第118話 昏睡人形のための夜想曲 #1

目醒めると、ベッドが海に浮かんでいた。見渡す限りの大海原の中に。肌をやさしく撫でる、そよ風の中に。あたたかい陽光の中に。


私はおそるおそる、手を水に浸した。水面近くは、温かかった。太陽に照らされていたからだろう。少し奥まで手を差し入れると、ほんの少しばかり水は冷たかった。


しばらくすると釣り竿が流れてきた。針はついてはいなかった。エサもないが、する事もないので、私は釣り糸を垂らした。どこからか海鳥がやってきて、私の側に座った。どこかに陸地があるのかもしれない。見渡す限りの海で、何もないけれど。


私は長い事、釣りの真似事をしていたが、突然、糸が引かれた。魚がかかったような痺れる振動が釣竿越しに伝わった。私は慌てて、勢いよく竿を引き上げた。だが、糸の先には相変わらず何も無く、かかった魚など何処にもいないのだった。


やがて夕暮れ時になり、水平線に太陽が溶け込んだ。代わりに宵闇が空に滲み、砂粒のような、小さな星の瞬きがそこに浮かび、そして暗い水面に反射して、ゆらゆらと揺れながら、星空がそこら中に広がっていた。


私はベッドにうずくまりながら思う。出来れば、いつまでも、こうして波に揺られていたい。いつの日か、嵐が来て、海に投げ出されてしまうまで。いつの日か、恐ろしい人喰い鮫に食べられてしまうまで。あるいは、いつの日か、最初からこの世界に海などなかったと、私が気づいてしまうまで。

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