第38話・貴族
夏も終わりに差しかかると、クラスは明確にふた通りの種族に分裂をはじめた。すなわち「やる気をみなぎらせる熱血なヒトビト」と「涼しげなヒトビト」である。
作業場の半分ほどは熱気が支配して雰囲気が引き締まっていたが、残りの半分は「もう飽きちゃった感」がありありと見てとれる社交場と化していた。七時間の訓練中は、つくりあげる作品数のノルマがあるわけではない。課題が与えられてはいるものの、それは各自の判断で消化していくべきもので、強制されてはいないのだ。将来の自分になにが必要かを考えるのは、自分以外のだれでもない。学校側はそれを体得する機会を与えるだけで、習熟できるかどうか(というよりは、するかどうか)は各自のやる気にかかっている。だから作業中に休憩しようと思えばいくらでも休憩できるし、極端な話、一切をサボりたければそれも許される。雇用保険(失業保険というやつ)が一年分頂戴できる上に+学費タダ+遊び放題+好きなときに趣味の作陶もやり放題=すばらしいロングバケーション・・・という認識も、ある意味できる。このシステムが、のんびりとしたヒトビトを生み出すのだった。
作業場は、ろくろ各数基ずつの島に別れていて、オレが入った一角は、イーダさん、あっこやん、マドンナ・なおこさんも含めてマジメ一辺倒、脇目も振らずにしのぎを削る熱苦しい軍団だった。しかしふと作業場に視線を横切らせると、訓練時間まっただ中にもかかわらず、ティーカップを片手の談笑の輪があちこちにできていた。一日に何度顔を上げても、彼ら、彼女らは同じ場所、同じメンバーでお茶を飲みつづけているため、オレは仰天した。いったい一日に何杯のお茶を消費しているのだろうか?
オレは密かに彼らを「茶飲み貴族」と名付け、その優雅な人生を遠い目でながめた。ただ、そのように生きよう、とは思わなかったが。そんな貴族の口から出た「お金があるひとはいいよねえ」だったので、ギョッとしたのだ。大金を積みさえすれば、ヤジヤジのあの作品が出来るとでもいうのだろうか?このヒトビトに、陶芸に向かう熱意と資質はほんの少しも嗅ぎ取ることはできない。でなければ、あの仕事から作者の想いを汲み取れないはずがない。それ以前に、なぜヤジヤジが金を持っているというのか?彼がどんな暮らしぶりなのか、作品からイメージできないのだろうか?
ヤジヤジのつくったものには、その置かれた環境がにじみ出ていた。一流企業の重要な役職と高給を棒に振って、細君とふたりこの地に流れ着き、学業専念、無収入(あ、失業保険があるか)、退職金を切り崩して材料を買い求め、未だ一銭にもならない器をつくりつづける清貧・四十路男、背水の陣。そんなリアルすぎるものを背負ったヤジヤジの、努力の結実、乾坤一擲の作。それを
「お金が」
とは・・・
オレは考え方のあまりの隔たりに、失望を禁じえなかった。お茶が彼ら、彼女らの血を薄めてしまったにちがいない。そして思った。自分はこの先も貴族になろうなどと高望みせず、身分の低いまま生涯を通そう、と。
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