第336話 グラブアのペースでございます……!

「殺る気だね。いいさ、来なよ」



 グラブアがそう挑発するとガーベラさんは動き始める。彼は盾剣による衝撃波が次々と飛ばされてくるも全て回避している。

 一方で私はガーベラさんへの攻撃に巻き込まれないよう、隅の方に避難するしかない。


 しばらくしてガーベラさんはグラブアの元にたどり着いた。しかし詰められた当の本人は勇者に距離を縮められたにも関わらず、未だ余裕の表情をうかべている。


 

「ほーらよっ!」



 グラブアは近づいてきたガーベラさんをカチ割るかのように剣を大きく振り下ろし……否、盾の部分で殴ろうとして失敗。透かされた先の地面にはまるで地割れしたかのような大きな亀裂ができる。


 それに怯まずガーベラさんはグラブアの喉元に槍を突き立てた。

 しかし……。



「……んー、ははっ。貫けない槍なんて意味ないよなぁ」

「やはりダメか……」

「当然。今の俺にはどんな攻撃も効かないのさっ!」



 盾剣が握られていない方の手は大きなハサミに変化している。そのハサミが振るわれた。

 先のことを予測できるガーベラさんは殴打も身を捩ってかわすも、その瞬間、グラブアの人間の方の足が動いた。


 

「ぐっ……!?」


 

 シンプルかつ私やガーベラさんのように格闘技をおさめた人間と比べたらお粗末すぎる蹴り。

 しかし今のグラブアが放つそれは、どんな格闘家のものよりも強力で。

 予知が間に合わなかったのか、ガーベラさんはそれを食らい、壁際まで猛スピードで飛んでいってしまった。



「ガーベラさんっ!?」

「あー、死んじゃったね。こりゃ」



 いや、死んでない。魔力はまだ残っている。私は急いで探知にうつってるガーベラさんの反応がする場所に向かって回復魔法を放った。

 やがて土埃が晴れ、盾を構えながら息を切らしたように肩で呼吸をしているガーベラさんが姿をあらわす。背中から肩にかけて軽く壁に埋まっていた。



「咄嗟に盾で塞ぐ……? そんな余裕があったのか、今の瞬間に」

「よかった、ガーベラさんっ……」

「……ふぅ……ふぅ……」



 ガーベラさんはゆっくりと壁の中から出てくる。回復したおかげか、ダメージはほとんど残っていない様子。

 そのはずなのに、いきなり彼は地面へ倒れ込んだ。

 それと同時に、グルブアの剣による衝撃波が飛んでくる。



「……そうか、ここまで来たらカニでもわかる。今世の勇者はどうやら未来が見えるらしい。俺が攻撃を放つ前に避けたんだから確実だね。いくら強力とはいえ慣れない攻撃をしても無意味かな」

「……! アイリス、逃げ……いや……」

「え!?」

「こうなったら俺の慣れている戦い方をするのが一番効率がいい」



 グラブアのハサミが私の方に向いた。

 上下に大きく開き、その間に魔法陣が展開されていく。ガーベラさんが忠告しようとしていたところから考えるにおそらくは泡の魔法でなにかしようとしているはず。

 私がやられてガーベラさんが不利になるなんてことはあってはならない。急いでゴーレムに変身し、身構えておかなくては。


 そう考え、実際にゴーレムになった。ここまではよかったのだけれど私の計算が甘かった。


 グラブアの放った魔法は思っていたより規模が大きく、だいたいこの部屋の半分に迫るほど。

 しかしそれは一瞬だけ。発動後すぐに私のサイズに合わせて急速に縮んでゆき、やがて私は窮屈な泡の中に閉じ込められる形となった。


 ゴーレムの体であるにもかかわらず、ただの泡にガッチリと固定され、身動きが取れない。



「……バブルプリズン。ゴーレムになろうとすることくらいわかるよ。だったらゴーレムの君ごと人質にしてしまえばいい。言っておくけど、魔法の威力も数十倍になってるからね」

【ごめんなさい、ガーベラさん……】

「いや、謝らなくていい。今のはアイリスじゃ回避不可能だ」

「さて勇者。改めてお互いの能力がわかったところで……彼女をかけてひと勝負といこうじゃないか。あ、でも俺はここからあの牢を操ってアイリスちゃんに攻撃することくらい簡単なことは理解してほしい」



