番外編 桃色デイズ~モモ~

「よし、完璧っ」

 着終えたローズ色のドレスを見つめ満足気に微笑む私は、モモ・キルシュ。南太平洋のお姫様。現在八歳。


 そして、今日は⋯⋯


「モモ〜〜っ!おっはよ〜〜」

 そういって部屋に飛び込んできたのは幼なじみのソラ。

「うるさいなあ。もう少し静かにできないの?」

「えへへ」

 そういってニコニコしてるソラはふわふわしててどこかに飛んでいってしまいそうだ。

 ほんとにこいつは⋯⋯。

 それに女の子の部屋にノックの一つもなく入ってくるのは非常識すぎる。ソラが無神経な証だ。

 トントントン

 三回のノック音。

 私は満面の笑みを浮かべると立ち上がり、ソラを押しのけてドアに駆けていく。

「どうぞー」

「おはよ、モモ」

 戸を開けた先には大好きな幼なじみ、ナギがいる。

「おはよう、ナギ」

 そういって上目遣いにナギを見つめるけど、ナギはそんな私の努力にも気付かずにスタスタとソラの元に行く。

「ソラ、今日は『海凰祭』なんだよ。その格好は⋯⋯」

「えっ?なに?」

 そういって不思議そうな表情をするソラはパーカーにズボンといういかにもな庶民の服装。

 ナギだけでなく、私までもがため息をつきたくなってしまう。

 『海凰祭』というのは私達人魚の誕生を祝うとても大きな祭りのこと。

 そして王族である者は皆同様にパーティーやらセレモニーやらに出席しなくてはいけない。

 服装もその場にあった、ナギが着ているようなタキシードでなければならない。だというのにこの男は⋯⋯

「仕方ないわね。キールの服借りてきてあげるわ。あんた小さいし着れるでしょ」

 そういうと私はスタスタと部屋をでてキールの部屋に向かう。

 四歳年下のキールは、私にとても懐いていて、しょっちゅうプレゼントをくれる、大好きな弟だ。

 部屋は私の隣。大きな扉を二回ノックすると一丁前にタキシードを着た四歳の少年、キールがでてくる。

「誰ですか?ってお姉ちゃんっ!?」

 そういった途端にバンッと扉を閉めてしまうキール。

「ちょっ⋯⋯キール?」

「ごっ、ごめん。ちょっと待って」

 扉の向こうでガサゴソと服の擦れる音がする。

「ご⋯⋯めん。ちょっとこれ⋯⋯」

「ああ、もう」

 耐えられなくなった私が扉を開けると、そこには懸命にネクタイを結ぼうとしているキールがいた。

 キールの顔が次第に赤く染まる。

「あっ、これ⋯⋯は⋯⋯」

 キールは私と似て意地っ張りだ。たまには人に頼ってもいいのに。

「はい、はい」

 そういって床に膝をつき、ネクタイをしめてやる。

 なんでだろう。キールの顔がもっと真っ赤に⋯⋯

 よくわからないけど、とりあえず

「キール、少し大きめのタキシード貸してくれない?」

「ああっ、うん!」

 そういってキールはトタトタと衣装部屋の方に駆けていき、暫くすると白いタキシードを持ってきてくれた。

「ありがとう」

 そういって私が微笑むと、キールの頬は尚も赤くなった⋯⋯。




「はい、ソラ」

