第294話 必要なものが揃ったのでございますか?
「これを見つけるために、アイリス殿らにはダンジョンをいくつか巡ってほしいんだの」
「……その必要はないかと思います」
「え? いやいや、そんなまさか……いやいやいや」
「そのまさかです……」
私はスペーカウの袋から、二つ目にクリアしたトカゲのダンジョンの最奥地から見つけたユーカン草を取り出した。普段はこの草の実を高級珍味として塩漬けにしたりオリーブ漬けにしたり他の野菜と和えたりして食べてたけど、まさか勇者を見つけるのに重要なアイテムだとは思ってもみなかった。条件にも当てはまってるし間違いない。
「念のために訊くけど、そのユーカン草はどこで見つけたの?」
「私達四人でダンジョン攻略してて、そのクリア時に入手したものです国王様」
「条件ぴったりじゃん。つまり本物じゃん。えーーーっ!?」
「ホッホッホ! だから常日頃言っておるではありませんか、ワシの孫娘達は凄いのだと!」
「いやぁ、すごぎるよ」
魔王やオーニキスさんのことで表情を暗くしていたおじいさんがころっと表情を変えてご機嫌になった。よく周りを見渡してみればお父さんとお母さんもニッコリしてる。自分の娘の活躍が嬉しいのでしょうけど、こんな状況でもそんな顔になるのね。
「ここまで揃ったらあとはその草の実が生えるまで育てるだけだよ! それに、それに十年かかるんだけどねっ」
「しかしその時間を一瞬に縮めることができるアーティファクトがあるんだの」
「そうなんだよ。植木鉢型でさ、植物の成長を自由に操れるの! 今まで複数見つかってるけどこの国では所有してないんだ。隣の、さらに隣の国の王様から借りて来なくっちゃ。ぶっちゃけ魔王のこと関係なしでも便利すぎるから喉から手が出るほど欲しいアーティファクトなんだよね」
……私は再び自分のスペーカウの袋に手を突っ込み、件の植木鉢を取り出しておいた。あの草が必要って時点でなんとなくこれも使うんじゃないかとうっすら思ってたけど、その通りだったとは。この植木鉢、ユーカン草が出てきたダンジョンの隠し部屋から入手したのよね。もしかして最初からセットだったのかも。
「一応そのアーティファクトのことが書いてある巻物を見せてあげて、コハーク」
「承知しましただの。これがそのアーティファクトだの。そう! 今ちょうどアイリス殿が手に持ってるような……ような……」
「……ねぇ、アイリスちゃん。ねぇ」
「たぶんこれのことですよね?」
「アイリスちゃん達すごすぎない? ねぇ、むしろコワいよ僕」
私だってこわい。お役に立てるのはとても嬉しいんだけど。役に立ちすぎるっていうのも考えものなのかもしれないわね。
しばらく表情を引きつらせていた国王様だったけれど、喉から手が出るほど欲しいと言っていたアーティファクトが目の前にあるからかだんだんと顔を綻ばせていく。そしてパチンと手を鳴らしながら合わせ、見た目通りの年頃の女の子があざとくお願い事するかのような行動を取ってきた。正直かわいい。やっぱり四十代のおじ様とは思えない。
「と、とにかく、とにかくだよ! お願いアイリスちゃん、リンネちゃん、ロモンちゃん! それを僕に、いや、この国に譲ってください!! もちろんタダとは言わないよ、お金なら相場の倍払うし、物々交換ならこのお城で所有してるアーティファクト二つあげるから! 半分ずつの条件でもいいよ!」
「……どうしましょうか?」
「普段ぼく達の食事をカサ増しするためにキャベツやスイカ十玉つくるとか、そのくらいのことしかしてないからいいんじゃないかな?」
「私もそう思う。国王様の方が有効活用してくれるよ。それにまた何百年後かにこの国で魔王が現れた時、必要だろうし」
【三人がいいならオイラは別にいいゾ。オイラ、一番そのアイテムの恩恵受けてないし。犬だから】
「じゃあ、そういうことなら」
私的にはちょっと手放すのは惜しいけど、私達が持ってても野菜や果物を量産することくらいしか使い道ないのはたしかだものね。
「わかりました、差し上げますよ。いつこの二つをお渡ししましょうか」
「できれば今すぐ! あと悪いんだけど、ユーカン草の方は今アイリスちゃんのが植木鉢を使って実をつけさせてくれないかな? 使い方熟知してるだろうし。あ、ユーカン草のお代もちゃんと払うからね。アーティファクト一つと交換でもいいよ」
「国王様、流石にそんなアーティファクトを渡してはどうかと思うんですがの」
「普通に日頃使ってるアーティファクトとか流石に渡すわけにはいかないけどさ、宝物庫で眠ってるやつくらいならあげちゃって問題ないよ」
「あの、私達すでにオーニキスさん経由で一つアーティファクトをいただいていますし、そんなに頂くのは……」
「あれはたしか魔王軍幹部討伐の特別報酬でしょ? 今回とは別件! それはそれでちゃんと受け取っててね」
国王様って太っ腹なのね。いや、本人にとっては極々普通の、買い物みたいな等価交換を持ちかけてるだけか。国の宝物庫に眠っているアーティファクトなら選んでいいんだっけ。本当にいいのかしら……いっそ全部お金にしてもらうって手もあるけど。
