第16話 蜂起 -rebellion- 15

「くっ……」


 ティナ達の行動で生まれた一瞬の隙を突き、優勢に持ち込んだのも束の間、その逆転自体が儚い幻だったかのように消え失せ、ジンは再び、苦戦を強いられていた。

 才能でも技術でもない、純粋に積み上げた経験からくるその技量は、一度崩れても容易に立て直し、ジンを着実に追い詰めていく。

 派手な動作や、目立った機動はない。ただ、堅実に、的確に、勝利へと一歩一歩積み重ねていく。シェリンドンのやり方はそれだった。

 つまるところ、シェリンドン・ローゼンクロイツにとって、ジン・ルクスハイトは、堅実さをかなぐり捨てるほどの相手ではないということだった。

 敢えて博打を打つ必要はない。ただただ、熟練した狩人が無駄のない動作で獲物を仕留めるように、ゆっくりと逃げ場をなくしていく。それだけでいい。それだけで、シェリンドンの勝利は揺るぎないのだから。


『先ほどに増して動きが荒いぞ、少年』

「…………」


 そんなことはわざわざ、言われなくても分かっている。

 すでに肩で息をしているジンに対し、シェリンドンは息一つ乱していない。黄金の剣を失ってからは押され気味だったはずだが、そんな様子は微塵も感じられなかった。

 そもそも、ジンは先ほどの戦闘で、全身に当身を食らったにも等しいダメージを受けている。肉体的ダメージは誤魔化しが効かない領域に入り、確実に彼の動きを乱していた。

 そして、甘く繰り出した『ガラティーン』が、シールドに弾かれ、〈ガウェイン〉の手を離れる。


『チェックメイトだ』


 半ばまで切れ込みが入った黄金の盾を〈ガラハッド〉が投げ捨て、宙を舞う『ガラティーン』を空中でキャッチし、そのまま、〈ガウェイン〉のコックピットへと突き出す。


「──っ!」


 しかし、その時、数百メートル離れた管理塔で、凄まじい爆発が起きた。衝撃波は彼らのいるところまで届き、突き出された『ガラティーン』は虚しく地を穿った。


『何!? まさか、『ケルビム』か!?』


 それは、〈ガラハッド〉が初めて見せた致命的な動揺と隙。

 ジンは迷わなかった。即座に地面に刺さったままになっていた『ガラティーン』を両手で握り、その斬れ味に任せて、地面ごと、〈ガラハッド〉を切断する。


「はぁあああ! 堕ちろ!」

『なんだと!?』


 ジンの振るった刃は、左脚部から、『ガラティーン』を握っていた左腕までを切り抜け、斜め上へと抜けていく。


『だが! 甘い!』


 素早く作り出されたのは手刀。大きく振り抜いたせいで、前のめりになった〈ガウェイン〉に避ける術はない。

 しかし、次の瞬間──

 〈ガラハッド〉の手首に火花が弾けた。

 そして、手刀はコックピットをそれ、紅玉ルビーの装甲をわずかに削るだけに留まる。


『この体勢で撃つとか無茶苦茶だな!』

『撃たなきゃジンがやられちゃうでしょうが!』

『いいから、早く戻って! 高度下げるよ!』


 聞こえてくるのは仲間たちの声だ。こんな状況下でも口喧嘩しているあたり、本当に緊張感がない。


「まったく……」


 衝撃。

 〈ガウェイン〉と〈ガラハッド〉が正面衝突したのだ。〈ガラハッド〉を押し倒す形になった〈ガウェイン〉を、ジンは素早く立て直し、〈ガラハッド〉が突き立てた『ガラティーン』を引き抜いて、双刀を腰に佩くと、機体をヘリの真下へと走らせる。


『もう一発!』


 ティナの叫び声が聞こえ、今度は〈ガラハッド〉の頭部カメラに火花が散る。

 〈ガラハッド〉は突如、視覚を破壊されたことで、狙いを定められなくなったらしく、銃形態で保持した黄金の剣を彷徨わせる。

 そして、その隙をティナは見逃さない。

 もう一発銃弾が弾け、銃口へと叩き込まれた弾丸が誘爆を起こし、黄金の剣を今度こそ完全に破壊する。


『やった!』

『だから、落ちるって言ってるだろ!』

『ジン! 接続シーケンスに入るよ! 後、そっちは遊んでないでスモークの準備!』

「了解。相対位置、固定した」


 軽い衝撃がコックピットに走り、〈ガウェイン〉の機体が、ヘリに固定される。


『固定完了。盛大にばら撒くんだ!』

『おっけい!』

『了解!』


 直後、ジンの眼下に撃ち込まれた発煙装置スモークディスチャージャーが、熱源とチャフを兼ねた煙を吐き出し、視界とレーダーによる感知野を奪う。


『よし、撤退だ』

『了解! 速度最大、行くよ!』


 白煙が晴れた時には、彼らの姿はなく、残されたのは、衝撃波でボロボロになった街並みと、半壊しながらも佇む蒼玉サファイアの〈ガラハッド〉、そして、それに付き従う四機の〈ファルシオン〉だけだった。



「してやられたな」


 シェリンドン・ローゼンクロイツはコックピットでひとりごちた。

 エネルギープラントの破壊という想定外に気を取られ、一連の流れで逃走を許してしまった。

 もちろん、追うこともできた。シェリンドンには、〈ガウェイン〉を撃てるタイミングが、わずかな時間だけだが、確かにあったのだ。

 しかし、彼は撃たなかった。撃とうと思えなかったのだ。

 出来レースばかりのつまらない戦場の中で見つけた、異分子イレギュラーの少年が見せた力。 そして何より、あの双剣・・の使い手であるということ。それが、彼の興味を引いて止まなかった。

 まだ、未熟な部分も荒削りな部分もあれど、素晴らしい技量と思い切りの良さ。

 いずれ自分を超えるかもしれないと思うと、その惜しさに引き金を引くことを躊躇ったのだ。

 そして、気になることはもう一つ。


「しかし、あの狙撃……」


 衝撃波で揺れるヘリの上から、舞い上げられた砂塵で視界が制限されている中でのあの正確な狙撃。常人に可能な技ではない。

 おそらく、資源プラントの破壊もあの狙撃手の仕業だろう。


(あれほどの狙撃を行える人物がそんなにたくさんいるものか……? もしや……)


「ふっ、まさか、な……」


 自分の脳裏に浮かんだありえない考えを振り払うと、ヘリの消えた方角をしかと見据える。そして、あの真紅の瞳の少年へと、語りかけた。


「次に会う時は、腕を上げてくるといい。楽しみにしている」

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