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 ここの管理者アドミンとして。いちおう僕もNLSCノヴァル訴訟支援クラウドのユーザ・アカウントは頂いているのだが。

 それで「ログイン」することで。僕宛てのメールとか、先ほどの「What's New」とかは、閲覧れても。裁判所が発行した書面や(逆に)裁判所へ提出する書面の類はもちろん、裁判所で採用した証拠類や、ノヴァル側の指示や議事録などには。ほんとうに……アクセスをさせてもらえないのだ。


 だから、一昨年の暮れ辺りでの話が出てきたときも。僕がそれを知ったのはここ出張所ではなく、日曜のカフェで遅い朝食をとっていたとき……向かいの席で、いつも気持ちよさそうにウトウトされているご老人が。いつも通り着席のおりに投げ出して、そのままになっていた新聞。ある全国紙の……一面記事だったのだ。


(ノヴァル「意図せざる加速」全国規模nation-wideクラスアクション集団訴訟で和解……?)


 その後、ご老人が(ちゃんと)目を覚まして持ち帰られてしまったので、帰宅後にネットで調べて。西海岸の多区域訴訟マルディの、D&Dダイク&ドレイクで受け持っているのと同じ「番号」の事件だとわかって。


 すごくびっくりして。そのすぐ翌日の朝っぱらから「知りませんでした……州裁判所state courtの側でやってる事件も、もう和解する方向なのでしょうか?」と、やってきたばかりのボスに絡んでしまった。

 それで(ちょっと困って)口を開くでもなく苦笑いしていたボス……の代わりに、横からとロージーが。無表情のまま、急所にトドメを刺しに来たんだよ……。


「こんど和解になるのは、電子スロットルのノヴァル車を購入した各州の人々が、UA事象に遭っていようがが『払った分の価値がなかったぞ!』とか、『BOシステムブレーキ・オーバーライドを追加せよ!』とか言って起こしていた『経済損失エコノミック・ロスクラスアクション』のほうで、ぜんぜん違う話。」


……と、息も切らさず話し切られて、少しとした。


「え、でも……同じ事件番号ですよ?」

「同じ番号のMDマルディ事件でも、車両事故がもとで起こされた『個人的傷害』や『不法な死』の事件は、原告が取り下げたりしない限りは係属中。もちろん、こっちO州の事件にも影響ないです。」

「でも、そう書いては……」

「それは、記者がそういった質問をしていないからでしょう。」


 ……と言いながら、ロージーの目尻は険しくなって。


「そういえば、『各州から来た弁護士の大群が裁判所を埋め尽くすのを見てみたいです!』とか、言ってらしたときにも。『消費者クラスアクションとは別種の事件』であると。じっくり説明した筈ですよね?」


 そ、そんな昔の……僕が、州裁判所と連邦地裁との区別もついてなかった頃のことを掘り返して……関係ないじゃん!むきー!でも「普通のニュース記事で、そんなのわからないよ……」と続けたりしようものなら、よりヒドい目に遭わされる予感があったので。ちょっと捻って、こう言い返してみたんだった。


「じゃあ、残ったほうの訴訟でこっちメーカー側が負けて……欠陥を認めることになったら、クラスアクション合意とやらもになるんですか?」


 ロージーは、少しだけ面食らったようだった。


「それはつまり。製造者メーカー側がクラスアクション合意で――事実とは認めていない訴訟原因を、後になって認めざるを得なくなった……ような場合のことね?」


 ちょっと意外だったのは。そう言ったあと、ボスの顔を窺ったことで。当のボスは、何とも面白そうな顔をしながら「ロージーに任せる」という風だったので。ちょっと勢いが鈍ったけど、ロージーはこう続けたんだった。


「クラスアクション合意は一種の契約だから、変更や解除は……できないことはないけど、クラスへの支払いも進めていたりして、当事者も多いから……凄く大変なのは間違いないわね。」


 このとき僕も、少ししていたらしい。というのも、普段なら絶対しない:追い打ち?をしてしまったので……。


「なるほど。では、今後も一切負けられないわけですね。」



 一瞬、不気味な静寂が訪れ。

 何か、とても恐ろしい一言が……ロージーの喉の奥で練り上げられ。舌のなかに充填され、スタンバイする気配がして。それがいま、発射されるー!……というまさにそのとき。


「まあまあ、まあまあ。一度で理解できなくても仕方ないでしょう。だいたい本部も本部よ……クラスアクション合意の記事ぐらい、『What's New』に挙げてくれればいいのにね。」


 流れに合ってない、ジェンの一言だった。


……のだけど、この介入のおかげで。張り詰めた空気があっさり解けて、いつもの感じが戻ってきたのだ。当のロージーも『そんな腹を立てることもなかった』表情になって。ちょっとだけ荒れるのを期待?してたらしいボスも「まあ、いいか。」という感じで、朝のセットアップを再開したんだった。その後で現れたビルは……たぶん、何も気づいてないと思う(笑)。



 それが、1年と少し前のこと。


 とにかく、この訴訟で重要なことは何にもこっちに教えてくれないし。こちらから話題にすると、妙な点だけ突っ込まれる……というのは、この件だけじゃなかったので。

 先ほどみたいに、ロージーのほうから……でなければ、そういった話をすることも一切なかったのかもしれない。


 しかし、たぶんロージーは知らないだろう。

 それは、西海岸の裁判所命令で『個人的傷害Personal Injury不法な死Wrongful Death』のほうの集団和解交渉Intensive Settlement Processが始まった直後だから……今年の正月だったと思う。ビルもロージーも、ジェンも帰宅したあと。僕がファーレル主任への日報を提出するまで(珍しく)付き合っていたボスが、夕食に誘ってくれて。行きつけのイタリアン・レストランへと向かうパストーラハイブリッド車の中で、こう切り出されたのだ。


「マットロウ=サンは、弁護士とかローヤーになるつもりはないのか?」

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