第53話 騎士 -oath of sword- 14

『準決勝第二試合、レーヴェル卿対サミュエル卿の試合を始めます。両者は所定の位置に着いて下さい』


 その放送を受けて、ダルタニアンはいつになく焦りの見える足取りで闘技場の中心へと向かった。エレガントさを欠いた所作。実に彼らしくない。


「これはこれは、レーヴェル侯爵のご子息ですね。改めまして、サミュエル・シルペストルと申します。未熟の身ではありますが、近衛騎士団の一員としてこの場に立たせていただいております」

「私はダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。近衛騎士の腕前、しかと見せてもらおう」

「お父上の護衛を承った時に伺ったのですが、レーヴェル卿はなかなかに優れた騎士だとか。先の試合といい、期待しております」

「私は決勝に進まねばならない。我が戦技の全てを以って近衛騎士、見事打ち破ってみせよう」

「打ち破る……ですか……」


 終始慇懃な態度を取っていたサミュエルは、すうっと目を細め、貼り付けた笑顔を歪めた。


「いいでしょう。近衛は甘くないということを身に沁みてわからせて差し上げます」


 ダルタニアンはその黒い笑みを見て、ようやくサミュエルの怒りを買ったのだと理解した。同時にその理由も。

 騎士の中でもエリートである近衛騎士が、無名の騎士に打ち破ると言われて面白いはずがないだろう。たとえ、今までどのような試合をしていたとしても、だ。

 そして何より、ダルタニアンはサミュエルとの試合を軽んじた。ダルタニアンはアルカンシェルに気を取られ、決勝に行かなければならないなどという、この試合を通過点のように扱った。

 騎士として、目の前の試合を、目の前の騎士を侮るなど言語道断。

 そう、ダルタニアンは騎士としての忠節と礼儀をを欠いた。その理由も自覚している。

 先の試合、アルカンシェルとシャルロットが見せた試合は実に見事なものであった。しかし、同時にそこで見せ付けられた二人の騎士としての技量は、ダルタニアンに焦燥を抱かせるに十分なものであった。

 準決勝までで見せたアルカンシェルとシャルロットの戦技は確かに素晴らしいものであった。しかし、ダルタニアンを致命的な動揺に誘うものではなかった。なぜなら、届かない、とは思わなかったからだ。

 彼らの戦技は間違いなく、ダルタニアンの想像の範疇に収まっていたのだ。あの二人が2本目の剣を抜くその時までは。

『双剣』と『二剣』。彼らが見せた剣舞はダルタニアンの想像を超えていた。それこそ、遠く及ばぬと思ってしまうほどに。

 その瞬間、確実に、ダルタニアンにとってその領域は、届かぬ場所であった。思いもよらぬ場所であった。

 見せ付けられたのは騎士としての絶対の差。技量だけではない。発想力、思考力、対応力、そして、実践力。その全てがダルタニアンには足りぬものであった。

 それ故に、騎士としてのダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは動じた。

 騎士としてのダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは、忠節を、礼儀を欠いた。

 つまるところ、ダルタニアンは己にない力を持つ者に嫉妬したのである。

 それに気付いた時、ダルタニアンは愕然とすると同時に、強く恥じた。

 ああ、なんという未熟な心か!

 ああ、なんという矮小な雑念か!

 騎士道を貫かんとする者の心が、こう容易く惑わされてなんとする!

 ダルタニアンは、すでに背を向けて、己の機体へと向かっていたサミュエルに声をかけた。


「サミュエル卿!」


 しかし、サミュエルは歩を進めるのをやめない。だが、それで良かった。

 ダルタニアンは十戒を、剣の誓いを重んずる騎士である。語るべきは言葉ではなく、己が戦技である。

 シャルロット卿も口にしていたではないか。『剣に尋く』と。

 故に、これはダルタニアンの自己満足に過ぎないのだろう。しかし、それは決意である。


「騎士として恥ずべき行為をしたことを謝罪する。許してくれ、とは言わない。私の剣に、私の言葉を、私の思いを見て欲しい」

「…………」


 サミュエルは答えなかった。ただ、ゆったりとした歩調のまま、主を待って鎮座していた〈ファルシオン〉の中へと消えた。

 もはや言葉は不要。騎士ならば剣で語るが相応しき姿。

 ダルタニアンもさっと、身を翻し、自らのMCへと歩き出す。その颯爽たる姿、実にエレガント。すでに、彼の心は凪いでいた。


『準決勝第二試合、試合開始!』


 アナウンスが温まった会場に鳴り響くと同時、サミュエルが駆る〈ファルシオン〉が動いた。滑らかで無駄のない挙動。それでいて、実に見栄えのするエレガントな動き。なるほど、確かに、近衛騎士の一員だけはある。

