第12話・登り窯
若葉邸は、山の中腹に建っている。母屋と、その裏手に立ちはだかる斜面にはさまれて、作品置き場や各種窯、ろくろ、土練り機、その他得体の知れないガラクタを風雨から守るトタン屋根がつらなっていく。トタン屋根の下には、棚に囲まれてのたうつ迷路がかくされている。背をちぢめてそこをすり抜ける。トンネルから脱出すると、山肌を覆う竹林を縫って走るトーゲ道にそのままつながる。トーゲーカがいったりきたりするから、トーゲ道というわけだ。さらにそこから20mばかり山をのぼって、やっと窯場に到着だ。この裏山は、まさに心ときめく秘密基地的ロケーションなのだ。
息をきらすオレの前に、やがてそれが出現した。古い登り窯は、山腹のヤブを下から上に切り裂いて長々と横たわっていた。
ーすげえ・・・ー
息をのんだ。巨大で堅牢。壮観だ。見上げる斜面に張りつくように築かれているので、まるで山の背骨とみえる。
近づいて、窯の口から中をのぞきこんでみた。そこはちょうどマキを燃焼させる部屋だ。火の入っていない窯は静かすぎ、内部の闇は深すぎる。人知れぬ山中の洞窟といった趣きだ。
その脇をさらにのぼる。横から窯の無防備な腹を追っていくと、それが長大な昆虫のむくろのように思えてくる。山間の静寂のなか、永い眠りにつく大ムカデだ。窯のシッポ、すなわち頂上部に到達すると、そのあたりは胴体が輪切りにされ、崩されたレンガが野積みになっていた。傷口から垣間見える薄暗い内部に興味をおぼえ、甲殻の奥に顔をつっこんでみた。その昔に窯詰めされた器たちが、焼きあがった姿で腹の中に残っている。窯出しされることもないまま見捨てられた器のようだ。炎の力で裂けてへしゃげていたり、逆に生焼けだったり、転んで傾いて棚板にくっついてしまったものもある。中には状態のいいものもありそうだが、陶芸家氏のメガネにかなわなかったのだろう。あちこちにクモの巣が張り、雨水がたまって、羽虫たちの王国になっていた。オレは物の哀れを感じるとともに、あとでこの中からもいっこ選んでこっそり持ち帰ろう、とほくそ笑んだ(くれぐれもよい子はマネしないでね)。
「おーい、新しい窯はこっちだよ」
火炎さんの声がする方向に、ときめきの瞳を向けた。新しく制作中の登り窯!心が浮き立つではないか。
ところがそこには、タタミ半畳分ほどの浅い穴があるきりだった。建造物らしきものはおろか、レンガを積んだ痕跡さえない。
「なにもない・・・ですけど・・・?」
「ああ、これからここにつくるんだ」
そう、新たな窯は、まだ山肌にスコップを数回突き入れて「目印をつけただけ」の状態だったのだ。つくりかけ、というよりも、つくりはじめのはじめ。整地がすんだところ。よーいドンの第一歩め、というわけだ。そんな状況に、しかしオレはがっかりするよりも、むしろときめきを増幅させた。
ーまるでオレを待っててくれたみたいだー
登り窯の築造に一からたずさわることができる。これほど貴重な体験もないではないか。
「じゃ、おのおのがた、そろそろはじめるかの」
太陽センセーの声がかかった。
「はいっ」
「よおし」
人足(オレとアカギ、それに火炎さん)が穴の底に立つと、窯づくりの説明がはじまった。設計図はない。完成想像図が太陽センセーの頭の中にあるきりだ。センセーは棒っきれで、その図面を現場の空中にえがき、構想を語った。オレたちはそのイメージを必死で頭に焼きつける。想像は、窯の形から焼成風景、炎の走る方向、灰が舞い散る光景、さらに作品の焼きあがりにまで飛躍した。センセーはひとのやる気をかき立てる天才だった。
火炎さんによると、太陽センセーは窯づくりの名人なのだそうだ。そして、窯を築いては壊し、壊しては築いて試行錯誤しつつ、面白そうだ!とひらめいたことをいちいち実験的にやっちゃってる革命家でもあるらしい。ふとした思いつきでつくった発明品は数知れない。たとえば、ガス窯からもれる炎がもったいないので、その火のこぼれる場所に灯油窯をつくってくっつけてみたり、そのまたこぼれる火をひろうマキ窯をつくってみたりと、摩訶不思議な窯を発明してしまう。その要領で登り窯も、貼っ付けてはもぎ取り、詰めては伸ばしという試みを重ねてきたのだった。その結果が、この長大なムカデというわけだ。センセーは途方もない歳月を費やして、山をのぼり、くだり、山肌をじょじょに切り開き、レンガづくりの甲虫を変容・成長させつづけた。考えては試し、失敗しては考え、そのくり返しで自分も窯も、また作品も成長させる。こんにちの窯の威容と壮大さは、陶芸家の情熱と等量なのだ。
さて今回は、その古い登り窯を壊してほどいたレンガを材料にし、すぐ横に新たな朝鮮式の連房式アナ窯を築こう、という挑戦だ。当然ながら、これまで改良に改良を重ねてきた窯をきっぱりと捨て、ベースからつくり直すことになる。長年築きあげたものをいったんリセットして、一から実験のやり直し。その頓着のなさには、逆に創作に対する執念を垣間見ないではいられない。着想は、息子の火炎さんだ。この親子の日常は、途方もないアイデアに動かされている。火炎さんは(父親からはなれ)新しい物を生み出そうとし、太陽センセーはさらに進化しようとする。いつまでたっても成長しようとする意欲が、人間に力を与える。
そしてこれは、名人が窯づくりの奥義を息子に継承しようという重要な機会でもある。しかも新進陶芸家・火炎さんにとっての最初の窯づくり。そんな恐れ多いタイミングに、オレのごとき野次馬根性まる出しのド素人風情が参加してしまっていいものなのだろうか?ま、ダメといわれても押しかけるんだけど。
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