第151話 悪意 -stare from abyss- 08

 革命団ネフ・ヴィジオンが、領都アガメムノンにて拠点として利用している、旧ヴィクトール伯爵家の貴賓館の一つ、ジンたちMC部隊の構成員ほか、ヴィクトール領で活動するメンバーが生活するそこの一室に、幾人かが集まっていた。

 部屋にいるのは、赤みがかった黒の髪に、鮮血を吸ったかのような真紅に染まる瞳を輝かせる少年──ジン・ルクスハイト。

 光に煌めく雪のごとき白銀の髪に、月明かりを吸い込んだ紫水晶アメシストのような瞳を持つ少女──ティナ。

 白髪に白い髭を蓄えた年期を感じさせる容姿でありながら、瞳にはどこか子供染みた輝きを持つ老人──《プリュヴィオーズ》。

 そして、茶色味を持ったブロンドの髪に、老成した色を宿す碧眼を持つ男──《テルミドール》。

 この四人だった。ジンは冷たい目付きで虚空を睨み、ティナは倦怠を隠そうともせずに、《プリュヴィオーズ》は手にした端末を触り、《テルミドール》はただ静かに目を閉じている、とそれぞれまったく違った様子ではあったが、皆が席につき、一つの机を囲んでいた。


「それで? 何の用だ?」


 そんな中で、ジンが、永久凍土を思わせる冷たい声音で口火を切った。


「無論、集まってもらったのには理由がある。ふむ……予定より遅れているようだが、構わないだろう。よろしい、まずは前提について話をしよう。君達も知っての通り、革命団(われわれ)は、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの襲撃を受け、これを退けた。ジン、ティナ。これは君達の見事な活躍故だ。君達のおかげで、領都に被害はなかった。感謝しよう」

「…………」

「ふぁ……」


 ジンは無言で、ティナは欠伸を漏らしたが、二人の心はおそらくは一致していた。すなわち、そんなことのために呼んだのなら、さっさと解放しろ、と。


「《プリュヴィオーズ》、〈ガウェイン〉の損傷の度合いはどうかね?」

「既に手は打っておる。少々フレームにダメージがあったようじゃが、そう問題ではなかろうて。3日もあれば、完璧に補修できるじゃろう」


 そう、先の戦闘で〈ガウェイン〉は、初めて、その金剛石ダイヤモンドのごとき輝きを放つ装甲に傷を入れられた。

 シェリンドン・ローゼンクロイツ駆る〈ガラハッド〉との戦闘以後、〈ガウェイン〉の奪取から3ヶ月半ほどの間、一切の被弾なく、敵を蹂躙し続けてきた、革命団ネフ・ヴィジオンの最高戦力にして、象徴たるMCは、今回も戦闘の中で、初めて明確に損傷していた。

 右腕をわずかに切られ、肩の装甲が抉られただけの浅い損傷ではあるが、それは行く先の不安を表出させるには十分なものと言えるだろう。


「それで? 俺に壊すな、と言いたいのか?」

「私とて無理は言わんさ。〈ガウェイン〉の性能と君の技量を持ってしても、完全に無傷で戦うなど不可能だろう。かの『最巧最優』の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、シェリンドン・ローゼンクロイツでさえも、まったくの無傷で全ての戦闘を潜り抜けられはすまい。まして、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズを相手にしては、いかに君でも苦戦を免れないのは事実。違うかね?」


 ジンは小さく舌打ちをこぼしたが、事実ではあるのだ。〈ガウェイン〉と〈ブルーノ〉の相性が悪かったというのも事実ではあるが、それはそれとして純粋な技量で勝っていたかといえば、お世辞にもそうとは言えまい。

 多少は優越していたかもしれないが、決してその差は大きなものではなかった。ジン自身、そういう自覚はある。

 それに、専用装備の相性など、言い訳にもならないのだ。〈ブルーノ〉、そして、最後に現れたMC。そのどちらも、〈ガウェイン〉の切り札たる、ガラティーンの能力、絶対切断を無力化してきた。

 これからの戦いの中で、有象無象のMCはともかく、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズと剣を交えることになれば、専用装備が無効化される可能性も、また敵の専用装備を無力化できる可能性も、互いに有効でない可能性すらある。

