第42話・マキ割り
機は熟した。窯は万全、燃料は潤沢、気力は充実。そして今まさに、続々と搬入される作品の窯詰めが終わろうとしている。
入れかわり立ちかわり窯づくりに参加したメンバーは、12人ほど。集まった作品数は、計一千点。それぞれの想いを詰め、窯は小さな焚き口を残してレンガで閉じられた。
太陽センセーの手からお神酒が供えられ、全員で柏手を打つ。焚き口の上に祭られているのは、火炎さん手製の怪物をかたどったリュトン(角杯)だ。その窯神様に、安全な焼成とすばらしい焼きあがりを祈願する。先人と自然への感謝も忘れない。
いよいよ待ちに待った窯焚きだ。みんなの見守る前で、火炎さんがマッチをする。新聞紙から焚き口に組まれた木へと火が移っていき、ついにあぶり焚きがはじまった。はじめは木っ端を使った小さなマキ組みで焚き口付近を温め、少しずつ火を大きくして、エントツへと抜ける火道をつくっていく。焚き口からエントツの間には、みっつの窯にひしめき合う作品群という障害物が立ちふさがるため、なかなか通り道はできない。しかし熱せられた空気は、進み、もどり、迷い、滞り、押し合いへし合いしつつも窯内を貫き、ついに惑うことのない一本の道すじをつける。いったん煙道まで通った火道は次第にくっきりとした流れを形づくり、太い引きとなる。こうして炎は、成長しつつ、確固とした往路を突き進んでいく。
炎が大きくなると、燃料の供給も急を要してくる。今までに体験してきたマキ窯焼成は、かたわらに山と積み上げられた割り木をポイポイ放りこんでいくだけで事足りたが、若葉家の窯焚きはそれほどお手軽ではない。マキ小屋に転がっているのは「マキ」ではなく、輪切りにされた丸太なのだ。こいつを片っぱしからオノで断ち割りつつ、窯を焚かなければならない。つまりマキの生産と消費が同時進行なのだ。在庫ゼロのかんばん方式。せわしないったらない。かぶと窯はいつまでたってもオレたちを肉体労働から解放してはくれない。しかしそれがあってこそ、やり甲斐と、作品を手にしたときの喜びがあるというものだ。徹底的に現代の利便性を排除し、古代の作法に帰ろう、というのが太陽センセーの理念なのだ。
「古来のものをこしらえるには、古来の装置のメカニズムを思い起こすんじゃ。なぜ窯がその場所に築かれ、なぜ炉内のその位置に柱があり、なぜ棚板やツク(棚組みをするときの支柱)がその形状であり、なぜその燃料を用いなけれなければならなかったのかを考えねばならん。窯の傾斜、風向き、湿気、道具の寸、マキの種類・・・それらはすべて偶然ではなく、意図されたものなんじゃ。合理なんじゃ」
だからその頃のやり方をそのまま再現してみる。それこそが、当時の技術を探る最良の方法であり、当時の陶工たちの心の内を知る最大の術なのだ。上手な焚き方は最新の情報をひもとけば簡単にわかる。効率的に温度を上げるには最新式の窯の構造を写し取ればいい。上質な炎を得たければ高価な燃料を使えばいい。しかしセンセーは、もっと深い部分を掘り起こそうと考える。どれだけ理詰めで最高のものを用いようと、当時のように焼きあげることはできない。だからこそ、非効率でも桃山時代式のやり方にこだわるのだった。彼らは粗末な窯で焚いていたのだから。雑木を焼いていたのだから。
センセーは陶芸資料館を訪れても、研究所の成分データなどには興味を示さない。学芸員にいってウラから陶片を持ってこさせ、それを凝視することにふける。そして些細なヒントからひらめきを得、実際的に方法論化する。文明の力を借りてそっくりなものをつくるよりも、先人の知恵を遺産から看破することにこそ心血を注ぐのだ。さらに山に帰ると、手あたり次第に実験して考証する。いろいろな木をさがしてきてはいちいち焼き、灰にし、釉薬として試して、任意の色を出すためのマキを特定する。同じ樹の種類でも、浜辺にはえていたものか山腹のものか、枝か幹か根か、どの箇所が石灰質でどの部分が珪酸質か、そこまでを徹底して調査する。今までに焼かなかったものはない、というところまで突きつめて考え、行動しているセンセーの言葉には、説得力があった。
