第78話 連鎖 -butterfly effect- 09

「では、会議を始めましょうか」


 男は、広い会議室を見回して、そう言った。ティナ達、後発部隊が出撃してからほぼ一日半。この間に、メンバーの召集の準備、MCの整備等、動く場合に必要な事前準備を行い、夜になって全員が落ち着いた今、この場所に集まっていた。

 そこにいるのは、始まりの十二人、反動勢力レジスタンス革命団ネフ・ヴィジオンの創設メンバーである、《プリュヴィオーズ》と《ヴァントーズ》、そして発言者であり、革命団ネフ・ヴィジオンの参謀たる《メスィドール》の三名だけであった。

 しかし、その部屋は非常に広く、席は合わせて12席用意されていた。そして、3人はそれぞれ、ある一席を基準に、自分がコードネームとする月の数字が表す位置の席についていた。


「ほっほっ、少々席は寂しいがのう」

「茶化している場合か」

「すまんのう、歳を取るとどうも深刻でいるのが嫌になってしもうての」

「相変わらず貴様は……」


 呆れたように言う《ヴァントーズ》に対し、《プリュヴィオーズ》は好々爺然とし、飄々とした態度を崩さない。


「それぐらいにしておきましょう。問題は、ヴィクトール伯爵領の件です。すでにご存知ですね?」

「概要くらいはのう。じゃが、対策と言っても遅かろうて。ジンはもちろん、後から行ったメンバーも巻き込まれておろう」

「ええ、それは想定済みです。彼らの能力ならば必ず逃げ果せるでしょう。問題はその後、です」

「ヴィクトール伯爵と件の革命団ネフ・ヴィジオンをどうするか、ということだな?」

「ええ、どちらにせよ、革命団われわれを体のいい駒扱いされては困りますから」


 硬い口調で返した《ヴァントーズ》の言葉を、《メスィドール》は黒い笑みを浮かべて肯定した。


「具体的にはどうするんじゃ?」

「ヴィクトールと彼らを潰します。革命団われわれの総力を上げて」


 真顔で言い放った《メスィドール》に、《プリュヴィオーズ》はあからさまに顔をしかめた。《ヴァントーズ》もはっきりと表には出していないが、同じ思いらしく、眉をひそめている。


「《メスィドール》、おまえさんは極端過ぎる。肝が小さいかと思えば、無駄に急ぎ過ぎよって……今、事を性急に運ぶ必要もあるまい」

「いえ、逆です。今回の件は勝負を賭けるに値するタイミングです」

「どういうことだ?」

「ここで、革命団われわれがヴィクトール領を制圧すれば、どうなるでしょうか?」


 その言葉に、《メスィドール》以外の二人は息を呑んだ。《メスィドール》の作戦が、単にヴィクトール領を制圧することではないということに気付いたのだ。


「ヴィクトール伯が行った、オルレアン領への攻撃。ここで彼は、叛乱軍を装っていると聞きました。貴族は違う認識でしょうが、人々は違う。おそらく、革命団われわれの仕業だと思うでしょう。無論、ヴィクトール伯はそれが目的なのでしょうが」


 一度言葉を切った《メスィドール》は、二人の顔を見回し、改めて言葉を続けた。


「ならば、ここでヴィクトール伯爵を落とすことは、各地に革命の火を灯すことに繋がるはずです。革命団ネフ・ヴィジオンは、貴族を打倒し得る存在だと証明できる。もっとも、革命団われわれの威を借りている者たちも同じ考えでしょうが」

「……わかっておるのかの? おまえさんの作戦がどれほど危険なものか」


 《プリュヴィオーズ》は静かに問いかけた。《メスィドール》は、しばらく黙り込んだが、結局はうなずいた。


「ワシらはここまで分の悪い賭けに勝ち続けてきただけじゃ。若者達のおかげでのう。そんな彼らにまたしてもそれを強いるのが、ワシら始まりの十二人ろうじんのやることかの?」

「……わかっています。わかってはいるんですよ、《プリュヴィオーズ》……」


 《メスィドール》はどこか悔恨を感じさせる声で、つぶやいた。


「話は聞かせてもらった。私は、《メスィドール》の作戦を支持しよう」


 その一言共に、会議室の扉が開き、一人の男が姿を現す。その瞳は、蒼玉サファイアの如き蒼に輝き、堂々たる立ち振る舞いに迷いはない。


「《テルミドール》!? 明日まで帰らないと言っていなかったか?」

「『影』に話を聞いたものでな。予定を切り上げて戻ってきたのだ」

「ほっほっ、おまえさんもこれを好機と見るかの?」


 《プリュヴィオーズ》が混ぜっかえすように問うと、《テルミドール》は重々しくうなずいた。


「ああ、続報も聞きたいかね?」


 《テルミドール》の言葉に、《メスィドール》は虚を突かれたように黙り込んだ。

 革命団ネフ・ヴィジオンは、貴族の後援者もいるが、保持している技術に関しては公開されている範囲のみだ。

 長距離通信技術はその筆頭で、数キロ以下の中距離以下であれば、交信できる技術はあるが、それ以上となると、貴族の占有技術である。

 結果として、革命団ネフ・ヴィジオンの隠密活動は、中距離通信と実際の足で情報を交換せざるを得なくなっている。

 革命団ネフ・ヴィジオンにとっての最新の情報は、実際には数時間以上前の情報なのである。

 となると、情報源は、貴族でしかありえない。


「あなたの協力者、ですか?」

「私としては友人と言いたいところだが、まあいい。その彼によると、オルレアン領内の叛乱軍はほぼ鎮圧されたらしい。だが、ヴィクトール伯爵家の屋敷は何者かの襲撃を受け、全焼したようだ。伯爵は生死不明だが、おそらく生きてはいないだろう、とのことだ」