 そうなれば、比べられるのは純粋な騎士としての技量のみ。それで押しきれなかった時点で、ジンが円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズに必ずしも勝てるわけではないのは証明されている。

 それどころか、ジン・ルクスハイトは、確実にこれから進む道の先に立ち塞がるであろう、最強の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ、シェリンドン・レオナール・ド・フォン・ローゼンクロイツに既に、二度の敗北を経験しているのだ。


「んー、でも、二人でかかれば、仕留められない相手でもなかったと思うんですけど」


 怪我のせいか、それとも無理な出撃が祟ったのか、本気で眠そうに欠伸を繰り返すティナが、口を挟んだ。


「今回は、だ。〈ブルーノ〉は、俺と大して変わらないレベルだったが、他もそうだと言えるか?」

「うーん、でも実際、シェリンドンさ……じゃなかった、シェリンドン・ローゼンクロイツには負けてるわけだしねー」


 眠たげに目をこすりながら、うんうんとうなずくティナ。ジンは、敗北を突かれて若干ながら苛立ちを覚えたが、それをすぐに噛み殺した。

 今のジンでは、到底及ばぬ相手であるのは事実だ。それに、ジンとてあの男の技量を認めていないわけではない。否、むしろ──

 ジンは軽くかぶりを振って、その思考を断ち切った。そうだ。本人の前で言ったはずだ。これは、一度しか言わない言葉だ、と。


「さて、これは私の勘に近いものではあるのだが、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズによる革命団われわれ、いや、〈ガウェイン〉への直接的な接触。これは、発端に過ぎないと私は考えている」

「つまり?」


 こてんとティナが首をかしげて続きを尋ねる。


「これからも、ジンと〈ガウェイン〉を狙って、|円卓の騎士(ナイツ・オブ・ラウンズ)が強襲する可能性が高い。そう私は考えるが、どうかね?」

「……さあな。本気で潰す気なら、シェリンドンを連れてこればいい。奴なら、俺を殺すのは容易いだろう」

「んー、ジンの言う通りだよね。わたし、〈ブルーノ〉は、〈パロミデス〉とかと一緒で古参だから知ってるんだけど。後は……〈パーシヴァル〉と〈トリスタン〉くらい? ちゃんと知ってるの。でも、〈ガウェイン〉を撃破したいだけなら、〈ガラハッド〉と〈パーシヴァル〉は簡単にやってのけるだろうし。それに、最後のアレも、〈ガウェイン〉に対抗できるってことは、なんか裏があるっぽい? もしかしたら、実験、とかかも?」


 ティナが首を捻りながらそう言う。そんなティナに、ジンの少々呆れたような視線が突き刺さる。ついでに言えば、非難めいているようにも感じる。

 ──なんか変なこと言ったっけ?

 しばらく、霧がかかったようにぼやけた頭で考えていたティナは、


「あっ……」


 自分が思いっきり貴族時代の知識をもとに喋っていたことに気が付いた。ジンの冷たい視線が痛い。

 しかし、ティナはもう一つのことに気が付いて、開き直って拗ねたように言った。


「いいもん。どうせみんな知ってるからいいもん」

「……そうなのか?」

「ほほっ、何のことかのう?」

「…………」


 ジンの問いに対して、《プリュヴィオーズ》は、誤魔化す気が感じられない誤魔化しを口にし、《テルミドール》は無言のままに首肯した。

 そんな様子を見て取ったジンは、もはや呆れを隠さず、ティナに零度の視線を向け、


「……隠す気あるのか、おまえ」

「うぅ……あるよ? あるけど! あったけど! 気付くヒト、こんなにいると思ってなかったんだもん」

「……あいつらにも気付かれてないだろうな?」

「大丈夫。家はバレてないから」

「……まあいい。おまえがどうなろうと、俺の知ったことじゃない」

「ちょっと、冷たいんだけど! 冷たいんだけど!」


 あんまりにもあまりな言い草に、文句を言うティナだが、ジンはそれを黙殺し、


「だが、どちらにせよ、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズとの戦いは避けられない。そうだろう?」

「ふむ……君の言う通りだ。楽園エデンの支配構造を打破する、という目標を掲げる以上、私達の討つべき相手は、貴族院、そしてその上に立つ、三公であるのは言うまでもないことだろう。当然、三公の下には円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが集うのは間違いない」


