第8話・別の形の陶芸
デザイン科・若葉はるみとの出会いによって、オレの修行生活は輝けるものとなった。といっても、色恋は関係ない。彼女はほやほやMrs,(新婚さん)なのだ。なんと入校式その日に結婚式を挙げたのだという。
「ダンナが陶芸家なんよ。で、お家を手伝わにゃいかんけー、この学校にはいったんよ」
彼女はかざりけがなく、天真爛漫な女の子だった。そして広島弁だった。快活で辛辣で、女王様のようにふるまいながら周囲に気をつかい、よく笑い、大声できつい冗談を言っては場を盛りあげた。だれからも愛されているようだった。そして大酒飲みだった。その容量は、ザルでなくワクと形容していい。酒はのどから肝臓を素通りして、四次元へと消え入った。しかしオレも酒量なら負けない自信がある。ふたりは気心を許しあい、カラの杯を積み重ねた。
「火炎くんのお父さんがすごい陶芸家でね、すっごい勉強になるんよ。すっごいんよ」
火炎くん、というのが陶芸家であるダンナさんの名前らしい。そしてその父親も陶芸家という、若葉家は陶芸一家なのだ。それにしても我が子にそんな名前をつけるお父さんというのもなかなか破天荒な人物だ。セガレを、生まれながらの陶芸家にしようと企図したにちがいない。オレはたちまち彼女の話に興味をもった。
「火炎くんのお父さんは」
ヤブを切りひらき、窯を築き、山中で地質を探り、そこから掘り出した土をこね、足で回すろくろで作品を挽き、木を焼いた灰や鉱物で釉薬を調合し、そろそろ成虫になろうかという息子・火炎氏とふたりでマキ窯を焚いては、茶陶なる焼き物を世に送っているのだという。なんと原始的な陶芸。
ーまるで縄文人だ・・・いや、仙人?ー
彼女が語る内容は、この高度文明の時代においては奇妙に幻想的な世界だった。土への恋慕、火との格闘、自然との調和。すべてが機械仕掛けとなった21世紀に、まだそんなしちめんどくさい手仕事が息づいていようとは・・・。しかしその話にはひどくひきつけられる。自分の根源をつつくなにかがある。
さらに酒を酌みかわすうちに、あまりに熱すぎる情報が彼女の魅惑的な唇からこぼれ出た。
「火炎くんの登り窯づくりを手伝ってくれるひと、募集中でーす」
ーノボリガマ!しかも、ヅクリ!?ー
その甘美なささやきは、オレの関心にいよいよとどめの電流を通した。
「うちの裏山に、火炎くん今、新しい登り窯をつくっとるんよ」
登り窯。それはめんどくさくてしんどくて、時間がかかってお金がかかって、熱くて眠くて、けむたくて泥んこで、体力知力気力財力とてつもなく乱費する不合理陶芸。だけどそこからは、信じられないような宝がザクザクと産み落とされる。人間国宝みたいなひとが「うーむ」なんてうなりたくなるような、そして「うっしっし」とかほくそ笑みたくなるような、そんなとてつもない大傑作や名品の数々が採果されるのだ。焼き物作家の原点にして最終到達点・・・憧れの桃源郷・・・それが登り窯。
オレははやくも夢想した。そんな大層なシロモノが自分で築けるなんて・・・おそらくかたわらにいるだけでもすごい勉強になるだろう。窯の構造はもちろんのこと、焼き物づくりのプロセスから理屈、はたまた文化、歴史まで、多くを学べるはずだ。焼き物の意味そのものがそこに凝縮されているのだから。しかもそいつで自作の器を焼かせてもらえるなんて(気がはやい)、これは大変な事件だ。
オレは身を乗りだして話を聞いた。興奮して体温上昇が抑えきれず、鼻血があふれてきそうだ。
「・・・というわけよ。やらんけ?」
「やるっ!」
Mrs,若葉の提案に即ノリした。登り窯をつくりたい・・・というよりも、陶芸がそのふところに持つ深遠な世界をのぞき見てみたい好奇心が強かった。話を聞いているだけで、窯口からのぞく闇の奥に自分の未来がほの見えてきた。人生が動き出す予感があった。うかつにもオレは学校で、器づくりの正確な技術と品のよい完成型にとらわれるうちに、そっちの陶芸をノーマークにしていたのだ。そっちとは、自由で、やんちゃで、原始的で、つまり創造的な陶芸である。唐突に自分の作品世界に伸びシロを見つけた感触だった。
そしてそのことは、オレにある原風景を思い起こさせた。
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