第10話・陶芸家

 Mrs,若葉から登り窯づくりの情報を仕入れた翌日、ぶしつけに彼女のダンナさん・火炎氏に電話を入れてコンタクトをとった。そしてさらにその週末には、もう若葉邸に向かっていた。オレに許された時間は少ないのだ。善は急げ。アカギを無理矢理に誘い入れ、ちゃっかりと彼のスカイラインの助手席に乗っかった。

 山越え谷越え県境を越え、つづら折りにたたまれた峠の一本道をひた走る。車高を落としたアカギのスカイラインGT-R改は、サーキットを走りなれているとあって、連続する急カーブを目の回るようなコーナリングでクリアしていく。タイヤがドリフトし、車体のどこからか火花が散る。右に左におさまりの悪い胃から内容物がこみあげてくるのをぐっと押さえつつ、バカ、殺す気か、よせ、とののしりつづけた。ところが運転席でハンドルをにぎる赤毛の王子様は、にやけ笑い。人里離れて山深くに分け入る細道は、ガードレールのつくりも心もとない。チャリンコ育ちで車なれしていないオレには、祈ることしかできなかった。

 しばらく助手席ですくんでいるうちに、やがて山林をひろびろとひらく交差点に出た。この場所でMrs,若葉と落ちあう約束だったのだ。オレは生きのびたことを神に感謝した。

 Mrs,若葉はすぐに迎えにきてくれた。

「おはよー。ここからうちまで案内するけん」

 ツーシーターの小型オープンカーから手をふる彼女が、おだやかな天使にみえた。残りの道のりは、彼女が運転する軽の可愛らしいお尻をながめながら、気楽な春のドライブだ。二台はつらなって、陶芸家邸へ向けて峠道を走りだした。

 ところが、再びオレは激しい横Gに胃を揺さぶられることになる。このときわかったのだが、Mrs,若葉もアカギに負けないほどの飛ばし屋だったのだ。前方をゆくミニカーのような若葉号は、風のように加速し、車体をひらめかせてコーナー奥に消える。アカギは運転席で「ニャロメ」などといいつつ、目を血走らせている。類は友を呼ぶ。こうして対抗心むき出しの高速バトルは、あとふた山とひと谷つづいた。

 ようやくたどり着いたのが山の中腹、焼き物のかけらが散乱する広場だった。平衡感覚を失った三半規管をたたき起こし、2時間の悪路を走りきった車からきしむ足を降ろした。

 ぐるりあたりを見まわす。山の斜面にはびこる竹薮をひらいて平らにした敷地に、その家は建っていた。しかしなんといっても好奇心を刺激するのは、ごちゃごちゃの庭だ。

 散らかり放題のその庭の片すみに、乗用車の駆動系を解体してつくったとおぼしき五段変速ギア付きろくろがあった。見惚れた。いかすマシーンだ。ほかにも、廃材を利用したらしい手製のポットミル(原土粉砕機=ドラムの中に原土を入れてゴンガラゴンガラと回し、サラサラの土パウダーにする)、鉄骨だけのテーブルに力ずくで結わえつけられたグラインダー、そしていつの日にか必要とされるのを待ち焦がれるガラクタ(?)たちがあちこちに置かれている。その散らかり様は、合理性を追い求めすぎた配置とも解釈できるが、ただ単に整頓がきらいな変人の無造作な制作現場とも見えた。さらに麻袋やらブルーシートやら、いろんなものにくるまった土が雨ざらしの状態で放り出されている。ガラクタが拾ってきたものなら、土は山から掘ってきたもののようだ。いったい陶芸家氏とは何者なのだろう?少々いぶかしんでみたくなる。

 その乱雑な庭を、粗っぽく配された柱とトタン屋根の連なりがとり囲む。見るからにその場しのぎに増改築をくり返したでたらめな建築物だ。軒の奥にはぞんざいな造りの棚が並んでおり、挽きたての碗や鉢がひしめいている。まだレアな器から立ちのぼる湿っけた生土のにおい。いかにも陶芸家さんち、ってカンジだ。

 その棚で、ひときわ異彩を放つ器たちを見つけた。容姿端麗・・・とはまちがってもいえない、だけど確固とした美意識でつくられた作品群だ。格好は無骨だが、重厚な存在感がある。「茶陶」ってやつだ。これまで自分の陶芸とは別のジャンルだと思いこんできた世界。サムライ文化がはぐくんだその創造性に、オレはひと目で魅了された。

 なおも陶片を踏みしめ、ひさしの奥へと進む。いけどもいけども抹茶碗。所せましと並んだその作品のすべてが、実に闊達な技でつくられている。いわゆる端正というものとは、まったくちがう。整っていない。そうしようと思ってもいない。フリーなのだ。天衣無縫というべきか、豪放磊落というべきか。ザクザクと削り跡がついていたり、ゆがんでいたり、へしゃげていたり、めいっぱい土で遊んだ痕跡が愉快だ。なのに造形に不自然さがない。それは現代的な彫刻のようにもみえつつ、伝統のもつ品格をも同時に感じさせた。

ーシブイ!かっこいい・・・ー

 圧倒された。息を呑んだ。率直に、こんなすごい作品をつくってみたい、と思った。オレは感動して、たまらず足元に転がっていたチョイ欠けの器をひろい、こっそりとポケットに忍ばせる(よい子はマネしないでね)。

 そのとき、背後でMrs,若葉の声がした。ギクリとして振り向く。

「杉山くん。これ、ダンナの火炎くん」

 Mrs,若葉は、横にいる頭にバンダナを巻いた青年を紹介してくれた。

「よっ」

 彼も声をかけてくれる。若葉はるみのダンナさん・火炎氏は、陶芸家らしく飄々としたひとだった。

「あ、杉山といいます。お世話になります」

「いらっしゃい。窯づくりを手伝ってくれるんだって?よろしくね」

 まだ二十代。痩身で中背だが、腕が奇妙に長い。職業による進化か?メガネに無精ヒゲ。着るものに頓着なし、といった風情。香港のカンフー映画の海賊船の料理人役あたりが似合いそうな風体だ。気安い性格で、会ってただちに無遠慮に話せるタイプだった。十も上のオレに向かってタメ口をきく。それがいやらしくなく、実にナチュラルなのだった。このジンブツがあれに居並ぶ高潔な作品をつくりしか?超然とした彼の態度にその可能性を認めつつ、しかしつかみどころのなさに首をかしげたくもなった。

ーそうなのかな・・・?ー

 そのときだった。庭先に、目には見えない神々しい光を背負ったご老体がひょっこりと現れた。そのあまりのまぶしさにオレは、

ーこのひとだ!ー

と直感した。

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