第243話 前世考察
【ガーベラ!】
「やあ……なんだい」
依頼を達成しそれを村に報告。 あとは帰って報酬を受け取るだけ。ほとんど俺は何もしていない。どちらかというと馬車での移動の方が大変だったけど……寝たふりをしてアイリスの寝間着姿と寝顔を見れたから最高だ。それで満足だから報酬だっていらない。
ケルがまた双子を寝かせたあと、昨日と同じようにトコトコと俺のところまで歩いてくる。アイリスがシャワーを浴びてる間にまたケルと話す、そういう約束だ。
でもちょっと怒ってる気がする。やはり昼間のは余計だったかな。
「昼間は余計な事したね」
【そうだゾ。まー、でも、親切心でやっんたんだろうから御礼はいっておくゾ】
「そうか」
それだけを言うとケルは俺の膝の上にまた乗っかった。そういえば朝方も双子のどちらかの膝に乗せてもらっていたりしたな。どこか人に触れているのが好きなのかもしれない。
「それで話って?」
【昨日の会話にはおかしいところがあるんだゾ】
「そうなんだ?」
【ゾ。話を切り上げるくらいになんだゾ。オイラ、ドーナツの話をしたはずなんだゾ】
「うん、したね」
それが何かおかしい事でもあったのだろうか。そこで少しこの子の反応が変わったことは覚えてるけど。
ドーナツは好きかと聞かれたから、ふつうに、好きだって答えただけなんだけどなぁ。
これから言うんだろう、ケルは尻尾を振りながら俺の顔を眺めている。
【オイラの言いたいことゾ。まずドーナツなんて食べ物、本来ならないんだゾ】
「えっ……?」
【アイリスから聞いて初めて知ったんだゾ。オイラだけでなくロモンとリンネも。あの二人の祖父の……】
「ジーゼフさん?」
【なんだ知ってたのかゾ。まあジーゼフは歴史に残るほどの魔物使いらしいから当たり前か。そう、ジーゼフも知らなかったんだゾ】
つまりこの子が言いたいことは、何故俺がアイリスとアイリスが教えた相手しか知らないはずのドーナツのことを知ってるか、ということか。
この子は本当に頭がいい。そこにたどり着くとは。
アイリスから言われない限り黙っているつもりだったんだけどな。
「なんで俺がドーナツを知ってるか、知りたいのかい?」
【そんなの簡単に予想がつくゾ。アイリスは前世の記憶があるって言ってたゾ。どーせガーベラも同じ世界の前世の記憶があるんだゾ】
あまりにもあっさりそう言ってくる。もう少し驚いた反応を期待していたのだが。
「ああ、その通りだよ。あんまり驚かないんだね?」
【アイリスも同じこと言ってたけど、みんな前世の記憶があると言われても驚かないゾ。その程度で驚くこと自体、ガーベラ達の別世界の特徴なのかもしれないゾ】
「そっか」
ケルは身体を起き上がらせ、俺の膝から降りて床に立った。もう話は終わりなのかと思ったが、そんなことはないようだ。
【昨日寝ている間に考察して考えた、もう一つ思うことがあるんだけど】
「ん?」
【アイリスとガーベラに記憶の差があるみたいだゾ。オイラの予想だけどガーベラはその前世のことを大分覚えているんじゃないかゾ? 接し方からしてアイリスと出会ってまだ数ヶ月とは思えないゾ】
「そうだと思う。アイリスの記憶は簡単なことや本能的なことしか覚えてないと思うんだけど、俺は、前の世界のことをほぼ全てしっかりと覚えてる」
そう言うとケルはおすわりをして、また俺の顔を見つめ始めた。ちょっと悲しそうな顔をしている気がする。憐れみを含んでいる感じか。
【やっぱり、前世からアイリスのことが?】
「うん、好きだった。幼馴染みでね、あいつの家の教訓で自由時間は少なかったけれど合間を縫って話をしたりしたな」
【虚しくないかゾ? 自分は覚えてるのに相手は覚えてないなんて。その相手と付き合う……ああ、ちょうどこの間読んだ本と内容が一緒なんだゾ】
そういえばそんな感じの小説を読んでるって誰かが言ってたっけ。内容が似てるのか、それは面白いな。
