第26話 南太平洋の人魚姫

「おつかれさまでしたー!」

「おつかれさま〜」

 部活終わり。

 先輩に挨拶するとリュックを背負い、いつもの場所に向かう。





 東校舎の音楽室はいまや私のお気に入りの場所になっていた。

 空気はほこりっぽいし若干物置きと化しているような場所だけど、気兼ねなく歌ったりピアノをひいたりできる。


 ふと目をやった窓の外ではオレンジ色の太陽がキラキラと輝いている。

 それをみて先日、ナギに花火大会に誘われたときのことを思い出す。

 暖かくて心地よい、そんな気持ちが胸に広がっていく。


 花火大会まであと一週間。長いようで短いんだろうな、なんてことをぼんやりと思っていると⋯⋯


〜〜♪〜〜〜♪〜〜♪


 音楽室の方向から誰かの歌声とピアノの音が聞こえてくる。

 誰かが使っているなら今日は帰ろうか、と思ったがその美しく耳に残る旋律や心にしみるような歌声に、興味をそそられる。

 少しのぞくくらいならバレないよね⋯⋯そう思った私は足音をたてないよう気を配りながら音楽室に向かった。



♪誰かに奪われるくらいなら あの時 無理矢理にでも 繋ぎとめておけばよかった あなたは⋯⋯♪


 優しく甘い歌声からは想像できないような強い想いのこもった曲にぞわりと鳥肌がたつ。

すごい⋯⋯。こんなに歌が上手いなんて、普通にテレビに出ている歌手レベルだ。

 まさか本当に歌手をやってる子だったりして、そう思ってチラリと音楽室をのぞくと⋯⋯

 桃色の髪の毛を一つにしばった、コバルトブルーの瞳に白い肌をした綺麗な女の子がいた。

 声だけじゃなく見た目まで可愛いなんて、と羨ましく思っているとふと疑問がわいてくる。

どこかで会ったような?⋯⋯。

「あっ!」

 思わず声をあげてしまった。それほどまでに衝撃だ。

 風雅の彼女の女の子ではないか。

 女の子が振り返ってばっちり目が合う。

「ど、どうも⋯⋯」






「えっと、じゃあ、あなたマーメイドプリンセス!?」

「そんな大げさな⋯⋯ふうくんも⋯⋯ですよ?」

「っ!?風雅がっ!?」

 私は今、マーメイドプリンセスの女の子にして我が弟の彼女、桃ちゃんと向かい合う形でイスに座っている。

 そして耳を疑うようなことを次々といわれ若干パニック状態に陥っている。

 風雅が人魚⋯⋯。頭の中で風雅の足が魚の尾ひれに変わるところを想像してみたが、この上なく気持ち悪い。もう考えないようにしよう。

「みんなふうくんのこと"喪失のプリンス"ってよんで蔑むけど、私はそんなこと気にしません!だって、ふうくんが大好きだから⋯⋯」

「あ、ああ⋯⋯」

 なんというか返答に困る。

 あんなやつでもこんな可愛い子に好かれたりするんだ。改めてそこに驚く。

 それに"喪失のプリンス"とか、なんのこと?って感じだ。

 聞けばいい話なんだけど⋯⋯。

 チラリと桃ちゃんを見やればふわふわした雰囲気でずっとニコニコしている。

 女版のソラみたいだ。

 こういう天然っ子には質問してもちゃんとした返答が返ってこないことを私は知ってる⋯⋯。

「海には八つの王都があって、そのうちのひとつは全ての海を統べるセレナーデ一族さんがいるところなんです。」

「う、うん」

 なんでいきなり風雅から王都の話しになったのかよくわからないがとりあえず相槌をうつ。

「それでそれ以外の七つの国にはそれぞれ王子様が一人ずついるんですよ」

「SUNNY'Sだよね」

「はい!その通りです!あとふうくんと⋯⋯もう一人、誰だと思います?」

 どこか含みのある桃ちゃんに、私は素直に

「さあ?⋯⋯わかんないけど⋯⋯」

という。

「実は⋯⋯」

 桃ちゃんが口をつぐみシーンとした空気が流れる。そんな中じっと桃ちゃんと見つめ合う。

 な、なにこの状況⋯⋯。

 緊迫した空気の中、口を開こうとすると

「私の弟なんですよ!うふふ」

といってニコッと笑う桃ちゃん。

 なにがうふふだ⋯⋯。

 天然の相手疲れるよ⋯⋯。そう思って若干うなだれてると桃ちゃんが手を握ってくる。

「私、南太平洋のマーメイドプリンセス なんです!よろしくお願いしますね!」

 こ、ここにきて自己紹介しだしたよ、この子⋯⋯。

「じゃあ、私はこれで!」

 そういって立ち去ろうとした桃ちゃんをみてふと思ったことを口にする。

「桃ちゃん中学生だよね?なんでここにいるの?」

 そういうと綺麗な赤色のワンピースを翻して振り返った桃ちゃんが悲しげに微笑んだ。

「ある人を待ってたんですけど⋯⋯。今日はいなかったみたいです。」

「そう⋯⋯なんだ⋯⋯」

 よくわからないけどそういっておく。

「じゃあ⋯⋯」

 そういって桃ちゃんは足早に去っていった。


 可愛いけどかなり抜けてる。

 それがこの時の桃ちゃんの印象だった⋯⋯。

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