第162話 悪意 -stare from abyss- 19
「堕ちろ」
『狩場で食い殺されたんだ。文句ないよねぇ?』
そんな宣告と共に、双剣と槍が閃く。双剣によって、両断された〈ファルシオン〉と、槍にコックピットを貫かれた〈ファルシオン〉は物言わぬ機械人形となって、その場に崩れ落ちた。
太陽の光を反射し、白銀の装甲を
2機のMCは、撃墜した敵機にそれ以上拘泥することなく、飛び退き、背中合わせに彼らの敵を見据えた。
彼らを囲むように展開する複数のMC。一見、数の上での優位は揺らがぬように思われる。しかし、その数より多くのMCの残骸が、2機を中心に輪のように広がっていた。
『やれやれ、くだらないねぇ、まったく。ボクは、雑魚狩りは趣味じゃないんだよ?』
「集中しろ、《マーナガルム》」
『わかってるさ。こいつらは
《マーナガルム》──レナードは、冷たい声に、不敵な表情で答える。
その言葉に、冷たい声の主──ジン・ルクスハイトは答えた。
「おそらくな。この程度の戦力での襲撃は無意味だと悟っているはずだ。意味がないことをするとは思えない」
『どうかな? 貴族ってのは見栄が先に立つものだからねぇ』
「見栄で来るような連中はもう潰したがな」
『だろうねぇ』
次の瞬間、2機のMCが馳せる。〈ガウェイン〉の双剣が〈エクエス〉を両断し、〈アンビシャス〉が至近距離から放った散弾が、別の〈エクエス〉の上半身を吹き飛ばす。
騎士団の紋章を掲げない騎士団規模の戦力。団長機がいないのは、ジンが数回に渡って叩き斬ってからは珍しくもないが、紋章旗を掲げない騎士団というのは今までにはないものだった。
まあ、騎士団であろうがなかろうが、ジン・ルクスハイトと〈ガウェイン〉を前に、この程度の規模では戦力不足なのは違いないのだが。
『親衛隊、というわけでもないか。騎士団にしても練度が低すぎやしないかい?』
「さあな。敵の事情に興味はない」
『あの、先輩方? のんきに言ってますけど、あたしたちのこと忘れてません?』
余裕を隠さないジンとレナードに水を差すように、少女──リンファの声が口を挟んだ。
彼女のMC──〈ヴェンジェンス〉は、一機の〈エクエス〉と鍔迫り合い、さらにもう一機の剣を盾で受け止めているものの、性能差と数の差に押されていた。
そんなリンファを、ジンは軽く一瞥すると、
「ちょうどいい訓練相手だろう」
『ごめんねぇ、忘れてたや』
そんな先輩2人の適当な言葉に、リンファは、怒りを隠さないで叫び返す。
『ふざけてないでください!』
『でもねぇ、それぐらいさばけないとこれからの戦いには邪魔だよ?』
「その程度で死ぬような訓練をした記憶はないがな」
助ける気が皆無な発言をしながらも、〈ガウェイン〉と〈アンビシャス〉は、彼らを囲むMCを斬り伏せていく。
『もう……この鬼畜野郎ども、たまには人助けしろっ!』
そんな声が通信から響くと同時、一機の〈エクエス〉が爆風を浴びて、腕をもがれ、よろけて数歩たたらを踏む。
その隙をついて、自由になった盾で鍔迫り合いになった〈エクエス〉を弾き飛ばし、素早い踏み込みで懐に入り込み、一閃。弾いた一機を両断する。
『ありがとうございます!』
『いやぁ、キミも大概だよねぇ?』
『え? なんの話?』
素知らぬ顔をする声の主はティナだ。この戦場から遥か後方。街の中の高所にティナの〈アンビシャス〉はいる。
先ほどの爆風は、彼女の榴弾による狙撃である。
レナードが言ったのはその弾種についてだった。徹甲弾を使えば文字通り
そしてなにより、一見助けているように見えて、その実、リンファに戦わせている辺り、人のことを鬼畜呼ばわりした割には、大概酷いやり方である。
『せいっ!』
しかし、リンファは結局、手を出す必要はなかった。突然飛び出した〈ヴェンジェンス〉が、〈エクエス〉を背後から斬り裂いたからだ。
体勢を崩し、味方が討たれたことでリンファへの警戒を強めた隙を見事に突いた奇襲だった。
『だから、突っ込むなって言ってるだろ!』
『うるさい! 生きてるんだからいいでしょ!』
『まったく、遊びじゃないと何度も言っているはずだがな』
さっそく始まったリンファとフェイの口喧嘩に、呆れたように口を挟んだのはディヴァインだった。
やれやれとばかりにそう言いながらも、3機の〈エクエス〉を相手に、すべての剣を軽く受け流すと、反撃の剣で、正確に腕を削り取っていく。
『《フリズスヴェルク》、《マーナガルム》、貴様たちもだ。殺す必要もない敵をそう、軽く切り捨てるな。後々がやり辛くなる』
「覚悟も無く戦場に立つのは愚かだがな」
