帝都に柘榴の華は咲く
千里亭希遊
いつかの海
暁に消える夢の
無限に連なる
死への回帰。
そして。
────生との邂逅。
引き継がれる
残されたままの傷痕と想い───……。
砂浜に波の音が響く。
既に夜半を過ぎ、黒いうねりは空と同化していて常人には境界が判らない。
明るい時間には感じられない恐ろしさがあり、底知れぬ不安を沸き上がらせる。
だがルリにとってそんなものはどうでも良かった。
春はもうすぐそこだとはいえ、今はまだ寒い季節だ。長時間こんなところに佇んでいれば凍えてしまってもおかしくないだろうに、彼女は震えもしなければ縮こまることもない。
目を閉じてただただ何かを待っているのみ。
高い位置でくくられた艶やかな黒髪が、風にそよいでゆっくりと流れる。いつまでも、いつまでも。
波の音だけが聞こえる中どれだけ経ったのか、ルリはふと目を開けた。その名が示す通りに、明け方の空のような深い青色の瞳が現れる。
彼女は突然機敏な動作で両腕を海のほうへ翳すと、なにやらぶつぶつとつぶやき始めた。
冷たい空気が余計に張りつめる。
ルリは海へ向けて走り出した。
驚くべきことにその足が水に触れることはない。
まるで土の上を走るように波の上を駆けていく。
かなり陸から離れたあたりでようやく足を止めると、彼女は指笛を鳴らした。
『日向、招来』
するとどこからともなく一抱えほどの金色の光の塊が飛んでくる。
『汝が姿を変じよ』
一瞬その金色が光を増す。
そしてその場に現れたのは一振りの刀だった。
》───いよーう、ルリ。元凶見つけたのかー《
刀が喋る。
ルリはそれに答えることなく柄をひっつかみ、
『暴け!』
叫びながら鞘を抜いて海面につき立てた。
波とはまた違う振動が轟音を呼ぶ。
青い閃光とともに爆発音が起こり、海に大きな穴が開く。周囲では激しく水柱がたちのぼり、まるで壁のようにルリたち(?)を取り囲んだ。
閃光の中何かの抵抗をねじ伏せるかのようにルリは刀を握る腕に更なる力をこめる。
》──むぁ! おい、相変わらず強引だな! 相棒辞めるぞ!!《
刀が泣きそうな声で悲鳴を上げた。どうやら少し無茶をしているらしい。
ルリは意図してなのか素なのかそんなものは完全に無視し、海中に潜むものだけに全集中力を注ぐ。
『──見つけた』
ぼそりとそう呟くと、まるで釣り上げるかのように刀を思いっきり引っ張り上げ、今度は天頂を指すように上空に掲げた。
すると盛大に水しぶきを上げて何か大きなものが海中から引きずり出された。
どす黒い毛むくじゃらの塊。縦も横もルリの身長の三倍はありそうだ。
それが中空に吊り下げられるより前に、彼女は動いた。
目にも留まらぬ勢いで、刀を滑らかに振り回す。
何かを描いたようだ。
『囚えよ』
呟くと同時に毛むくじゃらの周囲に透明な球状の壁が発生する。壁は薄く青白い光を放っていた。
「──朋のもとへと送り出した使いをことごとく食ろうたのはお前か」
ルリは塊に話しかける。
だが返ってきたのは『知るか』というにべもない念だった。
「問いを変えよう。お前はこのあたりを通った舟を襲い続けているな」
『目の前を食べ物が通り過ぎていった。捕喰して何が悪い』
「そうか。お前はひとを食べるのか」
何の感情もみられない呟きを口にすると、彼女は刀を引き、そのまま塊に向かって見えないほどの突きを繰り出した。そのままでは尺が足りない──が、刀から迸った青白い光が、塊を突き抜ける。
おぞましい悲鳴があたりに轟く。
「……ひとに、怨み持ちし身か。……かの森で夢安らかなることを」
ルリは刀を持つのと逆の手で祈りの型を取った。
『昇華』
毛むくじゃらの塊は青白い閃光に変わり、空へと昇って消えていった。
「ご苦労」
そこで初めてルリは刀に話しかけた。
》──そう思うならもっと優しく扱えよ!!《
刀が喚く。
「ふむ……」
ルリは首をかしげる。
「さて、戻るか」
どうやら刀の訴えは流されることになるようだった。
まだまだ夜明けは来ない。ルリと不満気な刀は陸へと帰還する──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます