第19話・トップランナー

 ろくろの授業によって、訓練生たちの陶芸キャリアと腕前は白日のもとにさらされた。そしてクラスには揺るぎないツートップが存在することが明らかになった。

 まずひとりは、京都の製陶所ですでに職人としての腕前を身につけていたHさん。歳はオレよりも少し上で、頭脳明晰、人柄温厚、しなやかな指使いで精妙、繊細なものをつくる。実力では掛け値なしにクラスNo.1と見えた。

 そしてもうひとりが、この学校にはいるまで沖縄の陶芸工房で働いていた「ツカチン」だ。自分よりみっつ下のこのやさ男を、オレは一瞥して最大の宿敵とみなした。なぜって、まずなによりも二枚目キャラなのである。このオレと完全にかぶっている。顔の造作は端正。鍛えぬかれた肉体は南国の陽射しで小麦色に焼け、伸びっぱなしの散切り髪、無精ヒゲ、素っ気ない出で立ちがワイルドな容姿を引きたてる。くわえ煙草からいつも紫煙をくゆらせ、虚無を見つめる涼しげなまなざしで厭世的な雰囲気を演出。やさしげに響く声と、口数は少ないが知性的なセリフでひとの心をワシづかみ。しかもスポーツ万能。そしてろくろ名人である。これ以上にこざかしい要素をそなえた男性像があろうか?

 オレは最初からこの「褐色のスナフキン」に敵愾心を燃やしていた。しかしそれを決定的なものにしたのは、隣のデザイン科で行われたバカ企画「製造科イケてる男グランプリ・アンケート」である。オレは入校の最当初(例の居酒屋出会い頭事件)からデザイン科コネクションに食いこんでいたため、1位に選ばれて当然のはずだった。なのにその結果によれば、ダントツのトップにツカチンが挙がっていたのだ。

「・・・陰謀なのでは?」

 さすがに合点のいかないオレは、中庭にMrs,若葉を呼び出し、確認した。

「なんらかの巨大な力が水面下で動いたにちがいない!」

「これが現実やけど」

「じゃ、オレは何位だったんだ?」

 なおも問いつめる。すると彼女はさらに不思議そうに首をかしげて、こう言うのだった。

「はぁー?なにゆーとるん。ゼロよ、ゼロ。だって満票やったんよ、塚本くん」

 殺意までおぼえそうになったが、ぐっとこらえ、胸に誓った。以降はツカチンの座する高みを目標にすえよう、と。モテ方ではなく、ろくろ技術の話だ。そう、この世界で最もものをいう価値基準はなんといっても、ろくろの腕前なのだから。また、オレとツカチンの容姿が同レベルである以上、ろくろ技術さえ手に入れれば、理論上、女子の半分はオレのものということになる。

ー半分か・・・悪くない。根こそぎならなお、いい・・・ー

 とにかくヤツに追いつき、追い越すことを目指すのだ。結果(好感度アップ)はあとからついてくる。こうしてオレは、ヒマさえあれば自分のすぐ後ろの席でろくろを挽くツカチンの手元に見入り、技術を盗みだそうと姑息に努力をはじめた。

「むむむ・・・」

 凝視。ろくろ挽きする指先を好敵手が修羅の形相で見つめるので、ヤツは困っていつも苦笑いした。

「・・・やりにくいな。見ないでくれよ・・・」

「いいから。つづけたまえ」

「こめかみに血管が浮いてるよ」

「うるさい。眼光で焼き切ってやらー」

 しかし気にするどころではない。オレがツカチンのかたわらに立って観察にはいると、たちまちヤジ馬が集まり、黒山の人だかりが築かれた。ここぞとばかりにトップランナーの技を真似ようという者や、アイドルロクラーの見目うるわしき姿カタチ自体を鑑賞しようというミーハー女などが、アリんこのように集まってくるのだ。

「しょうがないな・・・」

 ツカチンは面映そうにしながらもワンマンショーを開始し、特別な技をさりげなく披露したり、リクエストやアンコールに静かに応えたりした。ヤツはまぎれもなくスタープレイヤーだった。女子の熱視線の半分はいずれオレに向けられることになるはずのものなのだが、今はヤツの独り占めだ。それがまた、オレの燃えさかる闘争心に油を注いだ。憎しみさえわいてくる。ただ、ヤツのろくろの手際にはひたすら感服するしかないのも事実だった。