 《メスィドール》は、そのことを聞いて、誰がそれをやったかすぐに理解した。


「おそらく、セレナの仕業でしょう」

「ヴィクトール伯爵との繋がりを隠滅するだけではなかったのかの?」

「ええ、つまり……」

「不足の事態が起こったということか」


 《メスィドール》の言葉を引き取り、《ヴァントーズ》が結論付ける。


「そういうことじゃの」

「どうやら、思ったよりも早くことは進んでいるようですね」

「それはどうかな?」


 含みのある言い方をする《テルミドール》。《メスィドール》は、その様子に報告を急かした。


「どういうことです?」

「オルレアン領へ向かう街道には、ヴィクトール伯爵の騎士団と思われるMCの残骸が残されていたらしい」

「つまり、騎士団規模のMCを殲滅し、痕跡を残さずに消えた存在がいる、と?」


 そうであるならば、それは革命団ネフ・ヴィジオンとも比べものにならないほどに、強大な存在である。間違っても、ヴィクトール伯爵領内でしか活動していない、似非革命団ネフ・ヴィジオンに出来る芸当ではない。


「ああ、間違いないだろう」

「厄介じゃのう。じゃが、そこまでできる戦力というのは限られておる」

円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズか……」


 《テルミドール》の情報で会議室に集まる面々の深刻さは増していた。円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが出てきたとなれば、並の騎士と並の機体では対処できない。

 対抗しようと思えば、革命団ネフ・ヴィジオンならば、〈ガウェイン〉とジン・ルクスハイトが必要だ。


「《テルミドール》よ」

「なにかね?」

「この件、裏でが動いておるのではないか?」

「いや、にしては、杜撰すぎる。おそらくは別口だろう」

「ですが、ヴィクトール伯が消されたということは、貴族内部で彼を粛清する動きがあったということでしょう?」


 ヴィクトール伯が行ったことは、オルレアン領に対する明確な攻撃であり、つまるところ、それはヴィクトール伯爵家がオルレアン伯爵家に宣戦布告したも同義である。

 そのことを考えれば、ヴィクトール伯爵の行いに気付いた貴族が粛清を行っていてもおかしくはない。

 確かにおかしくはないのだが、いかんせんその行動が早過ぎた。実際に叛乱が起こってから、ヴィクトール伯の首が落ちるまでが早過ぎるのだ。

 まるで、前もって準備していたかのような速度である。


「おそらく、な」

「動いたのは三公じゃろうな」

「アマリリス、エスメラルド、セレーネ。この内のどれか、だということか」

「ええ、ほぼ間違いないでしょう。なんの痕跡も残さず、他領に介入できるほどの力を持つのは彼らだけですから」

「そして、その誰かにとっては、ヴィクトールの叛乱は想定済みの事態であったということじゃな」

「…………」

「…………」


 《プリュヴィオーズ》の言葉に会議室に沈黙が落ちる。三公が本気で動いているのだとすれば、その危険性はあえて語るまでもない。


「以上が2時間前の時点での最新情報だ。現状、彼らの動向は分からない。だが、彼らがオルレアン領で大人しくしているとも思えまい」


 《テルミドール》の言葉に、そこにいた全員が微妙な表情を浮かべて同意するようにうなずいた。あそこにいるのは、ジン・ルクスハイトを筆頭に、〈ガウェイン〉奪取作戦を成功させた精鋭であり、そして同時に、制御の利かない暴れ馬のような存在である。

 あのジンが、ヴィクトール伯爵に良いように使われたという事実を知って黙っているとは思えない。その上、ティナ、ファレル、カエデ、セレナという使える人材が付近に揃っているのだ。

 ジンは間違いなく動くだろう。そういう性格をしている。もっとも、獲物ターゲットであるヴィクトール伯爵はすでに死亡しているようだが。


「先ほども言ったように、おそらく、ヴィクトール伯爵の死には、三公が関わっている。だが、我々に打つ手がないわけではない」


 《テルミドール》は一度言葉を切り、他の三人の意見をうかがうように一人一人と目を合わせ、再び口を開いた。


「領主を欠いたヴィクトール領に安定を欠いたオルレアン領。そして、その裏で暗躍する三公。状況はこれ以上ないほどに混迷している。しかし、その混乱は変革へと繋がる導となるだろう」


 《テルミドール》は、何かに思いを巡らせるように目を閉じ、そして、堂々たる態度で命じた。


「全メンバーを召集しろ。総力戦をもって、ヴィクトール領領都、アガメムノンを制圧する。無論、我々もだ。では諸君、こうか」

「ええ」

「了解した」

「よかろう」

「これより、本作戦をオペレーション・トライデントと呼称。我々は三本目の矛先となりて、この混迷に終止符を打つ!」


 《テルミドール》の宣言を最後に、彼らはそれぞれの役目を果たすべく、会議室を後にした。

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