 脅迫しつつ勝負を仕掛けてきたグラブア。まさかこの私が人質になってしまう日が来るとは。

 グラブアが関わることに関して、私はガーベラさんに迷惑しかかけていないような気がする。



「それじゃあまず一撃」



 今度はグラブアがガーベラさんに迫り、彼に向かって盾剣による殴打を繰り出そうとした。その直前にガーベラさんは回避しようとする。

 しかしグラブアが攻撃を急にやめ、私に向かって衝撃波を放った。衝撃波はこの泡の牢を貫通し、私の左肩に被弾。

 普通だったらあり得るはずのない、私の体が一撃で崩れるという自体が起きてしまった。



「おっとー、君が攻撃を避けようとするからアイリスちゃんが傷ついちゃった。なんでだろう、今後勇者が回避した攻撃は全部アイリスちゃんに行くような気がするな」

「貴様……っ」

【心配しないでください! この体だったら痛みは感じませんし、それに今まで披露する機会はありませんでしたが、私は回復魔法なしでもそれと同等以上の自己修復効果を持っていますので!】

【わかった】



 あの日、グラブアにされたことの記憶がよみがってくる。

 本人は慣れている攻撃をするって言っていたっけ。となると、前回同様にこういう卑怯な戦法が正規の戦い方なのでしょう。

 

 元々強いのにその上で卑怯な手を使うのは一見小物に見えるけれど、酷く厄介なことに変わりはない。

 実際、今の私は気にしなくていいとガーベラさんに言ったにもかかわらず、彼は私を気にかけている。あのガーベラさんが敵のペースに呑まれるなんて考えにくいけど……。



「そうだ、勇者。彼氏ならもうアイリスちゃんと交尾の一つや二つしてるでしょう? ……あ、その顔はしてないな? いや、実はわかってた。ところでどう、あの子の胸がどんな感触だったか教えてあげようか? どっちにしろ勇者より先にアイリスちゃんの体を弄んだのは俺って事だし」



 な、なにを言い始めるのかしら、あのカニは……! おそらくガーベラさんを煽ってさらに注意力を散漫にする作戦なのでしょうけれど。


 喋りながら攻撃してくるグラブアに対し、ガーベラさんは耳をかしていない。しかもうまく受けているように見せかけて回避している。私に対する配慮だと思う。


 グラブアはそんなこと構いもせず、力任せに武器とハサミを振り回しながら次々と私を嬲った感想を述べていく。



「アイリスちゃんはあの日も今日みたいなぶかぶかの服を着ていてね。でも中身は中々どうして悪くない。胸は決して小さくなく、大ぶりというわけでもないけど、揉み応えはありそうで。腹回りもすらっとしていてさ。あ、そうそう、服は無理やり脱がせたんだけど」

「……。」

「ゴーレムって硬いだろ? それが流石に人間態の胸は柔らかくてさ。程よい弾力と柔らかさ。でも平均よりは硬めか? ただアイリスちゃんの場合は触り心地よりうぶさが目玉だよね? あ、そんなこと童貞っぽい君にいってもわっかんないか」



 ここまで煽ってもガーベラさんは全く意に返さず、攻撃に対して防御と回避を続けている。

 耐えなきゃいけない場面だけど……でも良く耐えられてるわね。

 ……どちらかというと私に対しての辱めの言葉だから、私が耐えられないだけかしら?



「……これだけ言っても揺るがないなんて。もっとドギツイ言葉を選んだ方が良いかい? 勇者、君に勝ったあと俺がアイリスちゃんに何をしようとしてるか事細かに話そうか。 いや、まてよ。もしかしてただ付き合ってるだけで、実はアイリスちゃんのことそんなに好きじゃ……?」

「それは絶対にない!」



 久しぶりにガーベラさんが声を発したかと思うと、効果がないはずなのに、手にしている槍でグラブアを突いた。

 グラブアは余裕の表情を浮かべながら、ハサミでその槍をつかもうとする。

 頑強なハサミがガーベラさんの槍の先端にふれたその瞬間。今までダメージを一切負わなかったグラブアの殻の鎧に、ほんの軽く、槍が突き刺さった。



「……っ!? どういうことだ!」

「長々と俺の彼女について話している間に……溜まった。今から反撃をする」



 よく見ると、ガーベラさんの槍の先端は今までにないくらい眩く発光していた。




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