さて、いろいろな素材をさんざん試しつくし、太陽センセーは結論づけた。桃山の陶工たちが用いていたのはとどのつまり、
「どんぐりの樹(つまり雑木)のようじゃ」
しかも多少湿気たくらいのなまくらなマキで、悠長に焼くのがいい。豊富な経験が導き出した輝ける解答。それこそが、驚くべきことに、
「建築廃材で焼いたらちょうどええわ」
なのだ!なるほど、ここにくるまでには様々な紆余曲折があり、理にかなった事情があったのだ。
・・・だが、横たわる虫食い電柱を前にしたオレたちは、影でそっとささやき合った。
「なんやかんやいって・・・結局はマキ代をケチってるだけのような気もするけど・・・」
「マキ割りなんてしんどい作業するより、売ってる松マキで景気よく焼きたいよなぁ・・・」
バチ当りな弟子たちなのだった。
実際、マキ割りは大変な重労働だった。長さ1メートル、太さが人のヘソ回りほどもある丸太を立て、その円心に巨大なオノを打ちこむ。振り下ろすオノがまた、野球バットほどもある頑丈な柄に重厚な鋼刃(鍛治師・太陽センセーが打ち鍛えた宝刀)のついた尋常ならざるシロモノ。マキ割りといえば、時代劇で無口な武士が淡々とこなすあの画づらを想像しそうだが、実際は、ヘヴィ級ボクサーがタイトルマッチ前にロッキー山中で行う秘密特訓に近かった。
しかしへっぴり腰からくり出される一撃は、正規の軌道からほど遠いポイントにヒットする。刃先は、丸太にダメージを与えることもなくはじき飛ばされたり、また、足指のすぐ手前に落下したりした。冷や汗がにじむ。たまたまスイートスポットに当たっても、腰が入っていないために、木のみっしりとした繊維に刃が食いこんで抜けなくなる。大汗が流れる。くり返しくり返し、こわごわにオノを打ちこんだところで、なかなか割れるものではなかった。
マキの供給を待ちきれず、栄養不足の火はじょじょにやせ細っていく。焦る。ところがそんなピンチにおちいると、どこからともなく太陽センセーが現れるのだった。手のひらに「ぺっ、ぺっ」とツバしつつ。
「こうやるんじゃ。よう見とけや」
老陶芸家は大オノをひったくると、柄を固く握りしめ、腰を入れて大きく振りかぶった。鉄刃の先端がお尻にぶつかりそうだ。しかしその反動を利用して始動。丸まった背中は筋肉のコブであったかと思いたくなる力強い打ちこみが開始される。風を切る音。柄はしなり、刃が美しい円軌道上を走る。
ぱかーん。
木目の中心に叩きつけられた鋭いインパクトは、幹を貫いて地面にまで達する。丸太は見事に両断された。あっけにとられるほどの簡単な作業だ。
「ほい、次」
半割れを立てると、刃先は再びその中央を垂直に走る。御歳七十七のセンセーがオノを振り下ろすたびに、くさび形の鉄塊は素直に丸太の繊維を裂いた。そしてまっぷたつからよっつ、やっつと断ち割られる。木片は「マキ」と呼び名を変え、どんどん焚き口に飲みこまれた。窯の炎はようやく与えられた栄養を摂取し、めきめきと音を立てながら肥え太っていった。
センセーのデモンストレーションを見せていただいてから、だんだんとマキ割りのコツがつかめていった。恐怖によるためらいが軌道を狂わせ、衝撃を殺してしまう。躊躇なしに打ちつけることが肝要なのだ。迷いを払った一撃は、面白いように丸太を切り裂きはじめた。ごつくて強大な敵を一刀のもとに仕留めると、快感が背骨を突き抜ける。スッパスッパと、夢中になってオノを打ちこんだ。繊維がねっとりと入り組んだものなどは多少手をわずらわせたが、そんな陰険な相手ほど、討ち倒して勝利したときのカタルシスは大きい。オレは新たに没頭できる仕事を見つけた。
大量にできたマキを積み上げながらふと見ると、代々木くんはそのむくつけき背を焚き口に丸め、一心に炎を育てていた。こちらからひょいひょいと投げわたすマキを、遠慮なしにひょいひょいと火にくべ、小さな瞳いっぱいにオレンジ色の幸福感をたたえている。いつの間にか彼は、いちばんおいしいポジションを持っていったのだ。あなどれないやつだ。こっちがせっせと手にマメをつくっている間に、オオアリクイはせっせと高火度をつくりつづけた。
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