 先の試合で、アルカンシェルとシャルロットが見せたひたすらに実戦で有効であることを突き詰めた荒々しくも鋭い機動とは対照的である。しかし、それに迫る速度であった。


「ふっ……」


 その速さに思わず顔を綻ばせたダルタニアンだったが、その目は落ち着いてサミュエルの〈ファルシオン〉の動きを追っていた。

 変幻自在の剣を扱う彼にとって、観ることはすなわち武器である。剣を交わす前から勝負は始まっている。

 一見して正面から突っ込んでいるだけに見えるサミュエルの〈ファルシオン〉。そこに隠れた、重心のズレや体勢の傾きといったわずかな揺らぎから、相手の手を読む。

 それができねば、受けとカウンターを得意とする剣術など扱えない。

 振り下ろされた剣を受け流す──はずが、盾の手応えが違う。


「むうっ……!?」


 ダルタニアンの〈ファルシオン〉は、たたらを踏んで飛び退いた。タイミングを読み違えた? いや違う。パワー負けしている。出力負けしているのだ。

 ダルタニアンはもう一度、サミュエルの機体を凝視した。ただの〈ファルシオン〉に見えていたが、よく見れば違う。装飾が、装甲の形状が、頭部のディテールが、違っている。


「これは……」

『おや、気付いていらっしゃいませんでしたか?』


 そう、気付いていなかった。このコロッセウムにおいて、新旧様々な機体が登場していたせいで気付かなかった。

 あの機体は、近衛騎士専用の〈ファルシオン〉の改修機、〈レガトゥス〉だ。

 普段の護衛任務に就いている時は、絢爛な装飾を施した装備をしているが、原型となっている機体は、そう派手なものでなく、大半が〈ファルシオン〉と共通している。しかし、その性能は細やかな向上が図られており、総合的には〈ファルシオン〉は、水を開けられている。


「ふっ……だが、逆境でこそ、騎士の真の実力は輝きを放つもの! 私の騎士道! とくと味わってもらおう!」


 ダルタニアンは攻めに打って出た。受け流し、反撃を放つのは難しい。だが、ダルタニアンの剣は変幻自在を旨としている。カウンターが使えなくなった程度では、その引き出しは尽きない。


「ふんっ……!」

『なるほど……』


 ダルタニアンが繰り出した剣は、盾に阻まれ、〈レガトゥス〉に届くことは叶わない。しかし、追撃に出ようとしていたサミュエルを押し留めることはできた。

 〈ファルシオン〉は鍔迫り合いを嫌ってすぐに飛び退く。それの追従する〈レガトゥス〉。

 剣と剣とがぶつかり、オレンジ色の火花を散らす。素早く切り替えした互いの剣が再び交錯する。互いに盾で防ぎ、その場で踏ん張って押し合う。

 出力の差ゆえか、ダルタニアンの〈ファルシオン〉はジリジリと押し込まれていく。


「ならば!」


 ダルタニアンはここで大胆な策に出た。あえて盾を押し切られることで、半身になり、剣の勢いを増したのだ。

 ダルタニアンには二本の剣を同時に操る技術はもちろん、盾を自由自在に攻撃に使う技術もない。だが、あの場で戦っていた者達に、今戦う目の前の騎士に、己の剣技が劣っているとは思っていない。

 己の剣で、己のなせる技で、己が力を証明してみせよう。それが、目の前の騎士への礼儀であり、決勝で待つアルカンシェルへの決意表明だ。

 奇をてらうことはない。ただただ、磨き上げてきた己が戦技を信じて戦うのみ。


『くっ……!?』


 拮抗していた相対する力が突然失われれば、どうなるか。あえて語るまでもない。そこにさらに、反対側に剣を押し込まれたのだ。当然、〈レガトゥス〉はつんのめるようにして大きく体勢を崩すことになる。

