第10話 戦車道
【戦車道】。
この言葉を聞いて、「アレの事かな?」と思う人は、きっと戦車を操る女の子達を連想してるのだろう。
しかし、陸上自衛隊での
(TK道)とも表記されるが、当然戦車専用の道路ではない。
特科や施設科等の装軌車(キャタピラ)もガンガン通るし、WAPC(96式装輪装甲車)や3㌧半等の装輪車(タイヤ)も通過する。
じゃあ、何故そんな名前がついているのか?と言えば、詳しい事は分からない。
ただ言えるのは、演習場内の道路の中で、比較的幅の広い道路であること。
74
もっとも、場所を選ばないで駆け抜けると、巻き上げる砂煙によって道路付近で行動する普通科隊員たちから
おっと、何の話かといえば、戦車の話。
「武村士長。俺らって戦車と行動する事ってあるんすか?」
平本1士が不思議そうに聞いてきた。今回の訓練は戦車も参加するからだ。
戦車との連携は、当然ながら新隊員教育隊(後期教育)でも教わる事はない。
平本にとっては未知の訓練だろう。
「あぁ、普通にあるよ。というか、戦車がいないと俺ら普通科もおちおち突撃出来ないからな」
「えぇ!そうなんすか!?」
「当たり前だ。常に突撃支援射撃が貰える訳じゃないし、敵にもBTR(戦車及び装甲車)がいるわけだから、これを駆逐せにゃバンザイ突撃で終わっちまうんだよ」
「へぇ~」
平本は、黒いビニールテープ(通称ブラックテープ)で89
平本の視線の少し先には、74
戦車には、その地域の植生に合わせて・・るのかどうかは分からんが、バッキリと折った木の枝がゴムバンドで固定され、偽装が成されている。
中隊配属されて数年が経つ私にとって、戦車なんか工事現場のユンボと同じく見飽きた車両なのだが、配属されて間もない1士にとっては初めて間近で見る戦車は新鮮なのだろう。
集結地に戦車が進入して来た時、中隊の1士たちは「すげー!」と眼を輝かせながら写メを撮っていた。
「お前ら、そんなに戦車が好きなら機甲科に転属願い出せば?」
同期の西本が意地悪そうに言うと、1士たちはスマホを慌てて引っ込めた。
「下車用意、下車!」
分隊長の合図とともに、3㌧半の鋼板を降ろし、素早く下車する。
演習道の右端に沿って、分隊は前進を開始。登りな上に、石がゴロゴロと転がってるので前進速度は遅くなりがちだ。
「敵陣地まで、どのくらいなんすか?」
平本の同期である藤木1士は、延々と続いてそうな上り坂にウンザリしながら聞いて来た。
「さぁな!敵陣地より手前600Mで下車のはずだけど、こんな上り坂の途中じゃなかったと思うぞ!」
ビュゥゥゥウウウウウウウウウ!!
独特の笛の音みたいなタービン音を唸らせながら、74
「くそ!戦車の奴ら、上りはラクそうで羨ましいっす!」
「戦車なんかに見とれてんな!俺らが遅れたら、今度は戦車が敵に撃破されるぞ!」
「マジっすか!」
そう、戦車の敵は実は同じ戦車ではなく、歩兵だったりする。
戦車はデカいから、隠れる所も限られるのでそこを注意すれば良いのだが、歩兵は潜伏されたら動き出さない限り、見つけるのは難しい。
よって、対戦車火器を持った歩兵を駆逐するのが、私たち普通科隊員の任務であり、敵BTRから私たちを守るのが戦車の任務なのだ。
普戦同時でなければ、突撃は成功しない。
「おい陸士ども!呑気に歩いてんじゃねぇ!死にたくなかったら走りやがれ!」
キツい上り坂に苦戦する陸士に激を飛ばすのは、小隊陸曹の菅沼1曹(レンジャー)だ。
「平本!藤木!チンタラ走ってっと、小隊陸曹ここからにプッ殺されんぞ!」
「「りょ、了解!」」
「お前もだ武村ぁ!!」
「ひ、ひえぇぇぇぇ」
分隊の陸士たちは、先任のエール?によって坂を駆け上がっていく。
まるで、牧羊犬に追い立てられた羊のように。
200Mほど走ったところで、分隊は一旦停止した。どうやらここが、本来の下車する場所のようだ。先ほどとは違い、道路の左右は森が生い茂っている。
「これより我が分隊は、林内に進入し前進する。敵散兵は発見次第駆逐せよ!」
分隊長の渡部3曹の号令の元、分隊は横隊となって森の中を進む。
隣との距離感覚は5Mほどだ。
パンパン、パパパパパパパン。
ヨソでは既に戦闘状態のようで、少し離れた場所から射撃音が聞こえる。
私も平本も、前方を警戒し、枯れた落ち葉を音を立てず踏みしめながら前を行く。
銃は構えつつ、視線はゆっくり左右に振る。
人の気配はなさそうだな。そう思った時だった。
ダアァン!!!
