第80話 連鎖 -butterfly effect- 11

「ふぇっ?」

「おい、今なんつった?」

「言った通りだ。以上でも以下でもない」

「いやいやいや、どっからそんな情報集めてきたのさ?」

「……諜報向き?」


 沈黙を破った皆がそれぞれ驚愕を見せる中、ジンは一言、


「一人締め上げて吐かせただけだが?」

「「「「…………」」」」


 ──うわっ、どんびきなんだけど

 ──こいつ、諜報活動なんだと思ってんだ?

 ──思考が脳筋だね

 ──期待はずれ

 ひょっこり顔を出したセレナを含め、ジン以外の四人は顔を見合わせる。全員の表情には呆れしかないのは言うまでもない。

 そんな四人を無視して、ジンは言葉を続ける。


「とはいえ、所詮は下っ端だ。幾つかの拠点の位置と《テルミドール》がいつ現れたのかくらいしか知らなかったが」

「それ十分だと思うんだけど! 思うんだけど!」

「それで、この推定拠点ってのがそれか?」

「幾つかはほぼ確信できたが、所詮、口頭だ。大半は正確性に欠ける」

「ふーん、じゃあ、確かめに行くってことかな?」

「いや、今の所、それは最優先じゃない」

「ん? じゃあ、何をするの?」


 ジンは真紅の瞳に呆れたような色を宿して、


「少しは自分で考えたらどうだ?」

「やっ、知らない情報を元に考えられないからっ!」

「……正確ではないだろうが、あの《テルミドール》が現れたのは、約一月ほど前。これは、俺達が宣戦布告を行った直後だ。あの演説の場にあった黒いMCは十日ほど前に、あいつらの元に届けられたらしい。搭乗する騎士を含めてな。そして、ヴィクトールが今回の件で使った騎士団を用意し始めたのが、推定3ヶ月ほど前。これは、俺達の宣戦布告を協力者に仄めかした頃だな。以上のことから──」

「いやいやいや、ちょっと待って」


 滔々と集めてきた情報について話すジンを、ティナは遮った。このままだとついていけないまま結論に至られそうだ。


「なんだ?」

「残り二つは吐かせたとしても、ヴィクトール伯爵の叛乱の計画がいつ頃からなんてなんで分かるの?」

「ジンはヴィクトール伯爵の屋敷に行ってたんだろ? その時になんか見たんじゃねーのか?」

「いや、俺は今回の叛乱について一切知らない」


 ファレルのもっともな意見をジンは一蹴した。


「ただ聞いただけだ」


 聞く、ジンが言うともう物理的な方法そっちにしか聞こえない。

 それはつまり──


「……きちく」

「うわっ、暴力的な方法ばかりじゃないか」


 突然、謂れのない非難を受けたジンは、ため息を吐きながら、二人の言葉を否定した。


「待て、俺はただ、ヴィクトールと繋がりがあった商会に行って、ここ半年の記録を見てきただけだ」

「ふぇっ?」

「騎士団を維持するのに一番必要なものはなんだ?」

「え? いや、MCとか武器とか……」

「食料だ。ある程度の人数がいる以上、食事だけは多量に確保する必要がある」

「なるほどな」


 ファレルは、ジンの言わんとするところを理解したようで、納得したようにうなずいた。


「そして、食料の買い付け量が明らかに増えたのは三ヶ月前からだった。幾つかの商会に分けて発注して、偽装はしていたようだが、明らかに増加がみられたのはその頃からだ。つまり、騎士団が集められたのはその頃だ。ヴィクトールは自分の騎士団には注力していなかったからな」

「なるほどね。物流を追ったわけだ」

「……実は有能?」

「金と物の動きは簡単には誤魔化せない。革命団ネフ・ヴィジオンも、どれだけここに注意を払ってるかは、俺より知っているはずだ」

「まあ、そうだね。偽装に偽装を重ねてようやく成立してるわけだし」

「つーか、聞いたら教えてくれる物なのか?」

革命団ネフ・ヴィジオンのメンバーだと言えばほとんどが記録を出したな」

「めちゃくちゃ嫌われてない、それ?」


 曲がりなりにも、繋がりがあったはずの商会にあっさり見捨てられるのは人望がなさ過ぎやしないだろうか。いや、これからは革命団ネフ・ヴィジオンについておく方が有益と判断しただけか。


