第360話 お嬢様と私達でございます。

「おじょう様……お嬢様っ!!」



 気がつけば私は、ナーガさんだったお嬢様であろう女の子に駆け寄っていた。



「……ぅ……」

「お嬢様!!」



 お嬢様は眩しいものを見るような、そんな表情を私に向けた。蛇から人間になられたばかりでまだ目が慣れていない様子。

 私はお嬢様に目線を合わせ、肩を掴み、そのお顔に対して真っ直ぐ向き合った。



「私です、あい……アイリでございます。わかりますか?」

「あ……アイリス……ばぁや……」

「はい、ばぁやでございます。私はここにおります!」



 私をばぁやと呼ぶ、その鈴のような声色。まだ思い出の中を彷徨っているのではないかと錯覚させられるほど懐かさをおぼえる。

 


「いやぁ、まさかナーガがアイリスちゃんの大事な人だったなんてね! 寝言で言ってた子がまさかすぐ身近に居たなんて、ぼくもロモンもわからなかったよ」



 リンネちゃんの言う通りだ。頭の良さがずば抜けてるケルくんや、お嬢様と一番長い時間を共にしたはずの私すらわからなかった。加えてロモンちゃんと勝負くん……もといガーベラさんという未来予知に近い力が使える二人も。

 特にガーベラさんの場合は私が私であることに、記憶を完全に取り戻す前に気がついていた実績があるのに。


 それほどまで、お嬢様はナーガさんとして完全に記憶を失ったまま過ごしていたということになる。なんなら、人間であったことすら忘れて、出会ったばかりのケルくん等普通の魔物と一緒にカタコトで念話をしていた。


 私は自分が人間でありただの石ころじゃないとはっきり認識していただけ、まだマシだったのかもしれない。



「えーっと……はじめまして、なのかな? ね、お姉ちゃん」

「うん? そうなるのかなぁ?」

「……ふ、ふふふ」

「「……?」」



 ロモンちゃんが自己紹介をしようとしながら私とお嬢様に近づいてきたがなぜかお嬢様が笑みを浮かべた。何かおかしなことでもあったのだろうか。

 その答えはすぐ、本人の口から語られることになった。



「いやね。はじめましてじゃないわ、リンネ、ロモン。……私がナーガとして過ごした記憶は消えてないもの」

「あ……! そうなんだね! よかった!」

「そっか、アイリスちゃんも大丈夫だもんね」

「まあ、確かに蛇の頃と違うから、勘違いしてしまうのも仕方ないかもしれないけれど」



 世界が懸念していたように、私やガーベラさんのこの世界での記憶は消えるということはなかった。だとすればナーガさんもといお嬢様もそうであることはなんらおかしなことじゃない。

 お嬢様本人の言うような、勘違いを私も双子と同様にしている節があったようだ。



【ということは、今までの顛末は全部把握してるのかゾ?】

「もちろんよケル。私だって皆と一緒にいたもの。戦闘向きじゃなかったから封書の中にずっと居たけどね」

【おお、口調もたしかにナーガなんだゾ!】

「あれ、でもアイリスちゃんの思い出の中では、私やお姉ちゃんとかなり似てる喋り方だったような……?」

「そ、そんなこと今はいいんじゃないかしら……?」

「うん、それもそだね」



 ロモンちゃんが見たのは、強く繋がってる間柄である私の記憶のみ。その中でお嬢様はたしかにずっと、ロモンちゃんの言う通り無邪気風の口調だったはずだ。

 しかし、それは私のように心を許せる人と一緒に居る時だけのもの。いわゆる、甘えられてる人に甘えているという合図。


 本来、表向きのお嬢様はナーガさんのように、あえて大人っぽい喋り方をしていたのだ。蛇神家の女性として大人と喋る機会が多かったために。


 それにしても、甘えていたことを悟られたくなくて話を逸らすお嬢様……なんと可愛らしい……!



【そろそろ良いか? 役者は揃ったはずだ。これで全員の反応を確認できる】



 世界が私たちに向かって声をかけてきた。

 意識の中で長いこと自分の記憶を振り返ってたから忘れかけてたけど、今の私たちは地球に帰ることをこの存在から迫られてる状況だった。たしかにのんびり話をしている場合じゃないのかもしれない。



【さぁ、借物の魂達よ。故郷のことを思い出し、自分達が何をすべきか考えただろうか。答えを述べてくれ】

「待って! 私、訊きたいことがあるの」



 ロモンちゃんが私達の前に立ち、叫ぶように言った。

 