突如、けたたましい炸裂音が林内の静寂を打ち破った。
「な、なんの音っすか!?」
かなり驚いたらしく、平本は音の発生源を探すようにキョロキョロと首を振っている。
「ち、戦車のやつ、射ちやがったか」
予想はしてたので、あまり驚きはしなかった。が、少しイラっとした。
「これ、戦車の空砲っすか?」
「あぁ。刺激的だろ?」
戦車の空包射撃には、(安全離隔距離)が設けられている。
弾が出ないとは言え、近距離での射撃は危険があるからだ。
ちなみに、戦車はここからは見えないので、一応離隔距離は守られている。
「武村士長、前進命令が出たんで、戦車のいる方向へ行きましょう」
渡部3曹は、無線機のマイクをサスペンダーに引っ掛けて戻し、私に手招きする。
歩き出した私を追うように、平本と藤木が続く。
我が分隊は、無線で示された場所に到着した。そこは少し下り坂になっていて、私たちのいる位置から30Mほど離れた所に味方戦車がいる。
砲は私たちから見て右側、つまり敵方に向けられている。
「2分後に前進を開始。戦車はその後方を追随してくるそうです」
新たに達せられた命令を、渡部3曹は我々に伝えた。
「てことは、また全力疾走かね?」
私が分隊長に聞くと、返事は「はい、頑張りましょう!」との事。あらら。
「前進開始!!」
渡部3曹の号令で、私たちはまた林内を走り出した。
その後方からは、戦車のエンジン音が遅れて聞こえる。
パキパキと落ちた枝を踏みつけながら、前へ前へと進む。
いつ敵が現れてもおかしくないので、銃は構えたままだ。
「通過口まで100M!分隊は縦隊となって突撃!」
あと少しで森が開ける。その先が敵陣地という事だ。
「陣地内に侵入したら戦車通過後、分隊は横隊となって残敵を掃討する!」
息を切らせながらも、渡部3曹は怒声を効かせて私たちに命令を達した。
森を抜けると、そこは開豁地になっていて敵陣地を示す天幕やら鉄条網が張られている。
(通過口)と呼ばれる敵陣地の入口には、蛇腹の鉄条網が隅にどけられていた。
先に別の部隊が突入したようだ。
「後方より戦車!」
分隊の最後尾を走る藤木1士が、戦車が接近していることを前方を走る私たちに大声で伝えてきた。
そういや、戦車は私たちの後を追うんだっけ・・などとさり気に後ろを振り返った時だった。
なんか、戦車の砲と目が合った、気がした。次の瞬間!
ガアァン!!
砲口が光ったと同時に、さっきとは比べ物にならない程の音と、衝撃波が我々の分隊をおそったのだった。
『うおっ‼』
分隊の誰もが驚き、立ち止まってしまった。
戦車との距離は、ナンバープレートの数字が読める位。
安全離隔距離は当然守られていない。
分隊全員が、我々の直近で射撃をかました戦車を睨み付けたのだが、そんなのお構いなしにその戦車は連装銃をバリバリ射ちながら敵陣地に突入してったのだった。
「おぉ~!90
感動しているのは平本1士だ。こいつは先日、直近で戦車が射撃した事に腹を立てて
ブーブーと悪態をついていたのだ。
「次やったら俺の84㎜
「横を通る瞬間に対戦車地雷投げつけてやる!」云々。
ところが、だ。
今日も戦車との訓練(市街地)なのだが、戦車小隊の小隊長さんが我が中隊の1士たちに戦車の車内を見学させてくれるという、粋な計らいをしてくれたのだ。
「戦車にも、行軍みたいな訓練ってあるんすか?」
「ありますよ。まぁ、車両行進なんだけどね。冬は車内が外より寒いから辛いんですよ」
「なんでですか?」
「戦車ってホラ、鉄の箱みたいなものだから、芯まで冷やされちゃうんですよ。普通科さんとは違って、体動かさないから」
「へぇ~、大変なんですねぇ」
平本のしょうもない質問に、丁寧に答えて下さる操縦手さん。
そいつ、先日あなた達のことディスってましたよ~。
「なんすか武村士長?俺の顔みて笑うなんて、キモイっすよ?」
「べっつに~。それよりも、もっと戦車の事について聞いとけよ。こんな機会はめったにないからな」
「そっすね!じゃあ・・・、機甲科って女子多いんすか?」
ほんとにしょうもないな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます