第183話 教えるのは大変なのでございます!
【ゾー……アイウエオ……ゾッゾ…あ……い…ウ…エお…】
昨日の夜、私がムフフな体験をして鼻血を出しちゃった後からケルくんに言葉を教えはじめた。
驚くことに、教えはじめてから数分で『あ』は単体で話せばカタコトで発音しなくなったの。
人間の言葉に対しての理解が念話のスムーズさに関わるということも発見したわ。つまり、言葉への知識が豊富じゃない人は知らない単語を念話で話す時、魔物同様にカタコトになる可能性があるということね。
まあそもそも念話が使えるなら言葉は達者だと思うけど。
「おお、ケルが一瞬だけスムーズに話したね!」
「この調子だね!」
今私たちはいつも使ってる技の練習場所まで歩いてる最中。その間にケル君は何回も反復してるの。……きっとケル君が人間の子供ならとても頭が良かったんだろうなぁ。真面目だし。
「アイリスちゃん、人の言葉も聞き取れるようになってるの?」
「まだですね。やっぱり言葉の一部がすんなりと発せられるだけみたいです、まだ」
「まあ中級魔法までと同じように簡単にはいかないよね」
魔法より言葉の方が難しい。それは仕方ない…進化するだけで魔法を覚えることがある魔物ならなおさらのこと。
これが2人に初めてあった頃の私みたいに、人の話を理解できるに至るまでどれくらいかかるかな。
【あいう……エ…おン! ゾー?】
「あ、ついたね」
目的地にはもう着いてしまった。ここからロモンちゃんとケル君の魔法の練習が始まる。上級魔法も時間がかかるからなぁ…。また何かで時間潰すかな。今日はどうしようかしら。
「ぼく、今日はケルの練習見てるよ。いいかな、アイリスちゃん」
「じゃあ私も残りますよ」
というわけで結局全員残った。
だって他にすることないし、1人じゃ適正レベルの仕事に行けないしね。
【キョウハ ミンナ ミルノ カゾ? ハリキルンダゾ!】
【基本は昨日、本を読みながら教えた通りだよ。うまく魔法陣を作っていこうね】
【おッケーナンダゾ!】
全身に魔流の気をまとい、ケル君は何度もなんども魔法陣を作る。
今は火の上級魔法を練習してるみたいで、赤い魔法陣が途中まで完成しては消えを繰り返してるの。
【トチュう マデハ デキルンダゾ……ソコカラサキガ うマク いカナい ンダゾ…】
しょぼんとしてるケル君を見ながら、リンネちゃんが耳打ちしてくる。
「ケル、既に言葉の一部が変わってるよね」
「ええ、本当に少ししか教えてないのですが…」
「うーん、じゃあ上級魔法もコツがわからないだけなのかな。アイリスちゃんは最初の一つはすんなり覚えてたもんね」
「そうでしたっけ」
確か私は…そうだ、リンネちゃんのいう通り、覚えるだけなら結構すんなりいけていた。特技のおかげかもしれないけれど。
でも私は別の意味で…そう、全属性に加え回復魔法、それが2つずつ分かれてるから時間かかったんだけどね。
ケル君は2属性に加え光属性しか覚えないから、一度覚えたらそんなに時間はかからないはず。
【うーン、モヤモヤスルゾ……。ナニカ ヒッカカルゾ…】
【普通は3日で上級魔法を覚えるなんてできないから、そんなに慌てなくていいよ。時間もたっぷりあるし】
【ダケド……ソノあト おボえル コトモ タクサン あルシ……ダンジョン モ いカナキャ いケナいンダゾ…】
【それならがんばろっか! そうだ、アイリスちゃんにも教えてもらう? アイリスちゃんは何事もすぐ覚えちゃったし】
【ワカッタゾ、タヨルンダゾ】
おっと、ついに私が頼られるのか。
話は聞こえていたので呼ばれてないけど、私は2人の元に参上した。
【お任せください】
【うん、とりあえずアイリスちゃんから魔法をよーく見せてあげて】
【オネガイ シマス ナンダゾ!】
私は『リファイム』をゆーっくりと唱えた。
