第352話 謎の存在でございます!

 私たちは再び魔王の部屋に辿り着いた。しかし、まだ水晶の板から降りれないでいる。

 水色に発光している光そのもののような謎の生物。敵意は感じられないけれど、正体不明の存在がそこに居るというのはなんとも不気味という他ない。



【怯える必要はない。こちらに来なさい、我が子達よ】



 尊厳な声が念話のように頭の中で響いた。あの存在が発したものであることは間違いがない。大袈裟な動作で手招きもしている。

 より一層皆の警戒が深まる中、ガーベラさんがその雰囲気を破るように謎の存在に向かって一歩を踏み出した。



「ガーベラさんっ!?」

「元々は俺が呼ばれたんだ。ずっと立ち往生していても仕方ないし、行くしかないだろう」

「で、ですが……」

「まぁ、待ちなよ。それなら経験者であろう僕が君たちの前に立とう。記憶はないけど。それなら何かあっても僕が対処できる」



 そう言ってナイトさんがガーベラさんの進行を遮るように前に出てきて、ゆっくりと謎の存在に向かって歩み始めた。

 ガーベラさんは一言お礼を言いながら、それに続く。私は彼の腕を掴んだままなので、それに釣られて足を動かすしかない。



「……うん、みんな行こうか」



 王様の言葉でさらに私とガーベラさんの後ろに皆が続いた。先頭であるナイトさんの動きに合わせてゾロゾロと移動し、やがて謎の存在の目の前まで辿り着いた。


 謎の存在は近づいてみると、非常に薄っぺらいことがわかった。2mほどの紙に眩しいほどに発光する塗料で描かれた人間が、自我を持って突っ立っているかのよう。



【初めてだ……】



 近づいてきた私たちを襲う様子もなく、ポツリとその存在は呟いた。



【我が子達と話すのはこれが初めてだ。再会という現象を体験するのもこれが初めてだ。こんな大人数の前でこの姿を見せるのも初めてだ。……今日はいい日になりそうじゃあないか】



 謎の存在は意図が読めない発言を続ける。ただ、上機嫌ではあるみたい。対話はできるのだろうかとあぐねている内に、ガーベラさんの傍から誰かが飛び出してきた。



「ん、よいしょっと」

「お、王様!?」

「危ないです、下がっていてください……!」

「いやぁ、敵意無いみたいだし大丈夫大丈夫。それより一体君はなんなのかな? ガーベラくんの……いや、勇者のなに?」



 誰もがしたかった質問を王様がした。水色の光は嬉しそうな素振りをみせた、ような気がする。



【答えよう、我が子らの王よ。私はこの世界だ。今踏んでいるその地面も私だし、君たちが身につけている物も私だ。魔法もダンジョンも私。そして君たち自身も私なのだ】



 その返答は魔法とか特技にすっかり慣れた私にとっても突飛だった。ただ、納得はいったし不自然な感じはしない。おそらくそれが真実なのだろうと本能的に理解させられた。何故か反論の言葉も疑問の言葉も浮かんでこない。



【つまり、この世界全体の意思がオイラ達と対話するためにひょっこりでてきた感じかゾ?】

【まさにその通りだ、飼われし魔物の我が子よ】



 ケルくんがわかりやすく要約してくれた。こうなれば私たちのことを我が子と呼んでいるのもわかる。世界目線そのものからしてみれば、この世界の産物は自分の子供のようなものなのかもしれないから。正確には私とガーベラさんとナイトさんは違うけれど。

 そしてこの世界の意思さんは、ガーベラさんと私を指差した。



【そして勇者は私が召喚した。賢者の石や勇者を助く魔物に必要な人の子の魂も私が召喚した。魔王に対処するために】



 状況的に考えたらそれしかない。世界そのものだから別世界から人を連れてくるという無茶ができそうではあるし、魔王を倒してから再びここまでガーベラさんを引き寄せた張本人だろうし。



「ということは別世界の前世の記憶がある人達も、アナタが?」

【それは違う。それは単なる輪廻転生の理。逆に我が子らが勇者の世界に転生することもある。例えば、そこの双子の我が子の前世は、二人とも現勇者の世界の者だ。記憶が一欠片も残っていないだけである。実際はそのような者の方が多いが】

「へー、そうだったんだね!」

「意外だねー」



 そう聞くとロモンちゃんとリンネちゃんが私の記憶に残っている元の世界の食べ物の単語を初めて聞いても、それらがすぐに食べられるものだと判断できたことの合点がいく。

 当の本人達の反応は私が別世界の記憶があると打ち明けた時と同様に大して驚いていない。相変わらずみたい。



「うーん、なるほどね。それで皆どう思う? この人の言ってることは本当だと思う? ジーゼフはどう?」

「そうですの。いささか信じ難い話ではありますし、根拠はありませんが……なんとなく事実としか思えませんな。ナイトはどうじゃ」

「……事実だよ。この感じ、やっぱり前にも……僕だった者が体験しているような気がする」

「そっか」



 特にナイトさんの回答を聞いたことで王様の目から迷いのようなものが消えた。



「うん、それなら質問したいことは山ほどあるけど、とりあえず一ついいかな」

【いくらでも、どれだけでも。先ほども述べた通り私は初めて我が子らと話す。観劇している。親としての愛を込めて全てに答えよう】

「ありがとう。じゃあ早速だけど。ガーベラくんをこんな場所に呼んでなにがしたかったの?」

【明白だ、答えは明白。借りたものは返す。人も世界もそれは同じ道理。故に今日は勇者ガーベラを元の世界、その名も、地球に返却する。故に呼んだ】



 やっぱりそうなっちゃうのか。

 私は思わずガーベラさんの握る手を強めた。ガーベラさんはそれを返してくれる。やっぱり別れたくない。ここで目の前の存在にガーベラさんを連れて行かないようお願いしたら、なんとかなったりしないだろうか。



「あ、あの……」

【言いたいことはわかる、稀有な賢者の石の娘よ。自分の婚約者と別れたくない、そう言いたいと今までの流れからわかる。私はこの世界そのもの。全てが私の目のようなもの。耳のようなもの。ただ、一つ勘違いしていることがある。この勘違いはこの場にいる全員に通ずるか】

「な、なんでしょうそれは」

【私が地球から借りたのは勇者のための魂だけではない。借りたものは返す。これが道理。賢者の石の魂も、勇者を助く魔物の魂も、返さなければならない】

「ぁ……」



 今まで勇者がいなくなったという逸話ばかりに気を取られ、その可能性についてはほとんど考えなかった。ガーベラさんが居なくなる……そんな状況でなく普段の冷静な私だったら前々からそのことを疑っていたのでしょうけれど。恋は盲目ってこういうことを言うのかしら。



「やだよそんなの!」

「アイリスちゃんともお別れだなんて!」

「「そんなの耐えられないよ!」」



 双子が私に半ベソをかきながら抱きついてきた。私も二人とお別れするのは嫌だ。仮にガーベラさんと一緒に地球に帰れたとして……なぜか、何故だかそうなると私たちが結婚できないような気がする。そんな気がしてならない。



「あの、できれば私達……」

【地球に帰りたくないと申すか。本当にそうか? 賢者の石の娘よ、いったいどこまで地球にいた時の本来の記憶を有している】

「それは全然ありませんが……」

【そうだろう。ならば記憶を戻してやろう。帰還すべき者全員のな。記憶を取り戻した上で、もう一度よく考えるがいい】



 たしかにそれは一理ある。今の私はガーベラさんが好きで、そしてロモンちゃんとリンネちゃんが好き。だから帰りたくない。でも本来の私にも、元の世界に同じくらい大切な人がいるはず。今の私の身勝手で昔の私を否定すると言うのも気分が悪い。

 戻してもらえるのなら、私の、私の記憶を戻してもらおう。




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次の投稿は10/20です!


※追記

上記の日にちを目処に執筆していたのですが、久しぶりに外出したことにより頭痛してしまいました。今週は投稿を控えさせていただきます。誠に申し訳ありません。

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