 ヤツの指は実にきめ細やかに動いた。先生のデモンストレーションを見たわずか翌日には、先生のそれと遜色のないものを挽いてしまう。イワトビ先生は「ここぞ」というときにしか手本を示してくれないため、くやしいが、オレにはツカチンの技術がたよりだ。それはみんなにとっても同じようで、たまに美しい女子や、そうでない女子がツカチンにコツを訊きにくる。するとヤツは魅惑的な笑みを目もとにたたえながら、ささやき声と優雅な指テクで彼女たちの疑問を解決してやるのだった。女子はほおを火照らせ、恋に落ちた処女のようになって席へともどっていく。その手際も、やはり熟達したものだった。

 こんな悪辣さを目にすると、死んでもおまえにだけはひれ伏すものか、という気持ちになる。それでオレは、どれだけヤツの手先から技術を吸いあげても、断じて質問や物乞いのたぐいをしようとはしなかった。そのかわりに、牽制球だけは忘れずに投げつづけた。宿敵がちやほやされておごり高ぶり、その腕前をサビつかせるのが心配だったからだ。

「調子にのんなよ」

 切っ立ち湯呑みなど、ヤツにとってはすでに沖縄時代に修得ずみの朝メシ前仕事にちがいない。なめんなよ、と。ぬるい仕事してんじゃねえぞ、と。宿敵にはもっと成長してもらわなきゃ倒し甲斐がねえんだよ、と、マメに足をはこび、ちょくちょくけしかけてやった。

 ところがそんな揺さぶりをつづけるうちに、ヤツは突如としてこんな告白をした。

「すごいよな、スギヤマさんは」

「へ?・・・なんだって?」

 例によって照れたような面差しで、もったいぶりながら小出しに話す。こざかしい。

「なんなんだよ、言ってみろよ」

「実は、俺もつい最近まであんたと同じように左回りでろくろを挽いてたからさ、イワトビ先生の指導は右回りだって聞いて戸惑ってたんだ。なにしろ、まったく逆だもんな。だけどちゃんとそのことに意見するなんて、スギヤマさんはすごいよ。ホント俺なんて小心者だからさ、素直に直すしかないか、と思ってたんだ」

 そして天使のような笑顔を浮かべる。ちょっとまて・・・ってことは・・・

ーげげっ!まさかー

「・・・じゃ、今、ツカチンも逆回転を強いられてるってことか?」

「そう」

「ここにきてはじめて?右回転で挽きはじめたのか?」

「まあね」

 涼しい顔。

「だけどそんなのは、どっちだっていいんだよ」

「どっちでもいいって・・・」

 度肝を抜かれ、うかつにもヤツの目の輝きにたじろがされた。ヤツも利き回転をスイッチしていたのだ。これまでの遍歴でつちかった技術を惜しみなく捨て、人知れず新たな冒険をはじめていたということだ。先生の指導どおり、逆回転に感覚を対応させ、一から自分をつくり直す。ディフェンスなどおかまいなしに、攻めオンリーで道を切り開くオロカな戦術は、オレ自身の姿に重なった。いや、格がちがうと言わざるをえない。なんて強い言葉なんだ、「どっちでもいい」とは・・・。この頓着のなさ。オレの「どっちもほしい!」という欲張り的発想にくらべて、なんとまっすぐであることか。

「どっちでもいい・・・かあ・・・」

「そうさ。だって、もっとうまく挽けるようになりたいからね」

 ヤツはそうつぶやき、遠い幻影を見つめながらタバコに火をつける。オレは呆然として、くゆる煙をやりすごした。ヤツののらりくらりの中に、固い意志を見てしまったのだ。背骨に一発食らったようにその場に立ちつくすしかなかった。しかし次の瞬間、まったく自然発生的に、胸に新たなものが灯った。

ーこいつにだけは絶対に負けねー・・・ー

 猛烈なライバル心(一方的だが)がたぎりはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る