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「ここまで戻ってこないのって、アヤしいよね…」

「私たちに聞かせたくない相談をしてるのかも。」

「タイツォータさんと合流して? MDマルディ集中和解手続intensive settlement processのことかしら……それならありうるわね。」


 そんな感じでジェンとロージーが話していた、まさにそのとき。ビルから電話が来て、ボスたちがタイツォータ氏と話し込んでいることが判った。


「やっぱり、でしょう。」

「で、どこでやってるって?」

「皆さん、今何処にいるんですか?……え?裁判所?……ああ、バッテリーが切れそうなんですね…………って、切れちゃいました。」


 何か、早口で聞き取れなかったけど。


「ここの裁判所なの?」とジェン。

「そうだと。」多分。

「まだ落ちてるわね、webサイトのほうは。あっ……。」

「……プレスリリース出た! あらら、システム障害は本当だったみたいよ?」

「ランサム・ウェア……と書いてあるわね」

「ランサムって、身代金要求ウィルスのこと?大変じゃない!データが開かなくなっちゃうんでしょう?」

「これは、そういうこと?……マット。」

「――えっ?」

「え、じゃないでしょ。」


 いつものことだが。反応がアッパーな傾向のジェンに比べ、ロージーは驚く声ですら抑え気味なので。やりとりが重なれば重なる程気が削がれ、思わずして問い正される展開になっていた。やばい……とにかく頭を回転させて、答えなければ。


「その通りで、ランサム・ウェアに感染したパソコンがあると、共有フォルダのファイルでも容赦なく暗号化されてしまいます。そして、暗号化を解除できるキーは、攻撃者アタッカー——犯人だけが知っていますから。」

「被害者を強請ゆすれるという訳ね。」と、ロージー。


「でも、さすがに裁判所よ?『身代金』なんか、払うわけにいかないんじゃない…?」と言うジェンだけど……

 さっきまで。あれだけ眠そうだった眼が、見違える程キラキラしはじめたぞ。


「まあ、マスコミの餌食でしょうね——」ロージー、きつい。「——身代金を払わずに、何とかしない限り。」

「何とかできる方法などあるの?無いんでしょ?」


 何その、期待に満ちた目は。何とかできなかったら困るじゃないですか。


「とりあえず、感染しそうな機器類はネットワークLANから全部外したうえで、感染したパソコンを探して処分することになりますね。」

「鍵締められちゃったデータはどうするのよ?そのままなの?」

「身代金を払わないのでしたら、そのままですよ。」

「やっぱりね。」


 何となく、裁判所の肩を持ちたくなってきた————ので。


「でも……ここの裁判所、文書類の正本は……未だに『紙』なんですよね? 代理人アトーニーにも『紙』で送られているわけですから。本当に大きな影響というのは、そうは無いのでは?」

「そういったらそうだけど……」

「会議室予約みたいな、スケジューラーとかは……もうデジタルしかないでしょうね。」


 ——等と、ロージーが挟むのに。乗っかってエスカレートするジェンを、僕が宥めるパターンじゃないか?……そら来た。


「そうよ。だいたい『紙』が正本だからって、読むのはディスプレイ……というのが。もう普通なんだから。」

「暗号化を免れたバックアップ・データもないとしたら、紙の正本をスキャンすることになりますね。想像したくない状況ですが……」

「でしょう? これ、アトを引くわよ。審理とか当分キャンセルじゃないかしら。」

「でも。すぐ気づいたのなら、被害は僅かで済んでるかも……ですよ。」

「そんな軽微で済んでるかしら~。記者会見までしてるのよ?」


 うーん。もう良い加減、慣れてるはずなのだけど。

 自分達にとっても「最悪のパターン」を話すのは。トグラさんもそうなんだけど、この業界では普通なんだろうか……?「α協会」の事業者コントラクタは、荒場を楽しむような態度だと「本当にヤバい仕事」が回されるから、余計な事は一切言わない人達だったし、顧客は顧客で本当に色々だったけど、「最悪のパターン」を考えたくない・考えようとしない人々が普通だったので、なおさら異様に感じてしまう。


 それとも、もう先が見えているこの出張所タイツォータ第二を……当面、維持したいと思っているから、なのだろうか? ……ロージーはともかく、ジェンが?――ふうむ。


「そうだとすると、西海岸MDLのはともかく、新しい事件のほうは相当遅れることになります?」

「多分そうなるわよ。」

「じゃあ、当分仕事できますね。」

……と、言って。

笑って差し上げたら。


 メガネの奥で、目をぱちくりさせるジェン――

――の様子を見て、「ブッ」と噴いてしまったロージー……は、顔見られないよう明後日のほうを向いてた。


「来たわよ……マットの天然攻撃。」

「ひ、久々ね。」


――と。プルプル震えてるロージーに。少々ムッとしたジェンは、言い始めて。


「やっぱり思い出しちゃうね、『猟銃事件』のときのマット。」


 ロージーの笑いが、ピタリと止まった。

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