第27話・ライバル

 この窯焚き合宿には、オレが勝手にライバルと目している人物が二人参加していた。ひとりはいうまでもなくツカチンで、「イケてる男グランプリ」以来の因縁の相手でもある。ちょこざいにもこの合宿に参加して「女子にかっこいいところを見せて、もっとモテてやろう」と算段しているにちがいなかった。それは、ライバルであるこのオレに大活躍されてモテモテの座を逆転されたら大変だ、という恐怖心の裏返しとみてさしつかえあるまい。こうして、普段は人づきあいの悪いこの涼やかな男も重い腰をあげ、勝負作をたずさえて越前の地におもむいたのだった。

 もうひとりのライバルは新キャラで、「ヤジヤジ」という四十台のおっちゃんだ。彼も山梨で陶芸の経験を積んできたモサだが、技術の点ではツカチンに一歩先をゆずった。しかしこのひとには、まばゆいばかりの情熱があった。子グマの着ぐるみのような容貌で、人柄温厚、柔らかいトーンの声で年下にも敬語をつかい、おだやかな笑みをたやさず、気が利いて、マメで・・・と、攻撃性はどこにも認められない。むしろその存在は、周囲にとってオアシス的雰囲気をかもしていた。ところが陶芸のこととなると、彼の目の色は変わった。その目は「本気」の熱さを秘めていた。ヤジヤジは作陶の鬼なのだ。このクラスで最当初から最後の一日まで、一貫して全身全霊陶芸道に打ちこんでいたのは、(オレをのぞいては)ヤジヤジだけだったと言いきれる。その姿勢は神々しく、持続的体温は脅威で、オレは「技術的な目標」がツカチンなら「生き様の目標」はヤジヤジと思い定めていた。

 このふたりはまた、ひとのいやがる汚れ仕事をすすんでやるタイプだった。幌つきトラックの返却で遠距離を往復したり、気むつかしいご近所さんの元にしげく通って根回しをしたり、近くの陶芸家に世話になる代わりに小雨の中でマキ割りを手伝ったり、汚れた棚板にこびりついた汚れをこそげ落としたり、メンバーのために買い出しをしたり、銭湯にいくのに車を出したり・・・と、率先して汗をかいてくれる。その献身的な姿は、めんどくさがり屋で王様のようにふるまいたがるオレをじわじわと苛んだ。当時のふたりは、正直言ってオレにはライバルというよりも、天上のお方じみた存在だった。技能はもちろんのこと、人柄でも行状でもかなわない。彼らの人格や惜しみない労力には敬服するしかない。それでいて、お前らにゃ負けない、と身のほど知らずな敵愾心を燃やすことに、オレは夢中だった。

 ツカチンとヤジヤジは、越前にすごい作品を持ちこんでいた。ツカチンの沖縄仕込みの勇猛なシーサーや、龍の彫刻をほどこした大ツボなどは、メンバーの度肝を抜いた。完成されたテクニックとたゆまぬ集中力がつくりあげた技巧の粋。今にも動き出しそうな霊獣たちの迫力にも目を見張らされるが、完成度という点で、紫禁城か国立博物館の片すみにでもちょこんと置かれていておかしくないほどの出来映えだった。

「うおー・・・」

「すげえ・・・」

「さすが塚本くんね・・・」

「ステキ・・・」

 これにはさすがのオレも感じ入った。作品の周りを感嘆の声とため息が取り巻くと、ヤツは面映そうに、タバコの煙の向こうに逃げこんだ。こざかしいことに、こういった仕草がまた実にかわいいんである。計算ずくにちがいない。こうして、またしてもヤツは女子から大量にポイントをかき集め、モテモテの座を安泰にした。

 一方、研究の鬼であるヤジヤジは、ファンシーなランプシェイドから、粉引きの酒器、シブい茶陶に至るまであらゆる種類の作品を、数撃ちゃ当たる式に網羅してつくってきていた。彼は、自分の持つすべての作風の引き出しを引っかき回してきたらしい。ツカチン作品の、完璧な美術的価値を目指した仕上がりに対し、それらはひどく散らかった印象を与える。だがオレは意図を嗅ぎ取った。これはヤジヤジにとっての実験にちがいない。それらの作品は、テストピースだ。千載一遇のマキ窯焼成の機会を、すべて研究と冒険に費やしてしまえる頓着のなさが、このおっちゃんのスゴみなのだ。一年間のすべてを未来のために犠牲にしてしまえるのだ、この鬼は。彼は未だ作陶を楽しまない。まず苦しもうと努める。自分自身を未完成だと理解しきっているので、世界観をこの時点で固定しようとしない。ヤジヤジにとって、このマキ窯焼成はイベントなどではなく、自分をつくりあげる一プロセスでしかないのだった。

 ツカチンは、今までにつちかったもののすべてを燦然と積み上げて見せつつ、なおもそれを壊そうとする。不器用なヤジヤジは、積み上げるべきピースを実験でいっこいっこ磨き抜き、今あえてそれを積み上げない。道すじはちがっても、ふたりの熱さには動かされる。彼らに置いてきぼりを食ってはならない、とオレも気合いを入れ直した。

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