 ジンの言葉を受け、《テルミドール》が肯定を返す。《テルミドール》には先が見えているようであるし、ジンは会話に入っているが、ティナはと言えば、すっかり蚊帳の外である。

 ぷくりと不満げに頬を膨らませたティナが、《テルミドール》の言葉が途切れた隙に横槍を入れた。


「……ガン無視するなら寝てていい?」

「好きにしろ」


 ジンが即答し、ティナと同様、蚊帳の外に近かった《プリュヴィオーズ》もまた、好々爺然とした笑いをこぼし、


「ほほっ、ワシも帰っていいかのう?」

「教授にも関係のある話なのだがね」

「おまえさんがワシに頼み事とはのう。懐かしいもんじゃ。単位はやらんぞ?」

「それは昔の話ではなかったかね?」


 よく分からないが、この二人が昔からの知り合いであるということは、ティナにも分かった。

 《テルミドール》はともかく、ジンには許可をもらったので、ティナは遠慮なく机にうつぶせになった。

 前線で戦ったわけではないが、怪我をした上に、手術や狙撃といった集中力を要求される作業を繰り返していたので、身体というより、頭がだるいのだ。


「さて、話を戻そう。いざ、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが現れた時、対抗するのは誰になるか? 言うまでもなく、それは、ジン、君と〈ガウェイン〉において他にない。しかし、私が懸念するのは、その先だ」

「なるほどのう」


 《プリュヴィオーズ》が納得したようにうなずく。『始まりの十二人』の間では妙に話が早くなるようだ。

 とはいえ、ジンも朧げながら、《テルミドール》の言いたいことには察しがついていた。


「円卓の騎士が一機で攻め込んでくるとは限らない、か?」

「ふむ、察しが良くて助かる。円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズには親衛隊が与えられているのは君も知っているだろう。今の所、彼らが積極的に戦闘に参加したことはないが、今後、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズとの交戦が本格化すれば、彼らとの激突も避けられまい。その上、複数の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズと同時に交戦する可能性すらある。ともすれば、君一人では対抗できなくなるだろう」


 そう、今のジンでは円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズを一人相手にするので精一杯だ。もし、〈ブルーノ〉が、〈レガトゥス〉と、ではなく、別の円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズと共に強襲していたのなら、ジンは今この場のいなかったかもしれない。

 しかし、いかに貴族や騎士としての名誉や見栄を重んじる相手とはいえ、いつまでも革命団ネフ・ヴィジオンを侮っているはずもない。

 実際、3ヶ月ほど前の『ヴィクトールの反動』以降、貴族領の奪取というインパクトある事象と、度重なる勝利によって、革命団ネフ・ヴィジオンに対する警戒は、着実に高まっている。

 もし、複数の貴族が同調して、本気で革命団ネフ・ヴィジオンを狩り立てようとすれば、今の戦力では、満足な抵抗もできまい。


「故に、私は新たな騎士を育成する必要があると考えている」


 その結論は当然だが、ジンとしては、その意見にはあまり同調できなかった。


「今更、集めてきたところで、使える奴がどれだけいる? おまえが急いて実戦投入した奴も一人、使い物にならなくなったが」

「《ニーズヘッグ》には後進の育成に当たってもらっている。自分の力で君達について行くのは不可能だと判断したと聞いている。とはいえ、彼は、君達の中では、《スレイプニル》に次いで、模範的な騎士と言える。教育には相応しいだろう」

「はっ……それで勝てると思っているのか?」


 ジンはそんな《テルミドール》の言い分を鼻で笑った。模範的なだけ騎士が、性能で劣る機体を操り、数で勝る貴族騎士とまともに勝負できるはずもない。

 革命団ネフ・ヴィジオンが求める騎士は、性能に劣る機体で、複数の敵を同時に相手をし、なおかつそれを殲滅する、大物食らいジャイアントキリングを行ってみせる者だ。

 ただの騎士などいくら増やしても、戦死者が増えるだけだ。技量が同じなら、機体性能が良い方が勝つに決まっているのだから。


「無論、それで勝てる相手ではないのは承知している。だからこそ、もう一つのプランが必要なのだ」

「……?」


 ジンが訝しげな視線を《テルミドール》に向ける。そんな視線を受けても、《テルミドール》は堂々言い放った。


「私は、君達MC部隊に、専用機の生産を提案しよう」

「専用機?」

「君には〈ガウェイン〉があるが、他のメンバーはそうではない。今の〈アンビシャス〉の性能では、騎士団長機、〈レギオニス〉に辛勝する程度が限度だというのが、今までの戦闘からの結論だ。ならば、少しでも機体性能を底上げしておいて損はあるまい」