 自分の部屋に入るとソラの顔にタキシードを投げつけてやる。はずれるかとおもったら見事に命中した。

 しかしソラはそんなことさして気にしない様子で

「うわあ〜、ありがとう〜」

 といい、その場で着替えを始める。

 もう八歳なのだし、女性の前で堂々と着替えをするのは恥じて欲しい。

 しかしこんなことをこの天然男にいったところでふわふわと宙に浮いたような言葉が返ってくるのは明白なので黙っておく。


 改めてナギに目をやる。

 白いタキシードに橙のネクタイ。すごく似合っていて、かっかよくて、目が離せなくなる。

 そんな私の視線に気づいたナギは困ったように笑い、

「変かな?」

 という。

「変じゃないよ!むしろかっこよすぎ!」

 そういうと笑って

「言い過ぎだよ」

 というナギ。ほんとに、かっこよすぎ⋯⋯。


 トントン


 ノック音がするとすぐに部屋の戸が開き、侍女が顔をのぞかせる。

「もうそろそろご準備を。外にイルカ車がとまっておりますので」

「わかったわ」

 そう返事をすると「では」とおじぎして去っていく侍女。

「じゃあ、行こうか」

「ええ」

「だね〜」

 そうして私達は『海凰祭』に向かった。





 ♪もう一度 あの日をやり直せるのなら 私はもう 間違えたりしないのに⋯⋯♪

 どこか悲しげで憂いを帯びた、とても綺麗な歌声。

 ここは『海凰祭』のセレモニー会場で、この歌声は七つの海を統べるセレナーデ一族の女王様のものだ。

 しかし女王様の姿はどこにも見えない。というのも、女王様は"聖域"と呼ばれる神殿から出られないから。

 その理由わけを子供の私はまだ知らないけれど⋯⋯。


 ともかく、ここはその"聖域"の目の前に位置する。だからこうして歌声が聞こえてくるんだけど⋯⋯。

 それにしてもなんて綺麗な歌声なんだろう。心が澄み渡るみたい。


 こんな綺麗な歌声の女王様って一体どんな人なんだろうな。

 そういえば、女王様のこと、お父様とお母様は見たことあるのよね。

 素朴な疑問も、女王様の名を聞いた時の二人の反応を思い起こせば簡単なことだった。

 女性に対抗心すら生ませない、男性を魅了するすごい力を持った女の人⋯⋯。

 きっと、とても綺麗な女の人なんだろうなあ⋯⋯。

「モモ!」

 ふいに腕をつかまれてびっくりする。

「モモ、どうしたの?ボーッとしてるみたいだけど⋯⋯。危ないよ」

 ナギにそういわれて目の前を見れば豪華な料理の並んだテーブルがあった。

 ナギが腕をつかんでくれなかったら思いっきり衝突していただろう。

「ごめん⋯⋯。ありがとね、ナギ」

「ううん。気にしないで」

 そういって優しく微笑むナギ。

 大好き。そんな想いが胸に広がる。

「ナギ!あっちの方いってみよ!」

 なんて話しながら前方を見やる。

 すると⋯⋯

「何あの子⋯⋯可愛い⋯⋯」

 白い肌。少しウェーブの掛かった金がかった薄茶の髪の毛。前髪は長くて綺麗なライトグリーンの右目は完全に隠れている。見えている左目の下にはほくろがあって後ろ髪は縛ってある、綺麗な女の子。

