RLI

安住いち

23:30

 この時間の電車はお酒の匂いが充満していてあんまり好きじゃないんだよな、と思いながら、負担になるから我慢しようと日中は向かわなかった場所へ行くための電車に乗り込んだ。


「やっぱり、迷惑…かな……。」


 みっつ隣に座った、きらびやかなiPhoneを眠たげにいじるお姉さんに聞かれない程度のヴォリュームで、ひとりごちる。

 迷惑かもしれない。さすがの私でも、そのくらいの考えは真っ先に頭に浮かんだ。だけど、でも、どうしても会いたくなってしまったのだ。明日のシフトの時間がきたらまた会える。でも、わたしは、いま、彼に会いたいんだ。


 電車を降りて、雨のなかを走る。もう少しで赤に変わりそうな信号も、駆け抜けた。それぐらい、時間が惜しくて。だけど彼の家の玄関を目の前にしたら、「迷惑かも」という思考が頭のなかをぐるぐるして、どうしてもインターフォンを押すことが出来ない。


 とりあえず、近くのコンビニに行った。缶コーヒーと、彼の好きな煙草を買ってみる。もう一度彼の家のまえまで来て、コンビニの袋をドアノブにかけた。そのとき、缶がドアにぶつかって、ゴツン、という音がした。


 トントントン。

 ガチャ。

 ドアが開いた。開いてしまった。


「えっ、なにしてんの?」


 怒ったような、焦ったような、困ったような。私の姿を見るなり、彼はそんな顔をして、そんなことを口にした。ああ、やってしまった。やっぱり迷惑だった。

 でも、あんな小さな音で気づいてくれたのが、心底うれしい。


「えっ、と、あの……。」

「とりあえず中入って。もう遅いし、雨降ってるし。寒いでしょ。」

「あ、うん、ありがとう。」


 ドアノブにかけたばかりの袋を慌てて手にして、促されるがままに部屋に入る。ぱたん、とドアが閉まると、暖かい空気に背筋が綻んだ。それから、大好きなにおいが鼻腔いっぱいに広がる。ああ、安心する。やっぱり、このにおいが好きだ。

 ベッドを背中にして深い青色をしたラグに腰掛ける。かしゅっ、と缶コーヒーを開けると、タバコのにおいに珈琲のにおいが混ざっていく。


ぽつり、ぽつりと。とにかく会いたかったのだというきもちを、伝える夜。終電は、もうない。



***

16.3.26 オチが思いつきませんでした。


好きだったひとの家に突発的に向かっていたとき、ちょうどPerfumeちゃんの『23:30』がかかっていて、なんとなく書き始めたおはなしです。わたしは結局そのひとには会わずに帰ってしまったのだけど、このおはなしのヒロインちゃんは幸せになってくれるといいなと思います。おわり。

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