「俺に特に異論はない。こいつにでも聞いてくれ」


 ジンはそう言って、早くもすーすーと小さく寝息を立てていたティナの頭を小突いた。


「ふにゃ……?」


 妙な寝言を漏らし、ティナが、寝ぼけ眼で顔を上げた。


「……うみゅ?」


 ジンが無言のまま、隣に座っているティナの額を、指を弾いて叩いた。


「いにゃい……」

「起きろ」

「ん……んにゃ? おはよう?」

「…………」


 ジンは呆れをさすがに隠しきれなくなったのか、溜息を一つこぼして、ティナから目を背けた。


「えーっと、何の話ですか?」

「……話す価値もないように思えるな」

「ほほっ、実際に設計するのはワシらじゃからのう」

「いや、だから何の話……?」

「それで、ヴィクトールの貧弱な設備と資材でそんなことができるとは思えないが?」

「何が言いたいのかね?」


 ヴィクトール伯爵領は、ごく最近まで騎士団の増強、MCの生産に力を入れていなかった。例の氾濫事件の際には、違法生産した銃器を使用していたが、これ生産工廠を含め、主だったものは、ヴィクトール伯爵を殺害し、その氾濫部隊の主戦力を蹴散らした何者かによって破壊されていた。

 現状、MCのパーツをいくらか生産することは可能であり、それによって、ヴィクトール領でのMC部隊の運用は支えられているが、新型機の製造が可能なほどの生産力や技術力は有していないのが実情だった。


「何かアテがあるんだろう? そうでなければ俺たちに話をする意味がない」

「ふっ……その嗅覚は大したものだと素直に賞賛しておこう。確かに、我々は、新たな情報を掴んでいる。レミントン伯爵領から、セレーネ公爵領に向かう定期便。これには多数のMC、さらには円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機のパーツも含まれているとの話だ。君達にはこれを奪取して欲しい」

「……いつだ?」

「次の便は二週間後との情報だが、行けるかね?」

「さあな。〈ブルーノ〉とあの〈ファルシオン〉擬きがこのまま引くとは思えないが」

「遠征しているメンバーも帰ってくる。次は万全の状態で迎え撃たせてもらおう」

「了解した」


 ジンはそう言うと、話は終わりだ、とばかりに立ち上がり、部屋を出て行く。


「自室で寝てはどうかね?」

「……んにゃ?」


 日向ぼっこをする猫のように、机に身を預けてごろごろしていたティナは、こてんと首をかしげると、しばらく虚空を見つめていたが、ふらふらと立ち上がって、ジンを追って覚束ない足取りで部屋を出て行った。

 その後すぐに、ばたんという物音と、呆れたような少年の溜息が聞こえ、それは段々と遠ざかっていく。


「教授、彼らをどう思うかね?」

「ほほっ、あの任務は、それを試したんじゃろうに。まあ、老い先短い老人に尋ねることではなかろうて」

「……彼の息子と、あの男の娘。本来、交わることはなかった、否、交わるべきでなかった二人、か。まったく、運命とは、なぜに、こうも残酷なものなのか……」

「……ワシはそうは思わんがのう」

「ほう?」


 興味深げに、《プリュヴィオーズ》の表情をうかがう《テルミドール》。しかし、《プリュヴィオーズ》は彼のそんな様子に気付いていながら、あえてそれ以上口にすることはなかった。


「老人の戯言じゃよ」


 そして、その言葉を最後に、部屋から姿を消した。


「……さて、もし、君が生きていたのならどう思うのかね? ヴァン」


 虚空を見つめた《テルミドール》は、そう呟くと、背もたれに体重を預け、目を閉じた。

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