 もちろん、ダルタニアンはその隙を見逃すような騎士ではない。

 鋭く突き出された剣が、前のめりに崩れた〈レガトゥス〉を貫く──寸前、突然跳ね上がった剣によって、ダルタニアンの騎士剣ナイツソードは宙を舞っていた。


「なんと……!?」


 跳ね上がった剣は、盾の裏側、左腕の二の腕から生えていた。形状としてはジャマダハル──いや、カタールと言った方が分かりやすいか──のそれに近い。

 MCには珍しい、いや無粋とも思われる固定装備。〈レガトゥス〉のことを知っていたダルタニアンもその隠し武器の存在は知らなかった。

 しかし、ダルタニアンは無粋とは思わなかった。むしろ、実にエレガント。

 そこに宿るは、後ろ指を指されようとも、己が矜持を貫く、近衛としての堅守の意志。

 それを装備し、使ったサミュエルに、ダルタニアンは感銘すら覚えた。

 感動に打ち震えるダルタニアンの耳に、少々、気まずげな声が届いた。しかし、その一方で、武器を失い呆然としたように見えるダルタニアンを侮っている色も感じられた。


『おや? 無粋でしたか?』

「……素晴らしい」

『は……?』

「その勝利への姿勢! その揺るがぬ矜持! 実にエレガント!」

『……レーヴェル卿?』

「ふっ……だが、だからこそ、刃を交わす意味があるというもの!」


 腰に佩いた予備の騎士剣(ナイツソード)を、踏み出しながら抜き打ちに薙ぎ払い、追撃の剣を打ち払う。わずかに押し返された〈レガトゥス〉に、一歩も引かぬ意志を込めて、盾を叩きつける。

 〈レガトゥス〉は騎士盾ナイツガードで、その一撃を受け止め、反撃の剣を放つが、素早く突き出された〈ファルシオン〉の剣に先手を打たれ、受けに回ることになる。

 その剣は先にも増して鋭い。サミュエルはわずかに動じた。突然、剣がキレ始めた。

 ダルタニアンのパッションが溢れ出したのに呼応するかのように、剣は振るう度にそのキレを増していく。同時に、受けに回らされたサミュエルの困惑も深まっていく。


『これは……!?』

「さあ、サミュエル卿! 私との剣舞を存分に楽しんでくれたまえ!」


 しかし、ダルタニアンにとっては自明の理であった。サミュエルの矜持を、騎士道を、身を以て体感した今、ダルタニアンにとって、彼は尊敬すべき騎士である。

 そんな騎士に、己が戦技を見せたい、そして、先の試合にも劣らぬ盛り上がりを魅せたいという熱情パッションが、今の彼を貫いていた。

 つまるところ、ダルタニアンは興が乗ってきたのである。

 そして、こうなった彼は、強い。

 切り返す剣は、精緻なガラス細工の如き繊細かつ正確な軌道を描き、撃ち放つ刃は、荒々しい肉食獣の牙の如く、サミュエルの〈レガトゥス〉に喰らい付く。

 まさに変幻自在。これこそが、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルの本領。

 素直に認めよう。見誤っていたのはサミュエルの方だった。ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルという騎士の底を見極め損ねたのは彼の方だったのだ。


『くっ、仕方ありませんね……本気でいきますよ、レーヴェル卿!』

「ふっ……そうとも! そうでなければ、剣の誓いは見えぬもの! 存分に語り合おう! 私と君の騎士道を!」


 〈ファルシオン〉と〈レガトゥス〉が交錯する。すれ違う最中に、剣とカタールが互いに喰らいつかんと激突。しかし、互いが互いを阻み、有効打はなきままに、一瞬を終える。

 素早くターンしたのは、ダルタニアンの〈ファルシオン〉。剣だけではない。機動それ自体も、確かにキレを増している。

 ダルタニアンは今日一日の試合を通し、成長していた。自ら試合で剣を振るうばかりでなく、多くの騎士の試合をその目で見てきた。

 そして何より、アルカンシェルとシャルロットという、本物の技量を持つ騎士の鎬の削り合いを、至近で目にすることができた。

 このことが彼に与えたインスピレーションは大きかった。真似はできない。だが、確かに目にした技術の数々は彼の糧となっていった。

 先手を打ったダルタニアンが取ったのは、騎士剣ナイツソードを振るうという選択肢ではなかった。

 ブースターで加速。盾を前に突き出したまま、ダルタニアンは吶喊した。シールドチャージ。わずかな優位を剣を振るう時間で無駄にしないための、最短の最適解。それが彼の取った行動だった。

 〈ファルシオン〉と〈レガトゥス〉が正面からぶつかる。当然、振り返ったばかりの〈レガトゥス〉が大きく弾き飛ばされるが、〈ファルシオン〉は追撃にでない。否、出られない。