「さあな。本人はあの丘の上で干からびた死体になっているが」

「……もしかして──」

「ああ、こいつ思いっきり死体掘ってたぞ」

「…………」


 ティナはじとーっとした視線をジンに向ける。いかに圧政を敷いていた領主とはいえ、死人を貶めるような真似は人としてどうかと思う。

 ジンはそんな視線に気付いていながら、ちらりと目を向けただけで、何も言わず、


「話が逸れたな。結論を言えば、探るべきはMC部隊だ」


 そう言った。ティナは一人唇を噛み締める。誰一人として気にも留めないのは、皆、そんなことに重きを置いていないということなのだろう。

 兵士としてはそれでいいかもしれないが、人としてはそれでいいわけがないはずだ。

 しかし、ティナのそんな思いをよそに、他の四人は会話を進めていく。


「つーと、十日ぐらい前に現れたっていうやつか?」

「まあ、革命団うちみたいに訓練してるならともかく、いや、訓練してても、ジンみたいな円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズクラスの騎士はなかなかいないよね」

「いや、それはジンが特殊なだけだと思うが……まあ、それにしたって、MCパイロットの調達は難しいってのは事実だ」

「……実際、人手不足」

「雇われの傭兵か、内部崩壊を狙う貴族共の手先かは別にして、ヴィクトール殺しの貴族とも繋がっているはずだ」


 ジンは獲物を前に舌舐めずりする獣のような気配を纏いながら言う。狙っていたヴィクトール伯爵を先に潰されたのがよほど気に食わないらしい。


「ってわけで、MCを探すわけか?」

「広場の2機だけではないと言っていた。あれは今日のための飾りらしいがな」

「それで、この地図がその基準になるわけだね。MCを隠せる場所は限られてるし、拠点からもそう離れた場所じゃないだろうし」

「そういうことだ」


 ジンが結論付けるが、拗ねていたティナは、ふとあることに気付いた。ジンは、今後の指針、と偽革命団ネフ・ヴィジオンの動向にしては口にしたが、黒幕については口にしなかった。


「ねえ、ジン」

「……………」


 ──こいつ、めんどうなこと言われると思ってスルーしたな!


「ああもう! 無視しないでよね!」


 ジンはため息を一つこぼし、


「説教は後にしろ」

「そうじゃなくて、黒幕がなんとかって言ってたでしょ?」

「ああ、それか」


 すごく気のない調子で答えられた。あんなに拘っていたジンにしては、ずいぶんと淡白な反応である。


「結局、誰なの?」

「確率が高いのはエスメラルドだ」

「エスメラルド公爵……?」


 おうむ返しにつぶやくティナの脳裏には、件の公爵の顔は思い浮かばなかった。確か、数年前にまだ20代の若い嫡男が公爵位を継いだばかりだったはずだ。もしかしたら、会ったことがあるかもしれないが、残念ながら記憶になかった。


「おいおい、マジかよ……」

「ただし、三公であるという前提に立てば、だが」

「三公でなければ?」

「さあな」

「……適当」


 本気で興味がないという態度をとるジン。ティナはその理由を理解していた。決して口にはできないけれど、確かに理解かっている。だから、ティナは別の方向からジンに尋ねた。


「いいの? ヴィクトール伯爵を殺した有力候補でしょ?」

「確定じゃない。それに、今は不可能だ」


 冷静にそう言いつつも、真紅の瞳の奥には、強い熱情が見えた。いずれ狩るつもりではあるらしいが、今は目の前のことに集中しているだけなのだろう。淡白なのはそのせいなのかもしれない。


「まあ、三公じゃねーなら、ずいぶんと急進的な連中だろうな。同じ貴族を襲撃するくらいだ。トカゲの尻尾切りくらいは不思議じゃない」

「っていうか、なんでエスメラルド公爵家なの?」

「狙撃手の逃亡方向と、セレナが接触した隠密が森の中にいたことからの推定だ」


 確かに、屋敷の裏手にある森の方角、狙撃手の逃げた方角の先にある三公はまさしく、エスメラルド公爵家のみである。

 しかし、それでは根拠として弱いような気がする。ジンもそこは理解しているのだろう。赤みがかった黒髪を掻き回すと、一言付け加えた。


「そして何より、ヴィクトール程度の伯爵家を潰すのにこそこそしないといけないのは、若く、まだ地盤が弱い、エスメラルドだけだ」

「まっ、セレーネとアマリリスなら、わざわざ動く必要はねーわな」


 ファレルは同意した後、場を整えるように、バチンッと指を鳴らした。


「まっ、どちらにせよ、方針は立った。明日以降、調査するってことでいいか?」

「構わない」

「オーケー」

「りょーかい」

「……やー」

「おまえは寝てろ」


 最後に布団の下から拳を突き上げたセレナを、呆れを隠さずに天を仰いだファレルは一言で切り捨てた。


「作戦開始は明日9時。ちゃんと寝とけよ。以上だ。解散!」


 その言葉を最後に、四人は思い思いに部屋を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る