「どこの国のお姫様だろ⋯⋯」

「ねえ、モモ。あの子、多分男の子だよ」

「えっ?そんなことは⋯⋯あっ⋯⋯」

 その子が場所を移動するとちょうど先程までテーブルの影になっていた部分も見えて⋯⋯。

 その子は灰色のタキシードをびしっと着こなしていた。

「ほんとだ⋯⋯」

 気づくとその男の子の左右に二人男の子が来ている。

 片方は白い歯を見せて笑っている黒髪の男の子。もう一人は群青の髪をした頭の賢そうな男の子。

 そちらもこちらに気がついたのかニコリと笑みを浮かべこちらに歩いてくる。

 彼らが目の前にやってくると、私はニコーっと笑みを浮かべて

「こんにちはー」

 そういってお辞儀する。

 大体の男の子はこの笑顔でおちるんだけど⋯⋯。なんて思いながら自分の中で最高の笑みを浮かべて相手の反応を待つ。

 まあ、ナギとソラに関しては小さい頃から一緒にいすぎて全然通用しないんだけどね。

「うっ⋯⋯」

 一瞬女の子と見間違えた子が唐突に泣き出す。

「え?⋯⋯」

 私のせい?いや、そんなはずないわよね⋯⋯

「モモ〜、女の子泣かせちゃダメだよ〜」

 そういうソラの口の中にはこれでもかと食べ物が詰め込まれていて喋る度にこちらに食べかすが飛んでくる。

「ちょっ、やだ。汚いじゃない!」

「ひいっ!」

 私が喋った途端に悲鳴をあげ黒髪の男の子の影に隠れる女の子みたいな男の子。

「な、なんなのよ、一体⋯⋯」

 そういう私は怒りを通り越して呆れてしまっていた。

「実はこいつ、女の子恐怖症なんだよ。インド洋の王子、ヨウっつーんだけど。ちなみに俺は北極海の王子、ユータ」

 そういってニカッと笑う黒髪の男の子、ユータ。

「俺はネク。北大西洋の第一王子だ」

 青髪の男の子が自己紹介し終える頃には私の機嫌も元に戻ってきていた。

「私はモモ。南太平洋の王女よ。よろしくね」

「ううっ⋯⋯」

 ユータの影からこちらを見て怯えた様子でぐすぐすと鼻をならすヨウ。

 いくら女の子恐怖症と言われても、気分が悪いものは悪い。私はムスッとしてそっぽを向いた。

「僕は南大西洋のナギ。こっちは北太平洋のソラ。よろしくね」

 そういってニコッと人のいい笑みを浮かべるナギ。可愛い。

「南極海の子だけいないわね⋯⋯」

 ふと気づいたことを言い、あたりを見渡す私。見たところ同年代の子は他にいなさそうだが⋯⋯

「知らないのか?"喪失のプリンス"と言われている王子で、"貝"を失くして⋯⋯いや、奪われて地上に追放されたんだ」

 というネク。

「へえ~。そんな子いたんだ」

 ナギのこと以外興味無いのよね、私。

「こういうことはちゃんと知っといた方がいいぞ」

 そういうネクはお父さんみたいだ。

「はーい」

 そう返事をするともう一度あたりを見渡す。

 大人は大人で集まってなにやら話をしている。あの様子じゃ、暫くかかりそうだ。そのあいだ私達子供は暇で仕方ないし⋯⋯

「かくれんぼしようよ」

 そういって私は全員を見渡す。

「いいぜ!」

 そう返事をした途端に駆け出すユータ。

「ちょっ⋯⋯まだ鬼も決まってないのに⋯⋯」

 なんてナギの声はユータの耳には入らなかったようで、ユータの姿は既に見えなくなっていた。

「よーし、じゃんけんしようよ~」

 とのんきにいいだすソラ。この場合仕方ないわね。ユータにはあとから強制的に鬼になってもらいましょ。

「じゃんけんっ」

 こういう四人以上のじゃんけんって大抵なかなか勝ち負けがつかないものだけど⋯⋯。

「僕か⋯⋯」

 がくんとうなだれるナギは握った拳を虚しげに見つめる。

 なんだか気の毒だけど⋯⋯。そんなところも可愛い。

 私やソラはナギに手を振り(少しわざとらしくなってしまったが)駆け出した⋯⋯。




 テーブルにかかったクロスの内側に隠れてナギがくるのを待つ。


 かくれんぼは大好きだ。特に今みたいな、ナギが鬼の時なんて最高。

 だって、今は、この時だけはナギの意識を独り占めできるんだから。

 まあ、あと四人程ナギの意識の中にいる人(隠れている人)はいるが関係ない。

 奴らが先に見つかればいい話なんだから。


 そんなことを思いながらクロスの裾をめくり外の様子を伺う。

「⋯⋯!」

 めくった途端にバッとそれを元に戻す。


 心臓がバクバクいってる。

 ちょうどナギが目の前を通ったところだったのだ。

 危うく「一番最後まで残ってナギの意識を独り占めする」という作戦が失敗するところだった。

 そう思いつつも、もう一度、クロスの裾をめくってみる。


 遊びなのに必死に、一生懸命に私達を探しているナギ。


 ナギに好きな人ができて、それが百万分の一の確率で私以外の女の子だったとしたら、私はあんな表情をすぐ横で見ることになるのかもしれない。


 好きな人を想って一生懸命悩んだり勇気をだして踏み出したり必死に努力するナギ。

 そんな姿を連想すると、胸の奥が苦しくなった。


 嫌だ⋯⋯


 気づくとテーブルの下からはいでて、駆け出していた。

「ナギ!」

「えっ!?モモ、どうかしたの?自分から見つかりに来たの?」

 そういって驚きの表情を徐々に変化させおかしそうに笑うナギ。


 そんなナギも、可愛い。


 私はいろんなナギを知ってる。

 泣いてるナギ。怒ってるナギ。笑ってるナギ。そんなナギの隣で過ごす日々がずっと続けばいい。

 そうすれば、私が隣にいれば、他の女の子に見向きなんてさせないから。


 そう、思ってたけれど、そんな望み、叶わなかった。


 でもね、私はあきらめない。


 君の一番になるまでーー。

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