第116話 水面

水面には、小さく波紋が残っている。

音もたてずに、私の意志とは別にゆっくりと広がってゆく。

それは私の足跡である。


私は波風立たない湖畔の上を歩いている。

いつ頃歩き始めたのかは分からない。

いつまで歩き続けるのかも分からない。

霧の中から突然現れて、

つい先ほどから歩き始めたような気もするし、

何もかもを忘れてしまうような、

長い時間歩き続けているような気もするのだった。


ここでは、ずっと夜だった。

私は夜を歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けた。

水面には、確かに私の足跡が残っているはずだけれど、

振り向くと、それはどこかへ拡散して消えていた。


夜明けが来て、紅のにじんだ闇が眼前に広がっていた。

彼方に小さく人影が見えた。

私は陸へと近づいた。

人影は、私のよく知る少女である。

私は気づいてもらおうと、さらに陸へと近づいた。

果たして彼女はこちらに気づいた。

そして口を両手で押さえて、

恐怖を顔に張り付けたままこちらを見ていた。

私は近づく。

彼女は後ずさる。


私はふと違和感を覚えて、水面をのぞき込んだ。

そこには私ではなく、

肉片のこびり付いた骸骨が映り込んでいた。

私は思い出す。

彼女との出会いも、自分がこれまで過ごした時間も、

過ちも、何もかも。


私は何かを伝えたくて、足を踏み出そうとしたけれど、

支えを失った私はボロボロと崩れ落ち、水の底へと沈んでいった。

陸までは、あとほんの数歩程度の場所だった。

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