第56話 見えない壁

〜フウガ〜

屋上で女王様と会った後の帰り道

鬱々とした気持ちを抱えながらそこらへんをさまよっている俺。

家に帰る気にもなれない。

だからといって外に居場所があるでもない……。

どうしよっかなあ……。

どこか途方に暮れて、夕日も沈んで暗くなりはじめた濃い藍色の空を見上げる。

そんな矢先、スマホの着信音がなる。

体全体をどんよりとした空気が満たしているみたいでスマホをだす動作さえ躊躇われる。

「はあ……」

やがて一つ大きなため息をついてスマホを取り出す。

見てみれば姉ちゃんからのメールが来ていた。

こんな時に姉ちゃんからメールとか……。

〈夕飯作ろうとしたら食材が一切ない(ーー;)

風雅よ……なにか買って来てはくれまいか……〉

そんな内容のメールにまたため息がでる。ここからスーパーって結構あるんだけど。

まあ仕方ない。

そう思うとやがて諦めてスーパーへと歩きだす。



「……でさあ〜その子が」

不意に隣を通った女の子の匂いが嗅いだことのある特徴的なもので一瞬立ち止まり考え込む。

それからある答えにたどり着き若干うなだれる。


俺あんなフラレ方したのに未だにこんな……匂い覚えてるとかやばいよな。


改めてそう考えると尚ゾッとして慌てて早足で歩きだす。


にしてもモモはあの子によく似ていたな……。

似てたから好きになったってのもあるのかもな。


……結局俺自身もモモのことちゃんとみてなかったってことかな。


俺はあの子のことを、もう何年も名前も口にしていないあの子をまだ覚えているとうことを確かめるように口の中で小さく「リズ……」と呟いた。






〜莉音〜

「遅いっ!!」

私はついに立ち上がりそして叫んだ。

隣には迷惑そうに顔を歪ませるキールくんの姿。けれど私はそのことをさして気にすることもなく

「ちょっといってくるね」

といって玄関に向かい歩きだす。

「えっ?ちょ……」

キールくんの言葉も待たずに私は家を飛び出した。

というのも今は夜の9時。私がメールを送ったのは7時前。こんなに遅いなんて明らかにおかしい。それにお腹すいたし。

……もちろん、風雅が心配なのが一番だけど!





〜キール〜

莉音と僕は根本から考えが違う。だから行動だって違ってくるし僕は時節莉音の行動についていけなくなることがある。

まあそれは莉音に限ったことじゃないけど。

「……仕方ないなあ」

やがて僕はそう呟くとテレビを消して立ち上がり二階の部屋に行く。

この時期は昼は普通でも夜は極端に冷えるから。

そんなことを思いながら莉音の上着を手に持って下に降りてく。

自分も上着を着てまた一つ小さなため息をつくと僕は家を出た。





〜莉音〜

「ったく……メールもろくに返事しないし電話もでないとかなんなのよ……」

イライラしてスマホをポケットにしまうと不意に吹いてきた風にブルッと身震いしてしまう。

勢い任せに飛び出してきて上着来てかなかったのは難点だったな……。

っていっても今更戻るのも面倒だしはやく風雅を見つけて……。

なんて思っていた矢先ポケットの中のスマホがブルルッと振動する。

ハッとして見てみれば風雅からメールが来ている。

〈すまん。今メール来てんの気づいた。あと、今家なんだけど、姉ちゃんどこ〉

そんなメールに怒りが頂点に達したも一瞬。

すぐに呆れて疲れてうなだれてしまう。


仕方ない。引き返すか……。

そう思って目の前の線路を横目に家の方へ方向転換しようとしたら視界の端に見覚えのある人が映る。

「ナギ?……」




〜キール〜

「……結構寒いな……」

脇に莉音の上着を挟んで、ポケットに手を突っ込んで莉音が今向かっているであろうスーパーの方へ歩みを進める。


これで、こっちにきてから何回目の秋なんだろう。

なんて考えたくもないことが頭をよぎる。


でも、不思議だ。

今はそんなにここにいることを嫌だと思ってない。

そのことに自分のことながら驚く。


僕いつの間にこんな風に思うようになってたんだろう。



やがて見えてきた線路は踏切がさがっていて電車がガタンゴトンと音を立てながら通り過ぎて行く。

それを待ちながら改めてそのことを考える。


皮肉だけれど偽物でも本物のような家族ができたからかもしれない。

やがてたどり着いたのはそんな答え。


僕には父も母も姉もいるが莉音と風雅や母さん父さんのような一般の家庭に見えるようなあたたかさはなかった。


海にいたのなんて本当に小さいときのほんとに短い期間だったが、家族全体を冷たい雰囲気が包んでいることは子供ながらに嫌という程わかっていたし今でもわすれられない。

なんてことを思っていれば電車はすでに通り過ぎていて踏切がゆっくりと上がって行く。

早速歩き出そうとしたら一歩目を踏み出したところで足が鉛のように重くなって動かなくなってしまった。


目線の先には莉音とナギの姿。

なんであいつがここにいるんだよ。

なんで莉音はあいつといるとあんなに楽しそうな顔してるんだよ。

なんで僕はこんなに……悲しんでるんだよ。


訳がわからない。

わかりたくもない。

僕は途端クルリとUターンして家への道を辿り出した。




〜莉音〜

私が線路の先に見たのは今にも倒れそうなナギの姿。

私はすぐさまそんなナギに駆け寄った。

「ナギこんなとこでどうしたの?」

「………………」

暗くて表情もよく見えないし何も答えてくれないし

どうすればいいんだろう。

そう思っていたら不意にナギのフワフワの頭が膝をついていた私の肩にもたれかかってくる。

「だ、大丈夫?」

そういって少しナギに触れただけでわかった。

熱がある。

「少し座ろ」

そういうと道の端によりナギを座らせる。

「どうしよう。ヨウにでも、」

そういってスマホをとりだした瞬間私の手にナギの手が重なる。

そのまま動かなくなるナギ。

「え?……えと……なに?」

ナギの熱が伝染して赤くなった頬を脳は別の意味で捉えているようだ。

いや、別の意味もなにもないか。

ともかく私が一人バクバクと跳ね上がるような鼓動を抱えていることを知ってか知らずか重ねた手からゆっくりと指を絡めてくるナギ。

…………いやいや、どうしちゃったの?ナギ

熱でどうにかなったとか?


「もう少しだけ……」

やがて呟かれたそんな言葉に私はなにをいうでもなくただ頷いてスマホをしまった。

それからナギは気だるげに私の肩に頭を乗せてくる。

そこから伝わる体温は熱によるものだとわかっていてもやはり、なんというか、緊張してしまうものがあった。


にしてもこれ端からみたらすごくおかしいよね。

そこらの道端で座り込んでこんな……。

そう思ってたらナギがギュッと私の手を握る。

ちょっ……なんなのこれ。ナギって熱出ると毎回こうなの?


なんて最初のうちは思ってたけど慣れてくると繋がれた手のあたたかさがとても心地よくなってきた。


よく道端でいちゃつくカップルをみて「公共の場でよくあんなことを……」と思ってたけどこうしてみると確かに外のことなんかどうでもよくなってしまう。



私はナギの手を握り返しながら考えた。


こうして触れ合っていても消えない壁が私たちにはある。

だから近づいては離れ遠ざかっては近づいてる。


どうすれば私はその壁を超えて想ってること感じてることまっすぐに伝えられるだろう。


……考えてもわからないな、やっぱり。


だからこそこうやって手を繋いでいるのがそれだけのことでもとてもあたたかい。



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