国王様がとりあえず交換する物の話は後にして、ユーカン草の実を成らさせて欲しいと要求してきた。私はお願いされた通りに植木鉢にユーカン草をいれ、指定された成長段階まで調節する。いつものように光り輝いてる綺麗な実が出現した。今まで、たしかに野菜にしては眩しすぎると思ったけど、まさか本当に特別輝いてる代物だったとは……。普通に食べてたのよね、これ。
「おおおお! まさしく、まさしくそれだの!」
「よーし、あとは勇者を見つけるだけだね!」
【そういえば四つ目のお願いとかいうのはいいのかゾ? 国王様】
「勇者が見つけられるなら先に見つけちゃって、その後一緒に探してもらった方がいいんだよ、それは」
【なるほゾ】
私は国王様に真のユーカン草の実を手渡し、植木鉢を足元に置いた。嬉しそうな顔をしているものの重圧のせいで上手く体が動かないらしく、植木鉢を持ち上げて眺められないのが残念だと小声で呟いていた。
「どうやって勇者候補を集めようかな? とりあえず何年前に気がついたかは問わず、前世の記憶を持ってる人をお城にザッと呼び出そうかしらん。……ね、みんなはなんかそれっぽい人知らない?」
「それっぽい人……」
それっぽい人と言ったら一人しかいない。ガーベラさんだ。いや……というか条件に当てはまる人がそもそもガーベラさんしかいない。ガーベラさんと彼の記憶についてを知ってる他のみんなもまず思い浮かんだのが彼だったようで、数分前と同じように私のほうを振り向いた。
ガーベラさんが魔王討伐……? ふぅ、ちょっと落ち着くのよアイリス。状況的にガーベラさんが勇者であることは間違いないから、えっと、そう、コハーク様に魔王討伐がどれだけ大変かを改めてきくの。例えば勇者が五体満足で生きて帰ってきた確率とか。いや、この世界の人ってそもそも学者しか確率しらないはずなんだけど……ああ、まってもう。落ち着いて。
「あ、あああ、あの、こ、コハーク様……」
「な、なんだのアイリス殿。なんか急に様子が変化されましたな」
「勇者って……あの、勇者って、魔王と戦って生きて帰ってきたり、してますか? 大怪我したり心に傷を負ったりせずに、ちゃんと」
「五体満足で帰ってこれてるかってことだの? 流石に相手が相手だからそれは無理なようだの。それに生きて帰ってきてもそのあと唐突にどこかへ消えるか、すぐに息を引き取ったりするかのどちらかだの。それ以外の例はないようだの」
「そ、そんな……」
「まさかアイリスちゃん、彼が勇者だと………ん、どうしたんじゃケル」
どうやらケル君がお父さんとお母さんとおじいさんに何かを話してるみたい。……私の目頭が火でも炊いたかのように熱くなってきた。何か少し衝撃があったら涙が出てきてしまいそう。
「……そう、アイリスちゃんが泣きそうなのはそういうことなのね、ケル」
「やはりか。なんということじゃ……」
「たしかにあの青年からは只ならぬものは感じていたが……」
「え、え、どうしたの皆んな。なんでアイリスちゃんあんな風になってるの? まさか勇者として思い当たる人がアイリスちゃんにとって大事な人ってこと?」
「簡単に言うとそう言うことですじゃ、国王様。アイリスはどうやら自分の彼氏が勇者としての条件に完全に一致してることを気づいたらしくて」
「えー……」
「し、正直に答えすぎてしまっただの……」
もうどうしようもない。コハーク様の話だと死ぬか行方不明になるかのどっちか。ガーベラさんと逃げるなんてことはできない。成功したとしても、ロモンちゃんやリンネちゃんが今度は魔王の危機にさらされるもの。
「うっ……ううっ……」
「あ、アイリスちゃん? まだその彼氏君が勇者って確定したわけじゃないと思うなー、僕。この実を触らせないとわからないんだから! ね、ジーゼフ」
「……残念ながら、ケルの話が本当ならその彼で確定です」
私が辺りをシーンとさせてしまったその時、この玉座の間の戸が勢いよくノックされた。外にいる兵士さんの誰かが連絡のために入りたがっているみたい。国王様はそのノックをした相手に入るように言った。
「あっ。どうしたの?」
「……ハッ! じ、実はノア団長とその娘さん達が連れてきた、魔王軍幹部討伐に協力したことがあるという青年から……な、中の様子をどうしてもみてきてほしい、そしてもしアイリス殿が泣きじゃくっているならば自分を中に入れてほしいと、ど、土下座までした上猛烈な剣幕で頼まれてしまいまし……やや! アイリス殿、ほほほ、ほんとに泣いてる!?」
「もしかしてその青年って……。わかった、入れてあげて。たぶん僕達も彼に用事があるの」
「そ、そうでしたか! ではそのように」
兵士さんが扉の奥に引っ込むと、再び開いてガーベラさんが入ってきた。目が霞んでよく見えないけど、たぶん私のことを見たと思う。それから彼は国王様に向かって一回、礼をしたの。
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