19
「ここまで戻ってこないのって、
「私たちに聞かせたくない相談をしてるのかも。」
「タイツォータさんと合流して?
そんな感じでジェンとロージーが話していた、まさにそのとき。ビルから電話が来て、ボスたちがほんとうにタイツォータ氏と話し込んでいることが判った。
「やっぱり、でしょう。」
「で、どこでやってるって?」
「皆さん、今何処にいるんですか?……え?裁判所?……ああ、バッテリーが切れそうなんですね…………って、切れちゃいました。」
何か、早口で聞き取れなかったけど。
「ここの裁判所なの?」とジェン。
「そうだと。」多分。
「まだ落ちてるわね、webサイトのほうは。あっ……。」
「……プレスリリース出た! あらら、システム障害は本当だったみたいよ?」
「ランサム・ウェア……と書いてあるわね」
「ランサムって、身代金要求ウィルスのこと?大変じゃない!データが開かなくなっちゃうんでしょう?」
「これは、そういうこと?……マット。」
「――えっ?」
「え、じゃないでしょ。」
いつものことだが。反応がアッパーな傾向のジェンに比べ、ロージーは驚く声ですら抑え気味なので。やりとりが重なれば重なる程ついていく気が削がれ、思わずぼうっとして問い正される展開になっていた。やばい……とにかく頭を回転させて、答えなければ。
「その通りで、ランサム・ウェアに感染したパソコンがあると、共有フォルダのファイルでも容赦なく暗号化されてしまいます。そして、暗号化を解除できるキーは、
「被害者を
「でも、さすがに裁判所よ?『身代金』なんか、払うわけにいかないんじゃない…?」と言うジェンだけど……
さっきまで。あれだけ眠そうだった眼が、見違える程キラキラしはじめたぞ。
「まあ、マスコミの餌食でしょうね——」ロージー、きつい。「——身代金を払わずに、何とかしない限り。」
「何とかできる方法などあるの?無いんでしょ?」
何その、期待に満ちた目は。何とかできなかったら困るじゃないですか。
「とりあえず、感染しそうな機器類は
「鍵締められちゃったデータはどうするのよ?そのままなの?」
「身代金を払わないのでしたら、そのままですよ。」
「やっぱりね。」
何となく、裁判所の肩を持ちたくなってきた————ので。
「でも……ここの裁判所、文書類の正本は……未だに『紙』なんですよね?
「そういったらそうだけど……」
「会議室予約みたいな、スケジューラーとかは……もうデジタルしかないでしょうね。」
——等と、ロージーが挟むのに。乗っかってエスカレートするジェンを、僕が宥めるパターンじゃないか?……そら来た。
「そうよ。だいたい『紙』が正本だからって、読むのはディスプレイ……というのが。もう普通なんだから。」
「暗号化を免れたバックアップ・データもないとしたら、紙の正本をスキャンすることになりますね。想像したくない状況ですが……」
「でしょう? これ、
「でも。すぐ気づいたのなら、被害は僅かで済んでるかも……ですよ。」
「そんな軽微で済んでるかしら~。記者会見までしてるのよ?」
うーん。もう良い加減、慣れてるはずなのだけど。
自分達にとっても「最悪のパターン」を嬉々として話すのは。トグラさんもそうなんだけど、この業界では普通なんだろうか……?「α協会」の
それとも、もう先が見えている
「そうだとすると、
「多分そうなるわよ。」
「じゃあ、当分いっしょに仕事できますね。」
……と、言って。
にっこり笑って差し上げたら。
メガネの奥で、目をぱちくりさせるジェン――
――の様子を見て、「ブッ」と噴いてしまったロージー……は、顔見られないよう明後日のほうを向いてた。
「来たわよ……マットの天然攻撃。」
「ひ、久々ね。」
――と。まだプルプル震えてるロージーに。少々ムッとしたジェンは、こう言い始めて。
「やっぱり思い出しちゃうね、『猟銃事件』のときのマット。」
ロージーの笑いが、ピタリと止まった。
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