化したディヴァインは、通信を開く。


「回収は任せたぞ」

『《グルファクシ》了解だ。心配しなくても、殺しゃしねーし、逃がしもしねーよ』

「助かる」

『仕事だかんな。まっ、任せろ』


 そう言って通信は途絶える。《グルファクシ》──彼らを含めた対人部隊は、MCの戦地から少し離れた場所に待機し、離脱した騎士を捕える任を負っていた。

 革命団ネフ・ヴィジオンが交易封鎖後の3ヶ月の間、ぎりぎりながらも領民の生活を支えてこれたのは、捕らえた騎士を人質に、他の貴族と裏取引を繰り返してきた、という部分もあるのだ。

 もちろん、後援者スポンサーの後ろ盾もあるのだが。

 その時、ディヴァインが駆る〈アンビシャス〉の頭上を、青白く輝く光の槍が駆け抜けていく。

 ばちばちと青白い火花を散らすそれは、数十メートル離れた距離から、〈アンビシャス〉の警報を鳴らし、はるか後方の、通信塔に直撃し、その上端を消し飛ばした。

 確か、あそこには狙撃支援を行っているティナがいたはずだ。ディヴァインは、視線入力でインターフェースを操作し、通信設定を確認。近距離通信で繋がっているのは、ジンの〈ガウェイン〉とレナードの〈アンビシャス〉だけだった。

 ヴィクトールの反乱の最中、破壊された通信塔は、完全に修復できておらず、通信を中継する程度の機能しか残っていない。

 しかし、それを利用し、MCや指揮所、他の通信塔を繋ぐために利用していた。

 かなり後方にいるティナは、それを利用していたはずだ。それが途切れたということは、通信塔が破壊されたか、ティナが撃墜されたかのどちらか、あるいは両方であることを示している。

 少なくとも、前者は正しいらしい。後方の指揮車両にいた〈ヴァントーズ〉との通信も途絶えているのがその証拠だ。


「光の槍か。前線での噂は聞いたことがあったが……」


 予想以上に凄まじい威力だ。MCを一機消し飛ばすくらいわけはないだろう。

 しかし、ディヴァインの知るMC部隊の騎士たちはずいぶんと生き汚く諦めが悪い。心配するようなことでもないだろう。

 そう断じたディヴァインは、その手にした剣を街道の脇にある小さな林へと向けた。


「それで、貴様はどこへ行くつもりだ?」

『気付かれましたか、さすがは革命団の騎士──いや、ディヴァイン・エインス・ド・ラグレーン殿、といったところでしょうか』


 帰ってきたのは柔らかい物腰で穏やかさを感じさせる青年の声。しかし、その内容にディヴァインは小さく息を飲んだ。

 しかし、その動揺を相手に伝えるような愚かをディヴァインが犯すようなことはなかった。


「ずいぶんとさかしらに口を聞くものだな」

『私は裏を取っていない情報を見せびらかすような真似はしておりませんが?』

「……なるほど」

『今までの活動から推測される、装備、戦力、活動規模その全てが、革命団ネフ・ヴィジオンがただに反動勢力ではないことを意味している。ならば、貴族の中に協力者がいると考えるのは自然でしょう?』

「それで調べたというわけか?」

『ええ、それはもちろん。色々と分かってしまうものです。それに──』


 青年は一度言葉を切り、どこか興奮した様子で続けた。


『私などはともかく、あの御方が気付いていないとお思いですか? 革命団ネフ・ヴィジオンの活動があった日に、いつも姿を消しているのは、ラグレーン殿、貴方くらいなもの。お父上にお取り次ぎも願いましたが、今はいない・・・・・とのこと。こんなお粗末さで隠しているおつもりでしたか?』

「ならばどうする?」

『あの御方に刃向かう者には死を。もちろん、ラグレーン士爵を含めて。当然ではありませんか? それに──』


 林の中から突然、投げ付けられた槍を、ディヴァインは巧みに盾を操って受け流し、踏み込みと共に放たれたトンファー状の剣による斬撃を、もう一方の手に握った騎士剣ナイツソードで弾き返した。


『ディヴァイン・エインス・ド・ラグレーン。騎士学校時代、かの『聖騎士』殿と肩を並べた騎士。ここで仕合える僥倖、見逃す手はないでしょう?』

「趣味の悪い男だ」


 ねっとりと絡みつくような口調で言う青年に対し、ディヴァインは顔をしかめた。

 その間にも、彼の手足は休みなく動き続け、次々と繰り出される剣を弾いていく。

 しかし、青年の駆る〈ファルシオン〉擬きのMCの苛烈な剣を前に、ディヴァインは徐々に押されていく。


『鈍りましたか? かつての貴方は、この程度ではなかったはずですが?』

「…………」

『お二人の卒業試合は最前列で拝見させていただきましたが、今の貴方は数段劣っている。やはり、『聖騎士』殿との確執が──』


 青年は言いかけた言葉を切り、慌てて〈ファルシオン〉を飛び退かせた。しかし、突然跳ね上がった剣を回避しきることができず、腰から肩にかけての装甲を切り裂かれていた。

 コックピットは外れているが、あと一瞬、ほんのわずかでも、反応が遅れれば致命的な損傷を受けていただろう。


「貴様に語られる謂れはないな」


 ディヴァインは静かな怒気を込めて言う。それはさながら、静かに燃ゆる青き炎の如く。しかし同時に、全てを焼き尽くす苛烈さを秘めていた。それに気圧されたようにたじろぐ〈ファルシオン〉に剣を向け、告げる。


「貴様が何者かは知らんが、俺には俺の、奴には奴の、覚悟と理由がある。それを軽々しく語るな」


 そして、ディヴァインはそこで初めて攻めに転ずる。素早い踏み込みからの突き。わずかな間に数回。

 〈ファルシオン〉は、その突きを左右に弾くことで捌くが、初動と戻りの双方が早く、それが限界だった。


「貴様の剣は飾りか? 騎士なら剣で語るものだ。無粋な口は閉じておけ」

『……いいでしょう。では、始めましょうか』


 〈ファルシオン〉が、〈アンビシャス〉の突きを剣で跳ね上げる。対する〈アンビシャス〉は、前の動作から流れるように繰り出された剣を、盾で受け流す。


『期待を裏切らないようにお願いいたしますよ、ラグレーン殿』

「抜かせ」


 短い言葉の応酬の後、ぶつかり合った剣が、火花を散らした。

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