 激突の瞬間、〈レガトゥス〉が繰り出した剣が、頭部に直撃し、メインセンサーが破損したのだ。

 真剣を使わない模擬戦で、MC本体に損傷を与えるのは難しい。それは、斬れ味のない刃引きしたナイフで、肉を切ろうとするのと同義である。

 だが、頭部に集中したカメラを含みセンサー類は違う。繊細でありながら、露出しているために非常に脆いのである。もっとも、露出していなければなんの役にも立たないので当然と言えば当然なのだが。

 視界はすぐに機体各部のサブカメラによって補われたが、それも完全ではない。その上、センサーは大半が機能停止。ダルタニアンは一気に不利に追い込まれた。


『これで終わり、でしょうか? レーヴェル卿』

「ここで斃れてはレーヴェル家の、否! 騎士の名折れ! ふっ……センサー情報を全てカット……そう、騎士ならば、その心眼さえあれば十二分!」


 ダルタニアンはあえて余裕を持って答えた。実際には、余裕などない。センサーの情報を失い、視界が制限されていては、ダルタニアンはそこかしこに死角を作ったまま戦わなければならなくなる。これでは、目隠しをしたまま剣を振るうのと同じ。

 はっきり言って、追い詰められているのはまぎれもない事実。だが、ダルタニアン自らの動揺を打ち消すように言い聞かせた。

 そうだ。この程度の窮地、乗り越えられずして、誰がダルタニアンを真の騎士と認めるものか。


「では、かせてもらう!」

『無駄ですよ。あなたの敗北は確定しています』

「やってみなければ!」


 盾を投げ捨て、吶喊したダルタニアン。欠けた視界に〈レガトゥス〉を捉える。

 繰り出すは、大上段からの剛剣──


「分からんだろう!」


 しかし、大振りな一撃は容易く回避されてしまう。そして、その一瞬で、〈レガトゥス〉は死角へと消える。

 当然の帰結。だが、この事態を予測していないダルタニアンではない。


『終わりです。騎士としての想い、確かに見せていただきましたよ、レーヴェル卿』


 ダルタニアンは、自らの喉元に迫る死神の鎌を幻視した。

 刹那、ダルタニアンはイメージする。自分が戦っている様子を他人の視点で見ているかのように。

 二機のMC、〈レガトゥス〉と〈ファルシオン〉、それぞれの動きを予測する。

 サミュエルは優れた騎士である。それ故に、この状況での最適解を知っている。

 もしダルタニアンがサミュエルの立場であれば、速やかに死角からの一撃を加えるだろう。

 そう、ダルタニアンは短期決戦に賭けていた。視界が失われた今、長期戦は圧倒的に不利。

 しかし、サミュエルが狙うならまさにそれであろうことは想像に難くない。

 故に、ダルタニアンは機先を制して飛び込んだ。そして、賭けた。その一瞬に。

 刹那の思考。そして、全てを賭けた一撃をダルタニアンは放つ。


(騎士として、その想いの強さが、誓いの重さが、この勝負を決める……さあ、僕を英雄となるに相応しい器と認めるならば──)