「その小説はどんな結末になるの?」
【お互いが完全に記憶が戻って、告白し直してハッピーエンドなんだゾ】
「そうか」
アイリスが記憶を取り戻したらどうなるんだろうなー。その小説みたいに、もう一度告白しても付き合ってくれるだろうか。そもそもあの調子だと記憶が戻るかどうかも怪しい。
【アイリスは、たまに夢でおそらく前世の記憶であろうことを呟くゾ。睡眠が自由自在なオイラだからこそ気がつかつけたんだゾ】
「どんなこと言ってたの?」
【お嬢様かわいい……とか、お嬢様柔らかいとか……お嬢様ナデナデとか? それだけ聞くとロモンとリンネに対するアイリスとそんな変わらない気がしたゾ】
そ、そうか……うん、そうか。
ロモンとリンネを見た瞬間に予感がしたけれど、どうやら趣味は戻っていないみたいだ。
あの趣味さえなければ完全無欠の完璧人間だったのに、まさかそれが残るとは。
【前世がどうだか知らないけど、オイラにとっては今のアイリスが一番だゾ。でもあの調子だといつか記憶が戻るかもね】
「戻ったらどうしようかな」
【男ならもう一度アタックなんだゾ! それとも前世のアイリスに嫌われるような人間だったのかゾ?】
「いや、嫌われてはいないハズ」
【ハズ……】
正直どうだったかはわからない。俺の記憶の、最後の日にも普通に話してたし。
【ま、オイラが口出すのもこのくらいだね。知りたかったから聞いたけど、あとは当人達の問題だゾ。前世なんて知らないし。ガーベラがアイリス泣かさなきゃなんだっていいゾ】
「それだけ考えられるんだ、もしかしてケル、君もどこからかやってきた存在だったりする?」
これだけの頭の良さだ。もしかしたら、俺たちの世界と同じ住人ということもあり得る。下手な人間より頭がいい犬なんて普通は……。
【残念ながらオイラは普通に頭がいいだけだゾ、ちゃーんと母親のお腹の中から生まれてきたんだゾ。アイリスみたいにどとからともなくやってきたとかじゃ……】
「そうか」
【そうだゾ。ガーベラはどうなんだゾ? 母親や父親は?】
「俺は___」
気がついたら街中に居たこと、元は黒髪黒目なのになぜか金髪青目になっていたこと、そしてこの世界に居座るのはまだ1年から1年半程度であることを話した。
ケルに話せばいつか、アイリスが記憶に関して何かあった時に手伝ってくれるかもしれないから。
【なるほゾー。ちなみにアイリスもあれだけ頭がいいのにどうやって生まれたかは覚えてないみたいなんだゾ】
「それは……前世の記憶を持つ人の共通点なのかもしれないね」
ケルはコクリと頷いた。いや、頷いたと思ったらすぐにハッとした表情を浮かべる。犬なのにめちゃくちゃ表情豊かだ、この子。
【そういえばオイラの家族に、もう一人どうやって生まれたか覚えてないのがいるんだゾ】
「そうなの? 誰?」
【白蛇の魔物だゾ、ガーナっていう。オイラが生まれるより少し前……1年とちょっとくらいかな? ジーゼフが珍しい魔物が衰弱してるっていうんで治療して仲魔にしたゾ。ロモンから聞いた話。どうやらそれ以前の記憶が無いようなんだゾ】
「それは偶然だったりしないかな? 俺やアイリスを匂わせるようなことを言ったことある?」
【どうだろ……オイラもガーナについては謎が多いからりたぶんなかったような……。ゾ、そろそろアイリスがシャワーから出てくるゾ】
ケルはそのあと、ガーベラから話さないならオイラはガーベラに関する前世のことをアイリスに話さないと言ってくれ、寝室に戻っていった。それに関しては感謝しかない。
それからアイリスがギリギリでケルとすれ違うようにシャワー室から出てくる。湯上り……あ、あんまり意識しないようにしないと。
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