ジンは酷薄に口角を釣り上げる。そして、背後から斬りかかった〈ファルシオン〉の機体を、腰から入れた剣で上半身と下半身の2つに分ける。
「だが、コックピットは概ね外している。安心しろ」
『〈ガウェイン〉は気楽でいいねぇ。まあ、ある程度は努力するさ』
レナードはそう言って槍を叩きつけ、〈エクエス〉の腕を落とす。そして、盾の尖った穂先を膝間接に叩き込んで砕いて、強制的にその場に釘付けにする。
そして、一瞬、停滞したレナードの〈アンビシャス〉に斬りかかった〈ファルシオン〉は、遠方から飛来した弾丸に頭部を、次に両脚を貫かれ、その場に崩れ落ちる。
『さてっと、後7機だねー。撤退勧告でもする?』
「しても無駄だろう」
『ボクはしてもいいけどねぇ。これ以上やってもつまらないだけだ』
『……こちら、《ヴァントーズ》。領都に接近する機影2。ヘリだ。おそらく、前回の2機だ。来るぞ。《ムニン》及び《フギン》は指定ポイントまで後退。別命あるまで待機。《フリズスヴェルク》、《スレイプニル》、《フェンリル》、《マーナガルム》の4名は現状位置のまま待機。
呆れ気味に声でそう言われたMC部隊の面々は、苦笑を返す。否定はできないが、まあ、ついつい口は動いてしまうものだ。
なにせ、外の景色は網膜に投影されることで見えるものの、基本的には、最低限の照明とスイッチしかないのがコックピットである。
その密室からくる閉塞感というものは、MCパイロット──騎士でないものにそう伝わるものではない。
「《フリズスヴェルク》、了解」
『《マーナガルム》、了解さ』
『《フェンリル》、りょーかい』
『《スレイプニル》、了解だ』
『《フギン》、了解しました』
『《ムニン》、了解です』
全員が返礼を返し、ジンの〈ガウェイン〉とレナードの(アンビシャス〉が跳躍し、囲んでいたMCを飛び越えると、リンファたちの前に着地する。
『先輩、任せましたからねっ!』
『お願いします!』
そう言って後退していく双子を見届けると、レナードは双子との通信の接続を切断し、
『まったく、誰に言ってるんだろうねぇ』
『集中しろ。
『だろうねぇ、じゃあ、前座は終わらせようか!』
レナードが槍を構え、残ったMCに
『来るよ! 散開して!』
そんなティナの声が通信越しに響く。直後、レナードは正面からまっすぐ向かってくる2本の光の槍を見た。
それはまさに、天を貫く雷の如く、速く、鋭い。その内の1つが自分に向かっているのを確認したレナードはとっさに盾をかざす。
しかし、凄まじい衝撃の後、盾は吹き飛んでいた。レナード自身の〈アンビシャス〉はとっさに横に飛んで無傷で済んだものの、盾を
そこにあったMCの残骸は、人型を保っていたはずなのに、四肢を散らしてばらばらになっていた。
『ぐっ……』
もう1発の光の槍は、ジンがとっさに回避したものを、ディヴァインの〈アンビシャス〉が受けたらしく、ディヴァインの呻き声が聞こえた。
しかし、その手には削られた盾が残されている。彼は、あの弾丸をわずかな間に逸らしたらしい。レナードは素直に感心した。自分にはできない芸当だ。
『まさか、いきなり来るとはねぇ』
『射撃兵装とはな。本当に円卓か?』
『さあねぇ?』
ディヴァインがこぼした当然とも言える疑問に、レナードは軽く返した。
「…………」
そして、視界に1機のMC輸送ヘリが現れる。懸架されているのは、見覚えのある、マント状の装甲を纏い、特徴ある
ティナの狙撃を警戒したのか、遠目に着地する〈ブルーノ〉をその真紅の瞳に映し、ジンはつぶやいた。
「なるほどな……」
その瞳に宿るのは、憤怒。ただただ、地獄の釜のように滾る怒りであった。
彼の網膜には、あの光の槍が放たれた瞬間の光景が焼き付いていた。
光の槍に貫かれ、爆散する〈エクエス〉の姿が。こいつらは、味方を当て馬にした挙句、背後から撃ったのだ。
「それがおまえらの答えか、
『ははっ……満を持しての登場ってわけかい?
そして、レナードは、舞い降りたその機体を目に、狂喜を浮かべる。
あの装飾装甲、そして、ガラティーンすら防いだという特殊装備。まさしく、
レナードはその威圧感に向き合うのは初めてだった。だが、その心にあるのは恐怖ではなく、純粋な喜びだけだった。
『さあ、狩らせてもらおうか!』
「──殺す!」
〈ガウェイン〉と〈アンビシャス〉が馳せる。それに応ずるように〈ブルーノ〉は、両手に握られた、槍状のユニットを構える。
そして──
──今ここに再び、
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