087 決戦の舞台へ




「ゆっくり、ゆっくりでいいよ!」

 フェニックス行軍の先頭で、悠香が叫んだ。「とりあえず安定してるから!」

 声を張り上げる悠香のすぐ後ろを、三メートルの塔を掴んだ【エイム】が、その後ろを【ドリームリフター】が、【ドレーク】が走行する。そのすぐ側を走って追いかけるのは、【ドレーク】のリモコンを持った陽子と管制担当の菜摘だ。さらに一番最後を、荷物を纏めた亜衣と麗がゆっくり歩いて追いかける。

 全長十メートルほどのフェニックス行軍は、時速一メートル以上の高速度でフィールド中央への大移動を始めていた。目的地までの距離は目算九十メートル。それまでに攻撃されたらどうなるのか、未来は誰にも分からない。

「【ドリームリフター】の進路が曲がってるみたい! 右車輪の速度、少し調整するよ!」

 怒鳴るが早いか菜摘は素早くタブレットをタップし、目にも止まらぬ速さで数値を入れ換えてゆく。先を行く【エイム】の塔が、振動が伝わったのかぐらりと揺らぐ。

「危ないっ!」

「大丈夫、揺れの角度が十度以内に抑えられていればもつから!」

 もはや悲鳴にも似た応酬が続き、陽子は提案者にも関わらず苦笑いした。なんとストレスフルな作戦なのだろう。

 とはいえ目下のところ、輸送作戦は順調に進行している。フェニックス行軍はホール同士の間の溝を越え、ついに中央フィールドへと突入した。ギラギラと眩しく光る照明が、その姿を隅々まで照らし出している。



《信じられません──!》

 実況はもう、絶叫に近かった。

《山手女子フェニックス、豪快な作戦を取っています! なんと積み上げた塔をロボットで掴み、フィールド間の移動に踏み切っている模様です!》

《ううむ、前代未聞の作戦だ……! それなりの振動は受けているはずですが、倒れない。あの塔はいったいどうなっているのでしょうか?》

 二人の実況者は当然、悠香たちが『積み木』を接着して積み上げている事を知らないのである。というかそもそも、関係者以外に知る者は誰もいない。

《他のチームは現在でも修理中のようですが、フェニックスは一足も二足も早く修理を終え、こうして移動しようと──おおっと! 突っ込む! 一台のロボットが突っ込もうとしていますっ!》


 実況の言葉は釣りではなかった。

 ギャギャギャギャッ!

 スリップ音をけたたましく響かせながら、前方から一台のロボットが走ってきた。攻撃ロボットではなく、輸送ロボットのようだ。

「ヨーコ!」

「分かってますって!」

 【ドレーク】が動いた。最後尾をすぐに離れた【ドレーク】は直ぐ様敵ロボットに向き直り、急発進する。もうこれでいいよ、と麗までもが口にしたせいで、その速度は高速化されたままだ。

「これでも喰らええっ!」

 敵チーム『船工ビクター』の選手が喚いた。かと思うと、ロボットが持っていた『積み木』を放り上げる。それは真っ直ぐに、後ろで押している【ドリームリフター】へ……!

「させるか!」

 【ドレーク】が急旋回し、落下寸前の『積み木』を撥ね飛ばした。空を斬った『積み木』は弾み転がり、瞬く間に視界から消え去る。

「あああああ──っ!」

 向こうの選手はもう自棄糞やけくそだった。ロボット破壊装置による範囲攻撃で残りのロボットが機能を停止し、もう運用できるロボットはこれで最後だったのだ。【ドレーク】には目もくれず、輸送ロボットは速度の落ちた塔目掛けて突進する! 

 バガンッ!

 その横っ腹に、【ドレーク】が渾身の力を叩き込んだ。輸送ロボットは破片を散らしながら横向きに吹き飛び、停止した。

「ヨーコ! 済んだらこっちの増援に!」

 菜摘が叫んでいる。うん、と陽子は首を振るや【ドレーク】の舳先を後ろに向け、急いで折り返す。自分も戦列に戻らねばと、踵を返した。

 壊れ動かなくなったロボットとその主が、すぐ耳元をすり抜けた。

「ちくしょう……っ!」

 がっくりとその場に崩れ落ちた『船工ビクター』選手の嘆きの声が、耳の裏で何度も何度も反射していった。


──ごめんなさい。

 陽子は心の中だけで謝る。

──でも、そのロボットを越えていかなきゃ、あたしたちだって負けちゃうかもしれないんだ。


 弱肉強食、ならぬ強肉強食の混迷の中で、最後のロボットを失った『船工ビクター』が新たにリタイアを表明した。

 同時に、悠香たち山手女子フェニックスは大移動を終え、陣を設置した。場所は閏井の真向かい、間は僅かに二十メートルだ。

「積むぞーっ!」

 悠香の声と共に【エイム】が塔を降ろし、同時に接着剤を噴射して再び地に固定する。

「ナツミ、【ドリームリフター】を所定の位置に!」

「やってるよ!」

 メジャーを取り出した菜摘が【ドリームリフター】と塔との間を測り、移動する座標を打ち込む。【ドリームリフター】がのろのろと動き出したのを見た悠香は、スプレーを手に走り出した。

 さあ、再びあの積み上げ作業の始まりだ。




 閏井の陣地では、衝撃が走っていた。

「おい、よりによって俺たちの真正面かよ」

 有田が苦笑すると、その横で物部が血走った眼をフェニックスに向ける。

「気を付けてろよ。積み上げロボットがやられたら、三台同時停止で閏井うちはお終いだ」

「あの子たちはそんな作戦は取ってこないと思うけどな……」

 川内が口を挟んだが、物部の目付きは変わらない。ロボットを横から突破され、さらによく分からない攻撃で回路までもが殺され……。二度も痛い目に遭わされた【ドレーク】に対する物部の怒りは、今や頂点に達していた。

 その物部と有田に、出てきた十勝がリモコンを渡す。

「あいよ。やっと何とかなった」

「動くのか?」

「ああ、もう万全のはずだ。もっとも【BABEL】の修理が終わっていないから、積み上げは出来ないけどな」

 その言葉を聞くや否や、物部はかっさらうようにリモコンを取った。会場内に響く声援が、うねりを伴って不気味に轟いている。今の自分には、ぴったりのBGMだと思った。

「お前、一人でフェニックスに向かったりとかするなよ?」

 有田が心配そうに声をかけてくる。ああ、と物部は返事をしてやった。

──その代わり、どっかで完全に決着をつけてやる。言うまでもなく、俺たちの勝利で。

 秘かな闘志を燃やす物部は、だからこそ、と思った。

 『Armada閏井』も『山手女子フェニックス』も、この先どこのチームにも負けてはいけないのだ──と。



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