「微笑んでくれたまえ! 勝利の女神よ!」


 直後、轟音が響いた──


『なっ……!?』


 ──そして、〈ファルシオン〉が機体を捻りながら、放った切り上げが、〈レガトゥス〉を左側から強襲し、腕に握った騎士盾ナイツガードを上空へ吹き飛ばしていた。

 最初の一撃は布石。全力の切り上げ、これを放つための初動にすぎない。しかし、〈レガトゥス〉の位置は死角に入られては分からない。

 故に、ダルタニアンは、自らを客観的にイメージし、己が攻めるであろう位置へ向けて、全力の一撃を叩き込んだ。

 正確な位置の分からぬ敵の位置が、己の信ずる騎士としての勝ち方と一致するか。

 つまるところ、ダルタニアンの賭けはこれだった。

 そして、ダルタニアンは賭けに勝った。

 否、勝利の女神は、ダルタニアンに微笑んだ。

 堂々たるその太刀筋、実にエレガント。

 迷いなきその姿勢、実にエレガント。

 東洋に伝わっていたという伝説の剣、ツバメガエシ。そう呼ぶに相応しい、絶技であった。


「さあ、終幕フィナーレだ!」

『これが……!』


 握りこんでいた盾が吹き飛ぶほどの一撃である。食らった〈レガトゥス〉は、大きく姿勢を崩し、盾の質量の持っていかれた体幹は、すぐには戻せない。


「一刀! 両断!」


 大上段に構えた剣。それは、ダルタニアンの全てを込めた剣。

 正面からそれを見据えたサミュエルは、鉄面皮をふっと緩め、


『ふっ……侮ったのは私の方でしたか……』


 金属がぶつかる凄まじいまでの爆音が響いた。

 剣を振り下ろした体勢のまま、〈ファルシオン〉はその動きを止めていた。

 〈ファルシオン〉の剣が、度重なる負荷に堪え兼ねて砕けた。

 一瞬の静寂。

 そして、正面に立つ〈レガトゥス〉はゆっくりと前のめりに倒れ、同時に、くるくると回転しながら、半ばから破砕された剣を握った腕が、地に落ちた。

 ダルタニアンのあまりの剣圧に、刃を潰した模擬剣でありながら、MCの腕を叩き斬るほどの威力を発揮したのだ。

 これぞまさしく、紫電一閃。

 ダルタニアンの気が、サミュエルのそれを上回った瞬間だった。


『……勝者、レーヴェル卿!』


 放送が勝者を告げ、一気に会場が喧騒に包まれる。そんな中、ダルタニアンは一人、準決勝進出者の四人のために設けられた席へと視線を向けた。

 アルカンシェルの感情のこもっていない真紅の瞳が、ダルタニアンのそれとカメラ越しにぶつかった。


(ようやく、足元まで辿り着いたぞ、アルカンシェル卿……君の戦技、真近で見せてもらおう)


 互いの視線が外れる。心に中で誓いを新たにしたダルタニアンは、コックピットを開き、そして、目の前に崩れた〈レガトゥス〉に〈ファルシオン〉の手を差し出した。


「サミュエル卿、手を貸そう」

『……ええ、助かります』


 半ばから断ち切られた方の手を無理やり支えのすると、〈レガトゥス〉は、〈ファルシオン〉の手をしかと握った。

 〈ファルシオン〉が手を引き、〈レガトゥス〉が立ち上がると、方々から拍手が上がった。

 勝者でありながら、敗者に手を差し伸べるという、騎士道を貫くダルタニアン姿勢が高く評価された証拠であった。


「サミュエル卿、君の騎士としての信念、しかと見せてもらった」

『……いえ、私の方こそ、あなたの騎士道、確かにこの身に焼き付けました』


 駐機姿勢をとらせた二機、それぞれのコックピットから、二人は飛び降り、平服する騎士人形の中央で固く握手を交わした。


「レーヴェル卿、あなたはお父上がおっしゃっていた通りのエレガントな騎士のようだ」

「いや、私など未熟千万。だからこそ、君との試合は、私自身を見つめ直す良い機会となった」

「ははっ……やはり馬鹿正直な方ですね」

「ふっ……十戒を科した騎士の身には当然のこと。私が目指すのはその先なのだから」

「楽しみにしていますよ。あなたがこれから騎士として、どのような道を歩んでいくのか。期待させていただきましょう」

「期待を裏切らぬように全力を尽くそう。君にも、いずれ、剣を交えに我が領地へ来てもらいたいものだ」

「時間があればうかがいましょう。では、次に剣を交えるその日を楽しみに」

「ああ、また会おう、サミュエル卿」


 互いに、互いへの敬意を込めて騎士の礼を取る。そして、それがその試合の終わりを告げる、カーテンコールとなった。

 歓声と賞賛の混じり合った喧騒に、心地良ささえ感じながら、ダルタニアンはゆったりとした足取りで、用意された席へと戻り、気の無い様子で席に着いていた男に指を突きつけた。


「さあ、決着を付けようではないか! アルカンシェル卿!」


 そして、ダルタニアンは、身に付けていた純白の手袋をアルカンシェルに向かって投げた。古くから伝わる、貴族の決闘の申し込み方である。

 アルカンシェルはそれを宙で受け止めるという荒技を事もなげに披露し、その口角を歪めた。獲物の喉笛に喰らい付く、捕食者の笑み。


「私の名は、ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル! 侯爵家嫡男にして剣に誓いを立てた一人の騎士として、アルカンシェル卿! 君に決闘を申し込む!」

「……いいだろう」


 アルカンシェルは立ち上がると、ダルタニアンに軽い手付きで手袋を投げ返し、告げた。


「死ぬ気でこい。約束通り、全力でおまえを──」


 アルカンシェルという男の気配が変わった。それは言うなれば死神。冷たい手で心臓を掴み上げられたかのような圧迫感がダルタニアンを襲う。


「──潰す」


 今大会決勝戦。ぶつかり合うは二人の新参者。

 一人は、誇り高き騎士。

 そしてもう一人は、冷酷なる双剣使い。

 二人の決闘が始まる──

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