第056話 卵
男は、自分の子供を望んだ。男の妻も、子供が生まれることを望んでいた。だが、夫婦の間には、長いあいだ子供が生まれなかった。夫婦は切に願った。やがて、妻が身ごもった。男は喜んだ。妻は涙を流した。次第に妻のお腹は大きくなってゆき、産み落とした。赤ん坊の代わりに、同じくらいの大きさの卵を。
その話が伝わると、男の妻は魔女として噂された。歩いていると、村の子供たちから石を投げられ、夫婦が大切に育てていた畑は踏み荒らされ、作物が台無しになった。それでも夫婦は卵を温め続けていた。その卵が孵ることを祈って。その姿を、村の人間たちは不気味に思った。村の人間たちは、ある夜、夫婦の家に火をつけた。
男の妻は逃げ遅れて、炎に包まれた。男は卵を抱えて、着の身着のまま飛び出した。幾人もの村人が男を取り囲んだ。薄気味悪い、悪意のこもった笑みを顔に張り付けたまま。棍棒が振りぬかれ、男のひざを激しく打つ。男は体勢をくずし地面に倒れ込んだ。卵が割れないよう、身をよじらせて守った。何事かと顔を上げた男の腹部に二撃目の棍棒が叩き込まれた。男は苦痛に悶える。村人が男の手から卵を奪い取る。男は取り戻そうと手を伸ばすが、痛みで体はいう事を聞かない。村人は卵を両手で持って高く掲げると、地面に思い切り叩き付けた。卵が割れる。殻があたりに飛び散り、卵に入っていたのだろうか、地面にまき散らされた粘性のある液体の中に、赤ん坊がいた。村人たちも、男も、しばらくの間、呆然としていた。すると赤ん坊が泣きだした。それが合図だったかのように、男が赤ん坊を救い出そうと手を伸ばした。村人が棍棒を男の頭に叩き付けた。男は頭を押さえて呻く。村人の一人が赤ん坊の足を掴んで持ち上げ、再び地面に叩き付けた。鈍い音がした。男が叫ぶ。棍棒に打ち据えられる。
しばらくして、村人たちは満足したのか、その場を去っていった。あとには叫ばなくなった赤ん坊と、静かに泣く男と、燃え続けている家が残されていた。
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