【なんだ?】

「アイリスちゃん達がもし元の世界に戻ったとして、もう死んじゃってるのはどうなるの?」

「え!? アイリスちゃんって死んじゃってるの!?」

「うん……そうなのお姉ちゃん」

【その通り。こちらに移せる魂は肉体から離れたもののみ。勇者として戦うことも考え、若くして亡くなった人間の魂を拝借している】



 そうだ、たしかに私は死んでいた。例えば私は瓦礫に潰されて足が折れ、内臓も腹からはみ出ていた。勝負くんは全身に銃弾を受け、お嬢様は焼死。思えばロクな死に方をしていない。

 

 ロモンちゃんが言いたいのは、私達を魂だけ元の世界に戻したところで肉体は死んでいるのだから、結局本当に死んでしまうのと変わらないということだろう。



【しかし、死んでいることを前提でもとに返すこと、我を魔王から救った勇者らに対してあまりに非道な行い。それは理解している】

「じゃあ……」

【多少ではあるが、死ぬ直前までに時を戻すことができる。その先で死を回避してくれればいい】



 それが、この世界なりの勇者に対する礼なのだろう。ナイトさんも軽く頷いてるし。でもロモンちゃんは強く首を振って、世界に向かって訴えを続けた。



「それぐらいじゃダメだよ! ちょっとだけだったら、三人とも結局死んじゃうのは変わらない! あの悪者達をどうにかしないと!」

「そ、そうなの?」

「うん、それで間違いない。……ね、アイリスちゃん」

「それは……たしかにそうです」



 ちょっとがどのくらいかわからないけれど、5分前や10分前程度だと私たちが死ぬことに変わりはない。たしかにそれはそうだ。

 しばしの沈黙の後、おじいさんがロモンちゃんのそばまでやってきた。



「ふむ……五人だけ事態を把握しているんじゃ、さっぱりワシらは何が何だかわからんの。アイリスらの過去を教えてもらうことはできんか。話せる範囲で良い、しかし、生き死にが掛かっているのなら……知りたいもんじゃ。そうじゃろ? アイリスとナーガはワシの家族。ガーベラくんも……まぁ、まだ完全に認めきったわけではないが、家族になる予定の男じゃからな」

「おじいさん……!」



 おじいさんに家族と言われたのが嬉しかったのか、お嬢様の顔が綻んだ。そして、私とガーベラさんにアイコンタクトをとる。私と彼は見つめあってから、同時に頷いた。このやりとりを見ていたロモンちゃんも。



「じゃあ三人の生い立ちと置かれている状況を、私が知ってる限り話すよ」

「ロモンだけに任せたりはしません。私もきちんと説明します。ばぁやと勝負さんもね。しかし、これだとより時間がかかりそうです。……いかがいたしましょう?」

【致し方あるまい。我は我が子達の意見尊重する。今宵はそう決めている】

「……では」



 ロモンちゃんとお嬢様、この二人が主になって私たちの置かれている状況についてみんなに対して話し始めた。それぞれの家庭事情や、死ぬ瞬間に至るまで。

 二人揃って私の情報で盛り上がることがあったのは恥ずかしかったけど、概ね、皆んなに私たちの境遇を理解してもらうことができた。



「……うん、僕も別国に似たような話があるのは聞いたことあるよ。権力とかいろんなしがらみで、家臣にまで結婚の自由がないと言う状況も理解できるし、命を狙われることも理解できる。王様だからわかる、シロヘビちゃん……さんの家の大変さってやつだね」



 一番にそう言ったのが、実際に王様であるルビィ国王様だった。たしかに権力でいえばこの場にはこの人より上はいない。世界に対して政治的権力がある大財閥の白蛇家ですら、権力の度合いで言ったら本物の王様の方が格上だ。

 ともかくきちんと理解されるているというのは、ホッとする。



「しかし……うん、しかしだよ。彼女達がチキューに戻った後の境遇がわかった今、はいそうですか、と返すわけにはいかなくなったと思うんだ。僕達がこうして集まっているのも、元はといえばガーベラくんに居なくなって欲しくなかったからだもの」

「まったくもって王様の仰る通りだ。蓋を開けてみれば、ガーベラくんがただ帰るだけでは済まず、実際は彼と私の娘達が死ににいくようなものだと……? ますますそのチキューとやらに返すわけにはいかない」

「そうだよ! こんなことって……」



 王様の次に、お父さんが。お父さんの次に……。次々と皆んなが世界に対して不平不満を述べる。世界に対して全員が訴えてかけており、口々に私たちをチキューに返したくないと騒ぎ始めた。

 そんな状況をみて、世界は笑みを浮かべた。






#####


少し遅れました、申し訳ありません。

次の投稿は3/2の予定です。変更がある場合はこの欄に追記いたします。

……本来の予定の半分くらいしか進められなかったので、この本編、たぶん1~2話ほど伸びました。なかなか話を区切るのって難しいですね。



追記

夜更かししすぎて寝不足なので、投稿を明日に回します。申し訳ありません。

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