第7話 三秒ルール
世の中には色んなルールがあるわけで、僕が三秒間だけ時間を巻き戻すことができるのも、そんな数あるルールのうちの一つに過ぎない。
どうしてそんなことができるのかは、僕自身にだって分かってはいないのだから、あまり深く聞かないで欲しい。
だって物心ついた頃から、それが普通のことだったんだから。
たとえば人が右手を頭の上に挙げる時、まずは体の構造を理解して、それを踏まえた上で、脳からの命令をどの関節に向けて発信すれば良いのかなんて、考えたりはしないでしょ。
あまり深くは意識せず、単に「右手を動かそう」と思うだけに決まってる。
僕が時間を巻き戻すのも、それと同じこと。
だから時には、驚いたり、クシャミしたりした拍子に、自分の意志とはまったく関係なく時間が巻き戻ってしまうことだってあるほどだもん。
あくまでも僕にとってそれは、呼吸するのと同じぐらい自然のことだし、右足と左足を交互に前へ出せば、前進することができるぐらい当たり前のことなんだから。
ただしルールには、大抵の場合に制約がついて回る。
全速力で100メートル10秒の壁を破ることのできる人間が、仮にフルマラソンを走ったとしても、その422本分、約70分間でゴールできるわけじゃないよね。
フルマラソンを完走できる人間だって、それを休憩せずに1000回繰り返して地球をぐるりと一周することはできないよね。
それと似たようなものだと思う。
戻した時間が再び三秒間経過するまでに、もう一度時間を巻き戻すことはできない。
だから何度も立て続けに巻き戻しを繰り返して、大幅に時間を過去へとさかのぼらせることは不可能というわけ。
そして今、僕はこのルールについて猛烈に悩んでいる。
とある展望台から足を滑らせてしまった僕。
こういう時にこそ、他人には真似できない方法で危機を回避すべきだったのだろうけど、気が動転した僕は無様に宙で手足をバタつかせ、地面に衝突する直前になってから、ようやく成すべきことに気がついた。
三秒間を巻き戻し終えた僕の体は、その直後に再び自由落下していく。
すなわち手遅れだったのだ。
このまま何もしなければ、僕は弾けたザクロの実となるだろう。
下手にこんな能力さえなければ、最初に息を飲んだ瞬間、恐怖を感じることなく全てが終わっていたはずだった。
諦めるに諦めきれない。
僕は気が遠くなるほどの回数を繰り返し、時間を巻き戻し続けていた。
ああ……これでもう、84726回目だ。
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