第2話 兄貴
俺には兄貴がいる。
名前は稲荷熱也といって、俺より一つ上の高校二年生だ。
俺とは違ってメガネをかけていて、髪もさらさらの坊ちゃん風。
あまり似ていない兄弟とはよく言われるんだが、なんだかんだ気が合うので小学生ぐらいまではずっと一緒に遊んでいた。
熱也が中学にあがってから野球部に入ってからは別々に過ごすことも増えたんだけれども、特に仲が悪いわけでもない。むしろいいと思う。
そんなうちの熱也兄貴だが、高校に入ってからも続けて野球部に所属し、今日は練習試合でグラウンドにいっている。うちの親父とお袋はその応援だ。俺はむかしいろいろあって白球を見るのが怖いので一緒にはいかなかったのだが。
俺は高校までの通学路を小走りで駆けていった。一時にはグラウンドに来てくれと親父に言われてたのに、もう十分を回っている。まァべつに怒るような家族じゃないからいいんだけど。
高校につくと、正門前に軽トラが停まっていた。うちの親父とお袋がそのそばに立っており、校庭からは声援や歓声が聞こえてくる。かきん、と白球が青空に打ちあがったような気がする。
「うーい。お待たせ」
「お、天泰遅いぞ」
「茶樹に絡まれてた」
「天泰。父さん、お前のこと守れなくてごめんな……」
「気にするな親父、あれはみんなで分かち合うべき災害だ」
「ちょっとちょっと、茶樹ちゃんのこと悪く言っちゃだめよー?」
のんきなことを言っているのがうちのお袋。親父と同じアラフォーで、茶樹んちとは遠縁の親戚らしくテンパが受け継がれている。俺もちょっとテンパ気味。ま、鳥の巣じゃないからいいけどね。
「天泰、あんたお嫁さんなんて茶樹ちゃんぐらいしか候補いないんだから、大切にしてあげるのよ。もし結婚できなかったら一生うちの座敷牢に閉じ込めるから」
「お袋にとっての俺ってなに?」
ペットかな? まァそれは冗談として。
「兄貴は?」
「まだ試合中」と親父は顎をしゃくった。メガネをかけてて、坊ちゃん刈りで、熱也によく似てる。
「なんか延長戦になったみたいでなあ、午後は一緒にいけそうにないっぽいんだ」
「ふーん。ま、試合じゃしょうがねぇな」
「なんていっても、うちの熱ちゃんはエースだもんね」
お袋が嬉しそうに言う。俺は肩をすくめた。
うちの兄貴はあんな朴念仁のトーヘンボクに見えるが、なんとチームを率いるエースってやつだったりする。背番号一番、ポジションピッチャー(ときどきキャッチャー)。俺は野球のことってよく分からんのだけども、ポジションを兼任できるのはスゴイらしい。
とはいえ、うちの水鏡高校の野球部は弱小も弱小、地区大会で二回戦出場経験ゼロという校庭持ってないのかお前ってレベルのところなので、熱也はべつに苦しい練習に励むこともそれほどなく、のんびりと野球を楽しんでいる。
俺はそんな兄貴が結構好きだ。
「じゃ、いくか。菓子丘先生、遅刻するとうるせぇからなぁ」
「あなた、天泰の出産のとき殴られたわよね~」
「そうそう」と親父がバタムと軽トラの運転席に乗り込みながら笑った。
「電話もらったのに寝坊してな~慌てていったときには生まれてて目の据わった菓子丘先生に殴られた。『子供より大事なことがあんのかてめぇ!!』ってな」
親父はモノマネがへたくそだということを、孝行息子の俺は黙っておく。口元しゃくれば誰にでも似るわけじゃないぜ親父。
「なんだ天泰?」
「いや? べつに~それより親父、早く行こうぜ。先生待ってるよ」
「そうだったそうだった」
親父がキーを回すとボロボロの軽トラがブオンと排気を噴き始める。買い替え時を逃し続けて幾星霜、車検を通ってるのが冗談にしか思えないボロ車だ。
「それにしても菓子丘先生、なんの用なんだろうな。家族全員一緒に来いって」
「父さんは天泰の見合いの話なんじゃないかと思ってる」
「みんな俺の婚姻関係を心配しすぎだろ! ……家は兄貴が継ぐからいいじゃんべつに」
「天泰……」
「そ、そんな哀れみの目で二人とも俺を見るなああああああああっ!!」
くっそ~見てろよ。いつか必ず、清楚で従順でおとなしくって、小鳥みたいなかわい子ちゃんと家族になってみせる!!
……たぶん。
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