WHO ARE なにものだ。

4A

(あ、ここでもいいかな。)


 州都シティから出る前に。緩い渋滞に捕まってしまい、三十分ほど過ごした後。当初の計画より早いけど、ガソリンタンクを満タンにしておこう……と思いついて、車列からと抜け出した。


 そうした動きは僕だけでなく、出たり入ったりが多いためにされている渋滞であり。実際、三台ほど後ろを走っていた乗用車も。僕が抜けるのとほぼ同じタイミングで、グレーの車体に方向指示灯ウィンカーを点けながら。無駄にカラフルなドラッグストアへ滑り込むのが、ルーム・ミラーから見えていた。


 そんな街道とは打って変わって。真新しいガス・ステーションは、「空いてる」どころか「ガッラガラ」であり。なら、カート20台位の草レースが開けるのでは?と思う程で。じっさい、ここで給油している車両は僅か二台……そのどちらも、ドライバー自身で給油ガンを突っ込んでいる。


(ふぅむ、このタイプか……)


 セルフ・サービスでの給油は久しぶりだったけど。タッチパネルの操作など、親切によくできていて、カードの支払いなどで迷うことも特になく。

 むしろ。閉口ものだったのは、シェヴラの変な設計のほうで。この車:給油口が「ドアと前輪の間」にあり、車内からの操作では開けられないのだ。


『ほんと。車のカタチって、ハッタリさ。どんなに意味深な形状でも、引っぺがせばが顔を出す。たとえば最近、左右のヘッドライトの下のを深ぁく顔の車を見かけないかい? あれ、たいてい奥に黒い網目メッシュかスリットが見えるから、ブレーキ冷却用に空気を取り入れる機構か……と思うだろう。しかしだ、注視すればすぐ分るが……網目やスリットに見えるのはダミーで、風が抜けるような目穴は一切ない。もう無意味。フォグライトの台座だとしても、あんな形にする必然性などありはしないよ。まあ、なかには真っ当に熱交換器クーラーを置いている車種もあるがね。とにかく見た目には惑わされないことだ。』


――などという、ビルの持論に惑わされ。「給油口を出すレバーが絶対にあるはずだ~」と呟きながら、血眼で車内を探し回っても。ボンネットを開けるためのロッド位しか発見できず。シェヴラの操作マニュアルを、助手席正面の物入れで見つけるまで5分以上も掛かってしまった。が混んでいなくて本当によかった……と思う。なんとも妙な位置に「鍵のかかったhatch」があると気付いてはいたが。てっきり、整備用か何かだと思い込んでいたので。


(つまらないことにエネルギーを使ってしまった……ふー。どれ、ここで僕も補給といくか?)


 ここでは。給油に来た客が、ちょっとした買い物もできるようにと、コンビニエンス・ストア等が併設されており。そういう顧客のためのパーキング・エリアへと……それも、目指す売店のすぐ傍へと停めるのも。ここまでガラ空きであれば、全く苦にならなかった。


 僕は、あまり考えずに。ボトル入りのアイスコーヒーと、チリ・ビーンの焼き立てブリトーを買い込んで。シェヴラの右ドアを開け、店員から貰った……やや大きすぎのペーパー・トレーを助手席に置こうとして。充電中の携帯セルラーが邪魔になることに気付いた。


(おっと……この状態で使えるんだったっけ?これって。)


 まずトレーでもって、携帯セルラーを。パーキングブレーキ・レバーのほうへと、少しずつ。少しずつ押しやって、置き場所を作る。それから運転席に回って、コードが付いたままの携帯セルラーを取り上げて起動してみた。


(大丈夫みたいだな。おっ…?)


 ホーム画面の封書アイコンに、「2」という数字がオーバーラップしている。ノヴァル支給の携帯セルラーなので、反射的にディクスン・ファーレル主任の顔を思い浮かべた。


(やっば……いつ受信したんだろう?)


 容赦なく冷めていくブリトーと、放置していたメールとを天秤に掛けて。わずかな煩悶の末に、メールの方を開くことにした。

 一通目のほうが届いたのは、一週間ほど前であったので。うっすら冷や汗をかきながら差出人fromをみたところ、ファラ=ド・リィのアドレスで。「こんどシティに来るので、コンタクトして欲しい」旨の、簡素な文面だった。


(あれ? ファラに……会社ノヴァルのメールアドレス教えてたっけ……?)


 それで少し悩んだあと。僕がプライベートで使うモバイル・メールの側で、自動転送を設定していたのを思い出した。私物の携帯は、暫くこのかた寝床の傍の充電クレードルで惰眠を貪っており。もとよりそんなメールが来る方でもなかったので、広告spamさえ自動除去できていれば。全て、会社携帯に転送しても。迷惑にならないだろう……と思ったのだ。

 もっとも、そのようにすると、ノヴァル側の監視システムが容赦なく「記録」してしまうのだろうが。で文句を言ってきそうな知り合いも……特に思い当たらなかったので。


(無視しちゃったことになるけど、会えたんだからまあいいかな。じゃあ、もう一通は……?)


 多分、アルだよね……と思って<次のメッセージ>をクリックした僕は。差出人from欄の意外な名前に、思わず言葉を失っ……いや、声に出してしまっていた。


「……ラビーニャ・クァンテーロ、だって!?」


 とうの昔に、縁が切れた筈の養家(の、とりわけ口煩い従妹)が、とうとう。ついに、僕につながる「ルート」を発見してしまったぁ……という切迫感(?)に襲われて。

 えー、一体いつなんだ?――と受信日時をみたところ。ちょうどファラが僕に、クァンテーロ家の動向について注意を促していたその頃で。流れ的にも、ファラが僕のメールアドレスをラビーニャに教えていた……という推測が成り立ちそうであった。


(なんだ。ファラは一体、どういうつもりなんだよ……「注意しろ」って言っておいてさ。自分でお膳立てしてるんじゃないか、ん? まあでも、本文メッセージは本当に短いな。なになに?)


前略、いとこ殿Dear my cousin、当家の事情について色々言う者が現れても、取り合わないで結構です。貴方に色々してもらうわけにはまいりません。』


(うわー、いきなりすごいな。ラビーニャらしいけど……)


『寧ろ、私たちからゆるしを乞わねばいけないのでしょうね。そのために、貴方をここへお呼びするべきなのでしょう。でも決して、戻ってきてはいけません。何があっても、です。』


(ええ、今更。だいたい「もう来るな」って、叔父さんから言われたぞ。)


『ごめんなさい、どうか私たちをゆるして。草々Yours,


(………………え?)



 あまりに唐突な謝罪……で終わるメールに。不意を突かれた僕は、彼女の意図を測りかね。運転席に座ったまま、暫く茫然としていて。すっかり冷たくなったブリトーは、砂糖と塩の味しか感じられない代物となって。食欲を失った胃袋へと、温くなったアイスコーヒーで流し込むのもひと苦労だった。

 トレーやカップのゴミも捨て、ようやくシェヴラを街道へと戻したとき。僅かに遅れて、あのグレーの車体も。ドラッグストアから滑り出て、割り込むように合流してきて。先程と同じで、三台ほど後ろをついてくる形となった。


「うぉ……!?」


 それで、さすがに僕も。

 何者かに「尾行」されていると、疑わざるを得なくなったのだ。

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