そうだ、ケル君がどの部分でつっかかってるのか訊かないと。
「ケル君にどの部分が難しいのか、その部分に差し掛かったら吠えるように言ってくれますか? もう一度最初から作るので」
「わかったよ」
魔法陣の形成とは、初級魔法の魔法陣に一手間加えて中級魔法が完成し、さらにもう一手間加えることで上級魔法が完成するという仕組み。
それが属性か、あるいは範囲か単体かによって組み方が多少違うけど、大まかな部分が一緒だから、一つ覚えちゃえばそのあとが楽なの(ただ、光と闇はそこが難しい)。
例えばクッキーを作るとき、何も加えなかったらプレーン、チョコやココアを加えたらチョコクッキーになるけれど、基本的な作り方は全く変わらない。そんなイメージ。
……文献を見てた限りじゃ、その理解に至るまでが高等技術らしいけれど、私達には魔流の気を習得したと同時に魔法の形成への理解が深まってるから簡単なの。
ちなみに何度かそうやって成功してしまえば特技としてステータスに認められ、それ以降、楽に発動することができる。
レベルアップで覚える場合は理解も何ももないけどね。
ただ覚えるだけだし。
「ワンワン!」
火属性の単発の中級魔法陣が、これから上級魔法に移行するというところでケル君は吠えた。
なるほど、ここのつなぎの部分がわからなかったわけね。
【ここですか……。ケル君、私に一度ゆっくりと作って見せてください。もしかしたら指摘すれば簡単かもしれません】
【リョウカイ シタンダゾ!】
ケル君はゆっくりと魔法陣を作り始めた。
中級魔法の魔法陣はあっという間に作れてしまう。それで肝心の上級魔法になる部分を加える時に、ほつれがあった。
簡単に言えば……パズルの不正解のピースをはめたまま気がつかないみたいな。それも、正解とそっくりだから自分じゃまず違和感にしか気がつけない。
そんなミスをしていた。
【ケル君、そこを書いてしまうと魔法は不発してしまいますよ。次に引く線はもっと上でないと】
【ゾ? ……ソウナノカゾ? アア、オイラ テッキリ チャント ヤッテタト オモッテタンダゾ! ヨクミタラ オカシイゾ! アリガトナンダゾ!】
ケル君は今作ってた魔法陣消し、丁寧に最初から書き直し始めた。
「アイリスちゃんすごい! ケル、今のでだいぶわかったみたいだよ」
「良かったです。ケル君はもともととても頭が良いので…やはり思い込みで気がついてないだけでしたね」
「ありがとうアイリスちゃん……でも私悔しいな」
ロモンちゃんが肩をしょんぼりとさせている。
むむ、なにが悔しいのでしょう。
リンネちゃんも様子を見に来た。
「…どうしたの?」
「私、立派な魔物使いになりたいのに、こういうところはやっぱりアイリスちゃんやお母さんに頼ってやっとできるから……」
「うーんでも、ぼくはロモンはかなりちゃんとやれてると思うな! 普通の魔物使いより全然ね。そりゃ、お母さんにはまだ及ばないけどさ」
リンネちゃんはロモンちゃんの頭を撫でながら言う。ずーっと一緒に過ごして来た双子の姉妹だから、お互いの気持ちは簡単にわかるのでしょう。
「アイリスちゃんは特別なんだよ、そもそとぼく達に魔法も、剣術も、何もかも基本を叩き直してくれたのはアイリスちゃんなんだから。特技も合わせて教える天才なんだよ」
「うん、たしかにね」
……そんなに褒められると照れる。
まあ…夢でも私は仕えてた先の女の子に勉強とかを教えていたらしいし、そういう才能があるのかもしれない。
だとしたら嬉しいな。
【ゾ! アブナイゾ! ミンナ ヨケテ!】
「え?」
そう、唐突にケル君の叫ぶ念話が聞こえたと思ったら、私達に火球が迫って来ていた。
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